No.269

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俺のCandy Star!-032-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「だけど、俺は紬さんみたいには演じられない。丞さんにだってだ。紬さん、アンタのミカエルを演じろよ。俺…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-032-


「だけど、俺は紬さんみたいには演じられない。丞さんにだってだ。紬さん、アンタのミカエルを演じろよ。俺、ちゃんと最後まで観てるからさ」
 ざわりと肌があわ立つ。
 自分のミカエル――そんなに簡単なことを、どうして紬は見失ってしまったのだろうか。
 今、万里が演じたミカエルが、紬のものとは違っていたように、きっと丞が演じても同じものにはならないだろう。あの力強さは、ストーリーを根本から変えてしまうかもしれない。
 今の万里だって、天使としての儚さは欠片もなくて、初めての恋を楽しんでいるだけのように思えた。
 真似なんかさせない。そんな芝居してない。
 強気な万里の声が、頭の中でこだまする。
(俺の、ミカエル……)
 紬は視線を右にやり、下にやり、上を向いて左に泳がせ、そうして正面、万里の目をじっと眺めた。
「ん? オッケ?」
「……万里くん、一個だけ頼みがあるんだけど」
「めっずらし、何よ、アンタの頼みなら何だって叶えてやるぜ?」
 紬の珍しいおねだりに、万里はピュウと口笛を吹く。
 そんなに難しいことじゃないんだけどと苦笑して、紬は口を開いた。
「あのね、いつもの……言ってくれないかな。それだけ。一回だけでいいから」
「いつもの?」
 万里がぱちぱちと目を瞬く。
 いつもの、でちゃんと伝わるかどうか分からなかったけれど、紬にはまだ、そうやって頼むことしかできない。
 いつもの、という謎かけみたいなおねだりに、万里は最初答えが分からなかったみたいだが、気がついてナルホドと指を鳴らした。
「そんなんでいいのかよ?」
「だめかな」
「んなわけねーじゃん。紬さん、好きだぜ。すっげぇ好き。紬さん自身も、紬さんの演技も、好きだ」
 これが万里の、いつもの。
 紬が願った、いつもの。
 夜とはいえ街中で、何度目かの告白だ。
 よく照れないなあと、紬は今まで思ってきた。
 だけど、今は万里の気持ちがよく分かる。ミカエルの気持ちが、よく分かる。
 明日はきっと、今までのどのミカエルよりも、ミカエルらしいミカエルになれるだろう。
「……ありがとう万里くん。明日、頑張るね、俺のミカエルで」
「ああ、超楽しみだな。元気になったみたいでよかった。んじゃ、帰ろうぜ。さすがに怒られるわ」
 LIMEいっぱい入ってっし、と携帯端末の画面を見て顔を引きつらせる。丞に別の意味でも怒られるんだろうなと思うと気が重いが、それはふたりの責任だ。
 数歩先で振り向いて待っていてくれる万里を追って、寮への道をふたりで歩いた。
「なあ紬さん」
 寮の前、ぴたりと万里が立ち止まる。どうしたのだろうと振り向いて、バツの悪そうな万里をそこに見つけた。
「万里くん?」
「俺もさ、一個だけお願いしてもいいすか」
 ずっとそれを言いあぐねていたのか、どうりでここまで口数が少なかったわけだ。
 しかし万里の頼み事とは、いったい何だろう。いつもいつでも力をくれる彼の頼み事なら、聞いてあげたい。
「うん? 俺ができることかな」
「そう難しいことでもないんだけどさ」
 先ほどの紬を真似たつもりか、ぽりぽりと頬をかいて苦笑する万里。そうして気まずそうに口を開き、
「あのさ……ちょっと、抱き締めさせて」
「えっ!?」
「ほんとにちょっとだけでいいんだよ、ぎゅってするだけ……それ以上なんにもしねーし、後ろからでもいーから」
 まさかそんなことだとは思わず、紬はうろたえる。考えてみれば、万里からは恋を告白されているのだし、抱き締める以上のことを望んでくる可能性だって、あったのだ。
 むしろ抱き締めるだけですむならいいじゃないかと、わけの分からないことを自分に言い聞かせようとしてしまう。
「……ダメっすか?」
「あっ、う、ううん、大丈夫……さっき俺のお願い聞いてもらったし、お返しってことなら」
 そうは言ったものの、どうしていればいいか分からない。
 どうぞと両腕を広げるのもおかしいし、目を閉じてしまったら、キスでも待っているようになってしまう。
 紬は結局、脚の横で軽く握った手を揃え、万里の腕を待った。
「サンキュ……」
 半歩、万里が歩み寄ってくる。距離が縮まって、紬の視界は万里の肩で隠された。
 片腕を背中に回し、万里は大切そうに紬を抱き締めてくる。
 万里の両腕が伸びてくると思っていた。だけど小さく呟かれた礼のあと、互いの隙間を埋めたのは、万里の右腕だけだった。
「……好きだ、紬さん……」
 耳元の囁く声に、万里のすべてが詰め込まれているような気がした。
 恋心、不安、嫉妬と熱情。
 本当なら両腕で抱き締めて、自分のものにしてしまいたい――そんな情動が伝わってくるようだった。片腕なのは、万里のせめてもの防衛ラインなのだろう。
(万里くん……)
「俺にとっては紬さんがスターだからさ、紬さんのミカエル、観せて。いつか……同じ板に立たせてくれよな」
 万里はそう言って、今一度紬を強く抱き締めた。
(あったかいな、万里くん……)
 冬の夜、凍えるほどの寒さではないのに、抱いてくれる万里の腕の暖かさが胸にしみいってくる。紬は素直に体を預け、脚の横で揃えていた腕を、そっと上げた。
 そっと腰を抱く程度、今の紬にはそれが精一杯だ。
「ありがとう、万里くん」
 万里の腕が緩む。紬は体を離し、正面からじっと眺めた。困惑したような顔をする年下の男の子に微笑んで、半歩後ずさった。
「俺、ちょっと劇場の方行ってくるね。今日の反省してこなきゃ」
「あ、う、うん……?」
「おやすみなさい、万里くん」
 あんなに重苦しかった体の闇が、紬の中から全部出ていってくれる。紬はひらひらと手を振って、万里に背を向けた。
「…………今、俺……抱き返された……?」
 そんな紬の背中を見送って、その事実を自分に都合のいいように取るべきか、単に礼のつもりなのかを計りかねて、万里はただそこに立ち尽くした。


#シリーズ物 #ウェブ再録