華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.257
俺のCandy Star! 2017.07.17
#シリーズ物 #ウェブ再録
昨日と同じくバイトを終えて、カフェで休憩して、寮に戻った。昨日飲んだブレンドとはオーダーを変えてみ…
俺のCandy Star!
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昨日と同じくバイトを終えて、カフェで休憩して、寮に戻った。昨日飲んだブレンドとはオーダーを変えてみたけれど、今日はやっぱり昨日である。
夕食はチキンカレー、ポテトサラダとオニオンスープ。ナンがうまく焼けたのだと、嬉しそうに笑う臣も変わっていない。そろそろ、彼が本当に普通の大学生なのか分からなくなってきたが、そこは今考えるべきところではない。
今ここにいるメンツも、昨日と変わっていない。
冬組の全員と、学生組、デザイナーコンビ、機嫌が悪そうなヤクザ。少し十座の元気がないのも、昨日と同じだった。
「なー咲也、春組って今日レッスン室使うか?」
「あ、今日は使わないよ天馬くん。っていうか……稽古しようにもメンバーが揃わなくて。至さんは会社の飲み会でいないし、綴くんは脚本の研究だとかで、どこかの図書館こもってるみたいだし……」
「じゃあウチで使っていいか? っていうかお前も入れよ咲也。真澄は、……監督いないとやる気ないか……」
「あはは、監督は冬組の方いっちゃうから、仕方ないよね。でも、いいのかな? 俺が入っても。シトロンさんにも声かけていい?」
「当たり前だろ」
「わあ、一緒に稽古できるの嬉しいです!」
「ポンコツ役者のポンコツっぷりが、バレちゃうんじゃないの、平気?」
「んだとぉっ」
夏組と春組の一部が、第二レッスン室を一緒に使う相談をしているのも、紬は昨日聞いた。少し羨ましく感じてしまうのは、わだかまりが何もなさそうな彼らがまぶしいからだろう。
「じゃあ、冬組はこのあと稽古ですね」
「はい、監督」
紬は食べ終わった食器をキッチンへと運び、いつもごめんねありがとう、と臣に声をかけて、ひとり第一レッスン室へと向かった。
レッスン室は、まだ誰もいない。電気をつけて、正面の鏡に自分自身を映してみた。
頼りない男がひとり、いるだけ。
きっと誰が見ても、十人中十人が、お前になんか任せられないと言うだろう。
自分なんかがリーダーをやるべきじゃなかった。
こつ、と鏡に額をぶつける。
「身の程を知れよ、月岡紬……」
もう一度芝居がしたい。その一心でこの街に戻ってきたのは間違いだった。この街にはそんな人間が山ほどいる。
ちょっと演技ができるからって浮かれていた自分が、ここでスターになれるわけもない。
いや、そもそもスターになりたかったわけではない。それは丞みたいな人間がなるべきだと理解している。
(スターになりたいわけじゃない。芝居がしたいんだ……誰かひとりでも、俺の芝居を好きだと言ってくれたら、それで……)
そう思って息を飲み込み、紬はふるふると首を振り、自嘲気味に口の端を上げた。
(ひとりでも、なんて嘘だ……たくさんのひとに観てもらいたい、幕が下りたあとのあの拍手、もう一度浴びたい。楽しく芝居がしたいんだ……丞と一緒に、芝居がしたい)
こんな欲張りな自分を、いったい誰が知っているだろう。丞も、きっと万里も知らないはずだ。
(こんな自分は好きじゃない。こんなの、誰も好きになってくれないよね……欲しがるだけで、何もしない、自分勝手だ……)
せめて自分が打ち込めるものが他にあれば、と息を吐く。
考えても、探しても、芝居しか浮かんでこない。
(逃げたくはないけど、ここを壊したくない。どうやって分かってもらおう。こんな自分が主演じゃ、GOD座が出してくるだろう課題を、うまく表現できない……)
丞が主演を受けてくれないのなら、GOD座との勝負は下りるべきだという気持ちは、昨日と変わっていない。
もう一度丞と話し合ってみようと思ったところへ、他のメンバーと監督が、そろってレッスン室へとやってくる。夜の稽古開始だ。
「じゃあ、いつも通り発声練習と、エチュードをやってみましょう」
「はい、よろしくお願いします」
紬は作った笑顔で自分を飾って覆い、ひとまずの稽古をこなしていく。
だけど、エチュードのぎこちなさは、いつもの比ではなかった。いづみが困り果てているのが、雰囲気でも分かって、余計に仕草が硬くなった。
レッスン室のドアが軽くノックされる。顔を出したのは、万里だった。
「あれ万里くん、どうしたの? 今日は秋組の稽古ないよね」
「んー、ちょっと他の組の稽古も見たくて。秋組の参考になっかなーと思ってさ」
「熱心だね、偉い。隅っこの方で見ててくれる? 何かアドバイスあったらお願い」
「りょーかい」
そう言って万里は、壁にもたれてこちらを観てくる。それも昨日と変わらないが、やりづらさは増していた。
万里の気持ちを知ってしまったからか、視線のひとつひとつが、意味を持っているように思えて仕方がない。
エチュードの会話が続かない。
丞と紬以外は、演劇に関しては素人だ。記憶のない密は分からないが、こんな時は紬や丞が引っ張っていくべきなのに、その二人の息がいちばん合っていないのでは、どうしようもない。
飲み会という簡単なテーマであるにもかかわらず、紬の仕草も表情も、硬い。
こんなんじゃダメだと思えば思うほど、深みにはまっていった。
その時。
『悪い悪い、遅れちまって』
紬の頭の中に、なかった声が入り込んでくる。それは飛び入り参加の万里のものだった。
驚く東と誉、瞬きの回数が多くなった密。やっぱりかという表情の丞。そういえばそうだった、と昨日のことをやっと思い出した紬。
すうっと、力が抜けていったような気がする。
もともとなのか、発声練習の賜物なのか、万里の声はレッスン室によく響く。仕事帰りの青年を、よく演じていた。
紬はひとつ、瞬き。万里の視線と出逢って、そこでカチリとスイッチが入ったのを自覚した。
『遅い。何してたんだよ?』
すっと息を吸い込んで、万里に向かって言ってみる。普段の紬では言わないことだ。
『だから謝ってんじゃん。帰り際に仕事頼まれたの、断れなかったんだ』
万里も役に入り込んだのが分かる。どうも、頼まれることに弱い青年を選んだらしい。普段の万里なら、嫌なものはすぐに断るだろうに。
『まぁまぁ、楽しみにしてたからってそう怒らないの。ねえ、何を頼む?』
『あ、とりあえずナマで。そういや表に救急車止まってたけど、なに、急性アル中でも出た?』
『この店じゃないみたいだけどな。あ、すいません鶏の唐揚げ追加で』
東の笑い声にオーダーをする万里と、メニューを指して店員に頼む丞。
『だし巻きたまごも。え、ふたつ? ああきみはひとつ全部食べるだろうしね。はいはい』
誉は紬の好物を知っていてか、世話焼きの友人を演じ、
『ねぇ今日のアイスなに』
『もうデザートの話かよ!』
『オレには最重要事項だ』
宴が始まったばかりなのに、もうデザートの話をする密に突っ込む万里。
先ほどまでの緊張感が嘘のように、会話が弾む。万里ひとり入れた……というか乱入されただけで、こんなにも違ってしまうのか。
全員の飲み物がそろったところで、何度目かの乾杯を行った。
勢いを付けすぎて、ジョッキから泡が零れる。それに慌てる仕草をつけ加えて、紬は両手で持ったジョッキを、口許へと運んでいった。
そうして飲み会特有の騒がしさと、友人で集まれた喜び、酒の酩酊をそれぞれで表現し終わった頃、いづみの声でエチュードの終了が告げられた。
(あっ、もう終わっちゃったのか……)
昨日と同じ内容だと分かっているのに、紬は久し振りに役に入り込むことができた。
万里が乱入してきただけでだ。
(万里くんは……やっぱりすごいな……。冬組と合わせるの、初めてなのにね……)
万里が羨ましい。なんのわだかまりもなく入り込んできて、場の空気を一瞬にして攫ってしまう。
顔が整っていることもあるし、よく通る声、物怖じしない大胆さ、自分がどう見られているかよく理解している、頭の回転の速さ。
(これからの公演で、どんどん上手くなっていくんだろうし……あの華やかさは、俺にはないもんね。丞と万里くんが舞台に立ったら、さぞ映えるだろうなあ……)
華がない、というのは自覚している。言われたこともある。役者として、それを補う演技力でもあればいいのだが、それもない。
「紬さんの演技、憧れる。俺にはできねーもんな」
万里がそう言ってくれるけれど、心の底から受け入れることができないでいる。
「うん……ありがとう万里くん」
きっと万里の言葉は、恋心が多めに入っているはずだ。お世辞のカテゴリに分類されたっておかしくない。そんなふうにしか思えない自分も、紬は大嫌いだった。
「じゃあ、冬組はこのあとミーティングで」
「はい……」
万里が気を遣ってレッスン室から姿を消し、昨日と同じようにミーティングが始まる。
議題はもちろん、GOD座とのタイマンACTだ。
「密さん、大事な話だから起きて」
「ワタシが定期的にマシュマロを供給するよ」
「勝負を受けるかどうかを決めるのは、明日だよね」
「どうするんだい?」
東たちの視線を受けて、紬は目を伏せる。そうしてゆっくりと口を開いた。
「……劇団の借金返済のためには、勝負を受けるのもいいと思います。ただ、俺なんかがリーダーで主演じゃ、やっぱり無理だと……俺じゃなくて、丞なら」
(やっぱり、俺の気持ちは昨日と変わらない……。こんなところも、昨日と同じ、か)
「紬、お前な――! 一度負った責任を投げ出すのかよ! 逃げないために、リーダーになったんじゃなかったのか!」
「なったときは確かにそう思ってたよ! でも、俺には役者としての才能が……」
「でもじゃない、お前いつまで引きずってんだ!」
言葉に詰まる。何も言い返すことができなくて、紬は口唇を引き結んだ。
「落ち着いてください、丞さん!」
「ケンカは無意味だ、やめたまえ」
「まあ、紬の気持ちも分かるよ……責任が重すぎる」
「甘やかすな。そうやってまた役者の道も投げ出すんだろう。俺はそんな無責任なヤツと一緒の舞台には、立ちたくない」
「丞――!」
丞はそう言い放って、レッスン室を出ていってしまう。残された五人の間に、気まずい空気が流れた。
(丞の気持ちも、昨日と変わってないってことか……)
「話し合いは、また改めた方がよさそうだね」
「……すみません」
「ごめんなさい、紬さん。入団したばかりなのに、いろいろ背負わせすぎちゃってました。タイマンACTは、辞退しましょう」
「ボクもその方がいいと思う。力になれなくてごめんね」
「紬くん、気持ちを切り替えるのだ。新しい金策なら、ワタシが考えてみせよう」
「マシュマロ、食べる……?」
メンバーの気遣いが、逆に心臓に突き刺さる。きっと心の底から気遣ってくれているのだろうに、素直に受け止めることができない。
「……すみません、でも、俺に覚悟がないのがいけないんです」
紬は俯いて、そのまま逃げるようにレッスン室を後にした。
#シリーズ物 #ウェブ再録