No.256

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俺のCandy Star!-019-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「あ、紬さん」 その時、万里の声が紬を呼んで、思わず手元が狂う。取り落としたフォークは皿にぶつかって…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-019-


「あ、紬さん」
 その時、万里の声が紬を呼んで、思わず手元が狂う。取り落としたフォークは皿にぶつかって、ガチャガチャンと音を立てた。
「ど、どうしたんすか。平気?」
「だっ、大丈夫、平気だよ。なに?」
「そっちのドレッシング取ってほしいんすけど」
「え、あ、あ、うんこれね、ごめん気づかなくて」
 紬は傍にあったドレッシングの瓶を手に取り、万里に渡す。手が触れやしないかとどきどきしたが、無事に接触なく渡すことができた。
(万里くんが昨日あんなこと言うから、意識しちゃうじゃない……)
「アンタときどき鈍くさいよな紬さん……」
 万里は、昨日の朝と変わらない態度だ。いつもの自信満々な表情に、どこか寂しげなものが混じっているのはどうしてだろう。
 そこまで思って、紬はハッとした。
 万里にとって昨日、紬にとっての一昨日は、万里とのストリートACTをした日だ。その時の告白をうっかり受け流してしまった日。
 万里はそのことを気にしているのだろうか、と大好きなオムレツを食はむ口の動きが鈍くなった。
(その鈍くさい俺なんかのこと、どうして好きになったの、万里くんは……)
 いくら考えても分からない。答えにたどり着いてくれない。
(違う違う、こんなこと考えてる場合じゃないんだよ俺は……万里くんには申し訳ないけど、自分のことでいっぱいいっぱいで、そんな、恋愛のこととか、考えられない……!)
 二の次どころか、三の次、四の次だ。
「紬、あんまり考え込むなよ」
 隣の丞から、小さく声がかかる。それにハッとして顔を上げたら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 昨日と同じ現象が起きている事実を、あまり噛み砕けていないのだろう。
「あっ、う、うん、大丈夫……」
(そうだよ、問題山積みじゃないか。万里くんのことは、後回しにさせてもらおう)

『いちばんはGOD座との勝負考えて。前向きな感じで。その次は紬さん、アンタ自身のことを。こっちも前向きな感じな。三番目はまぁ……丞さんのこと? また何かあったんだろ。仲直りできますよーに。そんでその次くらいでいいから、俺のこと。もちろん前向きな感じで頼むわ』

 昨夜万里に言われた言葉が、頭の中によみがえってくる。カアァッと頬の熱が上がったのに気がついて、隠すように項垂れた。
 あんなに真剣な想いを、後回しにしていいものか。
 前向きな感じに考えられるとは思わないけれど、ちゃんと考えないと、と深呼吸。
 まずはこの昨日の今日から抜け出して、GOD座のことを断って、丞とはちゃんと話し合って、それから万里にごめんと言おう。
 順番が最後になってしまうのは、もう仕方がないと、ジャスミンティーを飲み干した。



 バイトに出掛けようと、玄関で靴を履く。教えている生徒に確認したら、やっぱり今日は昨日だった。今日が今日だと思い込んだままだったら、危うくバイトをすっぽかすことになっていただろう。
 なぜこんな現象が起きているのかは分からないが、明日はちゃんと明日になっているはずだ。
「紬さん」
 さあ出掛けようと思ったところへ、ほんの少し慌てた声に呼び止められる。振り向けば、万里の姿。無意識に、身構えてしまった。
「あ、な、なに? 万里くんも今日お出掛けでしょ?」
「あー、天馬待ち。つかアンタ、大丈夫か?」
 ぐ、と腕を掴まれて、紬は慌てる。
 昨日はこんなことなかった。
 普通にバイトに出掛けて、万里と玄関先で会話なんてしなかったのに。
 やはり、昨日とは少しずつ違っている。紬の反応に応じて、ほんとの昨日とはずれてきているのだろうか。
「え、えっと……どうして?」
「さっき、なんか様子がおかしかったから……体調でも悪いのかと思ってさ。バイト、休めねぇの?」
 紬は目を見開く。朝のダイニングでのことを、そんなふうに捉えてしまったのかと。
 確かに傍から見ればおかしな様子だっただろう。怪訝そうな顔をしたり、項垂れたり、そわそわと周りを見渡してみたり。
 そんなに目立つ行動はしてなかったと思うが、万里の気持ちを考えると、そう不思議なことでもないのかもしれない。
 好きな相手なら、異変は見逃したくないはずだ。
「だ、大丈夫だよ。バイトだって休めないし……。今大事な時期だって、万里くんだって分かるでしょ?」
「俺別にベンキョーとかしないでもできるし。カテキョ頼むヤツの気が知れねー」
「……万里くん、そういうのは良くないよ。しなくてもできるのはいいけど、他人を否定するようなことを、しちゃダメだと思う。っていうか、カテキョ頼んでくれる子がいないと、俺の仕事なくなっちゃうじゃない……」
 困るよ、と苦笑すれば、珍しく表情の幼くなった万里が、ごめんと謝ってくる。
(万里くんて、軽薄そうな外見に反して結構真面目だよね。なんていうか、育ちがいいんだろうな)
「紬さんのバイトに、文句言うつもりじゃなかったんすよ……。ただ、体調悪いなら無理しない方がいいって思って。今倒れたりしたら、困るじゃん、いろいろ……」
「あぁ、うん、そうだね……ごめんねありがとう、大丈夫だよ」
「……もしかして、昨日、帰りに俺が言ったこと気にして――るわけねーよな、ねーわ……悪い、今のナシ」
 万里の視線が泳ぐのは珍しい。
 言い掛けた言葉を途中で止めてまで、会話を切り替えるなんて、らしくないなと思ったが、そういえば紬は万里のことをよく知らない。
 通っている学校と、たまに学校をサボッて遊びに行っていたりすること、カフェ巡りはコーヒーの味重視、わりと何でもこなせてしまうらしいこと。それくらい。
 そして、月岡紬を好きだということ。
 自分で思って、赤面した。
 万里の言う昨日の帰りとは、紬がストリートACTと思ってしまった時のことだろう。
 少しは意識してくれたのかなんて、万里は期待しているようだった。
 だけど万里の中で昨日の紬は、ただ演技で返してしまった時点で止まっているはず。
 紬がもう「本気の告白」を聞いているとは、思っていない。
 そうしてハッと気がついた。
 紬にとっての昨日を繰り返しているということは、もしかして。
(ちょっ……と待って? 俺、もう一回万里くんの告白聞くことになるの!?)
 今さらそこに思い至る鈍感さに辟易もするが、それどころではない。
 あんな真剣な告白を二度もされるなんて、とんでもない。
 だが朝からのことを考えると、少しずつ違いはあるものの、大筋は「十二日」のことをたどっている。
 記憶が正しければ、バイトを二件こなして、カフェで少し休憩をして寮に戻り、夕食を済ませ稽古を終わらせてミーティング、また丞と衝突して、そうして……。
 紬は昨日のことを順に思い起こして、頬を染めた。
 丞と衝突してまた自信をなくした直後、目の前にいる年下の男の子に恋を告白されるのだ。
「なあ紬さん、本当に大丈夫なのかよ? なんか顔赤くねぇ? 熱とかあんじゃねーの」
「だっ、大丈夫! お、遅れちゃうからもう行くね」
 額に手を伸ばそうとしてきた万里を振り切るように、紬は慌てて玄関のドアを開けた。
 まだ心配そうな顔の万里がいたけれど、それ以上の接触を避けて足早に駅の方面へと歩く。
「びっくりした……万里くんてば目聡いんだから……」
 まだ頬が熱い。あそこまではっきりと、ストレートに想いを告げられたのは初めてだ。
 つきあっていた彼女もいるけれど、なんとなくいいなと思って、相手の方もなんとなくいいなと思っていてくれたのか、成り行きみたいにつきあいだして、それなりに恋人っぽいこともしてきた。
 けれど、相手に真剣に想いを告げたことはあっただろうか?
(ないな……。好きでなきゃ、つきあったりはできないけど、彼女のどこが、と訊かれると具体的に出てこない……月並みなことしか……)
 芝居を離れていた頃に、交際をしていた女性を思い出してみたけれど、紬は落ち込んできてしまった。不甲斐ない恋人だっただろうなと。
 スマートなエスコートのひとつもできなかったし、忙しさにかまけて、お互い逢えない時期もあった。彼女にフォローをしたか、彼女にフォローをしてもらったかというと、なかった気がする。
(客観的に考えて、最低だよね俺……。万里くんはやっぱり、俺を買いかぶってる気がする……)
 こんな自分、好きになってもらう価値なんてない。
 芝居もうまくいかないし、幼馴染みともぎくしゃくしている。
 足早だった歩調が、紬の気分に合わせて遅くなっていく。ここ数日の陰鬱な気分が、さらに最低レベルにまで落ち込んでしまった。
 こんな気分のままじゃ、何を考えてもまとまらないなと、紬はせめて顔を上げて、ゆっくりと足を踏み出した。


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