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情熱のブルー-006-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 三日、最後のリハビリに励んだ。病院での手続きを済ませて、いちばん早い飛行機に乗った。今日はちょうど…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-006-



 三日、最後のリハビリに励んだ。病院での手続きを済ませて、いちばん早い飛行機に乗った。今日はちょうど、全国大会の組み合わせ抽選日のはずだ。くじを引くまでに間に合うだろうか。
 青学が無事に全国大会へと勝ち進んだことは伝え聞いていて、信じていたがやはり安堵した。
 全国大会という大舞台で、またテニスができる。
 医師からはあまり無茶をしないようにとクギを刺された。できるだけそうしたいが、どの学校も強敵ばかりだろう。王者立海大付属とも当たるだろうし、油断はできない。
 ――――氷帝は……跡部はどうしているだろう。
 いちばん気にかかるのはそこだ。
 彼らの〝夏〟は終わってしまった。怪我を負いながらも全国大会に進んだ自分が、「テニスをしたい」などと、ともすればいやみにも取られかねないことを跡部に望んで、受け入れてもらえるかどうか。
 そもそもどうやって連絡を取ればいいのか。ふわりと跡部の顔が頭に浮かんで、唐突に顔の熱が上がった。また無意識に跡部のことを考えてしまっている。
 あまりにも強烈な印象を残した試合だったから、頭から離れないのだと思う。そうしておきたい。そうに決まっている。何も問題はない。ともかく跡部のことは全国大会が終わってからだと心に決めた。
 そうして空港から電車を乗り継ぎ、抽選会場である立海大付属の校舎に着いた。
 途中で竜崎に連絡を入れたら、もっと早く連絡しなと怒られた。失念していたのは手塚の落ち度だ。それでもホッとしたような竜崎の声に背中を押されて来たわけだが、抽選はどうなっているだろうか。青学がまだ引かれていないのなら、自身のこの手で引いてみたい。
 ドアのノブに手をかけたら、中から青学の代表を呼ぶ声がした。どうしてか笑い声も聞こえて、若干躊躇う。それでもギッとドアを開け、中の様子を目の当たりにした。
 今まさに、大石が抽選の壇上に向かうところだ。間に合ったと安堵するより早く、たった一度きりのくじは自分が引きたいという欲求が駆け抜けた。
「大石、それは俺に引かせてくれないか」
 声をかけた瞬間、ざわついていた室内がしんと静まりかえる。手塚の声を認識して、大石が振り向いた。安堵と歓喜でくしゃくしゃになった顔が、手塚をも安堵させる。大石が、どれほど頑張って部を支えてくれたかが分かるようだ。
 手塚は壇上に向かって段を下り、駆け寄ってきた大石に頷いた。
「おかえり手塚、待ってたぞ」
「ああ、遅くなってすまない。次は全国だな、大石」
 嬉しそうに頷いて、大石は元いた席に腰をかける。くじを引く役目を果たそうと壇上に視線をやって、途中、息が止まりかけた。
 ――――跡部。
 視界の端に、跡部景吾が映ったせいだ。一瞬だけの交錯を、彼は認識しただろうか。驚いたような表情は、あの日ボールをたたき返した時のものよりも幼く見えた。
 ――――そうか、開催地枠。出られるんだな跡部…………よかった。
 上位枠はもう埋まっていたはずだ。それなのに、敗退した氷帝学園の代表としてここにいるということは、開催地枠としての出場が決まっているということだ。
 くじによっては、氷帝学園と当たることもあるのかと手塚は口の端を上げた。叶わないと思っていた公式戦で、彼のプレイを見られる。胸がざわめいて、指先がそわついた。
 ざわざわと、自分のことを囁く声が聞こえる。噂話は本人のいないところでやるものではと思いつつ、気に留めるほどのものでもない。
「ふん、手塚がなんぼのもんじゃい。ワシのスーパーテニスで――」
「やめとけ。テメーじゃ十五分ももたねーよ」
 ただ、跡部の声だけが鮮明に耳に届く。なぜ跡部が得意げなのだと眉が寄ったが、じわじわと胸の辺りが熱くなってくる。
 ――――なぜ、こんなふうになるんだ。
 顔を見ただけだ。声を聞いただけだ。会話をしたわけでもないのに、なぜこんなにも胸が鳴るのか。
 段を下りる途中、長い足を突き出されたが、そんなものに引っかかりはしない。
「随分と長い足だな」
 そう挑発し返してやったら、高笑いが返ってくる。楽しそうだなと思っていたら、跡部が肩を震わせているのに気がついた。何かおかしなことをしてしまっただろうかと心配にもなった。
 あれ以来初めて顔を合わせる。いや、合わせたというレベルではないが、元気そうでなによりだと思う。タイミングが合えば、連絡先の交換ができればいいと思いながら、生涯で一度きりの、全国大会の抽選くじを引いた。
 氷帝学園はもう決まっていた。勝ち進めば、準々決勝で当たる。それを認識した瞬間、ドクンと心臓が大きな音を立てた。
 湧き上がってくるのは純粋な闘志で、ぐっと強く拳を握る。
 ――――テニスがしたい。思いきりラケットを振りたい。
 欲求は尽きない。抽選会が終わって青学に向かえば誰か相手をしてくれるだろうかと、珍しく心が逸る。
 己を律することがいつもより難しくて、ゆっくりと深く息を吸い込んだ。
「手塚、本当に良かった。もう万全なのか? 大会、出られるんだよな?」
「ああ、心配ない。大石、皆を率いてくれて感謝する。全国大会に出られることを、本当に嬉しく思うぞ」
 席に戻れば、大石がそわそわしながら訊ねてくる。手塚は頷きながらそれに答えた。
 どのような練習をしたのか、どのような試合運びだったのか、あとで聞かせてもらおうと静かに抽選会を見守る。
 大石の顔を見て安堵したが、跡部の姿を認識した時とは全く違う。
 跡部も全国大会に出られるのだと知って嬉しかった。それは好敵手として認識しているからであって、何もおかしなことではないはずだ。
 それなのに、どうしてこんなにもそわそわしているのだろう。同じ空間にいるというだけで、抽選の結果より彼の動向の方が気になってしまう。座った位置からでは彼が見られないということが、余計にそうさせていた。
 ――――終わったら、声をかけるのはおかしくないだろうか。しかし何と言えば……? また戦えることを嬉しく思うというのは、変だろうか……。
 自分から行動をするのはあまり得意ではない。
 普段はどうしてか相手から声をかけられることが多く、テニス以外ではイニシチアブを取るのが上手くなかった。お互いラケットを握っていれば簡単なのに、跡部は制服だ。テニスをする格好ではない。
 どう声をかけるべきか、そもそも声をかけていいものかどうか悩んでいるうちに、抽選会は終わってしまった。大石に声をかけられてハッとしたくらいだ。よほど深く考え込んでしまっていたのだろう。気がつけば室内に人はまばらで、跡部の姿もなかった。
 手塚は失態に気づき、眉を寄せた。悩んでいるうちに対象を逃してしまうなんて。
「さあ手塚、青学に行こう。みんな喜ぶよ」
「ああ……」
 大会中にでも声をかけた方が自然かと諦めて立ち上がり、抽選会に使われていた教室を出る。青学のメンバーに報告もしなければいけないし、彼らの報告も聞きたい。今日は顔が見られただけでよしとしようと、やはり不可解な感情に悩まされた。
「手塚」
 だが、教室を出たところの廊下で声をかけられて目を瞠った。跡部がたった一人でそこに佇んでいたからだ。
「話がある。少し、いいか」
 神妙な面持ちはたぶん珍しいのだろう。
 何かあったのかと心臓が嫌な音を立てたが、せっかく向こうから声をかけてくれたのだ、この機会を逃す手はない。
「ああ、構わない」
 頷きながらそう返せば、跡部はどうしてか驚いたような顔をした。自分から誘っておきながらどういうことだと目を瞬く。
「大石、すまないが竜崎先生への報告を任せてもいいだろうか」
「え、あ、ああ……いいけど、大丈夫かい? 手塚」
 大石が、心配そうに視線をよこしてくる。それは跡部にも向かっていって、手塚はなるほどと胸の内で納得した。あの日の試合のことを気にしているのだろう。容赦なく弱点を攻めてくるような男相手に、平気なのかと言いたいようだ。二年前テニス部の先輩に絡まれていたことを目の当たりにした大石が、心配するのは理解ができた。
「心配は無用だ」
「分かった、何かあったら連絡してくれよ」
 そう言いつつも、大石はまだ心配そうに跡部を通り過ぎていく。気まずそうな顔をした跡部を、手塚は物珍しそうに眺めた。
「トップがこの調子じゃ、苦労してそうだな、大石は……」
 ぼそりと呟かれた言葉が耳に入る。どういう意味だと訊ねてみたいが、ひとまず用件を聞くために跡部に歩み寄る。少しずつ距離が近づくにつれて、鼓動が速くなっていくようだった。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 おかしいと思い始めたのは、それからずっと跡部の声が頭から離れないことを自覚してからだ。 手塚と呼ぶ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-005-


 おかしいと思い始めたのは、それからずっと跡部の声が頭から離れないことを自覚してからだ。
 手塚と呼ぶ声、ボールを返す時の叫び、果ては荒い呼吸までついて回る。
 有意義な試合だったことは認めよう。リハビリに来る直前の試合だったから、ひどく印象に残っているというだけだ。そう思いたい。
 やっとラケットを握らせてもらえるようになり、軽くボールを打たせてもらえるようになって、安堵する暇もない。
〝腕はナマッてねえだろうな〟と挑発する声に、数日何もできなかったから腕が落ちているかもしれないと唇を噛む。〝破滅への輪舞曲ロンドだ!〟と技名を叫ぶ声が響いて、思わず体が動く。肩が上がらないことに気がついて項垂れた。
 もどかしい。肩さえ順調なら、跡部のあのボールも返せるのに。試合の時の様子が、頭の中に浮かんでくる。声だけでなく、ラケットを振り抜く姿やトスを上げる様までが、鮮明に思い出せた。
 いくらなんでもおかしいのではないかと、視線を泳がせる。
 何か良くない兆候ではないのかと医師に訊いてもみたが、特に何も言われなかった。リハビリ中にはよくあることらしい。よくあるのならいいかと安堵もしたが、なぜそこで跡部なのだと胸が騒いだ。
 指先がそわそわと落ち着かないのはどうしてだろう。胸が熱くなるのはなぜだろう。
 時折、ラケットを握っていない彼さえ浮かんでくるのが不可解で仕方がない。
 今なにをしているだろうかと視線を上にやる。初戦で青学に負けた以上、氷帝学園の全国出場は消えた。もう公式の試合では跡部景吾と対戦できないということかと、ひどく気分が落ち込む。
 だが、敗退したからといってそこで立ち止まるような男ではないと思いたい。あの日あんなにがむしゃらだった跡部景吾が、足を止めるなんてことはないはずだ。
 それを確認したいのに、跡部の連絡先を知らないというのがもどかしい。
 いや、そもそも自分がこんなに他人のことを考えていること自体が珍しいのだ。だから、調子が狂う。ふとした瞬間に跡部のことを思い出して、テニスがしたいと強烈に思う。ラケットを握っていてさえだ。
 焦がれている――そう表現するのがふさわしいほどに、あの瞬間をまた味わいたい。
 一瞬の視線の交錯、永遠のようにも思えるタイブレーク、ネット上で重なった手のひら。
 顔が火照っているのに気がついて、不可解な感情に手塚は項垂れて額を押さえた。
 ――――跡部とは、テニスをしたいというだけだ。焦がれるなどと、そんな大袈裟なことではないだろう。
 純粋に、あの熱いプレイに触れたいというだけだ。それ以下でもそれ以上でもない。連絡先を知らないもどかしさだって、テニスのことが話せないからだ。
 向こうに戻って、氷帝学園に練習試合でも申し込めば、そこで逢える――と思いかけて、それよりまずは全国大会だろうと苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
 個人的な都合で試合を申し込むわけにはいかない。かといって正直に話せば、どうしたのかと心配されるかもしれない。それはそれで面倒だと息を吐いた。
 他のプレイヤーにあまり表立って興味を示さない手塚国光が、跡部景吾と試合をしたいだなんて。
 興味を示さないというよりは、自身の鍛錬の方が重要だというだけで、興味のある選手がいないわけではないのだが、それでも周りは驚くのだろう。
 ――――氷帝とは……全国で戦えないのか……。
 青学が全国大会に進出するのは、手塚の中ですでに決定事項だ。対戦校がどこであろうと全力でぶつかるだけだが、やはり残念で仕方がない。
 跡部が掲げてくれた右手を見下ろして、そっと握り込む。
 お前とテニスがしたいと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。もしかしたら肩のことを気にして拒まれる可能性だってある。ただ単に嫌だと言われるかもしれない。
 その時は諦めるしかないが、可能性がゼロではないのなら、賭けてみたい。
 快諾されたら、あの日のように全力でぶつかれるよう、まずは肩を治さなければとリハビリに専念することにした。


 肩はもう大丈夫だよと言われてホッとしたが、以前のように上手く打てない。肩が思うように上がらないのだ。
 本当に治ったのだろうか。このまま東京に戻って試合に出て、無様な醜態をさらしたらいったいどうなってしまうのか。
 考えていたよりずっと早くテニスに打ち込む許可は出たが、鍛錬を休んだ分だけ技が衰えているように感じられた。
〝腕はナマッてねえだろうな、あーん?〟
 跡部の挑発的な声が聞こえて、どうにも気まずい。ふとしたきっかけで思考の端にチラつくと、もうそれだけでブワッと広がって、頭の中が跡部景吾に侵食されていく。
 邪魔をしないでくれと思考に蓋をして、肩の違和感に悩む中、ミユキという一人の少女に出逢った。試合になると本当の力が出せないというのである。
 少し練習を見てみると、確かに筋はいいようだった。ただ、試合となると足が竦んでしまうらしい。
 何かしらの恐怖と極度の緊張で体が萎縮してしまっているのだと説き、それを克服するしかないと指摘してやる。言うのは簡単だが、やり遂げるのは難しい。だがそれを乗り越えれば、彼女はすぐに名を馳せるようになるだろう。
 そんな彼女につきあう中、厄介な連中に絡まれてしまった。
 自分自身に挑まれただけならば軽くあしらうが、彼女のことを引き合いに出されたのではたまったものではない。
 だが、やはり肩が上がらずボールが返せない。それで調子に乗った連中は、ここぞとばかりに球を打ってくる。
「怪我人相手に全力でやるなんて卑怯たい!」
「真剣勝負ってのはそういうもんだ!」
 本来の力を出せていれば、こんな連中すぐに打ち負かしてやるものを、と左肩の違和感が拭えないままのラリーが続く。連中の一人が放ったその言葉が、腹立たしくてしょうがないのに。
 確かに真剣勝負ならば、怪我人だろうとコートに立つ者に対して全力でぶつかるのが礼儀だ。あの時、跡部がそうしてくれたように。
 だがこの連中は、真剣にテニスをしているわけではない。真剣に、手塚国光という男を嬲りたいだけなのだ。そんな連中が、真剣勝負などという言葉を使うのが腹立たしくてならない。
 しかし、どうにも腕が上がらない。右手で相手をすることも可能だが、それでは意味がない。テニスをするためにここに来て、テニスができないまま東京には戻れないのだ。
 容赦ない打球が襲ってくる。こんなものも返せないのかという、自分自身への怒りがこみ上げてくる。
 なぜ肩が上がらない。医師はもう大丈夫だと言ったはずだ。
 本当にそうなのか? 思いきり肩を上げたら、またあの時の激痛が膝をつかせるのではないか?
 肩を押さえてしゃがみ込む手塚を見て、ミユキが代わって相手になるとコートに立つ。中学生相手に馬鹿なことをと言うが、彼女は聞かなかった。
 最初は上手く返していたけれども、だんだんとそれができなくなる。男子中学生と女子小学生では力の差がありすぎる。
 それでも彼女は小さな体で負けるのを拒んでいた。
 ――――お前は何をやっているんだ、手塚国光。
 年下の少女がイップスを克服してまでテニスをしているというのに、なぜ自分はこんなところにじっと佇んでいるのか。全国制覇が聞いて呆れる。
 ――――こんなところで立ち止まっていていいわけがない。柱であろうとした俺は、こんな中途半端なところで……!
 あれを最後の試合になどしたくない。全力を出せた試合だけれども、だからこそまだ終われない。
 じわ、じわ、と体の奥から熱いものがわき上がってくるようだ。
 あの時、彼に掲げられた右手が熱い。ラケットを握った左手が疼く。
「……!」
 連中は容赦なくミユキの小さな体に打球を当てようとしている。コースを誤ったわけでなく、わざとだ。足がもつれ転んだミユキがとっさに頭を抱えた瞬間、考えるよりも早く体が動いていた。
 パァン!
 聞き慣れたインパクト音が耳に響く。さあっと、体中の血が入れ替わったかのような妙な感覚を味わった。
 肩が上がる。思うように動く。痛みはない。
 わずかな違和感は、久しぶりにここまで動かしたせいだろう。
 手塚は目を大きく見開いた。なんてことだ。ミユキにイップスを克服しろと言った手塚自身が、イップスの罠にはまっていたなんて。自身のためだけでは、克服するどころか気づけてさえいなかった。
「何年テニスをやっているんだ? ボールも、ラケットも、人を傷つけるためにあるんじゃない」
 コロコロと転がってきたボールを拾い上げ、構える。手のひらに感じるボールの感触を、どうしてか懐かしくさえ思った。
「礼を言うぞお前ら」
 さあ次はどいつが相手だと挑発して、手塚はテニスができる幸福を実感する。
 ――――まだ戦える。間に合うぞ……全国へ……!
 そうやって、絡んできた連中を完膚なきまでに叩きのめし、手塚国光は復活を遂げた。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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「先生、全国大会に間に合わせたいのですが」 宮崎県にある青春学園大学病院で、診察室の椅子に座るや否や…

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「先生、全国大会に間に合わせたいのですが」
 宮崎県にある青春学園大学病院で、診察室の椅子に座るや否や、手塚はそう口にした。
「勝ち進んだのかい? それはおめでとう」
「いえ……まだ関東地区の大会が残ってはいますが。ですが、うちの部は必ず」
「じゃあ君がまずやることは、勝ち進む未来を見ることでなく、ラケットを置くことだ」
 静かに言い放たれる言葉に、目を瞠る。ラケットを置くということは、テニスをするなということだ。
 できないのか? 間に合わないのか? 大会に出られないのか?
 それとも、まさかもう――。
 様々な思いが駆け巡った。ザアッと血の気が引いていく。指先が震えているのに気がついて、グッと拳を握り締めた。
「先、生……、テニスは続けられますか!?」
 珍しく声を荒らげて、ガタリと腰を上げる。まさかもうテニスができないなんてことはないだろうと。
「俺はテニスにすべてを懸けているんです! 先生、この大会がどれほど大事か――それに、プロへの道が」
 道が見え始めたのに。
 こんなところで、こんなことで立ち止まっていたくない。
「君がどれほどテニスを大事にしているかなど、私に分かると思うかい? それを知っているのは君だけだろう。私にできるのは、治す手伝いだけだ。力を貸すから、君はしっかりと私たちの言うことを聞いてほしい」
 諭す口ぶりに、言葉が詰まる。う……と呻くような声しか出てこなかった。
「故障を抱えて競技を続け、選手生命を絶たなければいけなくなった子たちをね、それこそ何人も見てきたんだよ。あれは悲しいね、力不足を思い知らされる。君はそんな思いさせないでくれよ」
 苦笑する医師に、手塚の怒気が失せる。怒りは自分自身に向かっていたものだが、浅慮だった。手伝うだけだというが、力が及ばず責められたことも多々あるのだろう。
 手塚は椅子に座り直し、頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした。よろしくお願いします」
「はい、一緒に頑張りましょう」
 治療の方法やリハビリの流れ、施設の説明を受け、与えられた部屋に入る。ベッドと机、チェスト。簡素な部屋だが、手塚にはそれで充分だ。
 ドサリとベッドに寝転がる。普段なら荷解きをするところだが、考えているよりもずっとダメージが大きい。
 医師の言葉を聞くまで、そんなに深刻な怪我だとは思っていなかった。全国大会に間に合わないかもしれないというのは、焦る。全国大会優勝を目指してここまでやってきたのに、こんなところで立ち止まりたくない。
 だけど、左腕が上がらないのは事実だ。上げようとすると、肩に激痛が走る。何もしていなくても、じわじわと痛みが広がっているように思う。
 応急処置としての痛み止めはしてもらったが、どれだけ効果があるのか。この状態で、よく試合ができたなとも言われた。それは、今になって思う。諦めるつもりはなかったが、よくあれだけのタイブレークを繰り広げられたものだ。
 自分はただ、負けたくなかっただけ。
 それに跡部が全力で応えてくれただけだ。
 あのまっすぐな瞳と同じように、まっすぐに向かってきてくれた。
 もしかしたら一プレイヤーの選手生命を絶つかもしれないという恐怖の中で、ただその一瞬にできうる限りの力を注いでくれた。
 何度思い起こしてみても、彼が手を抜く場面が見当たらない。いっそ心地良いほど、自分の力を見せつけてやるという気概。手塚が肩を痛めてからは、より真摯に一球一球を打ち返してきた。
 睨みつけてくるあのまっすぐな瞳は、ひどく印象的だ。
 ――――あんな試合は、もう二度とできないだろうな。相手が跡部だったからできたことだ……。
 あんな力を秘めていたのかと、体が熱くなる。
 もう試合は終わってしまったのに、何度でも頭の中で繰り返すことができた。一球一球、すべてを覚えていられる試合など、これまであっただろうか。いや、ない。そもそもあんなに力を出せたのは初めてだ。
 今度はいつあんな試合ができるか分からない。
 もう一度戦ったらどうなるだろう?
 考えて、結果が見えないことに笑ってしまった。必ず勝つと言いたいのに、簡単には勝たせてくれそうもない。もう一度試合をしたいと思う相手などそうそうおらず、彼は今や筆頭のプレイヤーとなってしまった。
 ふと、彼は今何をしているだろうかと考える。鍛錬を重ねているだろうかと、自身の左肩に視線を落とした。
 ――――跡部が、これを気にしていないといいが……。
 この肩は、確かに跡部との試合で故障した。今テニスができないのもそのせいだ。だがそこに跡部の責はない。手塚自身の未熟さが招いた結果なのだ。
 幸いにも、治療をすればテニスは続けられるようだし、あれが本当に最期とはならない。もし気にしているようなら、何でもないと言ってやった方がいいのかと思いを馳せる。
 しかし果たして気にするような男だろうか。
 手塚は跡部景吾という男をよく知らない。あの試合の中で、ようやく一欠片を知ったくらいなのだ。対戦相手の怪我を気にする性質なのかどうか分からない。
 だが、気にしているのならあの試合の後に何か言ってきただろう。それがなかったということは、つまりそういうことなのだ。そう思って、どこかでホッとした。
 跡部には、そんなことを気にするよりもさらに高みへと昇ってほしい。さらに強くなった彼とまたコート上で対峙したいのだ。
 公式試合でなくてもいい、またあのボールを打ち返してやりたい。これだと思った決め球だっただろうに、それを打ち返した時のあの顔を見たい。驚きと悔しさと、歓喜を纏ったあの表情。
 公式試合ではなくてもいいとは思うが、しかし個人的に打ち合えるものだろうか。
 そういえば跡部の連絡先も知らないなと今さら気がついた。
 個人的な交流などなかったのだから当然だが、向こうに戻ったら連絡を試みてみようか。テニスがしたいと誘って、受けてくれるかどうかは分からないけれども。
 それを考えていれば、ここでの治療も苦にはならない。青学の勝利を信じて、まずは肩を治すことに専念しよう。
 手塚はようやくゆっくりと起き上がり、荷解きを始めた。


 肩が上がらない。コンクリートで固められたかのようにガチガチに硬く、ピクリとも動かない。
 手塚は焦った。痛みはあっても、動かすことはできていたじゃないかと。
 上がりきらないまでも、ゆっくりと上昇させることはできていたはずだ。
 それなのに、どうして。指先さえ動かない。
 冷や汗が額を伝う。
 悪化したのか? どうしてこんなに急に――なぜ今、左手にラケットを握っているのだ?
 試合中かとハッとしたが、目の前は真っ暗なままだった。
 対戦相手もいない。観客もいない。
 ここはいったいどこだ――? 左を振り向いたその瞬間に、肩に激痛が走る。
 そこで目が覚めた。
「……ッ……、は、……はぁッ」
 夢だと認識した瞬間、ドッと汗が噴き出す。びっしょりと濡れたパジャマが肌に張り付いて不愉快だった。
「ゆ、め……か」
 短い呼吸がだんだん整ってくる。
 左肩に目をやれば、当然だが別にコンクリートで固められてなどいない。上がるだろうかと唾を飲み、恐る恐る肩を上げてみた。
「……ッぐ、ぅ」
 激しい痛みに襲われて、逆にホッとした。
 腕は上がる。胸の辺りまで上がって、そこから先が動かなかった。ズキンズキンと痛む肩が、簡単には上げさせてくれない。
 ここが限界かと唇を引き結んで下ろす。これでは、ろくな球が打てない。試合なんて、とてもじゃないができやしない。この肩は、本当に治るのだろうか。テニスを続けることはできるのだろうか。
 怖い。
 ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。
 テニスがしたい。今すぐにラケットを握りたい。できるのだと実感したい。
 手塚はちらりと部屋の隅を見やる。そこには愛用のラケットがバッグごと置かれていて、握ろうと思えばすぐにでも握ることができた。
 医師には止められているが、触れるくらいはいいだろうか。そう思って、ベッドから足を下ろし、バッグの方へと向かう。
 バッグのファスナーに触れる、その――寸前。
〝つけるぜ、決着――手塚〟
 頭の中に、声が響いた。
 思わず振り仰ぐけれど、誰もいるわけがない。ここは一人部屋だ。
「…………跡部?」
 だが、呼ばずにはいられない。その声の持ち主を。一度聞いたら忘れられない音だ。そもそも今の声は今発されたものではない。手塚の記憶の中のもの。あの試合で、とことんまっすぐに向かってきた男の挑発ともとれる情熱。
 手塚は触れようとしていた手をすっと引っ込める。
 決着は、ついたような、ついていないような。
 いや、あの時跡部が手塚の手を掲げたことを思うと、彼の方は決着などついていないと言いたいのだろう。必ずまたコートで相見えると、強い意志で示してくれていた。
 深く、息を吸い込む。そして吐き出す。
 ――――大丈夫だ。テニスは、できる。そう信じる。問題ない、……待っていろ、跡部。
 くるりと体を翻し、まだ起床には早いとベッドに潜り込んだ。あれだけ荒れていた心音も落ち着いていて、安堵した。
 焦るあまり不安に駆られて、悪夢が押し寄せてきたのだろうと自分なりに納得して、目を閉じる。
 そんな時聞こえた声が、家族でもなく、青学の仲間たちでもなく、ただ一度対峙したがむしゃらな男のものだったことは不可解だけれども。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー-003-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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「向こうに話は通しておいた。しっかり治して戻ってくるんだね」 竜崎スミレがわずかに険しい顔でそう呟く…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-003-



「向こうに話は通しておいた。しっかり治して戻ってくるんだね」
 竜崎スミレがわずかに険しい顔でそう呟くのに、手塚は頭を下げた。こんなつもりではなかったが、致し方ない。
 明日から、手塚は九州に赴く。関東大会の最中ではあるが、手塚は今戦力外だ。アドレナリンが切れたせいなのか、またズキンズキンと痛み出した肩では、どうやっても試合などできやしない。
 この肩の治療のため、青春学園付属の大学病院へと行くのだ。リハビリの施設が整っているらしい。何よりも、身内だ。なにかと融通が利く。
「お前さんも無茶をしたもんだねえ。アタシがもう少し早くコートに戻ってれば、張っ倒して止めてたよ」
 彼女はそうは言うものの、実際手塚を止められたかどうか。たとえ指導者の指示だとしても、手塚はあの時棄権するつもりは毛頭なかったのだから。
「必ず、全国大会までに戻ってきます。それまで、部をよろしくお願いします」
「ああ、そうだね。勝ち進んで待ってるよ」
 背中をぽんと叩かれ、わずかに安堵した。勝ち進んで全国大会への切符を手に入れること前提か、と笑い飛ばされることがないのは、竜崎がそれだけ青学の力を信じているからだ。
 部長という柱を失ったチームは士気を削がれるかもしれないが、あの連中なら大丈夫だろう。そう信じたい。
「ひとまずまあ、気分転換だね」
 普通、試合が終わった後は反省会ではないのだろうかと手塚は思うが、青学テニス部一行は今、ボーリング場へと向かっていた。
 初戦を勝ち抜いただけで浮かれ気分とは、と思うものの、竜崎が言い出したものだから従う他にない。これが部員たちの発案ならば、いつものように「グラウンド二十周だ!」とでも言ってやれるのだが。
「それにしても、もう少し平和に穏やかに傷一つなく試合できないもんかねえ……。河村の手も心配だよアタシは」
「病院ではなんと?」
「骨や神経に異常はないそうだ。ただ、無茶をするなと言われたよ。アタシはあんたたちを預かってる責任があるんだけどねえ。手塚、お前さんも全国では無傷で勝ってくれよ」
 やれやれといったふうに首を横に振り、念を押すように右肩に手を置かれる。手塚とて怪我は控えたいが、状況によっては叶わないかもしれない。
 激闘ボーリングが終わっておのおの帰途につく前に、メンバーには手塚が九州に治療に向かうことが周知された。その時の驚きようは、まだ関東大会の会期中だということを考えれば当然のことだろう。
 だがもはや決定事項だ、勝った嬉しさも半減しかねない肩の落としように手塚は何も言えない。竜崎がそんなメンバーたちの背中を叩き、発破をかけていた。メンタルを鍛える良い機会でもあるのだろう。
「そういえば、氷帝の跡部くんなんだが」
 そんなメンバーたちを見送って竜崎が口にした名に、手塚は息を止めた。表情には出なかっただろうが、何かあったのかと平静を装って先を促してみる。氷帝コールを背負ってコートを後にした跡部の姿が、頭に浮かんだ。
「跡部が、どうかしましたか」
「ん、いや、あんなナリでワンマン気取っちゃいるが、礼儀正しい子だと思ってね。樺地くんを一緒に病院につれていったことに礼を言われたよ。向こうさんも大したことなくて良かった。先入観に囚われるとは、アタシもまだまださ」
 越前の口癖と重なっていて、口許が緩みそうになった。しかし、ほんの二言三言交わしただけだろう竜崎でさえそう思うのだ、手塚が跡部に対して抱いていた先入観が崩れ去ってもおかしくないのだと安堵した。
「俺も……彼に対する認識を改めなければと思いました。できればもう一度…………いえ、なんでもありません。では、失礼します」
「ああ、気をつけて」
 竜崎に会釈をして、手塚は帰途につく。バッグをうっかり左肩に担ごうとして思い留まった。癖というものは恐ろしい。
 ゆっくりと右肩に担ぐも、違和感が拭えない。だが左肩にこれ以上負担をかけるわけにはいかないのだ。違和感は諦めて足を踏み出す。
 家に着くと、母がいつもと変わりなく出迎えてくれた。
「おかえりなさい、国光」
「ただいま帰りました」
 母・彩菜のその様子は手塚の緊張を解かせる。内心ではどう思っているか分からないが、気を遣いすぎるのは逆に息子の負担になると分かっていてのことならば、相変わらず聡明な人だと尊敬もした。
「心配をかけてすみません」
「私より、国春さんがね。お仕事大丈夫かしら。お義父さんも、お気に入りの湯飲み落として割っちゃったのよ。今度一緒に買いに行きましょうかって言っておいたの」
 その光景が目に浮かぶようで、どうにもむずがゆい。
 一人息子だということもあって、厳しくも愛情を注いで育ててくれた家族だ。こんな時はそれを顕著に感じることができ、申し訳なくなった。
「でもね、私も怒ってはいるのよ国光。大切な試合だったのは分かるけど、自分の体をちゃんと愛してあげてね。お母さん、頑張って産んだんだから」
「……はい」
 敵わないと思う。仲間に止められても、指導者に止められても、試合には出ただろう。だが、家族だったらどうだっただろうか。この人たちを振り切って、それでも跡部景吾との試合を望んだだろうか。
 考えて、三割か、と胸の中で考えた。
「あ、向こうの病院で必要そうなものは買ってきたのよ。お部屋に置いてるから、後で見ておいて。荷造りお手伝いする?」
「ありがとうございます。自分でできますが……助けが必要な時にはお願いしてもいいですか」
「もちろんよ。さあ着替えてお夕飯にしましょう。もうすぐ国春さんも帰ってくるわ」
 はい、と頷いて、手塚は自室へと向かった。背中でドアを閉めて、目を閉じて下を向く。
 三割だ。三割、傾いて――それでも試合に出ることを望んだと思う。親不孝なことかもしれないと分かっていつつも、跡部とは決着をつけたがっただろう。
 それほどに、大切な試合だった。
 これは自分の我が儘だなと思い、だからこそしっかりと肩を治さなければと、着替えて食卓へと向かった。肩が上がらないことには、気づかなかったふりをして。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー-002-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

「待たせたな、跡部。決着をつけようぜ」 ネットの向こうで、ぐっとわずかに眉を寄せる跡部がいる。 それ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-002-

「待たせたな、跡部。決着をつけようぜ」
 ネットの向こうで、ぐっとわずかに眉を寄せる跡部がいる。
 それは〝当然だ〟という合意なのか、〝できるのか〟という問いかけなのか。そのどちらもだろうか。
 手塚はそれを、強い視線で押し返した。言葉なく、瞳が絡み合う。
 こんなふうに長く跡部の瞳を見つめたことはない。
 海のようだと思っていたその色は、メラメラと燃える炎のようでもあるのだなと、今この瞬間に不相応なことを考えた。
 跡部が打った球は返すことさえ諦めて、タイブレークに突入する。サーブ権が手塚にきたが、どこまで打てるか分からない。
 トン、トン、とボールを跳ねさせて、ラインの位置を確かめる。
 ズキ、ズキ、と釘でも打ち込まれているかのように、肩が痛む。
 それは鼓動とともに重奏を生み出し、汗が流れた。
 ――――俺は、負けない。
 越前にそう宣言したように、負けはしない。これは自分自身との戦いでもあった。
 トスを上げた球がシュッと空気を切る音がする。それでいくらか集中力が戻ってきた。
「……っ!」
 しかし肩はいつものようには上がらない。なんとかサーブを打てたのは、意地のようなものだった。
「なんだ手塚ァ! このサーブは!」
 跡部は、威力の落ちたサーブを容赦なく打ち返してくる。
 その瞬間手塚が感じたのは、驚愕と歓喜だった。
 この返球をみるに、跡部は一切手加減をするつもりがないということだ。目の前で膝をついたところを見ておいて、声にもならない叫び声を上げた男をネット越しに眺めておいて、まだ、本気で攻め立ててくる。
 真剣勝負か。
 ぞくぞくと背筋を何かが駆け抜けていった。
 ざわざわと全身が総毛立つ感覚を味わった。
 正直、この試合まで跡部景吾という男に対して抱いていた印象は良くなかった。氷帝学園のテニス部を束ねるというカリスマ性や統率力は目を瞠るものがあったが、他人をねじ伏せて蹴落とすような強引で傲慢な強さには好感が持てなかった。実力主義だということを鑑みてもだ。派手さばかりが際立っていたのも原因だろうが、彼の本当の強さがどこにあるのか分からなかった。
 圧倒的な強さを示しながらも、あえて持久戦を得意とし、じわじわといたぶり相手を精神的に追い詰める。それは立派な戦略だ。
 否定はしないが、好きにはなれない。手塚にとって跡部という男は、そのような存在だった。
 この試合で初めて対峙したが、その印象は崩れなかった。だからこそ持久戦を仕掛けて、彼のフィールドで完膚なきまでに叩きのめしてやろうとも思っていたのだ。
 実際はそんなに簡単なことでもなく、返ってくる打球は速く、重い。
 勝つのは当然自分の方だと、お互いが思っていたに違いない。
 嬉しい誤算というものを体験したのは、初めてのことだった。
 普段はあまり受け止めてもらえない球が、しっかりと返ってくる。気を抜けば横を抜かれる。一瞬たりとも気が抜けないと、心よりも先に体が理解した。
 全力で挑まねば負ける。何度か球を交わすうちに、互いの意識は塗り替えられていった。
 この男との試合を、怪我で棄権などしたくない。手塚はラケットを握り直し、サーブを打つ跡部景吾をじっと見つめた。
 フォームに無駄がないなと、改めて思う。あれだけ派手な技を繰り出せるのは、基礎がしっかりしているからだ。そこから自分に合った形を見つけ出し、技へと昇華させるというのは、プレイヤーとして真摯に取り組んでいる証拠。
 なぜそれに気づけなかったのかと不甲斐なく思う傍で、心地よさを感じる。
 束ねる人数こそ違えど、同じ部長同士、中学三年生。聞けば生徒会長をも務めているという。その共通事項に今、テニスに懸ける想いの深さが加わった。
 ――――跡部、お前という男を初めて知った気がする。
 ネットの向こうの男は、ただただ全力でボールを返してくる。対戦相手が負傷で棄権寸前までいったとなれば、憐れみと悪化させる恐れで手加減もしようというものだが、跡部にはそんな様子が一切見られない。一球一球、丁寧に、打ち返してくる。
 強さも、速さも変わっていない。それは、球を受けている手塚がいちばんよく分かっていた。
 手加減などされたくなかった。全力で戦ってこその勝利だ。それでなくても中学最後。力を出し切りたいからこそ、このコートに戻ってきた。
 その思いを、跡部がどこまで理解しているか分からない。
 だが、手塚の全力に、跡部もまた全力で返してくれる。
 諦めたくないと、強く思った。跡部なら応えてくれる。そう確信して、ただがむしゃらにボールを追いかけた。
 跡部の金の毛先から、汗が落ちる。歯を食いしばって歪む口許。荒い呼吸と、心地良いインパクト音。
 いつしか、審判のコールも聞こえなくなっていた。
 長いタイブレークだ。取って、取られて、汗を拭う。視線がコート上で交錯する。
 部長として負けられないという責任よりも、負けたくないという意地が上回ったように感じた。
 自身の荒い呼吸が耳につく。跡部の荒い吐息が、体をわななかせる。先に集中力を欠いた方の負けだ。
 もう一ポイントもやれないと互いが歯を食いしばり、手塚はラケットをわずかに下げた。
 零式を打ったつもりだったが、回転が足りなかったのか力の加減を間違えたのか、ボールは戻らなかった。跡部がそれに食らいついて倒れ込む。返ってきたボールを迎え撃つ。
 ボールにガットが触れた瞬間、あぁ、と手塚は思った。距離が足りない。
 そして手塚が懸念した通り、返したボールはネットに捕まり、越えることはなかった。
「ゲームセット! 氷帝、跡部!」
 今の今まで聞こえなかった審判の声が、唐突に耳を支配する。
 負けたのか……と視線が落ちる。だがそれよりも大きな感情で、終わってしまったことが残念でしょうがなかった。
 だが、負けは、負けだ。そして、勝ちは勝ちだ。
 ネット越しに、跡部と視線が重なる。今までに見たどの瞬間よりも静かで、まっすぐな瞳だった。
 手塚は右手を差し出す。ラケットを握ったままの左手は、また痛み出した肩のせいでわずかに震えている。この距離では気づかれているだろうが、せめて彼の健闘に敬意を表して、震える手など出したくない。
 跡部が、その右手を握り返してくれた。汗に湿る手のひらは、互いが懸命に試合に打ち込んだ証拠だ。手塚はどこかで、ホッとしてしまった。キングという名にふさわしい強さと真摯さで応えてくれたことが、嬉しかったのだと思う。
 跡部景吾という男を、噂というフィルターで覆ったままでいないでよかった。
 ぐっと、握った手に力が込められる。
 不思議に思っているうちに、跡部の手ごと上に掲げられた。
 手塚は目を瞠る。
 勝者は、跡部のはずだ。あの氷帝コールの通り、手塚は敗者である。
 だが、彼は手を掲げてたたえてくれた。お互いが勝者で、お互いが敗者だと。
「跡部」
 思わず小さく名を呟いたけれど、背けられた彼の顔が振り向くことはなかった。頭上で握られていた手がパッと放され、支えを失った右手を胸の前に下ろす。審判に挨拶をすませ、自陣のベンチへと戻っていく跡部の背中を見やり、手塚もまた自陣へと足を向けた。
「手塚部長!」
「手塚、大丈夫かい」
 仲間たちが心配そう口にしてくる。だが手塚には、やらなければならないことがあった。
「――越前」
 補欠戦となった試合に臨む一年レギュラーを、送り出すことだ。
「高架下のコートで言った言葉、覚えているか」
 お前は、青学の柱になれ。
 次代を担う選手が必要だ。圧倒的な強さでもって周りを引っ張っていく者が。かつて手塚自身がそう託されたように、次は手塚が誰かに託す番だった。
 それを受けてか、越前は真摯に「はい」と答えた後、不敵に笑ってみせてきた。この状況で大した度胸だと安堵さえ覚え、ベンチに腰をかける。
 肩の痛みを認識してしまうと、集中できない気がしたけれど、見届けなければいけない。ちらりと氷帝のベンチを見やると、跡部は頭にタオルをかけたまま俯いていた。気力を使い果たしたのか、よほど体力を削がれたのか、それとももう勝った気でいるのか。
 ――――見届けろ、跡部。俺たちが次の試合を生んだんだ。
 基本的に個人競技ではあるものの、この大会は団体の成績で勝敗が決まる。手塚が跡部に勝利していればこの補欠戦はなかった。越前と、氷帝の日吉がコートに出ることはなかったのだ。部長として、最後まで責任を果たさなければいけない。
 ――――俺とお前の勝負の決着は、まだついてはいない。
 部長同士、テニスに懸ける想い、次代に託さなければいけない責任。ただ一度試合に勝ったくらいで、決着がついたなどとは思われたくない。それほど、名残惜しかった。
 手塚はコートに視線を戻し、黄色いボールを追いかけた。
 ややあってもう一度跡部に視線を向けたら、手塚と同じようにじっと前だけを見据え、試合を見守っていた。後輩の勝利を信じて握る拳は、やはり手塚と同じほどの強さに見えた。
 勝敗の行方を追いかけるその瞳は、コート上で見た時と同じく熱いのだろうなと思うと、どうしてか口の端が上がった。
 ズキ、と肩が痛むのに合わせて、トク、と心臓が音を立てる。
 この左肩では、次の試合は無理か――と思う。越前が勝利を収めることを前提に、次のことを考える。様々なルートをシミュレートしてみたが、十中八九、出られない。今回の敗北以上に痛手だなと、唇を引き結ぶ。
 それでも、試合を棄権するなどという選択肢は存在しなかったのだからしょうがない。あのコートで、跡部景吾が待っていたのだから。
 彼に対する認識を改めないとな、と先ほどの試合を思い出しかけて、審判が越前のポイントをコールしたのにハッとした。
 今は、先ほどの試合を反芻するより目の前の勝敗だ。
 ――――勝ってこい、越前。今できるすべての力で、勝ってここに戻ってこい。
 ひとつ瞬くごとに、勝利への執念が加算されていく。
 ――――勝たせてもらうぞ、跡部。
 勝って全国大会へ行くのは俺たち青学だと、強い意志で前を見据える。それは跡部も同じようで、後輩の勝利を信じてどっしりと構えていた。キングは弱みを見せるべきではないというように、余裕の笑みさえたたえてだ。
 視線を上げると、燦々と輝く太陽が瞳を支配する。
 なんて熱い色をしているのだろうと、手塚は目を細めた。
 越前の――青学の勝利が決まったのは、それからしばらくの後だった。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 忘れられない色がある。 十四歳の夏、それを知ってしまった。  それはどこまでも高く燃え上がる、灼か…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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 忘れられない色がある。
 十四歳の夏、それを知ってしまった。
 
 それはどこまでも高く燃え上がる、灼かれそうな――青。





 なぜ今なんだ。
 肩に走った激痛は認識したが、どうして今この瞬間なのかと、手塚国光は歯を食いしばった。
 あと一球だったのだ。あと一球あのコートにたたき込めば、勝利が確定したというのに。
「……、……ッ……!!」
 声にならない声が、天を突く。
 膝を折る。膝をつく。肩が上がらない。動かない。先ほどまで握っていたはずのラケットを、拾い上げることすらできなかった。
 迂闊だった。無意識に、完治したはずの肘をかばってしまっていたのだろう。いつもの試合ならば、それでも勝てた。自分に持久戦を仕掛けてくるような相手がいなかったというのも、判断を誤った原因の一つだ。
 いや……果たして本当にそうだろうか。どこかで、肩に負担がかかっているのを理解していたように思う。
「手塚!」
「手塚部長!」
 青学の仲間たちが、ベンチから駆け寄ってくる。いまだに痛みが引いていないことは、きっと彼らも分かっているだろう。このままでは棄権させられかねない。それは駄目だ。受け入れられない。
「来るな!」
 駆け寄ってくる仲間たちに向かって声を張り上げる。膝をついたまま、視線だけそっと正面に向けた。
 ネットの向こうに、対戦相手がいる。氷帝学園の頂点に立つ男――跡部景吾だ。その男はぐっとラケットを握ったままこちらを見据えてくる。
 ――――ああ、そうだ、跡部。
 手塚は激痛をこらえて声を絞り出す。
「試合は……まだ、終わっていない……!」
 こんなところで終われるものか。こんなことで、勝ちを譲ることなどできやしない。こんな中途半端な状態では納得がいかない。
 状態を確認するためということで、試合が一時中断される。それはモチベーションや集中力の持続に大きな影響を与えるが、どうしようもない。
 手塚はベンチで、左手をぐっと握り、力を抜き、またぐっと握りしめる。
 力は入るようだ。肩の痛みも、先ほどより若干和らいだように感じた。
「手塚、棄権した方がいい」
「肩を痛めて引退した選手は山ほどいる」
 不二や乾が、強い口調でそう勧めてくる。それは普通の行動だろうなと手塚は思った。逆の立場なら、止めるべきだからだ。部長という立場である以上、部内での怪我には責任がある。しかしいざ止められる側になると、首を縦には振れない。
 こんなところで終わりたくない。中学最後の大会なのだ。悔いなど残したくない。この一戦に勝てば次に進める。いや、進まなければならない。
 何より、コートにまだ跡部景吾がいる。
 恐らく、手塚が再びコートに立つのを待っているのだろう。彼も、納得のいかない顔をしていた。
 続いていた応酬が、突然ぷつりと切れたのだ。不完全燃焼であることは間違いない。
〝出てこいよ〟
 彼の揺るぎない青の瞳が、そう語っているように見えた。
 手塚はラケットを握り直す。
「手塚部長!」
「手塚、駄目だよ!」
 尚も止めてくる仲間たち。それでも手塚は、戻らなければならない。いや、戻りたい。
 跡部と、視線が重なる。手塚はそっと目を閉じてその交錯を断ち切ったけれど、すぐに腰を上げた。コートに向かって足を踏み出す手塚の前に、副部長である大石が立ち塞がる。
「手塚」
 長く、共にテニスをしてきた。支えてもらった。止めるならば、その彼を押しやらなければならない。
「大和部長との約束を、果たそうとしているのか?」
 ひとつ瞬いて、大石をじっと見やる。彼はそれを肯定と捉えただろう。全国制覇の夢を叶えるというのは手塚自身の夢でもあるが、大和との約束を守りたいという思いもあった。ここで棄権などしたら、夢半ばで柱という役目を託してくれた人に申し訳も立たない。
 どう勝つか。周りの期待を背負う者の責任だ――手塚はそう思っている。
「……頑張れ」
 ぐっと拳を差し出してくれる。手塚はわずかに目を瞠った。てっきり他のメンバーと同じく止めてくるものと思っていたが、そうではなかったようだ。
 傍で支えてくれた大石だからこそ、手塚がどれだけこの試合に懸けているか知っているのだろう。ごつりと腕を合わせ、力強く頷いた。後ろのメンバーたちは止めるべきだと慌てていたが、手塚の意志が揺らぐことはない。
「部長」
 ベンチにふてぶてしく腰をかけていた越前が、声をかけてくる。手塚はその小さな少年に意識をやった。
「俺に勝っといて、負けんな」
 彼なりの激励なのか、発破をかけたつもりなのか、ほんの少し拗ねたような声が届く。自分を打ち負かしたのだから、簡単に負ける男であってくれるなというのは、なんとも生意気なものだが、気持ちは充分に理解できた。
「――俺は、負けない」
 そうして手塚は、コートに戻る。突き刺さるような跡部の視線が、なぜか心地良かった。


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情熱のブルー

NOVEL,テニプリ,塚跡,情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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(画像省略)2023/03/19【あらすじ】※「永遠のブルー」を手塚サイドから書いたストーリーとなり…

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情熱のブルー

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2023/03/19

【あらすじ】
「永遠のブルー」を手塚サイドから書いたストーリーとなります。
関東大会の試合以来、跡部のことが頭から離れない。僅かな心の動揺に手塚は恋情を自覚したが、告げるわけにはいかなかった。気持ちを押し殺し好敵手として長く過ごしてきたが、それは些細なきっかけで崩れてしまう――。


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※作中にリョ桜表現が含まれます。ご注意ください。
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