No.569

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情熱のブルー-013-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 鼓動が速くなったのが、どういう理由からなのか考えたくない。考えないようにしようとすればするだけ、隣…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-013-

 鼓動が速くなったのが、どういう理由からなのか考えたくない。考えないようにしようとすればするだけ、隣に座る跡部の存在をまざまざと感じてしまっていけない。
 ――――これは本格的に良くない……。
 眉間にしわを寄せて目蓋を伏せた手塚をどう誤解したのか、跡部が面白そうに指摘してくる。
「何小難しい顔してんだ、手塚ァ。……ははーん。さてはテメェ、俺様を憂さ晴らしに使ったのが後ろめたいんだろ」
「…………憂さ晴らし……?」
 何を言っているのだこの男は、と手塚は跡部を振り向く。
 憂さ晴らしのつもりで跡部を呼び出したわけではない。ただ思いきりテニスがしたくて、相手が彼しか浮かばなかっただけだ。物足りないと思ってしまう胸の隙間を埋めてくれそうなのは、跡部しかいなかった。
 おかしな感情に振り回されそうになるだろうことを、分かっていてだ。
「うまくいかねえからって、お前は表に出すわけにもいかねえだろ。まあよりにもよって対戦校の、しかも俺様を使いやがるとは大したもんだが」
「跡部、俺は」
 ただの憂さ晴らしだなんて思われたくない。ではどう思われたいのかと言えば、答えにしたくない。
 跡部に逢いたかったなどと言おうものなら、熱を疑われるかもしれない。そもそもが自分でさえこの感情を理解しきれていないのに、跡部に理解されてたまるかと妙な意地がわき上がる。
 そういうつもりではないと言いかけたのに、それは跡部の愉快そうな笑い声で遮られる。
「いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる。憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろよ。それで強くなったテメェを、俺様が打ちのめすってわけだ。楽しいじゃねーの!」
 跡部がパチンと指を鳴らすけれど、手塚は楽しいか楽しくないかを考える余裕などなかった。
 本当にこの男は何を言い出すのだ。互いに互いがいるという宣言は、まるで情熱的な告白のようだ。跡部にそんなつもりがなくても、俺にはお前がいるなどと言われてしまえば、誤解されてもしょうがないのではないだろうか。
 彼はいつもこんな調子なのだろうか? と面白くない気分にもなった。
 しかしともかく、宣戦布告されてしまえば受ける他にない。相手が跡部なら不足はなかった。
「俺は負けない」
 手塚は眼鏡を押し上げながらそう返す。不敵な視線をよこされて、負けじと強く視線で押し戻した。ベンチの上、互いの真ん中で視線が絡み合う。
 ――――なるほど。確かに俺には跡部がいて、跡部には俺がいるのだな。
 その視線の交錯は、先ほどの跡部の言葉を如実に物語っている。安堵と闘争心が混じり合ったような、妙な気分に駆られた。
「どうする、手塚。決着ついてねえが」
 視線が外れないまま、跡部の声が耳に届く。すぐ傍のコートは自分たちを待ってでもいるようだ。
「そういえばそうだったな。お前さえ良ければまだ打っていたいが、…………いや、やはりやめておこう」
 手塚も視線を逸らさないままに返しかけたが、ふと思い留まった。
 跡部はそれを不満に思ったのかわずかに眉を寄せ、それでもからかうような口調で指をさしてくる。
「なんだ手塚ァ、俺様に弱みを見せちまって恥ずかしいってか? これ以上ボロ出さねえようにしねえとな?」
「そうではない。弱みを見せてしまったことは恥じてもいるし謝罪もするが、終わりそうにないと思ったからだ」
 物足りないと思い悩んだ身勝手さを晒してしまった。それこそ、よりにもよって跡部景吾にだ。
 羞恥心というか不甲斐なさもあり、そんなことに付き合わせてしまったことには一言言わないといけないだろうが、やめようと言い出したのはそんな理由からではない。からかうなと強い視線で睨み返してやった。
 跡部とこのまま続けていたら、いつ終わるのかちっとも分からない。そもそも、終わらないからきりの良いところでインターバルを挟んだのだ。次はいつになることやら。
「アーン? 終わりたければ、全力出してやろうか? 俺様はまだあの日の半分も力を出しちゃいないぜ」
「そんなのは、ボールを受けている俺がいちばんよく分かっている」
 それは本当のことだ。長いラリーになっても、強烈なスマッシュを食らっても、あの日とは比べものにならない。
 素直に受け止めてやれば、跡部は面食らったように目を瞬いていた。
「今は日が長いといっても、あまり遅くなると家族が心配する。お前のとこだってそうだろう」
「あぁ……まあ、……そーだな」
 二人でそろって立ち上がり、沈みかけた陽を眺める。珍しく歯切れの悪い言葉は、どこか寂しそうに感じられた。
 そのせいだろう。絶対にそうなのだが、もうやめておこうという提案を撤回したくなってくる。本当ならば、いつまでも打ち合っていたい。しかし自分にも、彼にも、帰る家があるのだ。
「暗くならないうちにお前を帰せる自信がない」
「……あァ?」
 残念に思う気持ちが、その言葉にため息を混じらせる。跡部が落としたラケットが、カランカランと音を立てた。それを拾い上げて渡してやり、続ける。
「お前と打ち合っていると、終わりたくないと思うことが多々ある。決着をつけたい思いと、このままラリーしていたいと思う気持ちがごちゃ混ぜになるんだ」
「…………手塚、お前……、俺が女でなくて良かったな……。女相手にそんな台詞吐こうもんなら、誤解されるぞ」
 跡部の頬が、心なしか赤く染まって見える。
 今の言葉のどこが――と思いかけて、ハッとする。〝暗くならないうちに帰せる自信がない〟と言ったあれか、と。それはつまり本当は暗くなっても帰したくないと言っているのと同じだ。確かに跡部の言う通り、誤解をされかねない。
「……誤解をされた経験でもあるのか、跡部」
 手塚自身にその発想はなかった。誤解されるという可能性をすぐに思い浮かべるあたり、跡部はこんなことには慣れているのだろう。面白くない。
「ねーよ! 俺様がそんなヘマするわけねえだろ!」
「そうだろうな。跡部なら、上手く立ち回るのだろう。俺には誤解させるような親しい女性はいないし、今はそういったことを考えないようにしている。テニスに集中したいんだ」
 手塚は、どちらかというと自分に言い聞かせるように跡部に返す。
 テニスに集中したい。跡部に恋をしているかもしれないなどとは考えたくない。どれだけ胸が高鳴っても、どれほど体の熱が上がっても。
 ――――俺は恋などしていない。
「今日はもう帰ろう」
「あぁそーだな……テメェといると本当に疲れるぜ……」
「そうか、それはすまない」
 こちらの台詞だと言ってやりたいが、そうしたらなぜだと突っ込まれそうで恐ろしい。
 跡部とこうしてテニスをして過ごすのは楽しいけれど、それと同じくらいに疲れる。胸が高鳴るのを否定する理由を探し続けなければいけない。
「跡部、明日また逢えるだろうか」
 だけどそれを無視してでも、取り付けたい約束があった。逢いたいわけじゃない、テニスがしたいだけだと心の中で言い訳をして、跡部の言葉を待った。
「テニス、……だよな」
 先ほどの誤解されかねない言葉のせいか、跡部が妙な間を開ける。テニス以外に何をするのだと言ってやりたい。
 失敗したなと手塚は思った。跡部に対して特別な感情でもあるのではないかと思われたらたまったものではない。だからあえてそれに気づかない振りをして、なんでもないように返した。
「ああ、青学の練習が終わってからだが」
「同じ時間、ここでいいか」
 まだどこか警戒しているような表情だったが、手塚は頷く。本当に、跡部とはテニスをしたいだけなのだ。夜遅くまで語り合いたいだとかそんな気は一切ない。
 明日の約束を取り付けて、気をつけて帰れとバッグを担いで踵を返した。何事か文句らしきものを言っているのが聞こえたが、相手にしないでおこうと素知らぬふりをして。
 今日も有意義な時間が過ごせた。腹の中にくすぶっていた物足りなさは充分に解消できたし、期せずして身勝手な不満を理解されてしまった。
 ――――跡部が、ここまで人の心の機微に聡いとは思っていなかったな。気分が晴れたのは、アイツの的確で忌憚ない指摘のおかげなのだろう。
 家に向かって歩き出しながら、跡部のことを考える。薄々気づいていた身勝手な不満は、ここで吐き出さなければ積もるだけだっただろう。鬱憤が溜まって、良いプレイができなくなる可能性だってあった。
 己を律することも鍛錬のうちだと思ってはいるが、気分が晴れたということは、ストレスでもあったのだと今になって気づく。
〝いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる〟
 冷静になって考えてみれば、ものすごい台詞だ。誤解させるなと言う跡部の方こそ、言動に気をつけた方がいいのではないだろうか。こんな、相手を唯一みたいに扱う言葉なんて、帰せる自信がないと言うよりもずっと情熱的ではないか。しかもそれが様になるのだから困りものだ。
 胸が高鳴るのを止められない。顔が火照っているのに気づいても、早く跡部から距離を取ることの方が先決で、隠していられなかった。
 ただそれと同じだけ、距離ができるのを寂しく思う自分がいるのに気づいてもいた。
 明日も逢うというのに、たった少し離れただけで何を考えているのだろう。
 速かった歩調を緩めて、手塚は跡部と打ち合ったコートの方を振り向く。さすがにもう見えやしなかったけれど、目蓋の裏に浮かんでくる。今日も目一杯丁寧に返球してくれたあの男のしたたかで華やかな笑み。
「明日も、逢える……」
 そう小さく呟いて、正面に向き直って再び足を踏み出す。つい数日前まで考えられなかったことだ。こんなに頻繁に逢うようになるなんて。テニスがしたいと言って、すぐに予定を合わせてくれる好敵手。
 明日も、同じほどの熱量でテニスができる。その貴重な幸福を思って、知らず口の端が上がった。


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