No.268

(対象画像がありません)

俺のCandy Star!-031-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「万里くん……どうして……?」「あ? 何が」「どうして何も訊かないの? 俺、今日あんな……あんなふう…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-031-


「万里くん……どうして……?」
「あ? 何が」
「どうして何も訊かないの? 俺、今日あんな……あんなふうに舞台を壊したのに……楽しみにしててくれたじゃない。怒らないの?」
 万里は瞬きをひとつして、コトンとカップをテーブルに置く。
「確かに今日の紬さんおかしかったし、どうしたんだろうって思ったぜ。丞さんの真似みたいなことしてさ。紬さんの良さが、ぜんぜん活かせてなかったじゃん? それは、アンタも自覚してんだろ?」
「うん……」
「戸惑ったし、どっかで戻るかなって観てたけど、怒るってより、悲しかった、かな……今も」
「え……」
 紬は息を飲む。
 怒りより悲しさの方が多いというのは、一体どういうことか。そもそも、何が悲しかったのか分からない。多分万里は、紬がそれを分からないこと自体も、悲しいのだろう。
 責めるようなまなざしと、ほんの少しテーブルの真ん中で出逢って、そして別れた。
「紬さん、今まで俺が言ってきたこと、真面目にとってくれてなかったのかなって、すげぇしんどい。なあ、言ったよな? 俺、紬さんが好きだって。紬さんの演技が好きだって。それなのに、なんでアンタは……自分の演技好きになってくれねーのかなって」
 目を見開いた。
「あ……」
 万里はあの日から何度も、好きだと言ってくれた。
 ループしていたことを考えれば、万里が自覚している以上に、その言葉を聞いてきたのに。その大切な言葉を、否定するようなことをしてしまったのだと、ようやく気がつく。
 万里の言葉を信じていなかったわけではない。それを上回ってしまうほど、自身が弱かっただけだ。
「万里くん……」
「自惚れろってんじゃねーよ、ただ、自分のこと、もうちょっと好きになってもいんじゃね? 俺じゃ、力不足なんだなって実感したけどよ」
 ハハハと万里は笑い、ブレンドを飲み干す。珍しく諦めたような笑い方をする万里に、紬の胸がズキンと痛んだ。
(そんな顔をさせたいわけじゃない。俺が自分に自信がないことで、万里くんにまで……そんな顔させたくないよ……)
「出よう、紬さん。もうそろそろ帰らねーと、明日の勝負に響くぜ」
 万里が伝票を持って立ち上がる。もたついているうちに、万里は二人分の会計を済ませてしまって、紬は店を出てから財布を取り出し、万里に声をかける。
「万里くん、お金」
「いーから。んな小さいこと気にするヒマがあったら、明日のこと心配してな」
「小さいって……」
 こっちは働いてるのにな、と続けるが、言い出した万里が引かないのも知っている。少し迷って、ごちそうさまと小さく呟いた。
「どうせくれるんだったら、指先くれたらいいのによ」
「え? どういう……」
 お金を渡そうとした指先が、万里に攫われていく。
 あ、と言うより早くそっと握られて、紬は息を飲んだ。万里は紬の手を握ったまま歩き出してしまって、紬は慌てて脚を踏み出す。
「ば、万里くん、手……っ、街中、っていうか、あの、ちょっと」
 恋人同士でもないのに、そもそも男同士で、と紬の思考がぐるぐると回り出す。それでも万里は離してくれない。
「だーめ、アンタ逃げるから」
「にっ、逃げないよ!」
 捕まえとかないとと、万里はやっといつものように笑ってくれて、紬の心臓がさっきとは違った意味で跳ねた。逃げないようになんて言っておきながら、きっと自分が手をつなぎたいだけに違いないのに。
「万里くん。あの、もう、逃げないから、あの、えっと」
 街中では人目がある――気にかかるのがそこだということを、紬は自覚していただろうか。
「万里くん」
 ねえ、と続ける紬の一歩先で、万里が立ち止まった。不思議に思って覗き込めば、万里の指先がゆっくりと離れていく。ほんの少し寂しい気持ちになった紬だが、次の瞬間そんなことは消し飛んでいった。

『それでもいい。たとえ自分が不幸になっても、彼女を幸せにしたいんだ』

 今まで紬の手を握っていた手をじっと見つめて、万里は――いや、ミカエルがそう呟いた。

『ねえラファエル、馬鹿なことだと思うかい? 彼女のことを考えるだけで、視界の色が違うんだ。胸の奥がくすぐったくて、指先が熱い。きみも恋をすれば分かるよ』

 口許にその手を当て、くくくとおかしそうに笑う。紬は瞬きを忘れて、ミカエルの仕草を眺める。
 紬のミカエルは、ここではにかんで笑う。だけど万里のミカエルは、違う笑い方をした。

『恋なんてしない。そんなことをしても、天使の格が上がるわけでもないのに。いや、むしろ下がるかもしれないんだぞ』

 そうして、紬はラファエルとしてミカエルに返す。
 何度も稽古を通して接してきた台詞だ、出てこないわけがない。紬がそうしたことに、万里は口の端を上げたように見えた。
『いくら好きになったって、天使と人間じゃ報われない。ミカエル、さっさと諦めた方がいいぞ』
『彼女の恋人になりたいわけじゃないよ、ラファエル。言っただろう、ボクは彼女が幸せならそれでいいんだ』
『お前の考えていることがさっぱり分からん。せっかく忠告してやっているのに』
『ありがとうラファエル、でも、ボクは大丈夫だよ。あの人を見ていられる――それで幸せだから』
 ラファエルのため息で、暗転のシーンだ。
 唐突なエチュードはそれで終幕するが、紬は初めて触れる他人の「ミカエル」に愕然とした。
 そして、初めて演じる「ラファエル」の役に、ただ茫然とした。
「万里くんは……すごいな、やっぱり……台詞全部覚えてるんじゃない?」
 当て書きで作られた脚本とはいえ、ミカエルを掴むのにそれなりに時間がかかったというのに、台本をまともに読んだことのないはずの万里は、きっちりと役をこなしていた。
 器用というにも程がある、と俯いたら、力強い万里の声。
「ま、俺がやるとこんなんってことで」
「ほんとにスゴイよ……とても真似できない」
 苦笑して、改めて自分の不器用さと、不甲斐なさを思い知る。気まずくて髪を梳いたら、万里にその手を取られた。
「真似なんてさせっかよ。そんな簡単に真似できるような芝居なんて、してねーからな」
 責めるようにさえ、万里の視線が突き刺してくる。
 びく、と体を強張らせたが、万里の視線が和らぐことはなかった。


#シリーズ物 #ウェブ再録