No.559

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情熱のブルー-003-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

「向こうに話は通しておいた。しっかり治して戻ってくるんだね」 竜崎スミレがわずかに険しい顔でそう呟く…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-003-



「向こうに話は通しておいた。しっかり治して戻ってくるんだね」
 竜崎スミレがわずかに険しい顔でそう呟くのに、手塚は頭を下げた。こんなつもりではなかったが、致し方ない。
 明日から、手塚は九州に赴く。関東大会の最中ではあるが、手塚は今戦力外だ。アドレナリンが切れたせいなのか、またズキンズキンと痛み出した肩では、どうやっても試合などできやしない。
 この肩の治療のため、青春学園付属の大学病院へと行くのだ。リハビリの施設が整っているらしい。何よりも、身内だ。なにかと融通が利く。
「お前さんも無茶をしたもんだねえ。アタシがもう少し早くコートに戻ってれば、張っ倒して止めてたよ」
 彼女はそうは言うものの、実際手塚を止められたかどうか。たとえ指導者の指示だとしても、手塚はあの時棄権するつもりは毛頭なかったのだから。
「必ず、全国大会までに戻ってきます。それまで、部をよろしくお願いします」
「ああ、そうだね。勝ち進んで待ってるよ」
 背中をぽんと叩かれ、わずかに安堵した。勝ち進んで全国大会への切符を手に入れること前提か、と笑い飛ばされることがないのは、竜崎がそれだけ青学の力を信じているからだ。
 部長という柱を失ったチームは士気を削がれるかもしれないが、あの連中なら大丈夫だろう。そう信じたい。
「ひとまずまあ、気分転換だね」
 普通、試合が終わった後は反省会ではないのだろうかと手塚は思うが、青学テニス部一行は今、ボーリング場へと向かっていた。
 初戦を勝ち抜いただけで浮かれ気分とは、と思うものの、竜崎が言い出したものだから従う他にない。これが部員たちの発案ならば、いつものように「グラウンド二十周だ!」とでも言ってやれるのだが。
「それにしても、もう少し平和に穏やかに傷一つなく試合できないもんかねえ……。河村の手も心配だよアタシは」
「病院ではなんと?」
「骨や神経に異常はないそうだ。ただ、無茶をするなと言われたよ。アタシはあんたたちを預かってる責任があるんだけどねえ。手塚、お前さんも全国では無傷で勝ってくれよ」
 やれやれといったふうに首を横に振り、念を押すように右肩に手を置かれる。手塚とて怪我は控えたいが、状況によっては叶わないかもしれない。
 激闘ボーリングが終わっておのおの帰途につく前に、メンバーには手塚が九州に治療に向かうことが周知された。その時の驚きようは、まだ関東大会の会期中だということを考えれば当然のことだろう。
 だがもはや決定事項だ、勝った嬉しさも半減しかねない肩の落としように手塚は何も言えない。竜崎がそんなメンバーたちの背中を叩き、発破をかけていた。メンタルを鍛える良い機会でもあるのだろう。
「そういえば、氷帝の跡部くんなんだが」
 そんなメンバーたちを見送って竜崎が口にした名に、手塚は息を止めた。表情には出なかっただろうが、何かあったのかと平静を装って先を促してみる。氷帝コールを背負ってコートを後にした跡部の姿が、頭に浮かんだ。
「跡部が、どうかしましたか」
「ん、いや、あんなナリでワンマン気取っちゃいるが、礼儀正しい子だと思ってね。樺地くんを一緒に病院につれていったことに礼を言われたよ。向こうさんも大したことなくて良かった。先入観に囚われるとは、アタシもまだまださ」
 越前の口癖と重なっていて、口許が緩みそうになった。しかし、ほんの二言三言交わしただけだろう竜崎でさえそう思うのだ、手塚が跡部に対して抱いていた先入観が崩れ去ってもおかしくないのだと安堵した。
「俺も……彼に対する認識を改めなければと思いました。できればもう一度…………いえ、なんでもありません。では、失礼します」
「ああ、気をつけて」
 竜崎に会釈をして、手塚は帰途につく。バッグをうっかり左肩に担ごうとして思い留まった。癖というものは恐ろしい。
 ゆっくりと右肩に担ぐも、違和感が拭えない。だが左肩にこれ以上負担をかけるわけにはいかないのだ。違和感は諦めて足を踏み出す。
 家に着くと、母がいつもと変わりなく出迎えてくれた。
「おかえりなさい、国光」
「ただいま帰りました」
 母・彩菜のその様子は手塚の緊張を解かせる。内心ではどう思っているか分からないが、気を遣いすぎるのは逆に息子の負担になると分かっていてのことならば、相変わらず聡明な人だと尊敬もした。
「心配をかけてすみません」
「私より、国春さんがね。お仕事大丈夫かしら。お義父さんも、お気に入りの湯飲み落として割っちゃったのよ。今度一緒に買いに行きましょうかって言っておいたの」
 その光景が目に浮かぶようで、どうにもむずがゆい。
 一人息子だということもあって、厳しくも愛情を注いで育ててくれた家族だ。こんな時はそれを顕著に感じることができ、申し訳なくなった。
「でもね、私も怒ってはいるのよ国光。大切な試合だったのは分かるけど、自分の体をちゃんと愛してあげてね。お母さん、頑張って産んだんだから」
「……はい」
 敵わないと思う。仲間に止められても、指導者に止められても、試合には出ただろう。だが、家族だったらどうだっただろうか。この人たちを振り切って、それでも跡部景吾との試合を望んだだろうか。
 考えて、三割か、と胸の中で考えた。
「あ、向こうの病院で必要そうなものは買ってきたのよ。お部屋に置いてるから、後で見ておいて。荷造りお手伝いする?」
「ありがとうございます。自分でできますが……助けが必要な時にはお願いしてもいいですか」
「もちろんよ。さあ着替えてお夕飯にしましょう。もうすぐ国春さんも帰ってくるわ」
 はい、と頷いて、手塚は自室へと向かった。背中でドアを閉めて、目を閉じて下を向く。
 三割だ。三割、傾いて――それでも試合に出ることを望んだと思う。親不孝なことかもしれないと分かっていつつも、跡部とは決着をつけたがっただろう。
 それほどに、大切な試合だった。
 これは自分の我が儘だなと思い、だからこそしっかりと肩を治さなければと、着替えて食卓へと向かった。肩が上がらないことには、気づかなかったふりをして。



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