右手に殺意を 左手に祈りを

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至は唇の前で両手の指を組んだ。
千景が、総監督であるいづみと姿を消して、数日。
会社では長期出張ということになっていたが、そうでないことは分かっている。ついに動いたのだ。
(先輩……!)
千景が、密を苦しめるための行動に出てしまった。公演ができなくなれば、劇団の経営にも影響が出る。ここが壊れてしまえば、密は居場所をなくしてしまうだろう。
(どう、したら……。密は、何か思い出したのか? オーガストさんのこととか、先輩のこと……)
そういえば、ここ数日は密が寝入っているところを見ていない。談話室はおろか、中庭のベンチや廊下、玄関でもだ。
普段あれだけ、どこでも寝る男が、眠っていないのは、もしかして千景が起こした行動の理由に、気づいているからではないのか。
(密、思い出してるのか……!?)
千景は、密がオーガストを殺したのだと思っている。事実がどうなのか、至には分からない。事実であってほしくないと思っている。
至は唇を噛んで、組んだ手の上に額を預けた。
(頼む密、否定してくれ……そうじゃなきゃ、あの人は)
またひとりきりになってしまう。
息を止めても、吐いてみても、至自身の望みは変わらない。一人で悩んでいても、何も解決しないのだと、意を決してソファから腰を上げた。

 

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