右手に殺意を 左手に祈りを

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監督の拉致という事件を起こしたにも関わらず、受け入れてくれた劇団を、力の限りで守ろうと決めた。
そうしてから、沼にハマりこむようにこの場所が愛しくなる。
「千景さん、今日のコイン勝負しましょう! 今日こそ勝ってみせます!」
「オレモ混ゼロ~」
「チカゲ、我が国のスパイスまだあったネ~、カレー作ってほしいヨ」
「千景さぁん助けてくださいッス、宿題終わらないんスよ~紬さん出かけちゃってるし~」
「千景、お酒飲める方だよね。今度ボクと飲み比べしない?」
「卯木、飲み比べは覚悟しておいた方がいいぞ……この人ザルだから……」
「おつピコ~、チカちょんの団員証もできたよ~。ここのピンクが春組っぽくて超きゃわたん!」
などなど、周りはいつでも騒がしい。
復讐しか頭になかった頃も、きっとこんなふうだったのだろう。だけど、千景がそれを受け入れていなかっただけだ。
未だに自責の念は残っているが、少しずつ小さくなっていってくれている。
そう感じるのも、主に冬組のメンバーに囲まれたディセンバー――密が、眠そうにしながらも幸せそうだからだ。
密は、オーガストに与えてもらった生を、ちゃんと受け入れているのだろう。彼にも後悔はたくさんあるはずだ。目の前で、大事な人を失ったのだから。それでも、ここが居場所なのだと理解しているようで。
密が幸福に生きていてくれるなら、オーガストが望んでくれたように、生きていたい。
そう思えるようになって、数日。
生まれて初めて、こんなに穏やかな心で過ごしている気分だった。
(オーガストといた頃は、何だかんだで組織の任務が多かったしな……)
今も、指令が下れば犯罪に手を染めなければいけない。この劇団を守るためにも、それはおろそかにできないことだ。
千景は、珍しく談話室のソファでゲームを楽しんでいる至を、そっと眺めた。
恋に気づいてから、彼との距離が変わったということはない。むしろ、親密さは薄れているように思えた。
こんな感情を持ったまま、彼に触れられるわけがない。そんな思いから、春組の千秋楽が終わって以降、一度も関係を持っていないせいかもしれない。
(よく考えたら、万里がいてくれてよかったな。そうでなきゃ、無理にでも茅ヶ崎をこっちに向かせて、取り返しのつかないことになってた。……こんな、血に汚れた手で触れて、アイツが幸せになれるわけないのに)
千景は手に持ったコインを弄んで、ぎゅっと握り込む。
彼がときおり見せる寂しそうな顔は、万里を想ってのことなのだろう。
叶わない想いの辛さは、今なら千景にもよく分かる。分かるが、手を貸してやれないのがもどかしい。まだ、橋渡しをしてやれるだけの勇気が出ないのだ。
(密に、〝ひとりにしないで〟って祈ってくれたアイツのために、俺も祈ってやりたいんだけどね。〝好きなひとと結ばれますように〟って)
ふう、と息を吐いた時、頭の上から声が降ってきた。
「おっ、咲也今日も負けたのか~?」
外出から戻ってきた、摂津万里。内緒の、恋敵である。
「あっ、万里くんおかえり。千景さん本当に手先が器用で……見えないんだ」
「へーぇ。じゃあ俺とどっすか千景さん、一勝負」
「万里と? ……いいね」
そう答えれば、ほんの一瞬、至の肩が揺れて、視線がこちらを向いた。ずきりと、心臓が痛む。
(万里が心配なのかな。そういえば、あの脅し解除してなかったか……)
至はどうも、千景が万里に関わるのが気になるようだ。以前、真実を知らなかった時、脅迫の材料に使ってしまったのだから、仕方ない気もしたけれど。
「俺が勝ったら、万里にお願いひとつ聞いてもらおうか」
「は~? なんすかそれ燃えるわ」
「燃えるタイプか」
「じゃあ、俺が勝ったら逆な」
「了解」
そんなことを強気に要求してくるあたり、怖い物知らずだなと心の中で思って笑う。至は、さぞやハラハラしていることだろう。
もちろん負けてやるつもりはさらさらなくて、いつものようにコインを手の中に握りしめた。
「さて、どっちかな」
口の端を上げて、万里の挑戦を受ける。
「何これ無理……」
「万里くんに無理なら、オレも無理だよね」
結局、五回勝負したうち、一度も見抜かれずに勝利を収めた。
万里は悔しそうにのけぞり、咲也はフォローしようと笑っている。
「で? なんすかお願いって。あんま無茶なもんはナシで頼むっすよ」
「うーん、そういえば考えてなかったな。思いついたら言うよ」
「おーい千景さーん。アンタ結構適当だな?」
くっくっと肩を揺らして、千景は笑った。そんなふうに笑える自分がいるなんて、思ってもみなかった。
「先輩、俺も勝負してもらっていいですか」
そのとき、それまでゲームに勤しんでいた至が、傍に歩み寄って挑戦してきた。
千景は目を瞠る。
至が今までコイン勝負に関わってきたことは一度もなかったからだ。咲也がいくら負けっぱなしでも、口を出してこなかったのに。
(これはこれは……案外情熱的だな、茅ヶ崎)
万里が負けっぱなしだったのには、さすがに腹が立ったのだろうと解釈し、受けて立った。

 

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