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情熱のブルー-002-
「待たせたな、跡部。決着をつけようぜ」
ネットの向こうで、ぐっとわずかに眉を寄せる跡部がいる。
それは〝当然だ〟という合意なのか、〝できるのか〟という問いかけなのか。そのどちらもだろうか。
手塚はそれを、強い視線で押し返した。言葉なく、瞳が絡み合う。
こんなふうに長く跡部の瞳を見つめたことはない。
海のようだと思っていたその色は、メラメラと燃える炎のようでもあるのだなと、今この瞬間に不相応なことを考えた。
跡部が打った球は返すことさえ諦めて、タイブレークに突入する。サーブ権が手塚にきたが、どこまで打てるか分からない。
トン、トン、とボールを跳ねさせて、ラインの位置を確かめる。
ズキ、ズキ、と釘でも打ち込まれているかのように、肩が痛む。
それは鼓動とともに重奏を生み出し、汗が流れた。
――――俺は、負けない。
越前にそう宣言したように、負けはしない。これは自分自身との戦いでもあった。
トスを上げた球がシュッと空気を切る音がする。それでいくらか集中力が戻ってきた。
「……っ!」
しかし肩はいつものようには上がらない。なんとかサーブを打てたのは、意地のようなものだった。
「なんだ手塚ァ! このサーブは!」
跡部は、威力の落ちたサーブを容赦なく打ち返してくる。
その瞬間手塚が感じたのは、驚愕と歓喜だった。
この返球をみるに、跡部は一切手加減をするつもりがないということだ。目の前で膝をついたところを見ておいて、声にもならない叫び声を上げた男をネット越しに眺めておいて、まだ、本気で攻め立ててくる。
真剣勝負か。
ぞくぞくと背筋を何かが駆け抜けていった。
ざわざわと全身が総毛立つ感覚を味わった。
正直、この試合まで跡部景吾という男に対して抱いていた印象は良くなかった。氷帝学園のテニス部を束ねるというカリスマ性や統率力は目を瞠るものがあったが、他人をねじ伏せて蹴落とすような強引で傲慢な強さには好感が持てなかった。実力主義だということを鑑みてもだ。派手さばかりが際立っていたのも原因だろうが、彼の本当の強さがどこにあるのか分からなかった。
圧倒的な強さを示しながらも、あえて持久戦を得意とし、じわじわといたぶり相手を精神的に追い詰める。それは立派な戦略だ。
否定はしないが、好きにはなれない。手塚にとって跡部という男は、そのような存在だった。
この試合で初めて対峙したが、その印象は崩れなかった。だからこそ持久戦を仕掛けて、彼のフィールドで完膚なきまでに叩きのめしてやろうとも思っていたのだ。
実際はそんなに簡単なことでもなく、返ってくる打球は速く、重い。
勝つのは当然自分の方だと、お互いが思っていたに違いない。
嬉しい誤算というものを体験したのは、初めてのことだった。
普段はあまり受け止めてもらえない球が、しっかりと返ってくる。気を抜けば横を抜かれる。一瞬たりとも気が抜けないと、心よりも先に体が理解した。
全力で挑まねば負ける。何度か球を交わすうちに、互いの意識は塗り替えられていった。
この男との試合を、怪我で棄権などしたくない。手塚はラケットを握り直し、サーブを打つ跡部景吾をじっと見つめた。
フォームに無駄がないなと、改めて思う。あれだけ派手な技を繰り出せるのは、基礎がしっかりしているからだ。そこから自分に合った形を見つけ出し、技へと昇華させるというのは、プレイヤーとして真摯に取り組んでいる証拠。
なぜそれに気づけなかったのかと不甲斐なく思う傍で、心地よさを感じる。
束ねる人数こそ違えど、同じ部長同士、中学三年生。聞けば生徒会長をも務めているという。その共通事項に今、テニスに懸ける想いの深さが加わった。
――――跡部、お前という男を初めて知った気がする。
ネットの向こうの男は、ただただ全力でボールを返してくる。対戦相手が負傷で棄権寸前までいったとなれば、憐れみと悪化させる恐れで手加減もしようというものだが、跡部にはそんな様子が一切見られない。一球一球、丁寧に、打ち返してくる。
強さも、速さも変わっていない。それは、球を受けている手塚がいちばんよく分かっていた。
手加減などされたくなかった。全力で戦ってこその勝利だ。それでなくても中学最後。力を出し切りたいからこそ、このコートに戻ってきた。
その思いを、跡部がどこまで理解しているか分からない。
だが、手塚の全力に、跡部もまた全力で返してくれる。
諦めたくないと、強く思った。跡部なら応えてくれる。そう確信して、ただがむしゃらにボールを追いかけた。
跡部の金の毛先から、汗が落ちる。歯を食いしばって歪む口許。荒い呼吸と、心地良いインパクト音。
いつしか、審判のコールも聞こえなくなっていた。
長いタイブレークだ。取って、取られて、汗を拭う。視線がコート上で交錯する。
部長として負けられないという責任よりも、負けたくないという意地が上回ったように感じた。
自身の荒い呼吸が耳につく。跡部の荒い吐息が、体をわななかせる。先に集中力を欠いた方の負けだ。
もう一ポイントもやれないと互いが歯を食いしばり、手塚はラケットをわずかに下げた。
零式を打ったつもりだったが、回転が足りなかったのか力の加減を間違えたのか、ボールは戻らなかった。跡部がそれに食らいついて倒れ込む。返ってきたボールを迎え撃つ。
ボールにガットが触れた瞬間、あぁ、と手塚は思った。距離が足りない。
そして手塚が懸念した通り、返したボールはネットに捕まり、越えることはなかった。
「ゲームセット! 氷帝、跡部!」
今の今まで聞こえなかった審判の声が、唐突に耳を支配する。
負けたのか……と視線が落ちる。だがそれよりも大きな感情で、終わってしまったことが残念でしょうがなかった。
だが、負けは、負けだ。そして、勝ちは勝ちだ。
ネット越しに、跡部と視線が重なる。今までに見たどの瞬間よりも静かで、まっすぐな瞳だった。
手塚は右手を差し出す。ラケットを握ったままの左手は、また痛み出した肩のせいでわずかに震えている。この距離では気づかれているだろうが、せめて彼の健闘に敬意を表して、震える手など出したくない。
跡部が、その右手を握り返してくれた。汗に湿る手のひらは、互いが懸命に試合に打ち込んだ証拠だ。手塚はどこかで、ホッとしてしまった。キングという名にふさわしい強さと真摯さで応えてくれたことが、嬉しかったのだと思う。
跡部景吾という男を、噂というフィルターで覆ったままでいないでよかった。
ぐっと、握った手に力が込められる。
不思議に思っているうちに、跡部の手ごと上に掲げられた。
手塚は目を瞠る。
勝者は、跡部のはずだ。あの氷帝コールの通り、手塚は敗者である。
だが、彼は手を掲げてたたえてくれた。お互いが勝者で、お互いが敗者だと。
「跡部」
思わず小さく名を呟いたけれど、背けられた彼の顔が振り向くことはなかった。頭上で握られていた手がパッと放され、支えを失った右手を胸の前に下ろす。審判に挨拶をすませ、自陣のベンチへと戻っていく跡部の背中を見やり、手塚もまた自陣へと足を向けた。
「手塚部長!」
「手塚、大丈夫かい」
仲間たちが心配そう口にしてくる。だが手塚には、やらなければならないことがあった。
「――越前」
補欠戦となった試合に臨む一年レギュラーを、送り出すことだ。
「高架下のコートで言った言葉、覚えているか」
お前は、青学の柱になれ。
次代を担う選手が必要だ。圧倒的な強さでもって周りを引っ張っていく者が。かつて手塚自身がそう託されたように、次は手塚が誰かに託す番だった。
それを受けてか、越前は真摯に「はい」と答えた後、不敵に笑ってみせてきた。この状況で大した度胸だと安堵さえ覚え、ベンチに腰をかける。
肩の痛みを認識してしまうと、集中できない気がしたけれど、見届けなければいけない。ちらりと氷帝のベンチを見やると、跡部は頭にタオルをかけたまま俯いていた。気力を使い果たしたのか、よほど体力を削がれたのか、それとももう勝った気でいるのか。
――――見届けろ、跡部。俺たちが次の試合を生んだんだ。
基本的に個人競技ではあるものの、この大会は団体の成績で勝敗が決まる。手塚が跡部に勝利していればこの補欠戦はなかった。越前と、氷帝の日吉がコートに出ることはなかったのだ。部長として、最後まで責任を果たさなければいけない。
――――俺とお前の勝負の決着は、まだついてはいない。
部長同士、テニスに懸ける想い、次代に託さなければいけない責任。ただ一度試合に勝ったくらいで、決着がついたなどとは思われたくない。それほど、名残惜しかった。
手塚はコートに視線を戻し、黄色いボールを追いかけた。
ややあってもう一度跡部に視線を向けたら、手塚と同じようにじっと前だけを見据え、試合を見守っていた。後輩の勝利を信じて握る拳は、やはり手塚と同じほどの強さに見えた。
勝敗の行方を追いかけるその瞳は、コート上で見た時と同じく熱いのだろうなと思うと、どうしてか口の端が上がった。
ズキ、と肩が痛むのに合わせて、トク、と心臓が音を立てる。
この左肩では、次の試合は無理か――と思う。越前が勝利を収めることを前提に、次のことを考える。様々なルートをシミュレートしてみたが、十中八九、出られない。今回の敗北以上に痛手だなと、唇を引き結ぶ。
それでも、試合を棄権するなどという選択肢は存在しなかったのだからしょうがない。あのコートで、跡部景吾が待っていたのだから。
彼に対する認識を改めないとな、と先ほどの試合を思い出しかけて、審判が越前のポイントをコールしたのにハッとした。
今は、先ほどの試合を反芻するより目の前の勝敗だ。
――――勝ってこい、越前。今できるすべての力で、勝ってここに戻ってこい。
ひとつ瞬くごとに、勝利への執念が加算されていく。
――――勝たせてもらうぞ、跡部。
勝って全国大会へ行くのは俺たち青学だと、強い意志で前を見据える。それは跡部も同じようで、後輩の勝利を信じてどっしりと構えていた。キングは弱みを見せるべきではないというように、余裕の笑みさえたたえてだ。
視線を上げると、燦々と輝く太陽が瞳を支配する。
なんて熱い色をしているのだろうと、手塚は目を細めた。
越前の――青学の勝利が決まったのは、それからしばらくの後だった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-001-
忘れられない色がある。
十四歳の夏、それを知ってしまった。
それはどこまでも高く燃え上がる、灼かれそうな――青。
なぜ今なんだ。
肩に走った激痛は認識したが、どうして今この瞬間なのかと、手塚国光は歯を食いしばった。
あと一球だったのだ。あと一球あのコートにたたき込めば、勝利が確定したというのに。
「……、……ッ……!!」
声にならない声が、天を突く。
膝を折る。膝をつく。肩が上がらない。動かない。先ほどまで握っていたはずのラケットを、拾い上げることすらできなかった。
迂闊だった。無意識に、完治したはずの肘をかばってしまっていたのだろう。いつもの試合ならば、それでも勝てた。自分に持久戦を仕掛けてくるような相手がいなかったというのも、判断を誤った原因の一つだ。
いや……果たして本当にそうだろうか。どこかで、肩に負担がかかっているのを理解していたように思う。
「手塚!」
「手塚部長!」
青学の仲間たちが、ベンチから駆け寄ってくる。いまだに痛みが引いていないことは、きっと彼らも分かっているだろう。このままでは棄権させられかねない。それは駄目だ。受け入れられない。
「来るな!」
駆け寄ってくる仲間たちに向かって声を張り上げる。膝をついたまま、視線だけそっと正面に向けた。
ネットの向こうに、対戦相手がいる。氷帝学園の頂点に立つ男――跡部景吾だ。その男はぐっとラケットを握ったままこちらを見据えてくる。
――――ああ、そうだ、跡部。
手塚は激痛をこらえて声を絞り出す。
「試合は……まだ、終わっていない……!」
こんなところで終われるものか。こんなことで、勝ちを譲ることなどできやしない。こんな中途半端な状態では納得がいかない。
状態を確認するためということで、試合が一時中断される。それはモチベーションや集中力の持続に大きな影響を与えるが、どうしようもない。
手塚はベンチで、左手をぐっと握り、力を抜き、またぐっと握りしめる。
力は入るようだ。肩の痛みも、先ほどより若干和らいだように感じた。
「手塚、棄権した方がいい」
「肩を痛めて引退した選手は山ほどいる」
不二や乾が、強い口調でそう勧めてくる。それは普通の行動だろうなと手塚は思った。逆の立場なら、止めるべきだからだ。部長という立場である以上、部内での怪我には責任がある。しかしいざ止められる側になると、首を縦には振れない。
こんなところで終わりたくない。中学最後の大会なのだ。悔いなど残したくない。この一戦に勝てば次に進める。いや、進まなければならない。
何より、コートにまだ跡部景吾がいる。
恐らく、手塚が再びコートに立つのを待っているのだろう。彼も、納得のいかない顔をしていた。
続いていた応酬が、突然ぷつりと切れたのだ。不完全燃焼であることは間違いない。
〝出てこいよ〟
彼の揺るぎない青の瞳が、そう語っているように見えた。
手塚はラケットを握り直す。
「手塚部長!」
「手塚、駄目だよ!」
尚も止めてくる仲間たち。それでも手塚は、戻らなければならない。いや、戻りたい。
跡部と、視線が重なる。手塚はそっと目を閉じてその交錯を断ち切ったけれど、すぐに腰を上げた。コートに向かって足を踏み出す手塚の前に、副部長である大石が立ち塞がる。
「手塚」
長く、共にテニスをしてきた。支えてもらった。止めるならば、その彼を押しやらなければならない。
「大和部長との約束を、果たそうとしているのか?」
ひとつ瞬いて、大石をじっと見やる。彼はそれを肯定と捉えただろう。全国制覇の夢を叶えるというのは手塚自身の夢でもあるが、大和との約束を守りたいという思いもあった。ここで棄権などしたら、夢半ばで柱という役目を託してくれた人に申し訳も立たない。
どう勝つか。周りの期待を背負う者の責任だ――手塚はそう思っている。
「……頑張れ」
ぐっと拳を差し出してくれる。手塚はわずかに目を瞠った。てっきり他のメンバーと同じく止めてくるものと思っていたが、そうではなかったようだ。
傍で支えてくれた大石だからこそ、手塚がどれだけこの試合に懸けているか知っているのだろう。ごつりと腕を合わせ、力強く頷いた。後ろのメンバーたちは止めるべきだと慌てていたが、手塚の意志が揺らぐことはない。
「部長」
ベンチにふてぶてしく腰をかけていた越前が、声をかけてくる。手塚はその小さな少年に意識をやった。
「俺に勝っといて、負けんな」
彼なりの激励なのか、発破をかけたつもりなのか、ほんの少し拗ねたような声が届く。自分を打ち負かしたのだから、簡単に負ける男であってくれるなというのは、なんとも生意気なものだが、気持ちは充分に理解できた。
「――俺は、負けない」
そうして手塚は、コートに戻る。突き刺さるような跡部の視線が、なぜか心地良かった。
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情熱のブルー

2023/03/19
【あらすじ】
※「永遠のブルー」を手塚サイドから書いたストーリーとなります。
関東大会の試合以来、跡部のことが頭から離れない。僅かな心の動揺に手塚は恋情を自覚したが、告げるわけにはいかなかった。気持ちを押し殺し好敵手として長く過ごしてきたが、それは些細なきっかけで崩れてしまう――。
001/002/003/004/005/006/007/008/009/010/011/012/013/014/015/016/017/018/019/020/021/022/023/024/025/026/027/028/029/030/031/032/033/034/035/036/037/038/039/040/041/042
※作中にリョ桜表現が含まれます。ご注意ください。
#片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
その唇で蕩かして-001-
ドアを開けて招き入れた。その瞬間腕を引かれ、今閉めたはずのドアに押しつけられる。
「あ、……っ」
すぐに重なってきた唇を拒む気はさらさらないが、唐突な接触に跡部はくぐもった声を上げた。
「んん……っ」
熱く、力強い舌が入り込んでくる。追われた舌が出逢って、口の中で暴れ回った。ちゅ、ちゅ、と濡れた音が響く。足の間に膝を割り込ませ体で押さえつけてくる強引さを、本能で押しやろうとしてしまう。だけど舌先で口の中から頬を撫でられて、ぞくぞくと這い上がってきた快感が、その手を緩めさせた。
「んっ……ふぁ……んぅ」
唇が離れてもすぐにくっついて、むさぼるように吸われる。そのたびに心臓が音を立てて、息が続かない。テニスをしている時の呼吸とはわけが違う。このまま呼吸困難で死んでしまうのではないかと思うほど激しく、奪われていく。
がっちりと腰を抱く腕。膝から太腿を撫で上げる左手。ジャージの上からでもその手が熱を持っているのが伝わってきて、嬉しくて仕方がなかった。
「ん、んっ……」
熱い舌先と器用な指先に蕩かされ、膝から力が抜けていくようだ。それでもどうにか踏ん張って耐え、混ぜられた唾液を飲み込んだ。
「手、塚……っ」
唇が離れた隙に名を呼んで、衿を掴んで引き寄せる。
手塚国光が自分に欲情しているという事実が、跡部景吾を興奮させる。それを、この男は分かっているのだろうか。
奪われていた唇を今度はこちらが奪い返して、離れてやるものかと両腕で手塚を抱きしめた。
どうして離れていられるのだろうと思うほど、互いの恋情は深く、強い。
ドイツへ行けと背中を押したのは跡部自身だし、それ以外の選択肢などなかった。だけどこうして逢えてしまうと、触れたくて仕方がなかった自分を思い知らされる。
「……っおい、ば……馬鹿、待て、手塚」
ジャージの上から胸に押し当てられていた手が、ジャッとファスナーを下ろす。すぐに中のウェアをたくし上げてきて、さすがに慌てて手塚の体を押しやった。
「がっつくんじゃねえよ、こんなところでっ」
「お前が言うな。ヘリの中でも散々俺を煽ってくれたな」
ぐっと言葉に詰まる。
各国を巻き込んだ焼肉バトルの最中に、手塚と優雅にヘリデートとしゃれ込んでいたが、こっそり腰を抱いたり指を絡め合わせたりしていたのは跡部だ。そういう欲が少しもなかったかと言えば嘘になるし、あわよくばという気持ちも確かにあった。
だがだからといって部屋に入ってすぐにとは思っていない。まさになだれ込むような状態だ。
「跡部。まさか俺には性欲がないなどと思っているんじゃないだろうな」
「さすがにそこまでは思ってねえよ! 思って……ねえけど、だから、ちょっと、待てって」
手塚の手のひらが、素肌を撫でてくる。危うくこのままここで許しそうになるが、すんでのところで理性をかき集めることに成功した。
「やりてぇのはこっちだって同じなんだよ、ばか、おい……ほんの少しじゃねえかっ……」
手を引き剥がして、ようやくまともに手塚を正面から見る。濡れた唇やわずかに上気した頬はこんな時しか見られなくて、さらに欲情させられた。ストイックな雰囲気を醸し出すドイツ代表の黒いジャージが、逆にエロティックに手塚国光を包み込んでいる。
「なるほど、ベッドで抱かれたいということか」
「だっ……!」
カッと頬が紅潮する。抱かれたいというのは事実だが、手塚に口にされると、恥ずかしいのと同時に腹立たしい。自分が抱く側であることを当然とでも思っていそうだ。いつか寝込みを襲ってやろうかとも思うが、返り討ちに遭うのがせいぜいだろう。
「お前が使っているのはどっちだ」
「そ、……っち、左側の」
そんなことを考えている間に腕を引かれ、引きずられていく。
手塚にしては性急な行動だが、試合の熱が覚めやらないのだろう。それは跡部にも覚えがある。テニスに打ち込んだあとは、ひどく好戦的になって、分かりやすく欲望がレベルを上げる。
だから、手塚が寝室に入るなり押し倒してくるのは理解ができた。できたが、大事なことを思い出す。
「手塚、ちょっと待て、五……いや三分でいい、ステイ、おい待てっつってんだろ」
「待たん、ふざけるな」
「ふざけてね……っぁ……ん」
先ほども散々キスをしたのに、また唇が塞がれる。こんな強引さも、気がかりがなければ受け入れていただろう。舌を絡められ、吸い上げられ、脇腹を撫でられる。手塚の仕草に慣れきった体は簡単に反応を示し、彼を喜ばせたようだった。
それはとてもわかりにくい機微だったが、愛情のなせるわざとでも言っておこう。
これは止まりそうもないなと跡部は諦めて、非常に不本意ではあるものの、手塚の唇がキスに満足して離れ首筋に移動したあたりで、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出した。
「電話か?」
「テメーが有無も言わさず引っ張ってくるからだろ……だからちょっと待てって言ってんのに……」
手塚はそれに怒る様子は見せない。コトの最中にと普通は怒りそうなものだが、そもそもが手塚のせいだ。跡部はトークアプリを立ち上げてアイコンをタップした。
端末が呼び出し音を鳴らしている最中も、手塚の手のひらは腹を撫で、徐々に上に移動してくる。手塚の唇も、首筋のラインをなぞるのが楽しそうだ。まったくこの男は、と思いつつ、跡部は相手が応答するのを待った。
『跡部? どうしたんだい、主催者が不在じゃ締まらないだろう』
「幸村……、悪い、部屋……少し空けててくれねえか、……ッ」
電話の相手は幸村精市。この部屋の同室者である。寝室は分けられている構造ではあるものの、今帰ってこられたらまずい。他人がいるところで行為に及びたいなどという性癖は、さすがに持ち合わせていないのだから。
『なに、どういうことだい?』
「……駄犬が……入り込み、やがっ……て、な」
首筋を、駄犬の舌が這う。跡部はびくりと肩を揺らし、おかしな声が漏れそうな唇を覆った。
『…………ああ、駄犬、ね。ふふっ、それは大変そうだ』
幸村は手塚とのことを知っている。今ここで何が行われているか、気づいてもいるのだろう。跡部が必死に堪えているにもかかわらず、手塚は何も気にした風もなく愛撫を続けている。いっそ聞かせているのではないかと思うほど、リップ音が生々しい。
――――くそ、この馬鹿……!
押し退けられない自分の浅ましさが、幸村にまで伝わっているかと思うと、いたたまれなかった。
『構わないよ、跡部。俺は今夜は帰らない。何しろさっきから、手塚とのアツい試合のことで質問と称賛責めだ』
俺自身は負けたっていうのに祝杯に引っ張りだこだよと電話の向こうから聞こえてくる。この借りは必ず返そうと心に決めて、ホッと息を吐いた。
「まだドイツを降しただけだ、ほどほどにしとけよ」
『跡部に言われたくないなぁ。ほどほどにね。駄犬によろしく』
プツ、と通話が途切れる。切れてようやく、手塚が体を起こした。なぜ通話中にそうできないのかと、跡部は端末を放って手塚を見上げる。
「いやみか、二人して」
「さあな?」
今日の試合で日本代表はドイツ代表を降した。負けた試合もあるものの、日本が決勝戦に進んだのは事実。奇しくも手塚は幸村を打ち負かしたが、チームとしての勝利は逃してしまった。
「慰めてやろうか、手塚」
「結構だ。慰められるような試合をしたつもりはない」
だろうなと、跡部は笑う。手塚国光はいつでも全力で挑んでいる。次の試合に進めなかった悔しさはあるだろうが、慰めなど必要ない。跡部は手塚の左手を取って、大切そうに手のひらに口づけた。
「かっこよかったぜ、手塚。ぞくぞくした」
日本代表の中学生キャプテンとして日本の勝利は願ったが、手塚が全力で挑んでいる姿に歓喜したのも本当だ。あの時背中を押して送り出したのは間違っていなかったと安堵する気持ちも手伝って、体が震えた。いっそ欲情にも似た思いだった。
「……幸村にゾーンの攻略法を教えたのはお前だろう」
「誰かに破られる前に俺にやられて良かったじゃねーか。ククッ、あれは気持ちよかったな」
「お前の迷いが晴れたのは何よりだが、以前よりしたたかになったな」
「……迷い、お前しか気づいてなかったみてーだがな。醜態さらして悪い、手塚」
「醜態とは思っていないが、他のヤツらと一緒にしてもらっては困る」
言いながら、手塚は自らのジャージを脱ぐ。仕切り直しだととでも言わんばかりの仕草と、まだ見慣れないドイツ代表のウェアに心臓が躍った。
「分かっているんだろうな、跡部。俺はお前の恋人だ」
「ベッドの上で何言ってんだ。恋人以外をこんなふうに見上げる趣味は俺様にはねえんだが」
そもそも本来抱く側の性別である自分が、抱かれる側に甘んじてやっているというのに、今さらだ。もう手塚にしか欲情できないのではないかと思う。考えたこともない。
「来いよ手塚。今夜一晩、お前の熱に溺れてやる」
そう言って両腕を伸ばせば、右の手のひらに柔らかなキスが降ってくる。その手を背中に回すと、先ほどまでの強引さが嘘のように優しくのしかかられた。
「では、お前の熱もすべてもらうぞ、跡部」
同等にと射貫いてくる瞳にぞくぞくと背筋を震わせて、首に腕を回して引き寄せる。
普段からあまり言葉にしない男だが、欲しがる熱は同じなのだと実感した。
#R18 #両想い #ウェブ再録


「向こうに話は通しておいた。しっかり治して戻ってくるんだね」
竜崎スミレがわずかに険しい顔でそう呟くのに、手塚は頭を下げた。こんなつもりではなかったが、致し方ない。
明日から、手塚は九州に赴く。関東大会の最中ではあるが、手塚は今戦力外だ。アドレナリンが切れたせいなのか、またズキンズキンと痛み出した肩では、どうやっても試合などできやしない。
この肩の治療のため、青春学園付属の大学病院へと行くのだ。リハビリの施設が整っているらしい。何よりも、身内だ。なにかと融通が利く。
「お前さんも無茶をしたもんだねえ。アタシがもう少し早くコートに戻ってれば、張っ倒して止めてたよ」
彼女はそうは言うものの、実際手塚を止められたかどうか。たとえ指導者の指示だとしても、手塚はあの時棄権するつもりは毛頭なかったのだから。
「必ず、全国大会までに戻ってきます。それまで、部をよろしくお願いします」
「ああ、そうだね。勝ち進んで待ってるよ」
背中をぽんと叩かれ、わずかに安堵した。勝ち進んで全国大会への切符を手に入れること前提か、と笑い飛ばされることがないのは、竜崎がそれだけ青学の力を信じているからだ。
部長という柱を失ったチームは士気を削がれるかもしれないが、あの連中なら大丈夫だろう。そう信じたい。
「ひとまずまあ、気分転換だね」
普通、試合が終わった後は反省会ではないのだろうかと手塚は思うが、青学テニス部一行は今、ボーリング場へと向かっていた。
初戦を勝ち抜いただけで浮かれ気分とは、と思うものの、竜崎が言い出したものだから従う他にない。これが部員たちの発案ならば、いつものように「グラウンド二十周だ!」とでも言ってやれるのだが。
「それにしても、もう少し平和に穏やかに傷一つなく試合できないもんかねえ……。河村の手も心配だよアタシは」
「病院ではなんと?」
「骨や神経に異常はないそうだ。ただ、無茶をするなと言われたよ。アタシはあんたたちを預かってる責任があるんだけどねえ。手塚、お前さんも全国では無傷で勝ってくれよ」
やれやれといったふうに首を横に振り、念を押すように右肩に手を置かれる。手塚とて怪我は控えたいが、状況によっては叶わないかもしれない。
激闘ボーリングが終わっておのおの帰途につく前に、メンバーには手塚が九州に治療に向かうことが周知された。その時の驚きようは、まだ関東大会の会期中だということを考えれば当然のことだろう。
だがもはや決定事項だ、勝った嬉しさも半減しかねない肩の落としように手塚は何も言えない。竜崎がそんなメンバーたちの背中を叩き、発破をかけていた。メンタルを鍛える良い機会でもあるのだろう。
「そういえば、氷帝の跡部くんなんだが」
そんなメンバーたちを見送って竜崎が口にした名に、手塚は息を止めた。表情には出なかっただろうが、何かあったのかと平静を装って先を促してみる。氷帝コールを背負ってコートを後にした跡部の姿が、頭に浮かんだ。
「跡部が、どうかしましたか」
「ん、いや、あんなナリでワンマン気取っちゃいるが、礼儀正しい子だと思ってね。樺地くんを一緒に病院につれていったことに礼を言われたよ。向こうさんも大したことなくて良かった。先入観に囚われるとは、アタシもまだまださ」
越前の口癖と重なっていて、口許が緩みそうになった。しかし、ほんの二言三言交わしただけだろう竜崎でさえそう思うのだ、手塚が跡部に対して抱いていた先入観が崩れ去ってもおかしくないのだと安堵した。
「俺も……彼に対する認識を改めなければと思いました。できればもう一度…………いえ、なんでもありません。では、失礼します」
「ああ、気をつけて」
竜崎に会釈をして、手塚は帰途につく。バッグをうっかり左肩に担ごうとして思い留まった。癖というものは恐ろしい。
ゆっくりと右肩に担ぐも、違和感が拭えない。だが左肩にこれ以上負担をかけるわけにはいかないのだ。違和感は諦めて足を踏み出す。
家に着くと、母がいつもと変わりなく出迎えてくれた。
「おかえりなさい、国光」
「ただいま帰りました」
母・彩菜のその様子は手塚の緊張を解かせる。内心ではどう思っているか分からないが、気を遣いすぎるのは逆に息子の負担になると分かっていてのことならば、相変わらず聡明な人だと尊敬もした。
「心配をかけてすみません」
「私より、国春さんがね。お仕事大丈夫かしら。お義父さんも、お気に入りの湯飲み落として割っちゃったのよ。今度一緒に買いに行きましょうかって言っておいたの」
その光景が目に浮かぶようで、どうにもむずがゆい。
一人息子だということもあって、厳しくも愛情を注いで育ててくれた家族だ。こんな時はそれを顕著に感じることができ、申し訳なくなった。
「でもね、私も怒ってはいるのよ国光。大切な試合だったのは分かるけど、自分の体をちゃんと愛してあげてね。お母さん、頑張って産んだんだから」
「……はい」
敵わないと思う。仲間に止められても、指導者に止められても、試合には出ただろう。だが、家族だったらどうだっただろうか。この人たちを振り切って、それでも跡部景吾との試合を望んだだろうか。
考えて、三割か、と胸の中で考えた。
「あ、向こうの病院で必要そうなものは買ってきたのよ。お部屋に置いてるから、後で見ておいて。荷造りお手伝いする?」
「ありがとうございます。自分でできますが……助けが必要な時にはお願いしてもいいですか」
「もちろんよ。さあ着替えてお夕飯にしましょう。もうすぐ国春さんも帰ってくるわ」
はい、と頷いて、手塚は自室へと向かった。背中でドアを閉めて、目を閉じて下を向く。
三割だ。三割、傾いて――それでも試合に出ることを望んだと思う。親不孝なことかもしれないと分かっていつつも、跡部とは決着をつけたがっただろう。
それほどに、大切な試合だった。
これは自分の我が儘だなと思い、だからこそしっかりと肩を治さなければと、着替えて食卓へと向かった。肩が上がらないことには、気づかなかったふりをして。
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