右手に殺意を 左手に祈りを

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馬鹿な。
目の前が真っ白になった。自分が今確かにそこに存在しているのかも、信用できなかった。
「俺は、今まで……いったいなんのために……」
すべてを思い出した御影密の口から語られた真実を、にわかには受け止められない。
ガンガンと頭が痛む。
裏切り者なのだと信じていた。そう信じなければ、生きてこられなかった。
オーガストはディセンバーを生かすために、彼を守り抜いて逝った。後を追わせないように、薬さえすり替えて。一緒に逝こうとしたディセンバーは、その薬を飲んで記憶を失っていたのだ。
それをすべて思い出して、いづみを――千景を迎えに来た。
「オーガスト……」
愕然とした。
オーガストはディセンバーを生かそうとしていたのに、自分は彼を殺そうとした。まさか自分の方が、彼らを裏切っていたなんて――。
「帰ろう、一緒に」
差し出されたその手を、取っていいのかどうか分からない。
今目の前で起きていることを認識できなくて、震えながらディセンバーを見上げた。
「俺の手を取って、エイプリル。お願い」
ディセンバーの向こう側で、いづみが心配そうに、だけど願うように見守っている。
ためらいながらも、差し出された手に自分の右手を伸ばす。
「忘れないで。これ、もう離すことない……」
「ディセンバー……」
「お前をひとりにしないでって……頼まれたし……」
密はその手をぎゅうっと握りしめ、ゆっくりとした口調で、しかし力強く言い放つ。頼まれたとは言うが、彼自身の思いでもあったのだろう。
「頼まれた……?」
「……至」
千景は目を瞠った。
ここへ向かう前に呼び止められたと密は続け、ひとつ瞬く。
「俺にとってオーガストがどんな存在だったか訊かれた。家族だって答えたら、それだけ分かればいいって、なんか安心してたみたい……エイプリル、至に話してた?」
千景は思わず口を押さえる。
至は、千景が〝ディセンバーがオーガストを殺した〟と思っていることを、知っていた。至自身、不安だったことだろう。劇団で共に頑張ってきた仲間が、もしかしたら殺人犯かもしれないなんて。
それでも、密がオーガストをどう思っていたか、確認できればそれでいいと言ったのだ。その上で、千景を一人にしないでほしいと願った。
「アイツ……馬鹿なのか……」
「オレたちほどじゃないと思うけど……」
違いない、と千景は息を吐く。
信頼していたはずなのに、状況と周りの声に騙されて、大切だった二人を裏切った。どうやってその償いをしたらいいのか分からない。
「帰ろう、……千景。公演、明後日だし、ちゃんと出て……」
「……分かったよ、密……」
知りたかった真実は知ることができた。千景が思っていたものとはほど遠かったが、復讐する理由も消えてしまった。
何をして生きていこうかと考えるのは、ひとまず明後日の初日を終えてからにしよう。
密にぐっと手を引かれ、千景は腰を上げた。

 

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