No.264

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俺のCandy Star!-027-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「おはよう丞……」「ああ……」「稽古、行こうか」「そうだな、どうせ昨日と同じなんだろうが」 翌朝、と…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-027-


「おはよう丞……」
「ああ……」
「稽古、行こうか」
「そうだな、どうせ昨日と同じなんだろうが」
 翌朝、と言って良いのか分からないが、二人はうんざりとしながらも、昨日までの昨日とは明らかに違う距離感に安堵しながら、レッスン室へと向かった。
「おはようございます」
「おはようございます!」
 最初にあれ? と思ったのは、誉からの独創的な詩のプレゼントがなかったこと。そして、密がマシュマロの袋を抱えていないこと。
 昨日の昨日とは、明らかに違う。
「御影、マシュマロは?」
「……もう食べ終わった」
 相当量があったはずだが、あれをもう食べてしまったのか。
 いや、そんなことは今は問題ではない。
「有栖川も、今日はトンチキな詩をプレゼントしないのか」
「ワタシの渾身の詩は昨日披露しただろう。そもそもトンチキとはなんだね。ひとまずワタシの辞書にも加えておこう。褒められた気はしないがね」
 丞も、紬も目を瞠った。やっぱり昨日の昨日と違う。紬は、慌てて携帯端末の画面を確認した。
「……丞っ、見て、日付!」
「――十三日だ!」
 丞もその画面を覗き込んで声を上げる。久し振りに、十二でない数字を見た。
「やっと抜けたよ!」
「おっし!」
 二人して思わずガッツポーズ。
 どうせ今日も同じ日なのだろうと思っていただけに、驚きは隠せない。しかしそれよりも、ようやっと無間地獄から抜け出せた開放感が、全身を支配した。
「ど、どうしたんですか二人とも……?」
 いづみが、そんな二人の様子を訝しんで訊ねてくる。傍から見れば、確かに異様な喜びようだろう。
「ええと、実は――」
 不思議なことがあって、と続けようとした紬を、丞が止める。こんな話は、誰にしても信じないだろうと。実際、ループし始めた頃は丞自身、信じていなかった。
「やっぱり、そうかな……」
 あははと笑い、内緒ですと紬は口唇に人差し指を当ててみせた。
 いつのまに仲直りしたのだろうと、誉たちの不思議そうな視線が向かってきたけれど、紬たち自身、いつの時点が「仲直り」なのかは分からない。
 ただストリートACTをして、楽しかったあの頃を思い出して、今本当にやりたいことを話しただけだ。
(あ、そうか。三角くんが言ってたのって、これか……)
 仲直りなんてカンタン、とお日様みたいに笑った彼の言葉の意味が、ようやく分かる。
 丞と芝居がしたい、主役として舞台に立ちたい、溜め込んでいたそのふたつの願いを、表に出しただけだ。
 ようやく今日になった日の稽古をがんばろうと、清々し気持ちで紬は顔を上げる。
 そして唐突に、気づく。
(昨日は、もう……ないんだ……。じゃあ、そっか……昨日のあれが、最後か……)
 昨日がちゃんと昨日になったということは、万里が中庭で想いを告げてくることはなくなったのだ。
 どの日の告白も真剣で、どの言葉も本当で、どの視線も熱っぽかった。あれがもう見られないのかと思うと、残念な気がしてくる。
 昨日の昨日、もっとちゃんと身を入れて聞いていればよかったと、万里のカフェラテ色の髪を思い出した。
「紬? どうした、稽古始めるぞ」
「あっ、うん、ごめん丞」
 丞に呼ばれハッと意識を切り替え、稽古の輪の中に入っていく。
 昨日とは違う今日なのに、どうしてか寂しい気分が抜けていかなかった。



「あれ、紬さん今日もカテキョ?」
 いつもより少し遅い時刻に玄関へ向かうと、後ろから万里の声がかかる。思わず心臓が跳ねた。どんな顔をしたらいいのか分からない。
「あ、う、うん。今日は違う子だけど。真面目だよね。俺なんか高校の時は芝居づけだったのに」
「今もだろ、芝居づけ。すっげ楽しそうな顔してんの」
「そうかな。秋組は今日稽古?」
「あー、学生組が昼揃ってんの珍しいからな。夕方までみっちりだぜ」
 やれやれと肩を竦めながらも、万里も楽しそうな顔をしている。彼も彼なりに、芝居づけなのだろう。
 紬はどこかでホッとする。
 口説き落とすからと言っていたわりには、以前と変わらない態度で接してくれる万里。ちゃんと真剣に考えると言った紬の答えを、待っていてくれるのか。
「そっか。頑張ってね」
「カテキョ何時まで? 夕方空くんならどっか行こう、カフェ。紬さんと一緒にコーヒー飲みてぇ」
 しかし間髪入れずに続けられた言葉に、紬はボッと頬を赤らめて言葉をなくした。
 今まで一緒にカフェに行くことはあっても、「一緒に飲みたい」という言葉にはしていなかった。
「……万里くん」
「言ったじゃん、待ってるだけのつもりはねぇってさ。なんならオゴるし」
「いや、それはいいけど。……分かったよ、もう」
 誰が聞いているか分からない玄関先で口説き文句なんて、とんでもない。
 お互いにしか分からない事情だとしても、平静を装い続けられる自信はない。
 諫めるように名を呼んだけれど、万里は悪びれもせずにそう言って笑う。
 この勢いと情熱は、十代ならではのものなのか、それとも万里特有のものなのか。
 仕方ないなと紬は諦めて、バイトが終わってからの約束を受け入れた。
「やりぃ。紬さんの好きそうなとこにすっから」
「え、でも前回もそうやって俺の好みだったよね。今回は万里くんの好きなとこでいいよ?」
「そっすか? じゃあ、あとでLIME入れるんで。あー、ちょっと分かりづらいとこにあっから、駅まで迎えに行くわ」
 万里が携帯端末をいじりながら、店の場所を確認する。きっと紬への気遣い半分、少しでも一緒の時間を増やしたい想い半分、なのだろう。
 紬は隠しもしない万里の想いがくすぐったくて、困ったように眉を下げた。
「万里くん、俺、そんなに簡単にオトされたりしないからね?」
 年下の男の子に、そう簡単に口説き落とされるものかと牽制をしてみたのだが、万里はそれでも嬉しそうな顔をした。
「ハッ、そしたら俺、人生初のハードモード楽しむわ。好きだぜ紬さん」
「万里くん! 誰か聞いてたらどうするのっ」
「顔真っ赤。アンタのそういう可愛い顔、もっといっぱい見せてくれよな」
 行ってらっしゃいと、万里はひらひら手を振ってくる。紬は今のうちに逃げ出してしまおうと、玄関のドアノブに手をかけた。
 幸い誰にも聞かれていないようだけれど、心臓に悪いなあと、昨日見上げた空に視線をやった。
 昨日は夜空、今日は昼の空。
 流れる星は見えないけれど、万里の想いは変わっていない。
 どうして、万里の告白がもう聞けないなんて馬鹿なことを考えていたのだろう? 彼は今日も一生懸命、好きでいてくれる。場所は考えてほしいけれど、やっぱり悪い気はしなかった。


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