右手に殺意を 左手に祈りを

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いつからか分からない。覚えていない。
千景は少し眉間にしわを刻みながら、ぐ、と腰を押し進めた。
「んぅっ……」
組み敷いた男の表情を観察して、唇を引き結ぶ。
(……やっぱり)
「はあっ……あ、あ」
ゆっくりと腰を引くと、中が引き留めるように絡みついてくる。
体の反応は、以前と変わっていない。むしろ回を重ねるごとに、感度は良くなってきているのに。
(なんでだろう、この顔)
「せん、ぱい……っ」
彼の――茅ヶ崎至の表情に、苦痛が混じるようになっている。そんなふうに感じるのは、気のせいだろうか。
いや、気のせいではないと思う。
唇を引き結ぶことも、歯を食いしばって声を我慢しているようなこともある。顔を背け、時には腕で覆ってしまうこともある。
以前は、そんなことなかったと思うのだが、どうしてここ最近、そんな仕種をするのか。
「茅ヶ崎、痛い?」
そう訊ねれば、ふるふると首を振る。体の反応を見てもそれは噓ではないようで、どうしてもその表情だけが、この空間にミスマッチ。
(別にいいけど……欲さえ処理できれば。距離感をわきまえてる相手ってだけだし、茅ヶ崎は)
別に、彼は恋人というわけではない。気分が乗ったときに体を重ねる、いわゆるセックスフレンドという間柄だ。
誘いを受けられたときは驚いたけれど、相性はよかったようで、ここまで数か月、続いている。
続いているというのがもう、千景には珍しいことだったのだが、それだけ都合のいい相手を見つけられたというだけだ。
先日、〝彼〟の名を口にされた時には、どうしようかと思ったが、命を奪うほどではないと判断した。少し監視するだけでいい。二度と口にするなと言っておいたが、至はもうすでに覚えてもいないだろう。
その方がいい。あの音を人の名として口にすれば、至の身に危険が及びかねない。どこで誰が聞いているか分からないのに。
そういえば、と千景は思い起こす。
至の態度が少し変わったのは、あの日以降だったような気がすると。
今も自分の下で声を抑えている至を見下ろして、どうしてか苛立って、口許を覆う腕を取ってベッドに押さえつけた。
「やっ……あ、あ、いや、先輩もう放してっ、いやだ、おねが……」
力で敵うわけなどないと分かっているだろうに、押さえつける腕を外そうと試みる至を、たぶん珍しく、強引に抱き潰した。

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