No.243, No.242, No.241, No.240, No.239, No.238, No.2377件]

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俺のCandy Star!-005-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 おかしい。 本格的におかしい。 万里は談話室のテーブルに肘をつき、垂れた頭を抱え込む。(あ……りえ…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-005-



 おかしい。
 本格的におかしい。
 万里は談話室のテーブルに肘をつき、垂れた頭を抱え込む。
(あ……りえねっつの……!!)
 その頭の中で力一杯否定してはみるものの、事実は、事実だ。
 万里は一昨日も昨日も、紬をネタにして抜いてしまった。
 しかもちゃんと気持ち良かったのだ。まあ抜けたのだから、ちゃんとも何もないが、三度ともなると「うっかり」は通用しないような気がする。「興味」なら一回だっていいはずで、「確認」ならば二回で終わる。
 それなのに、昨夜で三回目。
 もはや後ろめたさより、疑問の方が大きい。
 なぜ紬なのか。
 特に女のような顔をしているわけではない。女装しても似合うだろうなとは思うものの、積極的に見たいかと言ったらそうでもないのだ。
 女の格好をしていると言えば、夏組の瑠璃川幸だが、格好だけで抜けるほど単純でもない。そもそも年下に興味はないし、毒舌な女は実姉だけで充分だ。
 談話室をちらりと見渡せば、キッチンから片付けの手伝いを終えた紬の姿。
 心なしか元気がないように思えるが、どうしたのかと声をかける勇気はない。
 紬の視線は、左京と何やら話し込んでいる丞に向かっており、寂しそうな顔を隠しもしていない。
 幼馴染みと聞いているが、それにしては初日からずっとぎこちない。ケンカでもしているんだろうなと思うくらいしか、万里にはできなかった。
 他人のイザコザに首を突っ込む趣味はないし、今は個人的にそれどころではない。
 視線を前に戻し大きなため息をついたら、目の前にコトンと置かれるマグカップ。驚いて差し出してきた人物を振り返ってみれば、月岡紬の姿があった。
「うわっ」
「あ、ごめん万里くん、また何か邪魔しちゃったかな……」
 隣に自分用のカップを置くも、万里の態度を気にしてか、腰を落ち着けようとはしていない。突然で驚いただけで、別に拒絶したつもりはなかったのだ。
「いや、いーすよ。これ、くれんの? どもっす」
「あ、淹れてくれたのは臣くんなんだけど……隣、いいかな」
 談話室を見れば、確かに臣がみんなにコーヒーを配っている。紬は万里の分を持ってきてくれたのだろうと、なぜかホッとした。
 紬に気づかれているわけではないらしい。当然だ、そんなヘマはしていない。
 万里はなんでもないように頷いて、紬が座るのを待ってカップに手をかけた。
「どしたんすか。今日は稽古いーの?」
「コーヒー飲んでからかな。食事後に、急に動いてもよくないしね」
「あ、なーる」
「えっと、あのね……実は万里くんに訊きたいことがあって」
 どき、と胸が鳴る。
 やはり態度に出てしまっていたのではないだろうか。微妙に紬を避けていること。
 それでも動揺を隠して、万里は促した。すると紬は、ポケットから携帯端末を取り出して、困ったように眉を下げる。
「ラ、LIMEのやり方が分からなくて、ちょっと困ってるんだ……万里くんそういうの詳しい?」
「は? LIME? って、アンタ今までどうしてたんだよ」
「えーと……」
 拍子抜けである。
 万里とてマニアックな知識があるわけではないが、日常生活や劇団員たちとの交流に、支障のない程度には使えている。むしろLIMEの何が分からないのか、分からないくらいだ。
「見せて。アプリは入れてあんの? あーそれはできたわけな」
 しょんぼりと肩を落とす紬を目にして、そういや機械が苦手って言ってたっけと、手を差し出す。
 ごめんねと紬は苦笑して、万里の手の上に端末を乗せてきた。キャリアやバージョンは違っても、操作方法は直感で分かる。万里は画面をタップして、アプリを立ち上げた。
「すっげ、フレ登録が企業公式しかねぇ」
 初めて見たわと凝視して、笑う。きっと最初の操作説明で、画面に出た通りにオススメを登録しているにすぎないのだろう。
「稽古の予定とか、これでやり取りするだろって、さっき丞に怒られちゃって……」
「あー、まあ出先とかだったらそうなるわな。えーと、じゃあ……ひとまず俺のID登録すっから、練習すりゃいーすよ」
「いいの? ありがとう」
「そういやカフェ行きたい時とか、どうするか決めてなかったし。これで好きな時に連絡して」
 さっきまで、丞に怒られたせいかしょんぼりしていた紬の顔が、パッと明るくなる。開花するように、なんて言葉が頭に浮かんで、万里は項垂れた。
(あー! うぜぇ! かわいい!)
 いったい何なのだ、これは。
 悪い感情ではないだろうに、不可解で不愉快だ。
 今まで、「できない」ことも「分からない」こともなかったのに。
 紬に対するこの感情がなんなのか、さっぱり分からない。
「と、登録ってどうするの?」
「あー、IDを直で打つか、送受信……」
 登録の方法を見ようと、紬が画面を覗き込んでくる。これだけ小さな画面だと、どうしても距離が縮まってしまう。万里はその事実に気がついて、息を飲んだ。
(近ぇ!)
 危うく端末を落としそうになって、慌てて思考をあさっての方角に向ける。距離を置こうと、万里は紬に端末を返し、自分の端末を取り出した。
「え、どうするの?」
「今相互でID受けられるようにしたから。ここな。相手の端末も同じ状態なら、こうやって触れ合わせるだけで登録できんだよ」
 言って、紬に向かって端末を差し出してみる。あ、と気がついて紬も同じようにしてきた。コツ、と小さな音を立てて触れ合った端末に、相手のIDが表示された。
「わ、何か出てきた。これ万里くんの? 登録、でいいんだよね」
「そーそー、これでフレ登録できたっしょ。ぷっは、つか紬さんのアイコン、デフォルトじゃん。逆に分かりやすいわ」
「え、これ変えられるの?」
 紬は本当に、機械やSNS系のシステムに疎いらしく、万里にはそれが新鮮でならない。
 学校で仕方なくつるんでいる連中には、そんなヤツはいないし、劇団のメンツもそれなりだ。
 一成なんかはいっそ鬱陶しいくらい詳しいし、意外にも左京はマメだったりする。連絡ツールとして、と登録させられた十座のIDも入っているが、活用したことなどない。
 向こうがどれくらい使えるのかも分からないが、アイコンが菓子に変わっているところをみるに、それなりに使いこなせているのだろう。
 万里は、紬はやっぱり今までいなかったタイプ、と心の中で思って笑う。
 紬の端末でコーヒーカップを撮ってやり、それをアイコンに変えた。やり方は見せたから、次からは自分の好きなものでできるだろう。そこまで勘の悪い男だとは思っていない。
「なんか、一気にそれっぽくなった。ありがとうね万里くん。声かけやすいから、つい頼っちゃうな」
 嬉しそうに端末を眺める紬に、万里は目を瞬く。
 まったく紬の言動は読めない。頼ってもらえるのは、少し、嬉しい。
 ケンカが強いせいか、虎の威を借る狐どもが声をかけてくるのは多かったが、こうしてなんでもないことで頼りにしてくれるのは、やっぱり新鮮だ。
 万里はたった今登録した紬のIDをタップして、メッセージを送った。
【いつでも声かけて】
 そう、短く。
 アプリの画面上で受け取った紬は小さく「あ」と声を上げ、次いで口許を緩めた。そうして慣れない手つきで画面を操作する。程なくして、万里の端末に、同じく短いメッセージ。
【ありがとう、よろしく万里くん】
 たったそれだけ。きっと改行の仕方も分からないのだろう、紬の精一杯。
 喉の辺りが締めつけられて、痛い。
 心臓の辺りがきゅうと音を立てているようで、怖い。
「あ、じゃあ俺稽古に行かなきゃ。また怒られちゃう……」
「お、おー、がんばっす」
 紬が満足そうに立ち上がり、そういえばと気がついて、慌ててコーヒーを飲み干す。
 片付けておくからいーすよと声をかけると、紬は困った顔をする。
「アイツらのもまとめてやった方が早いっしょ。アンタは早く行く。怒られっぞ」
「あ、う、うん、そうだね。ありがとう、じゃあお言葉に甘えるよ」
 紬が気にしないような言葉を選び、万里は談話室の外、レッスン室の方を指さした。足早に向かっていく紬の背中を眺めて、万里はまたひとつ、大きなため息をついた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

俺のCandy Star!-004-

俺のCandy Star! 2017.07.17

18歳以上ですか? yes/no

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18歳以上ですか? yes/no

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俺のCandy Star!-003-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「どうすか、うちの劇団。もう慣れた?」 紬は入団して間もない。そう言う万里とてキャリアが長いわけでも…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-003-


「どうすか、うちの劇団。もう慣れた?」
 紬は入団して間もない。そう言う万里とてキャリアが長いわけでもなく、ひとつ公演をこなしたとはいえ、団員歴は短い。
 同じリーダーの立場で言っても、最初の団員である佐久間咲也には敵わないし、芸歴で言えば皇天馬には絶対に敵わない。
 紬も一応リーダーらしいのだが、しかしなんとなく頼りない。
「うーん……まだ慣れてはいないかな。でも、みんないい人たちだよね。他の組もお芝居に真剣だし」
「いい人、ねぇ……まー上辺だけなら、そーかもな。中身はどうだか」
「え、違うの?」
「幸なんかあの顔で毒舌だし、至さんなんかほんとクソヤローだし。秋組だってあれだぜ、太一は元スパイだったし、臣だって族だったし、左京さんはガチ現役ヤクザだし。あー、兵頭はマジで最悪な」
 劇団のメンツを思い出して、指折り説明していく万里。犬猿の仲である十座の時だけ、あからさまに眉が寄るのを見てか、紬は小さく笑い出す。
「……なに」
「万里くんて素直だなあって」
「はぁ? んなこと初めて言われたんすけど」
「だってそう言いながらも、本気で嫌ってないでしょ? 信頼してるからこそ、ちゃんとみんなのこと受け入れてるんじゃないのかな」
「…………やっぱりなんか、アンタ苦手」
 本当に、今まで周りにはいなかったタイプだ。気を抜けば、心の奥底まて暴かれてしまいそうで恐ろしい。
「俺も、万里くんみたいに楽しめたらいいんだけど……」
 紬の表情が、またふっと曇る。
 リーダーという責任を重く感じているのか、それとも組の中ですでに何かあったのか。
(そういや、丞さんと何かあんのかな、この人。初日から険悪っぽかったけど、……まあ、俺には関係ねーか)
「稽古キツイんすか? あ、でもアンタ経験者だっけ。慣れてんだろ、エチュードとか」
「俺はブランクあるからなあ……でも、芝居が好きなんだよね、やっぱり。捨てられない。万里くんだってそうじゃないの?」
 まるで、そうあって当然とでも言いたげな紬の瞳。万里は紬の大きな目とは反対に、すっと細めた。
(あーこの人演劇バカだ。左京さんとは違うタイプの)
 劇団に入っているからと言って、芝居が好き、芝居しかない、芝居オンリー、というわけではない。
「期待を裏切って悪いけど、俺はそこまでじゃねーかな。ここに入ったのだって、元は兵頭に負けたくねぇってだけでさ。俺さっきも言ったけど、結構なんでも軽くできてたんすよ。イージーモード」
 万里は携帯端末を置き、ふっと口許を緩める。
 まだ半年も経っていないのに、懐かしささえ感じてしまう。あの日、兵頭十座を追いかけて入った劇場で、成り行きで受けたオーディション。
「あんま言いたくねーけど、俺アイツにケンカでその……負けてて。すっげえ悔しかったんすよ。だからなんでも良かった。アイツの土俵で打ちのめしてやろうって思ってただけなんだよ。特に楽しくもなかったな」
 今思い起こしてみれば恥ずかしいものだ。
 心の奥底で感じていた焦りから、一度劇団を離れかけた。勝ったつもりで逃げ出して、鼻で笑ってまたつまらない日常に戻るはずだったのに。
 つまらない日常に戻る、ということは、少なくとも退屈ではなかったのでは、と思っていたところへ、秋組の一人芝居。
 人生最大の衝撃で、胸の奥から沸き上がってくる情動で、たまらなくなっていた。
「俺が芝居に打ち込むようになったのは、そういう理由だし、アンタからしたらふざけんなって思うかも…………なんで笑ってんすか」
 ふと目線を上げると、ニコニコ顔の紬。馬鹿にしている風ではないが、何がそんなに楽しいのか。
「万里くんとは、カフェを探す理由も、芝居をする理由も違うんだなあって思って」
「……まあ、全部同じ理由とかだったら怖いし。つか、怒んねーんすか紬さん」
「え、なんで?」
「そんな理由で芝居始めんの、おかしくねぇ?」
「おかしくないと思うけど……逆にうらやましいかなぁ。俺は他人と競うっていうのが苦手だから、どうしても弱いんだよね。それに、楽しんでやってる万里くんを怒る理由なんてないよね」
 そう言って笑う紬に、万里は瞬きを忘れた。
 芝居に興味があって始めたわけではない。打ち込み始めた理由も、十座に負けたくないというだけ。
 どこか後ろめたかった理由を、許されたような気がして、すっと肩から力が抜けていく。
「ま、まあ……楽しいってか、面白い、とは思うけど……。舞台ではもちろんなんだけど、稽古してても左京さんの演技力はすげーと思うし、太一なんか普段があんななのに、旗揚げでは病弱な弟をちゃんと演じてたし、臣だってそうだ……全然別人。兵頭は……まあまあだったけど、なんか、気持ち良かったっつーか。そういうの、もう一回味わいたい」
「あ、それすごく分かるよ。達成感とか、ゾクゾクするよね。……冬組は、まだまだ組としてできあがってないどころか、始めたばっかりだから、無理だけど」
 ふう、と息を吐く紬は本当に残念そうで、寂しそう。
 冬組のメンツを考えると、まとめるのが大変そうだなと、万里は苦笑さえ浮かんでくる。
「ちーっと頼りない感じだもんな、アンタ」
「ひどいな万里くん。……否定はできないけど」
「俺てっきり、丞さんがリーダーになるかと思ってたけど。慣れてそうじゃん?」
 丞の名を出した瞬間、紬の体が分かりやすく強張った。
 本当に素直なんだよなあと、万里はコーヒーを飲み干した。
「あ、う、うん……丞がやれば、もっと早く冬組が成長できたかなって、思うけど……」
 指先がわずかに震えているのに気がついて、そんなに丞と確執があるのだろうかと、視線を背ける万里。
 虐めるつもりではなかったが、どうしてか紬の態度が気にかかる。
 自信のないような仕草はすべてにおいてだが、丞が絡むと、さらに酷くなるのはどうしてだろう。
 何があったのか、気になってしまう。関係ないと思う傍で、深く突っ込んでみたいと思う自分の矛盾に、万里は数分前から気がついていた。
「ま、いんじゃねーの、アンタはアンタのやり方で。相談とかなら乗るからさ。まー俺もあんま褒められたもんじゃねーけどな。リーダーっぽいって言ったら、咲也とか天馬の方がらしいし」
「えっ、あ、で、でも、相談っていうか……秋組の話とかも聞きたいから……万里くんさえ良ければ、またどこかのカフェで見かけたら、声かけてもいいかな?」
「は? なんで?」
「あ、だ、ダメならいいんだ、今日だってゲームの邪魔しちゃったもんね、ごめ――」
「見かけたらっつーか、二人で行きゃいんじゃね?」
 えっ、と紬の声が詰まる。何がそんなに不思議なのだろう。
 遠くに住んでいる友人というならば、そういう偶然もいいかもしれないが、同じ寮に住んでいて、稽古のスケジュールも把握できる状態で、わざわざ偶然を待つ必要なんかない。
「え……、い、いいの……? 迷惑じゃないかな」
 心の底から驚いた顔をして、紬はぱちぱちと目を瞬く。万里は肩をすくめて息を吐いた。
「だったら最初っから言ったりしねーすよ。ま、アンタが迷惑でなければ?」
 先ほどの紬の言葉で遊んでみると、気づいた紬がおかしそうに笑う。
「だったら最初から言ったりしないよ。ありがとう万里くん、時間が合えば、是非」
 紬の方も万里の言葉で遊んでくれて、優しい瞳で返された。
「あれ紬さん、そうやって笑うとかわ――、……って!!」
 音にしかけて、万里は途中で言葉を止める。びっくりした紬が、二度、三度、瞬いた。
「え、手? どうしたの万里くん……」
「なっ……んでもねーから」
 軽く手を振ってそう言うものの、万里はため息を吐いて項垂れる。
 先ほど、何を口走るところだったかしっかり認識していて、だけど認めたくない。
 柔らかく笑う紬を、可愛いと思ったなんて。
(ねーわ。……ねーな、ねーよ! 馬鹿か、野郎相手に可愛いとか!)
 ガシガシと頭をかいて、思考を散らそうとしてみるが、当の本人が目の前にいるのではそれも難しい。頭に浮かんでしまった言葉を、どうやって打ち消せばいいのか分からない。
(まぁ……可愛くなくはないけどさ……や、可愛くなくはないっていうか、どっちかって言ったらそうってだけで、役者やんのなら顔は整ってた方がいいしな。あーうんただそんだけ。俺ホモじゃねーし)
 無理やり思考を上書きして、カップを持ち上げるけれど、そういえば、さっき飲み干してしまったのだと思い出す。もう一杯頼むほどでもないし、見れば紬も飲み終わっている。
 万里は借りっぱなしだった手帳を、もう一度ぱらりとめくって中身に目を通し、紬に返した。
「ん。放課後ならわりと暇なんで、いつでも声かけてくれていっすよ。俺も……行きたいとこあったら言うから。駄目な時は言って。今そっち、それどころじゃねーだろうしな」
「あ、うん。……そうだね、でも、気分転換にはいいかもしれないな」
 そろそろ出ようか、と言わなくても、互いのタイミングが一致する。トレーを重ね合わせ、返却口へと運ぶ。紬は、レジ傍に置いてあった店のチラシを、ひょいと持ち上げ、嬉しそうに鞄にしまい込んでいた。
「あ、ありがとう万里くん。帰ろうか。今日の夕食、何だろうね」
 ドアのところで落ち合えば、向かう先は当然ながら、MANKAI寮の方角。そろって足を踏み出して、陽の短くなった歩道を歩く。
「あー、……カレーかな」
「え、でも昨日も、確か一昨日もカレーだったよね?」
「監督ちゃんのカレー好きは異常だよな……」
「あはは……」
 苦笑が雑踏に紛れていく。ストリートACTで絡んだ時より距離が近いような気がして、万里はらしくなく、そわそわと視線を空気に泳がせた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-002-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「万里くんはよくカフェに来たりするの? それともここだけ?」 一通りブレンドコーヒーを味わった紬が、…

俺のCandy Star!

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「万里くんはよくカフェに来たりするの? それともここだけ?」
 一通りブレンドコーヒーを味わった紬が、そう訊ねてくる。万里は携帯端末に伸ばしかけた手を止めて、でもやっぱり伸ばして、紬の問いかけに答えた。
「んー、ここはお気に入りの一つってとこっすかね。俺、こういうとこでコーヒー飲むの好きなんすけど、いい味に出逢うとすっげぇ嬉しいの。フルコンボ決めた時くれーかな」
「フル……? ゲーム? そうなんだ。俺もね、カフェ見つけると入っちゃうんだ。今日もそう」
 万里のゲームの話に興味はなさそうだが、ニュアンスとして受け止められているらしい。
 ちょうどよかった、と万里は思う。紬とは、ゲームの話で盛り上がりたいわけではない。
 寮に戻れば半強制的に至と盛り上がれるし、そういうものは期待していない。
「ここ、よく見つけたっすよね。道路に面してないから、一見だと入りづらいのにさ」
「あはは、俺も最初、ここカフェかな? って迷ったよ。でも、ドアが好みの感じだったんだ」
「ドアで判断とか初めて聞いたわ」
「そう? ドアっていうか、外観っていうか。ピンとくる時ない? あ、万里くんは味重視なんだね。そうか……面白いな」
 面白い? と万里は首を傾げる。
 確かにドアで判断する紬は面白いと思うが、味を重視する万里に、何の不思議があるのだろう。
「理由は違っても、行き着くところは同じなんだよね。芝居を観るときも、多分……演じる時も」
 紬の顔がふっと曇る。紬は演じることが苦手なのだろうか、と万里は視線だけで追いかける。いや、そんなはずはないと即座に否定した。
 演じることが苦手な人間が、あんなに繊細な仕草をできるものか。
 紬の演技をちゃんと観たのは、オーディションとストリートACTの一回ずつだけだ。
 それでも、台詞もなしに世界を作っていた紬を忘れていないし、視線ひとつで「柄の悪い若頭」をいなしてきた紬のことも忘れていない。
 基礎がしっかりできているのはもちろん、そのひとつひとつを丁寧に演じているのが、万里にさえ伝わってきたのだ。この男が演じることが苦手だなんて、まさかそんなことはないだろう。
「まぁ……そーすね。俺は別に、店の雰囲気とかどーでもいいし。いつも一人だから、気が向いた時に良さそうなとこ探して入るくらい。そんで、初めての店はまずブレンド頼む」
「なんでブレンドなの? 確かにここのブレンド、すごく飲みやすいけど」
「その店のこだわり具合が一発で分かる。ま、好みの問題だろうけど。豆に金かけてりゃいいってもんでもないし、カフェラテとかカプチーノの黄金比が絶妙ってだけじゃ、結構普通だし?」
「ああ……そうか、独自の調合だもんね。チェーン店なら別だけど」
 紬もカフェによく行くというのが、その発言でよく分かる。事細かに説明しなくても、万里の言いたいことを分かってくれたようだ。豆の産地、煎り具合、抽出の方法。それらすべてが、万里には重要なのだ。
「あとは、砂糖も結構大事かな。種類あるじゃん」
「砂糖も!? へえ、こだわりスゴイね。あ、でも俺も、置いてある雑貨とか観葉植物には、目が行っちゃうな。季節のものを置いてるとことか、店の商品にちなんだもの置いてあると、それだけでお気に入りになっちゃう」
 あとは――と互いの声が重なる。
「椅子」
「椅子」
 間を置かずに続けた声も、同じタイミング、同じ言葉で、万里も紬も、お互いに驚いた。
 目を見開いて、瞬いて、ふっと噴き出す。
「そこ、大事っすよね」
「そうだね。ずっと座ってることになるから、心地良いものじゃないと」
「柔らかすぎてもダメだし」
「硬すぎてもダメかな」
 くっくっと笑う万里の肩が震える。言おうとしたことを言われてしまって、だけど不快な気分にはならない。むしろ気分がいい。カフェを探す理由が違うのに、気になるところは同じ。
「紬さんのおすすめの店とか教えてくださいよ。どっか近く?」
「え、あ、えっとね……手帳に店のカード貼ってるんだけど……」
「アナログ」
「あっ、俺ちょっと機械が苦手で」
「苦手にも程があんだろ」
 はい、と手帳を渡されて、万里は少し眉を寄せた。手帳なんて、個人情報の塊ではないのか。それを言ったら、携帯端末だってそうなのだけれど、なんだか気が引けてしまう。
 劇団の仲間とはいえ、知り合ったばかりの相手にほいほい渡すような無防備さで、よくも今まで無事生きてこられたものだと息を吐いた。
「万里くん?」
「見ていーんすか」
「見ていいから渡してるんだよ?」
「あー……」
 危なっかしい人だなと思いつつも、口には出さないで、万里はぱらりとページをめくった。
 紬らしい丁寧な字で、今まで行ったカフェのデータが書いてある。
 最寄り駅、店の名前、特徴、雰囲気、オーダーしたもの、ひと言感想。
(女子か)
 几帳面なんだろうなと思うが、特に鼻につくような雰囲気はない。所々に入れられたイラストは、花だろうか、可愛らしい。知らず口許が緩んでいった。
「万里くんのおすすめは?」
「あー、俺は頭ん中にデータ入ってっから。メモとかしたことねーし」
「えっ、全部覚えてるの?」
「よゆー。あ、この店俺も好き。確か月ごとにブレンド違ってんすよね」
「すごいね万里くん、記憶力いいんだ。勉強も得意?」
「そこそこ」
 得意というわけではない。ただ、できるだけだ。授業なんて一回聞けば分かるし、なんなら教科書を見るだけで理解もできる。
 ただ、できすぎても困るのだ。教師たちからの期待やら何やら。それを知っているから、万里はほどほどに「できる」生徒でいる。
 勉強だけではない。生まれてからこれまで、「できなかった」ことがない。
 やり方はすぐに覚えられたし、覚えてしまえばゴールまでは最短距離で行ける。努力をしているわけではないが、できてしまう。
「つまんねーすよ? できた後はなんも目標なくなるから。すげーってよく言われるけど、俺からしたらできないことの方が不思議」
「ああ……なるほど、だからなんだね」
「何が?」
「万里くんの、自信いっぱいの仕草の中で、たまに退屈そうに指先が止まるの」
 肩を竦めた紬に、万里は目を見開いた。
 今の今まで自覚していなかったけれど、他人から見たらそうなのだろうか? いや、今までそんなことは言われたことがない。退屈そうだなんて、思っていても言われたことなんかなかったのだ。
 確かに退屈だった。
 勉強も遊びもケンカも、犯罪スレスレのことまでやってきて、それでもアツくなれるものなんて、ひとつもなかった。
「……紬さんて、いつもそーなんすか」
「え?」
「なんか、……見透かされてる気がする。居心地わりい」
「えっあっ、ご、ごめん、気に障ったなら謝るよ。俺のクセ……なのかな、人の内側見ちゃうの……本当にごめん、気をつける」
 居心地が悪いと思ったのは本当だが、それは自覚していなかったものすら、浮き出てしまいそうだからだ。紬の方こそ、居心地が悪そうに視線を逸らしてしまって、万里はぽりぽりと頭をかく。
「いや、別にいーんすけど……クセっていうかそれ、無意識に人の動向探って、衝突しない方向模索してんじゃないすか? なんか……相手に嫌われないように、顔色窺ってる感じ」
 言ってから、しまったと思う。紬の瞳が大きく見開かれて、体が硬直したのが、万里の位置からでも見て取れたからだ。
 あんまりいい言葉じゃなかったなと思っても、音にしたものは戻ってこない。
「あー、悪い、今のすげーやな言い方だった。謝るわ。アンタのそのやり方が悪いってんじゃなくて、芝居する時もそうやって周りを見てんのかなって、そう思っただけで、他意はねーの」
 珍しく、自覚していて珍しく、万里は自分から謝罪をこぼす。とっさの言い訳になってしまったが、うまくかわせているとは思う。紬の瞳が、ホッとしたように元の大きさに戻っていった。


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俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 来い、来い。 ゲージ満タン、メンツ最強、装備もレベルマックス、後は敵のエリアに入るタイミング。 摂…

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 来い、来い。
 ゲージ満タン、メンツ最強、装備もレベルマックス、後は敵のエリアに入るタイミング。
 摂津万里は、平日の放課後、実は六限だけサボって優雅な時間を過ごしていた。
 いや、手に握られた携帯端末の世界は、特に優雅でもないのだけれども、静かなカフェで、コーヒーの香りに包まれながら画面をタップする時間は、万里にとって至福のひととき以外の何物でもなかった。
(っしゃ、来い!)
 タイミングを計って、今だ、と思うところで攻撃のボタンをタップ――
「万里くん?」
 カッと見開いた瞳の中に、突然入ってくる顔と、耳に入り込んできた声。万里は集中していた気を逸らされて、タイミングを逸した。
「だあぁっ! フルチェイン逃した……っ」
 最強コンボでの攻撃タイミングは、本当に一瞬だ。もう今からでは、敵を一撃で倒すほどのリンクスキルが得られない。万里はがっくりと項垂れた。滅多に来ないタイミングだっただけに、惜しいことをしたと。
「あっ、あっ、ご、ごめん……何か邪魔しちゃったみたいだね……」
 そんな万里の様子に、悪いことをしたと思った相手が、すまなそうに声をかけてくる。万里はそこでようやく、声をかけてきた相手を認識した。
「あれ……紬さん? 何やってんすか、こんなところで」
 その相手は、つい四日ほど前に存在を認識した男。万里が所属している劇団・MANKAIカンパニーのオーディションで見事入団を果たした、月岡紬だった。
 外見に反さず柔らかな物腰と、それを上乗せするかのような、自信なさそうな仕草と口調が、万里の頭に残っている。
「何って……コーヒーを飲みに。ところで万里くん……学校は? 花咲からだと、この時間にここにいるの無理じゃない?」
「えーあー……」
 紬が腕を持ち上げて腕時計を眺める。そんなところだけ頭の回転が速い、と万里は視線を逸らす。別に親でもないのだから、サボりがバレたところでなんでもないのだが、バツが悪い。
「あ、でも走ってくれば大丈夫なのかな? 万里くん、このお店好きなんだね」
「えええ……そうくるか」
 万里は目を見開いて驚く。その発想はなかったと。
 確かにこの店は好きだが、六限までこなして、その後ダッシュで来るほど大好きというわけでもない。数量限定のコーヒーでもあれば別だが、そんなものがあれば、ハナから学校なんて行かずにここに寄っている。
 紬の頭の中に、「サボり」という言葉は存在していないのか、それとも万里をよほど「イイコ」だと思っているのか。
(後者はねーだろうけどな。こんなナリしててイイコも何もねーよ)
 校則違反のピアスと茶髪。デフォルトでは決して着ない制服。万里はちょいと自分の髪の毛をつまんでみて、口を尖らせた。
 まあ、紬が万里のことを知らないのは仕方がない。オーディションで初めて逢って、そういえば会話らしい会話もしていないのだから。
 万里も万里で、秋組の稽古に一応勤しんでいたし、食事の時に顔を見るくらい。
 紬が万里のことをよく知らないのと同じように、万里も紬のことはよく知らないのだ。
「アンタは? バイトかなんかの帰り?」
「うん、そう」
「何してんの、バイトって」
「家庭教師。T高が今日創立記念で休みだったんだけど、そこの子が、今日も勉強見てほしいって言うから」
「カテキョねー。なんか、分かるわ」
 万里は端末の画面をタップしながら笑う。紬なら、相手の立場に立って、優しく勉強を教えてやることができるだろう。
 例えば自分なんかでは無理だ。どこが分からないのか理解できないし、なぜそんな簡単なことが理解できないのか分からない。教えることには向いていないのだ。
「ここ、なかなかいい雰囲気の店だね。奥も空いてるかな、席……」
 紬が店を見渡す。
 ドアからすぐのカウンターと、バラバラのようできちんと置かれているテーブルセット。所々に置かれている観葉植物。
 客の数は多くもなく少なくもなく。道路に面していないせいか、車や雑踏などの喧噪からは遠い世界。
「え、なんで? ここ座ればいんじゃね?」
 紬が空いている席を探していると知って、万里はつい口にしてしまう。
 カフェの楽しみ方は人それぞれだ。紬はもしかしたら、一人で楽しむのが好きかもしれないのに。だけどそれなら、声をかけてきたりはしないだろう。
「……いいの? 邪魔じゃない?」
「いっすよ。アンタがよければ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
 言って、万里の向かい側に携帯端末を置く紬。
 まさかこんな場所で逢うとは思っていなかったし、万里はいつも一人でカフェにくる。
 空いている店ではテーブルを選ぶクセがあるのだが、今日は珍しく、向かい側に誰か座ることになるのかと思うと、なぜだかそわそわした気分になった。
「ここ、セルフでいいんだよね。何頼もう」
「あー、スコーンとかドリンクだけだと、カウンターでもらえるぜ。軽食入るとテーブルまで持ってきてくれるから。あ、紬さんてコーヒー普通にイケる方? 紅茶とかのが好き?」
 カウンターへと向かう紬に声をかけ、万里は答えを待った。
 カフェに来て、何をオーダーするかは自由だ。紅茶もあるし、デザート目当ての客もいる。小腹が空けば少なめのパスタや小さめのピザもいいし、好みというものは千差万別。それもまた、面白いと万里は思っている。
「え? ううん、普通にコーヒー好きだよ」
「なら、ブレンドおすすめ。ここの絶品だぜ」
 押しつけるつもりはないけれど、どうせなら美味しいコーヒーを飲んでもらいたい。万里が淹れるわけでもないのだが、気に入っている店だ。できれば紬にも気に入ってもらいたい。そういった思いが、音にさせた。
「へえ、なら、それにしてみる。ありがとう万里くん」
「え、……あ、や、べつに……」
 紬が小さく笑って、カウンターへと向かっていく。万里は面食らった。まさか礼を言われるとは思っていなかったのだ。
 だけど紬の音に不自然な点はない。彼にしてみたら、おすすめされたら礼を告げるのが、自然なのだろう。
(なんか、今まで周りにいなかったタイプだな……素直っつーかなんつーか、……わりと危なっかしい)
 ず、と少し冷めかけたブレンドをすすって、紬の背中を見つめる。
 世間的に低いわけではないが、万里から見ると小さい紬。細身とあの優しげな顔とが相乗効果で、人の好さを表している。自信なさげな口調と、戸惑いを隠さない視線は、どうかすると庇護欲を煽る。
(別に、俺には関係ねーけど)
 仮にも年上の、しかも男に対して、庇護欲なんてとんでもない。騙されやすそうだなとは思うが、そうなったらなったで紬の責任だ。万里と違って、向こうは成人しているのだから。
「思わずMサイズにしちゃった。あはは……」
「マジか」
 紬が小さなトレー片手に戻ってくる。店の特徴がよく出るブレンドだ、普通ならお試しでSサイズを頼むところだろう。
 それなのに紬は、しょっぱなからMサイズのオーダーをしたらしい。
 トレーを置き、椅子を引き、座る。指先がカップを撫でる、小さな仕草が目に入った。紬は座ったその位置からも店内を見回して、天井まで目をやっている。何がそんなに気になるのだろう。落ち着かないというわけではないようだが、紬の視線は定まっていない。
「ふぅん……」
 そうしてやっとカップを持ち上げ、口許へと運んだ。まずは香りを楽しんで、一口。瞬きひとつ、ふたつ。二口目はさっきより勢いをつけて。
 万里は、その一連の仕草を、余すことなく視界で楽しんだ。
 向かい側に他人がいるということの楽しさを、久々に認識して、瞬きひとつ、しなかった。
「美味しい」
「……だろ? スコーンとか好きなら、プレーンのがよく合うぜ」
「そうなんだ。次に来た時は頼んでみよう」
 するりと出てくる感想が、万里には嬉しい。自分が気に入っている店を、気に入っている味を、世辞でなく賞賛してくれる相手だ、と分かった。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!

NOVEL,A3!,万紬,俺のCandy Star! 2017.07.17

#片想い #原作沿い #ウェブ再録

(画像省略)2017/07/17表紙:ももこ様【あらすじ】人生イージーモードだった万里の中に、入り込…

NOVEL,A3!,万紬,俺のCandy Star!

俺のCandy Star!
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2017/07/17
表紙:ももこ様
【あらすじ】
人生イージーモードだった万里の中に、入り込んできてしまった紬。恋を自覚するまで、自覚してから、紬に大切な言葉を継げる万里サイド。
メインストーリーの無間地獄と冬組公演を絡めた紬サイド、千秋楽後の、何度目かの万里の告白に、紬が返した言葉とは――。
※作中に十座→左京の表現がありますので、苦手な方はご注意ください。


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#片想い #原作沿い #ウェブ再録

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Strawberry

NOVEL,A3!,万紬 2017.07.16

#両想い

 ふう、と息を吐くタイミングが重なって、どちらからともなく視線を合わせて笑い合った。「平気っすか?」…

NOVEL,A3!,万紬

Strawberry



 ふう、と息を吐くタイミングが重なって、どちらからともなく視線を合わせて笑い合った。

「平気っすか?」
「ん……だいぶ慣れた……」

 紬はベッドに腕を投げ出して、疲労に包まれる体に休息を与える。そんな紬の髪をそっと撫でてくるのは、今の今まで繋がり合っていた恋人の手のひらだ。

「だろうな。一昨日より楽にできたし。やり方っつーの? 覚えてきた感じ。お互いに」
「うん、そんな感じだね……ねえ、万里くんも気持ち良かった?」

 その手のひらにすり寄って、紬は訊ねてみる。恋人である万里の頬が、さっと染まったように見えた。気持ち良かったかと訊いてくるくせに、訊かれるのは恥ずかしいとでもいうのだろうか。

「よ、良くなかったらイッてねーし……。なんか、紬さんにそういうこと訊かれっとすっげぇ照れくさい」
「なんで。俺には散々訊いてくるくせに」
「う……」

 明瞭な万里にしてはめずらしく、言葉が詰まる。促すように、今度は紬が万里の髪を撫でた。ベッドに突っ伏して、万里は言いにくそうに小さく紡ぎ出す。

「俺、今までさ……誰かとヤんのなんて、自分が気持ちよけりゃいーやって思ってて、相手のことなんて考えてなかったっつーか」
「前の彼女?」
「彼女って言うんかなあれな……って、イタタタ、イテ、痛いって紬さん、耳引っ張んなよ」
「ああごめん、ただのヤキモチ」

 お互い、劇団に入るまでは見も知らない相手で、恐らく街ですれ違ったことさえなかっただろう相手だ。過去があるのはどうしようもなくて、異性の肌を知っているのもどうにもしようがないことだ。だけどそれでも、嫉妬というものは生まれてしまう。紬は万里の髪を撫でていた手を、無意識に耳に移動させ、八つ当たりのように引っ張っていたらしい。

「もー……、仕方ねーじゃん、紬さんのこと好きになるまで、マジでこういう気持ち知らなかったんすから……」
「……万里くん、初恋?」
「そっすね。アンタは違うだろーけど」
「うーん……、それは、そうかも……いたたた、耳、引っ張んないで」

 初恋はとっくに経験していたという紬の耳を、今度は万里が引っ張る。ふてくされたような顔が可愛らしくて、紬はゴメンねと鼻先にキスをした。

「……いーけど。俺が、アンタの最初じゃなくても、最後なら」
「……うん、俺も、万里くんの最後がいいな」

 いつか終わってしまうことなんて考えない。お互いに、お互いが最後であればいいと願って、口唇に触れる。髪を撫でてくれる万里の手が心地良くて、また一回り、気持ちが大きくなっていく。

「……だからさ、俺。紬さんのこと好きになったら、全然世界が違って見えんの。自分が気持ちよけりゃいいなんて思えねぇっつーか、紬さんのこと気持ち良くしてやりたいっつーかな。ちゃんとできてんのか、確認してぇの。……紬さん、気持ち良かった?」

 紬は、ぱちぱちと目を瞬いた。気持ち良かったかと訊かれるのは別に嫌なことでもなかったし、恥ずかしい気持ちはあったけれど、意地悪をするためではないと知っていたから、ちゃんと応えてきたつもり。だけどまさか、万里がそんな風に考えて訊いてきていたとは思わずに、きゅうと胸が締めつけられた。

 ――――かわいいな……かわいいなあ、もう。

 普段あんなに自信満々な万里が、こんなときだけ不安そうな顔をする。紬に対することだけ、万里が違う表情を見せる。それがかわいくて、嬉しくて、口許を緩めた。

「すごく気持ち良かったよ、万里くん。優しくしてくれて、ありがとう」

 万里の表情がホッと安堵したものに変わる。
 万里ほど頭が良ければ、気がつくと思っていたのだが、どうやら恋に関してはそうでもないらしい。万里が、「紬さんに気持ち良くなってもらえたか知りたい」と思うのと同じように、紬だって「万里くんに気持ち良くなってもらえたかどうか知りたい」と思って訊ねていることに。

 ――――自分だけじゃ、駄目なんだよね。恋って、こんなにくすぐったいものだっけ。

 愛しいなあと、なんのてらいもなく思う。高校生の男の子相手に、こんな風になるなんて思っていなかったけれど、幸福な気持ちでいっぱいだ。

「よかった、アンタ全然拒まねーから、どこまでしていーのか分かんねぇし」
「そう? 嫌なときはちゃんと嫌って言うよ、俺」
「ん、よろしく」

 ホッとしたのか、万里はベッドに体を預けて目を閉じる。紬は両肘をついてそれを見下ろし、こんなときだけ年相応に見える万里の顔を楽しんだ。

 ――――綺麗な顔してるんだよね、万里くんて。モテるんだろうなあ……俺がクラスメイトだったりしたら、放っておかないけど。……あ、無理、万里くんみたいにカッコイイ子に声かけるなんて、絶対できない。それを考えると、劇団で出逢えてよかったよね……。

 そっと、鼻筋を撫でる。指先で、ふに、と頬をつついてみる。

「くすぐって……」

 そうは言いながらも目蓋を持ち上げもしない万里に、紬は笑う。気を許してくれているのかなと、あやすようにも髪を撫でた。
 汗でしめった髪は、それでも指をするりと抜けていく。

「万里くんの髪って、さらさらだよね……」
「あー……そーかも。おかげでセットしづらいんすけどね。ワックス使わねーと全然まとまんなくて」
「ふぅん」

 万里は自分の見た目が良いことを知っている。さらに、どう見られているかも知っている。その期待に応えられるだけの心の余裕があって、いつも身だしなみには気を遣っているらしい。

 ――――その万里くんが、俺の前ではこんなに乱れるんだよね。もっと、俺しか知らないことがあればいいのに。

 セットが崩れた万里の髪が、律動に伴って揺れる様を、紬は何度も見てきた。荒々しい呼吸とともに、紬さんと呼ぶかすれた声とともに、滴る汗とともに、自分の上に降ってくる様を、何度も感じてきた。

 ――――俺しか知らない万里くん……。

 紬は、万里の髪を一房すくい上げる。それを三つにより分けて、順番を間違わないようにゆっくりと編んでいった。

「ちょ、なにしてんの紬さん。おーい」

 万里の瞳が届く場所ではない。紬が何かをしているということくらいしか分からないようで、万里は笑いながら訊ねる。

「ん、だめ、動かないで」
「なんすかそれ……」

 紬は万里の抗議も訊かずに、髪をもてあそぶ。そうしてできあがったのは、

「万里くん、みつあみも似合うね」
「はァ!?」

 万里の前髪を編み込んだ、細い三つ編み。まあそれを留めるものがなく、紬の指先でかろうじて三つ編みの形になっているだけではあるのだが。

「なにしてんのアンタほんと……あとついたらどーすんだ」
「あ、せっかく似合ってたのに」
「んなわけあるか」

 紬の指を外させ、万里はその三つ編みをほどく。紬はふてくされたような声を上げつつも、万里に恒常的なッ三つ編みを求めているわけではない。ただ万里の髪に触れていたかっただけなのだ。

「でも、ほんと万里くんの髪、気持ち良い……手触りっていうか、すごく好きだよ。俺もこういうのがよかったな」
「そっすか? 俺は紬さんの髪の方がいいけどな。触ってて気持ちいーの」
「やだよ俺、いつもここだけ跳ねちゃうし」

 万里が髪を撫でてくれるけれど、紬には自分の髪が好きになれない。嫌いなわけではないのだが、どれだけセットしてもひとふさ跳ねる部分が、気になってしまうのだ。

「あーこれな。俺ずっと、わざわざセットしてんのかと思ってたわ」
「そんな面倒な」
「なんでここだけなんすかね」
「うーん、つむじの関係かなぁ……なんだか触角みたいでちょっと恥ずかしいんだよね」
「可愛いじゃん、アンテナ。なんかセンサー仕込んでそう」

 万里の指が、いつも跳ねる紬のひと房をつんつんと引っ張っていじる。ほんの少し頭皮を刺激する痛みは、だが不快なものではなかった。

「あ、カフェセンサーかな」
「ははっ、確かに紬さん、カフェ見つけんの上手いもんな。入り組んでるとことかさ。どーやって見つけんのか不思議だったんだけど、ナットク」

 おかしそうに笑う万里に、まさか納得されるとは思っていなかった紬が面食らう。この年下の男の子は、案外ロマンチストで、たまにこんな非現実なことを受け入れてしまう。おそらく丞あたりに言っても「馬鹿か」と返ってくるはずだ。

「な、これさ、カフェ見つけたらピコピコ動いたりすんの?」
「うん、動くよ」
「マジでか。今度観察しとこ」

 悪ノリする紬にも、ぽんと言葉を返してくる万里。それがおかしくて、嬉しくて、紬は目を細めて笑った。

「あとね、最近、感知する対象物増えたんだよ」
「増やせんの!? アンタすげぇな? で、何が見つけられんすか。たまご料理とか?」

 たまごが大好物なことも覚えていてくれる。そんな万里の胸に頭を乗せて、紬は嬉しそうに呟いた。

「万里くん」
「は?」
「万里くんを見つけられる。万里くん目立つってのもあるけど、人混みでもすぐに分かるし。最近じゃ寮の中では人の気配も分かる。それが万里くんだと、そわそわするんだよね」

 マジで、と万里の手が髪を撫でてくれる。嘘ではないけれど、嬉しそうに受け入れてしまう万里の素直さを、紬は好ましいと思っている。

「それを考えると、このアンテナも悪くはないかな?」
「俺も欲しいな、これ。紬さんがどこにいんのかすぐに分かるし、カフェとか、たまご料理旨いとこ見つけられるだろ。そのうちアンテナ同士で会話したりすんじゃねーの」
「えぇ……ナイショ話とか?」
「そーそー、今日は兵頭いねぇから部屋にこねえ? とかさ」

 紬は万里の胸の上でおかしそうに肩を震わせる。そんなナイショ話がアンテナでできてしまったらそれは楽なのだろうが、少し寂しい気もするのだ。

「でも俺、誰もいないこと確認して耳打ちしてくる万里くんの声、すごく好きだよ」
「…………アンタずりぃ。そゆこと言うから、毎回負けた気になるんすよ」

 胸の上から顔を上げ、万里と視線を合わせる。照れくさくてバツが悪いのか、万里の口唇はほんの少しとがっていた。
 伸び上がってちょんとそこにキスをし、ふふと笑ってみせる。

「ねえ万里くん、声、聞かせて」
「なら、紬さんも聞かせてくださいよ。イイ声、な」

 言って、万里は紬の体ごと位置を反転させる。わ、と声を上げたけれど、多少見えていた未来だ。

「万里くんのえっち」
「どーせな」

 ほっぺたを軽くつねられるが、そんな接触さえ紬には嬉しかった。万里が、紬にだけ見せる子供っぽい指先と、大人っぽい瞳と、色気のある吐息。それらすべてが「摂津万里」を飾っている。

「好きだよ、万里くん」
「ははっ、俺なんか紬さんのこと愛してっからな」
「えっ、なにそれずるい……俺だってきみのこと愛してるもん」
「だーめ、俺が先」

 笑いながら口唇にキスをしようとした万里との間に、紬はそっと指先を差し入れる。ストップをかけられた万里の目が不機嫌そうに細められるけれど、紬も譲る気はないようだった。

「先とか後とかないと思う、俺が万里くんのこと愛してるのは事実だよ」
「ベッドん中で説教すんなよ。負けず嫌い」
「そんなとこも好きでいてくれるんでしょ」
「あーはいはい好きっすよ、…………すげぇ、好き。大好き。どーしてくれんの、俺のこの先の人生」

 ふてくされた口調の中に、万里のまっすぐな想いが混ざる。こつんと額を合わせてくる万里の背を抱き、撫でてみた。

「大丈夫、俺がぜんぶもらうから」

 先なんて、心配しなくて大丈夫。そう言って笑う。万里は決まりが悪そうに視線を逸らして、赤くなった頬を隠すように覆った。

「アンタのその自信、どこからくんの……」
「ナイショ」

 そうして紬は、万里を誘う。ストップをかけていた手のひらを抜き、口唇にキスをして、足を絡めた。万里の方からキスを深くしてくれて、互いの肌をゆっくりと撫でる。吐息のタイミングを重ねて、紬は万里を受け入れた。
 のけぞっても、万里の背を抱く腕を外すことはない。からだ全部で、万里と触れ合っていたいのだ。

 ――――俺の中の自信は、全部万里くんがくれたものだ。そうじゃなきゃ、怖くて愛してるなんて言えないよ。

 万里のまっすぐな想いは、知ってみれば分かりやすい。愛されていると自惚れでなく思える日常が、紬の中に自信を流し込んでくる。
 紬のせいで万里の世界(いろ)が変わったように、万里のせいで紬の世界いろも変わってしまった。
 触れ合って、混じり合って、ひとつの色になっていく。

 ――――きみがくれた自信(いろ)だから、大事に、大事に育てていくね。

 紬は万里を強く強く抱き締める。そんな紬が可愛らしくて、万里も強く抱き締め返した。



#両想い