No.258

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俺のCandy Star!-021-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

(覚悟って、どうやったらできるんだろう。やだな……どうしてこうなっちゃうんだろう。昨日と同じことを繰…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-021-


(覚悟って、どうやったらできるんだろう。やだな……どうしてこうなっちゃうんだろう。昨日と同じことを繰り返して、自分の不甲斐なさを自覚しただけだ……。丞と一緒にお芝居したかただけなのに……)
 ふらふらとした足取りでやってきたのは、寮の中庭だ。ここに来ようと思っていたわけではないのに、緑の多いここは、少しだけ紬の心を落ち着けてくれる。
「紬さん」
 夜空を見上げた時、声がかかった。そちらを振り向いてから、紬は失敗したと思った。どうして中庭に来てしまったのだろうと。
「ば、万里くん……」
 昨日のことを繰り返しているのなら、万里が来ることも予測できたのに。
「ダイジョブっすか?」
「……監督から、聞いたの?」
「ああ、勝負は辞退するって。……なんで? もったいねぇ。さっきのエチュード、俺なんかまずかった?」
「ううん、万里くんとのエチュード、楽しかったよ。だけど……今、みんなと……丞と、さっきみたいな演技ができるとは思えない。勝負受けたって、負けるのが目に見えてるじゃない。ここをなくしたくないんだ。そのためなら、俺は逃げるよ」
 万里だって、ここがなくなったら困ると言っていた。
 勝負に負けたら、カンパニーはなくなってしまう。居場所がなくなるのだ。
「変わってるよな、紬さん。普通そんな怖い顔して、逃げるなんて言わねーもんだぜ」
「……逃げることを正当化するつもりはないけど、でも俺は」
「なあ紬さん、本当は逃げたくなんてねぇんだろ?」
 万里の言葉に、紬は目を瞠る。
 逃げたいわけではない。それは、誰だって同じことではないだろうか。
「逃げたいって思ってるヤツが、んな睨んでくるかよ。大方、俺は逃げたことなんてないくせにって思ってんでしょ」
「えっ、睨んでた……? ごめん、そんなつもりじゃ」
 確かに、万里に対しての評価は高い。
 ずるいな、と思っているのも本当で、劣等感さえ感じる瞬間があった。それが、ここにきて表に出てしまったのだろうか。
 昨日とは違う感情を見つけてしまって、紬は慌てる。そして万里の受け答えも、紬の言動に合わせて変わってきている。
「逃げることも必要っていうアンタの理屈は、理解できる。でも俺今さ、逃げたくねーって思ってることがあんだよね」
「に、逃げたくないことって……?」
「馬鹿みてーな恋から。……紬さん、昨日言ったこと、演技じゃねーんだ。俺はアンタのカレシになりたい。好きだ、紬さん」
 言葉は変わっていても、そこから導き出される結論は、変わっていない。
 紬は口を覆い、どう受け止めるべきなのか迷い視線を泳がせる。
「……驚かねーのな?」
「お、驚いてる、けど……万里くんは、俺を買いかぶってるから……」
「なに、それ」
「俺はきみが思ってるような人間じゃないよ。弱いし、やなことだって考えるし、俺のこと混乱させるきみが憎たらしいとか思うし」
「えっなにそれ超嬉しいんだけど」
「なんで!?」
 万里の恋心は、昨日聞いているからか、驚きという感情は少ない。
 その分、どうして自分を、という疑問の方が多くなってしまった。さらに万里のこの言葉。今の自分の発言のどこに、嬉しがるような要素があったのだろう?
「混乱するってのは、ちゃんと真面目に捉えてくれてんだろ? まーた昨日みたいに流されっかと思ってたわ」
「き、昨日のは……ごめん、謝るよ……さすがに、演技じゃないとは思わなかったんだ」
「まあ、急だったしな。でも、紬さんのそういう律儀なとこ、好きっすよ。ほんとに……好きなんだ、紬さん。演技も、アンタ自身も」
「きみは俺のことを知らないから。絶対にいつか幻滅するよ。いったいどうして、俺のどこを見て、好きになっちゃったの、万里くんは」
 仕方ないなと呆れるように、紬は万里の心の奥底を覗こうとする。
 視線の動き、呼吸の仕方、指先の戸惑い、そんな小さな仕草でも、相手の言っていることが本当かどうかは、分かるつもりだ。
「さあ。分かんね」
「えっ?」
 紬は驚いた。
 万里のことだから、きっとそれらしい明確な言葉が返ってくると思っていたのに、分からないとは。しかも、それをあまり重要視していないらしいのだ。
「だーって気づいたらそうだったし。理由なんか多分一杯あるけど、どれも後付けっつーかなんつーか。笑ってるとこ見たいとか、カフェ一緒に行くの楽しみとか、そういうのばっかなんだぜ」
「そ、そういうものなの……」
「それでもよけりゃ、夜通し説明すっけど。でも……理屈じゃねぇっての、こっち方面じゃ初めて味わってるよ、紬さん。サンキュな」
 そう言って万里は照れ笑い。礼を言われるなんて思っていなかった分、反応が遅れた。そうして、一気にせり上がってくる、気恥ずかしさ。
「……っ」
「だからさ、生理的に無理っていうんじゃなきゃ、ちょっと真面目に考えてみてくんねぇ? 思ったよりいい反応もらえてっし」
「なっ、こ、これは万里くんが変なこと言うからっ……」
「変じゃねーだろ、アンタが好きってだけだぜ? だからもっといろんな紬さんが見たい。俺が思ってるのと違うっていうなら、見せてよ、紬さん。普段のも、舞台の上のも。もっと、見たい。GOD座のタイマン受けてみるといいよ。どんなテーマ来たって、綴がすっげぇいい脚本仕上げてくっから」
「だ、だからね万里くん、聞いてよ」
 言うだけ言って、すっきりしたとでも言うように、万里は笑う。どんなにいい脚本が上がってきたって、それを演じる役者の方に問題があるのだというのに。
「弱音ならいつでも聞くし、練習相手にだってなるし、緊張ほぐれないってんなら、いつでもぎゅーってしてやっからさ」
「……さ、最後のは何か違うよね?」
「バレた。はは、まあ俺でよけりゃいつでも力になるぜ。好いた惚れたを抜いてもな、アンタの演技をもっと見たい。叶えてくれよ、紬さん」
「万里くんっ……ちょっ……」
 じゃあおやすみ、と万里は本当に無責任に、言いたいことだけ言って、寮の中に戻っていってしまう。
 紬は昨日と同じくそこにしゃがみ込んで、火照る頬を両手で覆った。
「ど、どうしよう……」
 恋を受け入れられないと思うのは、昨日と同じだけれども、あんなふうに言われて嬉しくないわけがない。
 自分の演技では無理だと思っているこの状態で、「見たい」と言ってもらえるのは、本当に嬉しい。
 演じ終えたあとで感想をもらえる幸福を知っているけれど、演じる前に「もっと見たい」と期待されるのは、あまりなかったように思う。
 好いた惚れたを抜いても、と万里は言った。
 お世辞のカテゴリに分類されるだろう、なんて思っていた自分が情けなくて恥ずかしくて、別の意味でも顔から火が噴き出そうだった。
(本当は、逃げたくない……なんで万里くんには、分かっちゃうんだろう……)
 深く息を吸い込み、そして吐き出す。
 先ほどまでの重く暗い気持ちが、少しずつ、本当に少しずつ、空気に溶けていくようだった。
 今日は昨日の今日よりも、ゆっくり眠ることができるだろう。そう思って、紬も寮の中へと戻っていった。



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