No.579

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情熱のブルー-023-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 U-17選抜合宿ということで、青学のレギュラー陣が招聘された。 手塚は正直、迷った。 行くべきか、…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-023-

 U-17選抜合宿ということで、青学のレギュラー陣が招聘された。
 手塚は正直、迷った。
 行くべきか、それとももう一つの道を選ぶべきか。迷って、悩んで、結局選抜合宿に参加することになった。
 その理由に、氷帝学園も――跡部も一緒だということも関係していただろう。
 しかしよくよく考えてみれば問題ではないのか。朝から晩まで跡部と一緒の生活というのは、非常にまずい気がした。
 うっかり恋情に気づかれてしまったらどうしたらいいのかなどと、テニスに関係ないところで悩む。
 そういう自分がらしくなくて、苦虫を噛みつぶしたような顔をしたら、不二に指摘をされた。
「素直に喜べばいいのに」
「俺にそんなことができると思うか」
「いや思わないけれど」
 ならば言うなと軽く睨みつけて、合宿所の門を通り過ぎる。
 途中で高校生に絡まれて空き缶倒しなどやらされたが、バスで乗り付けた氷帝メンバーもやらされたのだろうかと思うと、おかしさがこみ上げてくる。
 手塚はもちろん一球ですべての缶を倒したわけだが、こういった試練がこの先もたくさんあるのだろう。気を引き締めていかねばと施設の方へと向かった。
 メンバーのふるい落としがあった後、合宿所の設備などを案内されて、素直に感心した。最新設備がそろっているのはありがたい。
「すごい設備だな。今日は合宿所の案内や説明だけで終わってしまいそうだ」
「そうだな。だが明日からはみっちりスケジュール組まれているんだろうぜ。一分一秒、無駄にはできねえ。さっき聞いた入れ替え戦シヤツフルマツチ、氷帝以上に実力主義ってことだ」
 隣を歩く跡部に独り言のようにも話しかけてみると、ちゃんと返ってくる。
「仮にテメェと当たっても全力で叩きのめさせてもらうぜ、手塚」
 挑発的に口の端を上げる跡部に、こちらとて同じだと返してやる。どこまでいっても挑み続ける相手であるというこの認識が、手塚には心地いい。恋情を抜いても、跡部景吾とはテニスでつながっていたい。
 自然に会話ができているといいのだがとちらりと見やりつつ、思う。
 なぜこの男は当然のように隣を歩いているのだろうか。
 氷帝のレギュラーメンバーもいるのに、引率などはいいのかと振り返るが、皆親しい者同士でいたり他校の者と言葉を交わしたりしているようだ。それならばいいかと手塚は大石を見やり、問題はなさそうでホッとした。
 正直、最新の設備や練習の進め方について跡部と話すのは楽しいのだ。使い方が分からないものがあっても、跡部が知っている。
「筋トレのマシンが充実しているのは、それぞれの体に合ったトレーニングをということだろうか」
「数は氷帝の方が多いが……あのラットプルダウン、いいな。脚の筋力は強化させてんだけど、背中の方がどうしても弱くなっちまう」
「ああ、青学も全体的に強化できるといい」
 それぞれが自校で行ってきたメニューを振り返りながら、今後どのように生かしていくか意見を交わせるというのは幸福だった。
 部屋割りが発表された時は、安堵八割残念さ二割だった。万が一にでも跡部と一緒だったらどうしようかと思っていたが、分かれて良かった。惚れた相手と同室など、眠れるわけがない。
 寝顔は見てみたいという気持ちはあるものの、劣情を抑えなければいけないという難題の前には負けてしまう。
 食事を経て、自由時間になった。何をしてもいいというのだから、やはりテニスしかないだろうと、手塚はラケット片手にコートへと向かう。
 雑念を振り払うにも、鍛錬のためにも、思いきり球を打ってこようと思った――のに。
 なぜそこに跡部がいるのか。
 彼もこの合宿に来て高揚感を抑えられないのか、すでにコートにいくつかのボールが転がっていた。雑念を払いたいのに、跡部がいては集中できない。いや、ここで集中してこそ己の鍛錬になるというものかと、手塚はラケットを握り直して跡部に声をかけた。
「熱心だな」
 跡部の肩がわずかに揺れて、ため息とともにラケットが下ろされる。きっと一人で静かに練習したかったのだろう。邪魔をしてしまったなと思うものの、ここは跡部の持ち物ではないのだから、手塚がいつ練習をしようと咎められる謂れはない。
「お前も自主トレか、手塚」
「ああ。やはりボールを打つのがいちばん落ち着くのでな」
「ハ、だろうな。悪いがラリーはできねえぜ。こっちに集中したい」
「構わない。隣のコートを使わせてもらうぞ」
 そう言ったきり、互いの間に会話は成されない。ただカゴにいっぱいのボールをサーブして、自分の神経を研ぎ澄まし技を練るのみだ。
 テニスに恋情など挟みたくないと思うのは本音なのに、どうしても跡部の動向が気にかかる。だから不思議に思った。いつもより球速が落ちているのと、キレがないように見える。
「何かあったのか?」
 サーブを打ち終えて、手塚はじっと跡部の背中を見ながら訊ねかけた。怪訝そうな顔をして振り返る跡部に、眉を寄せる。
「いつも自信たっぷりに打っているだろう。その覇気がなかったように思う」
「人の練習盗み見てんじゃねーよ」
「隣なんだ、嫌でも見えるだろう」
「……別に、大したことじゃねーよ。集中できてなかっただけだ」
 珍しいなと手塚は思った。跡部でも、集中できないことがあるのかと。打ち合っている時はいつも痛い程の視線と闘争心を向けてくるのに、何があったのだろう。
「…………何か悩みがあるなら、聞くが」
 跡部も人間だ、悩むことくらいあるだろう。自分のプレイスタイルのことか、氷帝の今後のことか、それとももっと別のことか。
 もし深刻な悩みでテニスに集中できないというのなら、力になってやりたい。
「解決してやるとは言えないが、少しでも軽くなのなら」
 そう思ってまっすぐに跡部を見つめたのに、彼はぽかんとするばかりだった。
 ややあって、項垂れて額を押さえる。その肩は震えているようで、手塚は眉を寄せる。
「っふ、はは、ククククッ……」
「……跡部」
 真剣に心配しているのに、笑うなんて。らしくないというのは自覚しているが、好きな相手の悩みを聞いてやりたいと思うのは、おかしな感情ではないだろう。
「いや悪い、だってよ、まさかなあ、お前がよ」
 跡部はまだ肩を震わせている。言わなければ良かっただろうかと口を尖らせるが、跡部が顔を上げて笑ってくれた。
「ありがとよ、手塚。その気持ちだけで充分だぜ」
「跡部」
 どうしてそんなふうに諦めたような笑みを見せるのだろう。胸が痛む。できることならこのまま腕の中に引き寄せてしまいたい。そんなふうに考えているとは欠片も思わないのだろうなと、気づかれないように拳を握った。
「テメェを煩わせるほどのもんじゃねーんだよ。テニスしか頭にねえ手塚国光に気にかけてもらえるなんて、俺は贅沢者じゃねーの」
 手塚の眉間のしわがさらに深くなる。テニスしか頭にないというのはほぼ間違っていないが、正解でもない。事実今、跡部景吾のことで頭がいっぱいだ。
「なぜ俺がお前を気にかけていないなどと思うんだ? お前は普段あれだけしたたかなのに、どうして俺のことになるとそうなのか分からない」
「なっ……」
 跡部の頬が上気したように見える。図星を指されたからなのか、自覚していなかったからなのか。手塚にはひとつ懸念があった。跡部が手塚に対して線を引いているように感じるその理由。
「まだ俺の肩のことを気にしているんじゃないだろうな」
「……それは」
 跡部はそれ以上言葉にしなかったが、肯定でしかない。
 この肩のせいで跡部と対等な存在として認識してもらえないというのなら、あんな試合しなければ良かったなんて少しだけ思った。
 それでも、肩のことがあったからこそ跡部と全力の試合ができたし、唯一の人として認識できたのだから、どちらが重要かと言えば答えは分かりきっている。
 この恋が叶わないことは分かっているのだから、せめて対等な存在として認識されたい。遠慮の残るような関係ではいたくないのに、これ以上何をどうしたらいいのか。
 跡部に対してこんなに気を揉むようになるなんて、と手塚は眉を寄せる。
 思えばあれから二か月ほどしか経っていなくて驚いた。
 もっとずっと長い間、跡部景吾という男に焦がれていた気がする。それほど急速に、確実に、恋情が体を、脳を支配する。
 それを表に出してはいけないと、手塚はわずかに唇を噛んで、そして告げた。
「お前とは常に競い合い、己を……互いを高めていけると思っていた。お前もそう思っていると感じていたのは、俺だけだろうか」
 卑怯な言い方だと思う。こういうところが傲慢だと言われる所以なのだろうが、それならばもっと傲慢なことを思って構わないだろうかと、手塚はじっと跡部を見つめる。
 対等でありたい。
 恋情があっても、なくても、この気持ちは本当だ。
 だが、跡部と同じ位置にまで降りる気はない。お前がここまで上がってこいと、その視線に強く詰め込んだ。
 視線を下に向ける跡部にどれだけ伝わっているかは分からない。彼は小さく首を振った。
「負い目に感じるのは、テメーに無礼ってことか。努力はしてやる」
「ああ、助かる。お前とは、良い友人でいたいからな」
 少しばかりの沈黙の後に、分かってると返ってくる。まだ完全に溶かしきれたわけではないようで、胸が痛んだ。
 ――――友人でいたいなどと、……嘘をつくのも慣れてきたな。
 いや、嘘ではないのだが、手塚がなりたいのは友人ではない。跡部にとって唯一無二のものになりたい。そこに恋が加われば言うことはないが、なんて絶望的な想いだろうかと苦笑する。
 跡部が隣でグリップを握り直すのを見て、目を瞬いた。
「まだやるのか?」
「ああ、足りねえよ」
 拾い終わった最後のボールをひょいと奪われて、不敵に笑われた。不覚にも頬が熱くなって、油断していたなと己を叱咤した。
「そうか、俺もだ」
 手塚もラケットを握り直せば、跡部は肩を竦める。
 以前よりはずっと気安くなったようにも感じられてホッとした。こうして傍にいるのだから、ゆっくりと対等な位置にまで昇ってきてくれればいい。
 急ぐことはない。そう思いかけて、留まった。
 いつまで傍にいられるだろうか。そんなに時間はないはずだ。
 本来なら色恋にうつつを抜かしている場合ではない。手塚はグリップを握った左手をじっと眺め下ろした。
「……そういえば跡部、一度訊きたかったんだが」
「なんだよ?」
「俺はお前に、プロになることを一度でも話していただろうか? 決勝戦の前、お前はなんの疑問も持たずに俺にプロになるんだろうと言っていたが」
 あの日、腕の負担になるなら止めろと、本気で怒った跡部を思い起こす。
〝プロになるんじゃねえのかよ!?〟と言われ、もちろんそのつもりだった手塚は肯定しかけたが、試合も諦めたくなくて、それにはなにも答えていなかった。
 どうして跡部はあの時、あんなことを言ったのだろうか。プロのチームから声がかかっていることを、跡部に言った覚えはない。
「そんなの、見てりゃ分かるぜ」
 フンと眉を上げて笑う跡部に、目を瞠った。
 見ていれば分かる――なんという信頼の強さなのか。言葉にせずとも分かるほど、見てくれているのかと、胸が熱くなった。
 ――――ここで何をしているんだ、俺は。跡部の傍にいるためにテニスを続けてきたわけではない。
 声がかかっているのに、なぜすぐ行動を起こさないのか。跡部ともう少し関わっていたいと思うのが恋情からくるものならば、なんて愚かなことをしているのかと思う。なんの疑問も抱かずに信頼を向けてくれる跡部に対して、不誠実なのではないか。
 プロになりたい。その思いは本当だ。
 だけど、今跡部との繋がりを断ち切りたくないと思うのも真実だ。
 跡部景吾という男に出逢わなければ、何の迷いもなく突き進んでいただろうに、悔しさが押し寄せてくる。
 それと同時に、鋭いサーブを放つ跡部への恋情が押し寄せてくる。
 どちらを取るべきかは分かっているのに、迷いが断ち切れない。
 選抜に残ることで、せめてその愚かさを払拭できればいいとボールを高く上げてサーブを打った。


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