No.243

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俺のCandy Star!-005-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 おかしい。 本格的におかしい。 万里は談話室のテーブルに肘をつき、垂れた頭を抱え込む。(あ……りえ…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-005-



 おかしい。
 本格的におかしい。
 万里は談話室のテーブルに肘をつき、垂れた頭を抱え込む。
(あ……りえねっつの……!!)
 その頭の中で力一杯否定してはみるものの、事実は、事実だ。
 万里は一昨日も昨日も、紬をネタにして抜いてしまった。
 しかもちゃんと気持ち良かったのだ。まあ抜けたのだから、ちゃんとも何もないが、三度ともなると「うっかり」は通用しないような気がする。「興味」なら一回だっていいはずで、「確認」ならば二回で終わる。
 それなのに、昨夜で三回目。
 もはや後ろめたさより、疑問の方が大きい。
 なぜ紬なのか。
 特に女のような顔をしているわけではない。女装しても似合うだろうなとは思うものの、積極的に見たいかと言ったらそうでもないのだ。
 女の格好をしていると言えば、夏組の瑠璃川幸だが、格好だけで抜けるほど単純でもない。そもそも年下に興味はないし、毒舌な女は実姉だけで充分だ。
 談話室をちらりと見渡せば、キッチンから片付けの手伝いを終えた紬の姿。
 心なしか元気がないように思えるが、どうしたのかと声をかける勇気はない。
 紬の視線は、左京と何やら話し込んでいる丞に向かっており、寂しそうな顔を隠しもしていない。
 幼馴染みと聞いているが、それにしては初日からずっとぎこちない。ケンカでもしているんだろうなと思うくらいしか、万里にはできなかった。
 他人のイザコザに首を突っ込む趣味はないし、今は個人的にそれどころではない。
 視線を前に戻し大きなため息をついたら、目の前にコトンと置かれるマグカップ。驚いて差し出してきた人物を振り返ってみれば、月岡紬の姿があった。
「うわっ」
「あ、ごめん万里くん、また何か邪魔しちゃったかな……」
 隣に自分用のカップを置くも、万里の態度を気にしてか、腰を落ち着けようとはしていない。突然で驚いただけで、別に拒絶したつもりはなかったのだ。
「いや、いーすよ。これ、くれんの? どもっす」
「あ、淹れてくれたのは臣くんなんだけど……隣、いいかな」
 談話室を見れば、確かに臣がみんなにコーヒーを配っている。紬は万里の分を持ってきてくれたのだろうと、なぜかホッとした。
 紬に気づかれているわけではないらしい。当然だ、そんなヘマはしていない。
 万里はなんでもないように頷いて、紬が座るのを待ってカップに手をかけた。
「どしたんすか。今日は稽古いーの?」
「コーヒー飲んでからかな。食事後に、急に動いてもよくないしね」
「あ、なーる」
「えっと、あのね……実は万里くんに訊きたいことがあって」
 どき、と胸が鳴る。
 やはり態度に出てしまっていたのではないだろうか。微妙に紬を避けていること。
 それでも動揺を隠して、万里は促した。すると紬は、ポケットから携帯端末を取り出して、困ったように眉を下げる。
「ラ、LIMEのやり方が分からなくて、ちょっと困ってるんだ……万里くんそういうの詳しい?」
「は? LIME? って、アンタ今までどうしてたんだよ」
「えーと……」
 拍子抜けである。
 万里とてマニアックな知識があるわけではないが、日常生活や劇団員たちとの交流に、支障のない程度には使えている。むしろLIMEの何が分からないのか、分からないくらいだ。
「見せて。アプリは入れてあんの? あーそれはできたわけな」
 しょんぼりと肩を落とす紬を目にして、そういや機械が苦手って言ってたっけと、手を差し出す。
 ごめんねと紬は苦笑して、万里の手の上に端末を乗せてきた。キャリアやバージョンは違っても、操作方法は直感で分かる。万里は画面をタップして、アプリを立ち上げた。
「すっげ、フレ登録が企業公式しかねぇ」
 初めて見たわと凝視して、笑う。きっと最初の操作説明で、画面に出た通りにオススメを登録しているにすぎないのだろう。
「稽古の予定とか、これでやり取りするだろって、さっき丞に怒られちゃって……」
「あー、まあ出先とかだったらそうなるわな。えーと、じゃあ……ひとまず俺のID登録すっから、練習すりゃいーすよ」
「いいの? ありがとう」
「そういやカフェ行きたい時とか、どうするか決めてなかったし。これで好きな時に連絡して」
 さっきまで、丞に怒られたせいかしょんぼりしていた紬の顔が、パッと明るくなる。開花するように、なんて言葉が頭に浮かんで、万里は項垂れた。
(あー! うぜぇ! かわいい!)
 いったい何なのだ、これは。
 悪い感情ではないだろうに、不可解で不愉快だ。
 今まで、「できない」ことも「分からない」こともなかったのに。
 紬に対するこの感情がなんなのか、さっぱり分からない。
「と、登録ってどうするの?」
「あー、IDを直で打つか、送受信……」
 登録の方法を見ようと、紬が画面を覗き込んでくる。これだけ小さな画面だと、どうしても距離が縮まってしまう。万里はその事実に気がついて、息を飲んだ。
(近ぇ!)
 危うく端末を落としそうになって、慌てて思考をあさっての方角に向ける。距離を置こうと、万里は紬に端末を返し、自分の端末を取り出した。
「え、どうするの?」
「今相互でID受けられるようにしたから。ここな。相手の端末も同じ状態なら、こうやって触れ合わせるだけで登録できんだよ」
 言って、紬に向かって端末を差し出してみる。あ、と気がついて紬も同じようにしてきた。コツ、と小さな音を立てて触れ合った端末に、相手のIDが表示された。
「わ、何か出てきた。これ万里くんの? 登録、でいいんだよね」
「そーそー、これでフレ登録できたっしょ。ぷっは、つか紬さんのアイコン、デフォルトじゃん。逆に分かりやすいわ」
「え、これ変えられるの?」
 紬は本当に、機械やSNS系のシステムに疎いらしく、万里にはそれが新鮮でならない。
 学校で仕方なくつるんでいる連中には、そんなヤツはいないし、劇団のメンツもそれなりだ。
 一成なんかはいっそ鬱陶しいくらい詳しいし、意外にも左京はマメだったりする。連絡ツールとして、と登録させられた十座のIDも入っているが、活用したことなどない。
 向こうがどれくらい使えるのかも分からないが、アイコンが菓子に変わっているところをみるに、それなりに使いこなせているのだろう。
 万里は、紬はやっぱり今までいなかったタイプ、と心の中で思って笑う。
 紬の端末でコーヒーカップを撮ってやり、それをアイコンに変えた。やり方は見せたから、次からは自分の好きなものでできるだろう。そこまで勘の悪い男だとは思っていない。
「なんか、一気にそれっぽくなった。ありがとうね万里くん。声かけやすいから、つい頼っちゃうな」
 嬉しそうに端末を眺める紬に、万里は目を瞬く。
 まったく紬の言動は読めない。頼ってもらえるのは、少し、嬉しい。
 ケンカが強いせいか、虎の威を借る狐どもが声をかけてくるのは多かったが、こうしてなんでもないことで頼りにしてくれるのは、やっぱり新鮮だ。
 万里はたった今登録した紬のIDをタップして、メッセージを送った。
【いつでも声かけて】
 そう、短く。
 アプリの画面上で受け取った紬は小さく「あ」と声を上げ、次いで口許を緩めた。そうして慣れない手つきで画面を操作する。程なくして、万里の端末に、同じく短いメッセージ。
【ありがとう、よろしく万里くん】
 たったそれだけ。きっと改行の仕方も分からないのだろう、紬の精一杯。
 喉の辺りが締めつけられて、痛い。
 心臓の辺りがきゅうと音を立てているようで、怖い。
「あ、じゃあ俺稽古に行かなきゃ。また怒られちゃう……」
「お、おー、がんばっす」
 紬が満足そうに立ち上がり、そういえばと気がついて、慌ててコーヒーを飲み干す。
 片付けておくからいーすよと声をかけると、紬は困った顔をする。
「アイツらのもまとめてやった方が早いっしょ。アンタは早く行く。怒られっぞ」
「あ、う、うん、そうだね。ありがとう、じゃあお言葉に甘えるよ」
 紬が気にしないような言葉を選び、万里は談話室の外、レッスン室の方を指さした。足早に向かっていく紬の背中を眺めて、万里はまたひとつ、大きなため息をついた。


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