右手に殺意を 左手に祈りを

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汗を流し、今すぐにでもここを飛び出して、復讐をしに行きたい衝動をどうにか収めて、部屋に戻ってみれば、至が無防備な寝顔をさらしていた。
警戒心も何もない顔だ。千景にはそれが腹立たしくて、目を細めて見下ろす。
(ディセンバー、なぜこんなヤツと一緒にいるんだ? まったくの平凡な民間人じゃないか!)
身を隠すなら、それなりの機関だと思っていた。
財力、コネクション、技術、何かしらに特化したところでないと、自身が危うくなる。それなのにどうして、他人の傍ですやすやと眠れてしまうような、そんな馬鹿がいる劇団にいるのだろう。
(……いや、まだディセンバーだと決めつけるわけには……)
確かめなければならない。
密という名と、好物のマシュマロが結びついた時点で、千景の中では確信に変わっている。
だが、万が一にも別人だったとしたら、計画を立てても無駄になる。
「……」
千景は、眠る至の傍にあった携帯端末を手に取った。少なからず濃密な時間を共にしていれば、彼が端末に触っているところを目にする機会はある。ロック解除のパターンを見る機会もだ。
頻繁にパターンを変えるような、マメな男ではないらしく、記憶していたパターンですぐにロックは解除された。
こんなところも、警戒が皆無で腹立たしい。密のことを知っていて匿っているのではないのかと、端末のアプリを確認していく。
いちばん分かりやすいのは、SNSやメッセージツールだ。アルバムには、シークレットフォルダ。これに何かあるのかと思いきや、ゲーム画面のスクリーンショットばかり。
(ゲーム好きなのか……会社じゃ、そんな素振り見せてないのに)
会社で見る茅ヶ崎至は、どこか噓くさいと感じていた。彼の真実がどこにあるのか――それが気になって声をかけたというのもある。
ベッドの中での乱れ方も、確かに隠したい真実だっただろうが、もしや隠していたのはこちらの方なのかと、千景はほんの少しつまらない気分を味わう。
SNSの方は劇団の宣伝が多い。ここに何かないかと思ってみたが、証拠になりそうな写真はない。LIMEも、それらしきものがない。
(冬組とか言ってたな……できたばかりなのか、交流がそれほどないのか……)
ともかく、今の状態からでは彼の言う密と、こちらが探している人物が同一なのかどうか、確証がない。
仕方なく、千景は端末にアプリを仕込んだ。合法なものではない。主に盗撮や盗聴、追跡などといったピープ機能を盛り込んだもの。
映像が撮れればいいのだが、交流が少なそうなところを見るに、難しいかもしれない。
しかし劇団内で〝密〟との接触があれば、声が聞こえる。機械を通しても、声は分かる。組織の任務で、散々通信機越しの声を聞いてきた。
千景はアプリの動作確認をして、至の手元に戻す。表からでは分からない。
(思わぬ収穫だったな、コイツは)
何も知らないで寝息を立てる至を眺め、千景は眼鏡を押し上げる。
体の相性はわりといい方だと思う。そもそも一夜限りばかりだった自分が、関係を続けること自体が珍しかったのだが、それはきっとこの瞬間のためだったのだと、口の端を上げる。
密との接点を連れてきてもらった。密の現状を知らせてもらえる。性欲処理云々の前に、至には感謝しなくてはならない。
関係が続いている以上、至の方も好感は持ってくれているのだろうし、何より職場の後輩だ。優しくしてやらねばと、指の背で至の頬を撫でた。
「利用させてもらうぞ、茅ヶ崎……」
この手に捕まったのが、お前の運の尽きだとでも言わんばかりに、千景はそう呟いた。

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