右手に殺意を 左手に祈りを

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ふっと千景の意識が浮上する。
胸のあたりがズキンズキンと痛むのが不快で、あまり気持ちのいい目覚めではなかった。もっとも、生まれてこの方、気持ちの良かった目覚めなど、経験したこともないのだが。
千景は腕で上体を押し上げ、汗で張り付いた髪をかき上げた。
目を瞠る。
眠ってしまっていたことが、信じられない。自身の家ならばまだしも、ここはホテルの一室だ。そんなところで眠れるなんて思わなかった。しかも、他人がいる状態でだ。千景はふるふると頭を振り、その部屋にあるはずの存在を呼んだ。
「茅ヶ崎?」
しかし、呼んでも返事がない。物音ひとつ聞こえてこない。不思議に思ってようやく、もうひとつ設置されたベッドに視線を向けた。
整えられていないベッドの上、在って当然だと思っていたものがない。
代わりに、一枚の紙切れ。
『先に帰ります。また、会社で』
下手な字でそう書かれたメモは、この部屋に備え付けの、味けないものだ。千景はそのメモをクシャリと握りつぶして、ゴミ箱へ放った。
正直、昨夜のことはよく覚えていない。
状況からして、セックスをしたのは間違いないのだが、最中のことがまるで思い出せないのだ。
しわになって汚れたシャツと、ベッドの下に落ちたネクタイ。
ともかく一度家に帰って、着替えてからでないと出勤ができないなと、息を吐いてバスルームへと向かった。

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