華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.249
俺のCandy Star! 2017.07.17
#シリーズ物 #ウェブ再録
万里は、隣で演じる男の様子がおかしいことに、数分前から気がついていた。 何度もやってきた演目だし、…
俺のCandy Star!
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万里は、隣で演じる男の様子がおかしいことに、数分前から気がついていた。
何度もやってきた演目だし、千秋楽も大成功を収めたものなのに、今さらセリフに詰まるのかと、十座の動きを注視した。
『逃げ道なら、ちゃんと確保して――、……っ』
台本をもらった当初ならいさしらず、詰まるような箇所ではなかったはずだ。
軽い殺陣が入っているとはいえ、稽古や公演を通して、ここはスムーズになっていたはずなのに。
「おーい何度目だぁ?」
万里は思わず隣を振り向いた。
役である「ルチアーノ」から「摂津万里」へと戻る。こう何度もセリフを詰まらせてもらっては困るのだ。アドリブを挟もうにも、今の十座にそれに返せる余裕があるとは思えない。
十座とはいつもケンカ腰になってしまうが、芝居に対する情熱は万里も認めていて、悔しいから自分も真面目に、と思うこともたまにある。たまにだ。
絶対に口にしたくはないが、努力は目を瞠るものがあるし、少しすればちゃんとこなしてくるところは、万里も認めている。
だが前述したように、十座とはいつもケンカ腰で、馴れ合うような仲ではない。稽古中に衝突することだって日常茶飯事だ。
「やる気あんのかコラ、あぁん?」
だから今回も、十座は何か文句の一つでも返してくると思ったのだ。
「…………悪い、もう一回頼む」
しかし、素直に謝罪し稽古の再開を望んできた。ケンカ相手にものを頼むなんて、悔しくて仕方がないだろうに。
自分だったら絶対に嫌だと、万里は目を瞬いた。
「……ンだよ、気色悪い」
調子が狂う。好戦的になっていた分、毒気を抜かれたような気分になってしまって、握りかけていた拳を引っ込めた。
だが、そのあとも十座の調子は戻らず、違うシーンをやった方がいいのではないか、と万里が思っていたところへ、左京の声が聞こえてきた。
「摂津、退いてろ!」
「はぁ? うわっ、なっ、おい!」
その声を振り向くとほぼ同時に、左京の手に掴まれたバケツから水が飛んでくる。
万里はすんでのところで避けられたが、どうもそれはすぐ傍にいた十座を狙ったものらしく、彼は避けもせず、まともに食らってしまっていた。
ぽたぽたと髪から雫がしたたり落ちる様を、万里は呆気にとられながら見つめていた。
「な、…………にしてんだアンタ」
「左京さん、いくらなんでもこれは」
「ほっ、ほんとにやるとは思ってなかったッスよ、左京にぃ~」
稽古中に、まさに水を差してくれた男を振り向いてみれば、同じく諫めるように左京の肩を掴む臣と、泣きそうになりながらおろおろしている太一が見えた。
察するに、調子の出ない十座の目を覚まさせようとしてのことだろう。
だがしかし、臣の言うとおり、これはいくらなんでも酷だ。いつもの怒鳴り声でもいいだろうに、この寒い時期に冷たい水とは。
さすがにこれは、リーダーとして意見しなければならないだろうかと足を向けたが、バケツを放った左京がそれより早く十座に詰め寄ってきた。
十座は左京に文句を言うでもなく、あえてその怒りを受けているように見える。
「兵頭……てめぇ、俺が昨日言ったこと忘れたわけじゃねぇよな。あぁ?」
「…………っす」
十座の低い声が耳に入る。
昨日? と思い起こしてみるも、稽古中変わったことは特になかったはずだ。
稽古のあとに何かあったのだろうか。十座はよく自主練をしているようだが、特につきあわない万里には分からない。紬とカフェに行く約束もしていたし、ケンカ相手のことなど気に留めていられないのだ。
だけど、昨日は確かにおかしかったと思い出す。
部屋で鉢合わせると、いつも突っかかってくるのに、黙ってベッドに上がっていっただけだし、いつまで経ってもいびきが聞こえてこなかった。
寝られなかったのかと考えれば、今日の不調も頷けるが、眠れないほどの何があったのか。
あれほど熱を入れている芝居にも、身が入らないほどの、何が――。
「芝居に集中できねぇんなら、色恋にうつつ抜かしてんじゃねぇ!」
左京の放った言葉に、三人が驚く声が聞こえた。息を飲んだのは、音をぶつけられた十座だけだった。
「いろこ……、色恋って、……マジかお前」
「十座……」
「ええええマジっすかぁあああ十座さん」
万里は心の底から驚いた。
色恋ということは、十座が誰かに恋をしているということで、相手のことで頭がいっぱいだということ。
芝居にしか興味がないと思っていた。女になんか目もくれないのだろうと。いっそ女を知らないのではないかと思うほど、十座とそっち方面が結びつかない。
「……左京さん」
十座が、初めて左京を責めるように呼ぶ。他人には知られたくなかったのだろう。多分、特に万里には。からかわれるのが目に見えている、とでも思っているに違いない。
確かに、以前の万里ならそうしていただろう。相手は誰だとか、どこまでいってんだとか、紹介しろよとか。不器用な恋しかできないだろう十座を、ここぞとばかりにからかっていたと思う。
だけど、同じように恋をする者として、もうそんなことはできやしない。
十座が本気なら本気な分だけ、からかえば自分にだって返ってくる。そしてあの様子では、十座は恐らく本気なのだ。
相手が誰だか分からないが、芝居に身が入らないほどの熱で、相手を視線で追いかけているのか。
(兵頭が、恋ねぇ……あんま想像つかねーけど、マジなのは分かる……)
どんな女なのだろうと思いを馳せかけた時、左京のよく通る声が稽古場に響き渡った。
「俺を好きだなんだとほざくヒマがあるなら、殺陣の一つや二つこなしてろ!!」
「左京さん!」
それを追いかけて被せるように、十座の声が重なる。
だけど、聞こえてしまった。
万里は目を見開いて、勢いよく十座を振り向く。
(え、……今、なんつったこの人。なん、つった……!?)
意味を把握できないほど、頭の回転は遅くない。だがにわかには信じ難かった。
つまり十座は、左京のことが。
「さ、左京さん……それは、左京さんの芝居に惚れてるって意味では、なく……?」
「そ、そうっすよ、俺っちだって左京にぃのガラ悪い……あわわ凄みのある演技好きっす!」
臣が、太一が、フォローするような問いかけを投げる。
だけど万里には分かってしまう。
演技に惚れているだとか、追いつきたいとか、認めてもらいたいだとかで、この不器用な男が、好きだなんだとほざくわけがないと。
「演技に惚れてるってだけじゃ、キスなんかしてこねぇだろうが。気色悪い」
臣も太一も、万里もさすがに息を飲んだ。
舌を打って全力で拒絶する左京の声に、十座が青ざめているのが傍でよく分かった。口唇が震えている。
左京に触れただろうその口唇が、色を失っていくようだった。
万里の中に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
他人の色恋沙汰に首を突っ込むほど、野暮な男ではないつもりだったが、これには口を出させてもらいたい。
ガッと左京の胸ぐらを掴み、ギッと全力で睨みつけた。
「おいオッサン、てめーにはデリカシーってもんはねぇのかよ」
「あァ?」
「他人の前で言うこっちゃねーだろが。そういうことはてめーら二人でカタぁつけろや」
十座は、知られたくなかっただろう。
本気の恋なのに、よりによって左京に惚れてしまったなんて。しかも全力で拒絶されるところを、劇団の仲間に晒されるなんて。
拒絶するのは仕方ないにしても、時と場所を考えてやってほしい。
「ヤクザ相手にメンチ切るたぁいい度胸じゃねーか、摂津。……ガキが生意気言ってんじゃねぇ!」
胸ぐらを掴んだ手を振り払われて、万里はとっさに身構える。それはケンカ慣れしていたせいなのだろう、拳はまっすぐに左京の腹へと向かっていく。
「万里!」
「万チャン!」
臣と太一が叫ぶ中、だが万里の拳は左京の腹に当たることなく、彼の膝で蹴り上げられて、軌道が逸れていった。
「なっ……」
予想していなかった。左京に拳を避けられるなんて。しかもただ避けられるのではない、軌道を逸らされた。予想外だったことを抜いても、屈辱である。が、仕方ない気もした。万里は口の端を上げる。
「ハハッ、そういやアンタ、現役ガチだったっけ。マジで相当な修羅場くぐってきたんだろ、――なぁ!」
左京は現役のヤクザだ。暴力沙汰には慣れているのだろう。
ほぼカタギと変わらないと聞いたような記憶はあるが、それでも万里より年齢も上である以上、経験の差は出てくる。
だったらこっちも遠慮しないだけだと、万里は顔に向けて拳を繰り出した。眼鏡がある分、弱みではあるはずだと。
「やめろ摂津!」
だけどその拳は、左京自身の手で止められるより早く、他人の手のひらで阻まれる。万里は目を瞠った。ぐ、と拳を握り込んで押しのけてきたのは、十座だった。
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