右手に殺意を 左手に祈りを

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いつ見てもふわふわした髪に気づいて、千景はつま先をその方向へと向ける。ほんの少し元気がないように思うのは、気のせいだろうか。
「茅ヶ崎」
「え? ああ、先輩。お疲れ様です」
「今帰りか? 今日稽古ない日だよね」
そうですね、と若干素っ気ない声が返ってくる。虫の居所が悪いというよりは、居心地が悪そうに見えて、千景は目を細めた。
(やっぱり、そうなのか? 昨日のあれ、見られたから)
そういえば、朝わざわざ寮に戻って朝食を取った時も、至の態度はどこかよそよそしかったのを思い出す。
どこに行っていただとか、面倒じゃないのかだとか、そういったことは一切口にされない。
一〇三号室で寝ていないのは分かっているはずなのに、何も余計なことは訊かないでいてくれる。彼のそんな距離のわきまえ方は、都合がよかった。
そんな彼が態度を硬化させる理由が、ひとつしか思い当たらない。
昨日見かけてしまった、万里との抱擁。
いや、あれは抱擁などというものではなかったが、随分と心を許して、身を預けているように感じられた。
(好きなんだろうな)
恋という感情は、千景自身よく分からない。
組織の任務で必要な時は、ある程度の知識とテクニックで、ターゲットを落とすこともあったが、個人的にどうこうなりたい相手などいなかったし、どう感じたらそうなのかも分からない。
だけど、至が万里に相当気を許しているのは事実で、千景といる時とは明らかに違っていた。
そして、この逃げ出したそうな態度を考えれば、導き出される結論は。
「……茅ヶ崎、体空いてる? 少し話があるんだけど」
目に見えて、体が強張る。何の話をするのか、分かっているのだろう。
拒否権はないよと、小さく続けてやった。
しかし、何も至に不利な話をするわけではないのだ。どちらかというと、感謝さえされるのではないかと思う。
俯いて小さく〝はい〟と答えた至に口の端を上げ、何故か痛む心臓をごまかした。

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