No.576

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情熱のブルー-020-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 返ってきた重い打球を、ガットの上でそれとは分からないように転がし打ち返す。思った通りの回転はかかっ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-020-


 返ってきた重い打球を、ガットの上でそれとは分からないように転がし打ち返す。思った通りの回転はかかったが、それでも足りないようで、跡部が普通に返してくる。
 それでもわずかに眉が寄ったように見えたのだから、いつもと違うとは感じているかもしれない。手塚はさらに回転をかけ、どのタイミングと量が正しいのかを模索した。
「オラ、本気で来いよ! 手塚ァ!」
 今日も活きの良い声が聞けて嬉しいなどと思いながら、ラケットを振るう。
 氷帝が為しえなかった全国制覇のことは、やはりさほど気に留めてはいないらしい。いつまでも引きずるような男ではないということか。
 どことなく跡部が嬉しそうにしているように感じられて、胸が締めつけられた。自分と対峙している時にそんな顔をされては、たまったものではない。
 ――――まあ、アイツは普通に俺とのテニスを楽しんでくれているんだろうが。だからこそ後ろめたい。
 跡部の中で手塚が特別なプレイヤーという位置に在るのは、なんとなく分かる。それはそれで嬉しいが、プレイヤーとしてだけかと思うとやるせない。せめてこうして相対している時くらいは、こちらも純粋にテニスをしていたいのに。
 ままならない感情をボールにぶつけるなんてことはしたくなくて、軽く首を振って気持ちを切り替えた。
 それが功を奏したのか、跡部から返ってきたボールはあらぬ方向へ飛んでいった。決めたつもりだった跡部はぽかんとした顔をしている。
「なんだ? 今の……また変な回転かかってやがったが……」
「やはり、難しいな」
 手塚はようやく思った通りのことができたと、ころころ転がるボールを視線で追いながら安堵の息を吐いた。やはり簡単に習得できるものではない。
「てめぇ……よりによってこの跡部景吾を新技の練習台に使うとは、どんな太い神経してやがんだ。アーン?」
 ひきつった笑みを浮かべた跡部に、手塚はしれっと答えてみせる。
「憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろと言っていただろう。それに、お前くらいでないと練習にならない」
 数瞬の後、跡部は項垂れて頭を抱えてしまう。呆れているのか、怒っているのか、その様子からはうかがい知れない。
 顔を上げた跡部は困ったような表情をしていて、手塚の方こそどうしたらいいのか分からず困ってしまった。
 嫌われてしまったのだろうかと不安に思っていたら、先に跡部が口を開いてくれた。
「で? 具体的に何をどうしたいんだよ。ボールを引き寄せるんじゃなくて、今度は弾き飛ばしたいってか?」
 言い当てられたそれにこくりと頷くと、跡部は目を瞠って、次いで「本気か」と呟いて眉を寄せる。手塚が本気でなかったことなどない。
「以前、越前が言っていたんだ。簡単にできるものではないと言ったんだが、可能ということだろうと返されてしまってな……」
 言いながらグリップを握り直す。
 理論上は可能だが、相当に繊細なコントロールが必要になる。しかも、相手の在る状態で瞬時にだ。ほぼほぼ不可能ではないか。
 越前にもそう言ったのだが、やらないうちから諦めるのかとでも言わんばかりの視線に、悔しさがあったのは事実だ。
 そして今、完全とは言いがたいが弾き飛ばせた。今の感触を忘れないうちに、せめてもう一度試してみたい。ふと跡部を見やると、片手で顔を覆い鋭い視線で突き刺してくる。
「手塚、それ止めろ。肘に負担がかかる。分かってんだろ!」
 手を離しながら、跡部が声を張り上げた。言われるだろうなと予測はしていたが、やはり言われてしまう。
「……問題ない。俺の体は俺がいちばん良く分かっている」
「問題ねえわけねえだろ! だいたいあの時だって、お前は肩への負担を認識しちゃいなかった!」
 跡部が何を心配しているかは分かる。
 関東大会のあの試合、跡部のボールを受けるたびに無意識に肘を庇い、結果肩を痛めた。だが肩はもう完治したのだ。また強くなれそうなのに、ここで止めてしまいたくない。睨みつけてくる跡部の視線を強く押し戻して、譲る気はないと返した。
「それは俺が未熟だからだろう」
「ああそれには違いねえ! どれだけ体を作り込もうが、どんなに経験積もうが、俺たちの体はまだガキなんだよ! 専属のトレーナーやドクターがついてるわけでもねえのに、無茶な使い方すんな!」
 分かりやすく怒っている表情の中に、不安と焦りが見て取れる。
 跡部の言うことは正論だが、彼だったらここで止めてしまえるのだろうか。高みを目指す以上、技はどれだけあってもいい。今のを実践で使うにはまだ鍛錬が必要だろうが、次の相手は王者立海なのだ。多少の犠牲は致し方ないだろう。
「……立海は、強い」
「そんなことは知っている! いいか手塚。たかがなんて言いたかねえがな、これからお前が体験するであろう試合のひとつだ。その先があるだろうが! プロになるんじゃねえのかよ!?」
 ラケットで指され、ぐっと言葉に詰まった。
 跡部に、プロになりたいということを告げた覚えはない。実際今声をかけられていて、卒業後は渡独するビジョンも見え始めているのだ。家族と竜崎、大石以外には言っていない。大石が跡部に話すとも思えないし、どうして跡部は胸の内を見透かしてくるのだろう。
「お前が青学の全国制覇に懸ける想いがハンパじゃねえことだって知ってる! けどな! お前の肘を犠牲にした上での勝利に、何の意味があるってんだ!」
「たかが一つの通過点に過ぎなくとも、俺にとっては大切な試合だ。手を抜いた試合では、たとえ勝利したとしても意味がない」
 そして、対戦相手にとっても失礼なことだと手塚は思っている。
 今まで力を抑えたゲームをしたことがないわけではない。というか、ずっと抑えてきた。それが、跡部との試合で変わってしまったのだ。全力で向かってくる相手に対して、こちらも全力で迎え撃つことのどこに、無駄な要素があるのか。本気を出させた跡部には言われたくなかった。
「手を抜けって言ってんじゃねえっ……テメェ……大石が怪我で大会に出られないってなったとき、すげえ落ち込んでたこと忘れたのか。アレをテメェが大事にしてる連中にまた味わわせる気かよ」
 体が硬直した。
 痛いところを突いてくるなと眉を寄せるが、こちらも譲れない。もっと強くなりたいという気持ちは、跡部も分かってくれると思っていたのだが、とんだ思い違いだったようだ。憎々しげに睨みつけられて、冷水を浴びせられたような錯覚に陥った。
「お前がその技を完成させたいっていうなら、他の相手を探しな、手塚。俺はもうお前の球は返さねえ。お前の肘を壊す相手に、よりにもよってこの俺を選ぶんじゃねえ!」
 手塚は目を瞠る。
 気づかなかった。跡部の中に、そんなにも深くあの時の出来事が根付いているなんて。
 気にするなと言ったし、心の底からの本音で、跡部のせいでないのは事実なのに、手塚国光を壊させるなと跡部は怒りを露わにする。まっすぐなその瞳は、怒りに揺れてさえ情熱的だ。
「手塚、お前は青学の連中のためにやってるのかもしれねえが、まったく周りが見えちゃいねえ。少しはアイツらを信じろ。てめえが万が一試合落としたって優勝できるってチームなんじゃねえのかよ」
 手塚は普段、冷静で思慮深いと周りに思われているらしいのを知っている。
 だけど恐らく、実際はそんなことはなくて、ただ目の前の勝利を確実につかみ取りたいということしか考えていない。もちろん部長として周りに目を向けているが、それをあやすようにさえ否定されてしまった。
 周りを見ろ、アイツらを信じろなんて、これまで誰にも言われたことがない。それは少なからず、衝撃的だった。
「……お前の肩を壊した俺のことはともかく、アイツらのことは信じてやれよ」
 苦痛そうな表情を見せる跡部に、これ以上どう言ったらいいのだろう。跡部に壊されたわけではないのにと。
「跡部、俺は」
「もし欠片でも! ほんのわずかでも……っ俺を友人と思ってくれるなら、お前の肩をまた壊すかもしれねえ球を返すこっちの気持ちも考えやが……っ」
 ハッとしたように、跡部が途中で言葉を飲み込む。それでもほぼほぼ押し出されてしまっただろう跡部の本音は、しっかりと手塚の耳に届いてしまった。
 ――――跡部、お前……。
 跡部が口を覆って顔を背ける。手塚は気づかなかった自分が悔しくてならない。眉を寄せて、跡部をじっと強く見つめる。
 彼を好きだと言いながらも、自分のことしか考えていなかった。跡部は意識の奥底でそれを恐れていたようなのに、それをおくびにも出さず今まで全力で相手をしてくれたのか。
 強い人だと、胸が締めつけられる。
「悪い、俺のことはいいんだよ、とにかくテメェの肘が悪化するんだったら俺は絶対に反対するからな」
 ふいと顔を背けたそのままくるりと背を向けてしまい、苦しそうに歪む跡部の顔がもう見られない。それは正直ホッとした。そうさせたのは自分だというのに、そんな跡部を見たくなかったし、何も気の利いたことを言えない自分に嫌気が差すし、何よりこの状況でわずかに歓喜しかけた情けない自分を跡部に見られたくない。
 自分が思っているより、跡部に好かれているのかもしれない――そんな些細な可能性に。
 もちろん恋愛という意味ではないが、友人と思ってくれているようなのが、たまらなく嬉しい。
 跡部を悲しませておいて何をのたまうのかと思うが、どうしようもない。
「……すまない、確かにお前のことは考えていなかったな」
 手塚はすっとラケットを下ろし、もう跡部に無理を言う気はないことを示した。跡部の頭がわずかに下がるのを見て、また誤解をさせただろうかと唇を噛んだ。言葉にするのは不得手だと自覚しているが、もう少しくらい上手くいかないものか。
「忘れるところだった。あの日全力で応えてくれたことを。俺の選手生命に関わると分かっていながらそうするのは、どれほど恐ろしいことだったか、考えなかったわけではない。また勝つことだけで、頭がいっぱいだった」
 跡部をないがしろにしたつもりはない。勝つことに執着して、それしか考えられなかっただけだ。
 手塚は躊躇いつつも足を踏み出し、ネット際まで歩み寄る。
 近くなった跡部の背中をじっと眺めて、できることならこのまま抱き寄せてしまいたいと思う恋情を必死で抑え込んだ。
「だが、なぜ欠片でもなどと思うのか分からない。俺はお前を良い友人だと思っている、跡部」
 言葉を詰まらせることなく言うことができた。手塚に恋情があっても、跡部にその気がない以上友人の域を出ることは叶わない。だから友人であろうと思う。跡部がそれを望んでくれているのなら。
「また……テニスをしてくれるだろうか」
 今はもう跡部の力を借りられない。跡部にとって苦痛だというならば、付き合わせるわけにはいかないだろう。大会が終わってから、なんのしがらみもなくまたテニスをしたい。
「俺様はわりと本気で怒ってんだがなぁ……」
 呆れたような、諦めたような声が聞こえる。それでも跡部は、いつものしたたかな笑みをたたえて振り向いてくれた。
「青学が全国制覇したら考えてやるぜ。テメェの勝ち負けにこだわらずだ」
「……そこは普通俺が勝ったらではないのか」
「俺様の温情だろーが」
「…………なるほど」
 テニスを受け入れてくれたのは嬉しい。条件を出されたのもやる気につながる。だが勝ち負けにこだわらずというのは、勝利を信じてくれていないということだ。
 それは不満で、眉が寄る。跡部はそれにふっと笑って、ベンチに向かってしまった。帰り支度を調えていて、やはり今はこれ以上打ち合えないなと諦めることにした。
「試合の観戦はするだろう?」
「ああ、仕方ねーから青学の応援でもしてやるよ」
「そうか。……今まで付き合わせてしまって悪かったな、跡部。感謝している」
「フン……ま、せいぜい頑張るんだな」
 手塚もラケットをバッグにしまいながら、跡部を見やる。不敵な笑みに安堵と闘争心が湧き上がってきた。
「ああ、お前とのテニスがかかっていることだしな。油断せずに行く」
 言いながらひょいとバッグを担ぐ。どこか一人で練習できるようなところがあれば寄っていこうと思い、「では」と軽く頷いて跡部に背を向けた。
 跡部はなぜかきょとんとした顔をしていたが、それを可愛らしいと思ってしまう前に離れなければ。多分に手遅れ感がすごかったけれども。



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