No.263

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俺のCandy Star!-026-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 その日の夜、夕食が終わったあと、紬はいづみにみんなを集めてくれるように頼んだ。「紬さん、みんな集め…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-026-


 その日の夜、夕食が終わったあと、紬はいづみにみんなを集めてくれるように頼んだ。
「紬さん、みんな集めましたけど……」
「ありがとうございます。みなさん突然すみません、聞いてもらいたいことがあります」
 支配人や亀吉も含めた、劇団の全員が談話室に集まる中で、紬はゆっくりと話し始める。
 GOD座との確執、自分に自信が持てない理由。それでも芝居に触れていたいと切に願う気持ち。
 他人から見たら、馬鹿馬鹿しい理由かもしれない。些細なものかもしれない。だけど今この気持ちを吐露しなければ、前には進めなかった。
 傍に、丞がいてくれる。
 壁際で、万里が見ていてくれる。
 泣き出しそうな声をぐっとこらえて、紬は今思っていることをすべて吐き出した。
「GOD座とのタイマンACTは、分の悪い賭けです。この業界でトップ集団にいる劇団との勝負なんて、勝てる見込みはない。ほぼゼロに近いかもしれません。でも、俺はもう逃げたくない。自分の意志でこの街に戻ってきた以上、逃げるべきではないんです。たとえ結果が悪くても――」
 胸の前で拳を握る。ドクドクと早鐘を打つ心臓の鼓動が、その拳にまで響いてきた。
「GOD座からの勝負を受けさせてください。あの時逃げ出した後悔を繰り返さないためにも。ひどく個人的な理由だとは分かっています。だけど……今この劇団で、みんなと芝居をしたいんです。お願いします」
 そう言って、深く頭を下げる。
 芝居がしたい。小さな頃からずっと胸の奥で輝くひとつの願い。
 芝居がしたい。また、丞と。東や、誉や、密と。
 そしていつか、万里と舞台で。
「紬さん……」
「逃げ出すなんてもう許さないぞ」
「やってやろうぜ」
 いづみの、安堵した声。丞の、呆れたような声。万里の勝ち気な声。それには嬉しさが混じっていて、すうっと紬の肩から力が抜けていった。
「おう、逃げるなんて冗談じゃねぇ」
「やらない後悔よりも、やった後悔の方がいい」
「GOD座の弱点情報、流しまくりッス~」
「頼むぜ太一」
 次々に賛同が聞こえてくる。
「しょうがないな、やるなら本気でいくぞ」
「俺も全力でサポートします!」
 リーダー仲間からも、頼もしい声。
 そして肝心の冬組からは。
「やれやれ、大変なことになったね」
「でも、リーダーの決めたことには従うよ。微力ながら、ボクもがんばろう」
「……うん」
「珍しく起きていたんだね」
「ワタシがマシュマロで釣っていたのだよ」
 なるほど、と笑う声が聞こえる。
 重要で重大な決定だと思うのだが、劇団の全員が、嬉しそうな顔をしていた。
 紬は改めて、この劇団で芝居がしたいと思う。壊させたりしない――絶対にだ。
 そう決意を新たにしたら、組の親睦を深めるとかでババ抜き大会が始まってしまって、笑みがこぼれる。紬もそれに混じって、久し振りに声を上げて笑った。



 酔い覚ましにと、紬は中庭へ向かう。
 もともとあんまり飲めないのは自覚していて、一杯だけと注がれたビールを、半分ほど飲んだだけ。それでも熱気にあてられたのか、顔が火照っている。
(逃げ出さないで、良かった。
 GOD座からの勝負は、満場一致で受けることになった。自分の思いが叶ったのは嬉しいが、それ以上に、仲間とともに立ち向かえることが嬉しい。ぎくしゃくしていた、幼馴染みとも一緒だ。
(芝居が楽しみだなんて、そういえば久々だな。丞と再会してから、なんだか落ち込んでばかりだったし……)
 夜風に頬を当て、涼む紬の背中に、声がかかる。
「紬さん」
 振り向かなくても分かった。万里だ。彼もババ抜き大会を抜け出してきたのだろうか。
「万里くん、いいの? 秋組の応援とか」
「あー、今俺の番だったんだけど、イチ抜けしたからへーき。後は知らねーよ」
「あはは、万里くんてババ抜きまで強いの? えっと、イージーモードだっけ? すごいね」
 万里にかかれば、どんなことでもイージーモードになってしまう。勝ち抜くところを見ていれば良かったかなと思い、笑った。
「紬さんアンタ酔っ払ってねぇ? 平気かよ」
「酔っ払ってないよ、大丈夫、大丈夫」
 半信半疑、そんな万里の視線が向かってくる。顔は火照っているけれど、ちゃんと正気だ。足下だってふらついていないし、万里の顔だってよく見える。
「タイマンACT、楽しみだな。何かテーマがあるんだっけ?」
「ああ、うん、そう。多分返事をしたときにテーマ提示されると思うんだけど、何がくるんだろう……怖いけど、楽しみだよ」
 期日は明日だ。GOD座も演じる以上、無茶な設定のものはこないだろう。
 キャリアもトップクラスのGOD座が、MANKAIカンパニー相手に何を持ってくるのか。演じきれるか分からなくて怖いけれど、新しい役をもらえるという点については、わくわくとそわそわが止まらない。
「……良かった」
「え? なにが?」
「アンタ、昨日の様子からだと断るのかなって思ってたからさ。自信ないってすげぇ暗かったじゃん」
「リフレインするのやめてね、恥ずかしいから」
 昨日までの自分を思い返すと、恥ずかしくてしょうがないのだ。
 何があんなに自信をなくさせていたのだろう。理由はきっとたくさんあるけれど、のしかからせていたのは紬自身だ。
「俺もすっげぇ楽しみ。舞台の上の紬さん、見られるんだよな」
「あんまり期待しすぎると、実際見た時にがっかりするかもよ?」
「しねーよ、そんなん」
 その瞬間まで楽しそうに笑っていた万里が、唐突に真剣な顔をする。
 何か気に障ることでもあったかなと首を傾げれば、緊張したように万里が空気を吸い込んだ。
「月岡紬さん」
 脚の横で拳をそっと握りしめ、万里はわざわざフルネームで紬を呼んでくる。
「え、あ、は、はい」
 紬も思わず、居を正して背筋を伸ばした。
「アンタが好きだ」
 今まででいちばん短くて、いちばん直線的で、いちばん切ない顔をして、最短距離で想いを告げてくる万里。
 足下から、ざわりとせり上がってくる感情を、紬は何だと解釈したらいいのだろうか。
「今のアンタに言って、信じてもらえっかどうか分かんねーけどさ……」
「……酔っ払ってないって言ったよね、俺」
 酒飲んでたし、と気まずそうに頬をかく万里を、紬はじっと見やる。
 素面でない時に言っても、信じられないかもしれない、最悪、起きたら忘れているかもしれない。万里がそう心配するのは分かるけれど、紬はいたって素面だ。
「万里くんが俺なんかのこと好きになってくれたのは、嬉しい。……少し、考えさせてもらってもいいかな。すぐには、ちゃんとした答えを返せないと思うんだ。申し訳ないけど、今はこういうの考えられる状況じゃないしね」
 そうして紬は、あの日の今日とは違う答えを万里に返す。
 いつだか、前向きに考えてほしいと望んだ万里に応えて、しっかりと考えてみたい。どんな結果になるかは分からないが、頭から否定して拒絶するのは、もうできない。
 摂津万里という男の子のことを、もう少し知りたくなってしまっている。
 それが恋としてなのか、劇団の仲間としてなのか、はたまたライバルとしてなのか、考えたい。
「……つ、紬さん……? アンタ、驚かねーの? ヤローに告白されんの、慣れてんのか?」
「え? あ……」
 万里と視線を合わせれば、すんなり告白を受け止めてしまった紬を、怪訝そうな表情で見つめてきていた。
 しまったなと思う。紬にとっては何度目かの恋の告白でも、万里にとっては、ストリートACTを入れても二度目なのだ。慣れるものではないけれど、驚いたりはしなくなってしまった。
「もしかして俺、結構分かりやすかったのかな……自覚してから、まだそんな経ってねーのに」
「あっ、あの、違うんだ、なんていうかその……き、昨日のこと、演技じゃなかったのかなって思ってたから、その。あと俺、告白なんてされたことない」
「えっ、そーなんすか? 女にも? てことは、紬さんの方から告ったてこと?」
「……ストレートに告白したことはないよ……つきあおうか、って、それだけ……」
 気まずそうにそう返せば、万里が困ったような顔をする。
 やっぱりこの歳まで生きてきて、好きのひとつもまともに言ったことがないというのは、おかしなことだっただろうか。
「やべ、嬉しいんだけど、喜んでいいのか分かんね……俺最低じゃね?」
「えっ、な、なんで嬉しいの」
「紬さんの初めてもらっちまったんだろ、これ。それがすっげぇ嬉しい。紬さん女にモテねータイプとは思えねーのに、そういうのなかったんだなって、喜ぶ自分がすげぇ嫌。ごめん」
「……別に謝るようなことじゃないと思うけど……モテるっていうのは、万里くんみたいな子でしょ」
 恋愛経験が少ないことを喜んでしまった、それでこの謝罪か、と思うと、本当に素直な子だなと感じてしまう。
 経験の乏しさを指摘されているのに、悪い気はしないのは、万里のまっすぐな気持ちが向かってくるからだろう。
 やっぱり女の子にも人気あるんだろうなと思うと、胃がずしりと重くなった。
「でも俺、ホントに好きって思ったの、紬さんが初めてかも。自分から告ったのもこれが最初だし。だから、紬さんがちゃんと真剣に考えてくれそうで、すっげぇ泣きそう、嬉しい」
「……うん、頑張って考えてみるね」
「言っとくけど俺、待ってるだけのつもりねーぜ? ぜってー口説き落としてやっから」
 勝ち気な笑顔で、万里がそう告げてくる。どんな方法なんだろ、と紬は気恥ずかしさに視線を逸らした。
 そもそも、いつこの無間地獄から抜け出せるのだろう。せっかくGOD座との勝負を受けると決めたのに、そこまでたどり着けないではないか。
 自分の気持ちが負けてしまわないうちに、今日が昨日になるといい。
 そこまで思って、負けてしまうことはないかなと考え直す。
「大好きだぜ、紬さん。アンタの演技も、アンタ自身も」
 全力で好きと言ってくれるひとがいる。
 ここにいてもいいのだと、全身で伝えてくれるひとがいる。
「じゃ、俺部屋に戻るわ。案外いい反応もらえて、すっげぇ嬉しい。おやすみ、紬さん」
「うん、おやすみ万里くん」
 そう言って、万里は満足そうに寮の中へと戻っていく。紬はそんな彼にひらひらと手を振って、冬の夜空を見上げた。
 星が流れる。
 願い事を言う前に消えてしまったけれど、今心の中にある願いは、きっと自分自身で叶えられる。
 そうだよね、と紬は目を閉じて、冬組のメンバーを思い浮かべた。


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