No.247

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俺のCandy Star!-010-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 先日冬組がストリートACTに出掛けた際、GOD座主宰の神木坂レニに遭遇したらしい。 万里はGOD座…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-010-


 先日冬組がストリートACTに出掛けた際、GOD座主宰の神木坂レニに遭遇したらしい。
 万里はGOD座が嫌いだ。もともと芝居には興味もなかったし、この世界に入らなければ知らなかった劇団でもある。
 だが、どうしてだか向こうはこちらを敵視していて、カンパニーを潰そうと画策しているらしい。
 万里の率いる秋組も、かつてスパイを送り込まれた。今では立派にMANKAIカンパニーの一員である、七尾太一だ。
 舞台をめちゃくちゃにしようと命令していた連中を、力でなんとかするのは簡単だった。ただでさえ秋組はガラの悪い連中が揃っているのだ。
 だけどそれではカンパニーにとってよくない。GOD座を力でねじ伏せても、他の組に迷惑がかかる。
 拳に頼ることはできない。
 勝負するなら正々堂々と、芝居でやってやる。
 今回のタイマンACTを申し込まれたのが、もしも秋組だったら、間違いなくそう言って受けて立っていただろう。
 俺がいるのに勝てないわけがない、と言える持ち前の自信とポジティブさは、自慢である。
 だが、冬組はまだ一度も公演を経験していない。それどころか、五人中三人が素人だ。さらにそのうち一人は寝るのが大好きという始末で、稽古がちゃんとできているのかも怪しい。
「勝負を受けても、勝てる見込みなんてないじゃない……」
「受けねーの?」
「…………万里くんに、こんなこと言っていいのか分からないけど」
「……ん、なに」
 紬の視線が逸らされる。
 自分に自信が持てないのか、紬は遠慮がちに呟くことが多い。もっとぶつかってきてくれていいのになと、万里は紬から目を逸らすことをせず、じっと見つめた。
「自信がないよ……俺じゃなくて、丞なら、GOD座にいた丞なら、もっとみんなをリードして、うまく引っ張っていってくれると思うのに」
 確かに、そこは万里も不思議だった。
 紬は人の上に立つ野心家タイプではないし、自然と人が寄ってくるような、独特のカリスマ性があるわけでもない。
 悪い意味でなく、横から、後ろから、誰かをサポートする腹心タイプだと思っていた。丞を上手くサポートすれば、冬組としての完成は早かったのではないかと思う。
「でも、立候補したんだろ? ちょっとでも、やりたいって気持ちがあったんじゃねーの」
「……誰もいなかったからね。丞が手を挙げなかったのは、意外だった」
「あー……GOD座にいたからっていう、引け目でもあったんかな。ふぅん、でも、それで手を挙げるアンタは偉いと思うぜ? 他の連中のためでもあったんだろ。監督ちゃんも困っただろうし」
「違うよ。万里くんは俺を買いかぶってるよね」
 コーヒーカップを両手で持ち上げて、紬は苦笑する。
 万里は眉を寄せて少し首を傾げた。買いかぶっているというのは、どういうことだろう。
 そりゃあ紬と知り合って間もないし、こうしてカフェでお茶をするようになったとはいえ、プロフィールも知らなければ、プライベートなことなど何も知らない。
 今目の前にいる月岡紬という存在を、きっとまだ上辺だけしか知らないのだろう。
「どういうことすか」
「……みんなのためとかじゃないよ、自分のため。ああいうところで場がギスギスするのって苦手だし、それに……丞に言い訳したかったのもあるかもしれない」
「丞さんに? なんで。つかアンタら、何があったんだよ。幼馴染みって俺いたことねーけど、もっと仲いいもんだと思ってた」
 万里は少し逡巡して、思い切って切り出してみる。今まで意図的に避けてきた話題だ。
 丞との間に何かあったのは明白で、紬がそれを気にしているのも伝わってくる。
 自分たちの間がぎくしゃくしていることが、冬組をまとめられない、最大の原因であることも、紬は気づいているようだ。聞くことで、もし気持ちが軽くなるのならそうしてやりたいし、アドバイスができるものならしてやりたい。
「紬さん。……無理に話さなくてもいいけど、アンタはちょっと吐き出した方がいいんじゃね? 溜め込んでっと、そのうちブッ倒れるぜ。それこそ他のメンバーに迷惑かけることになる」
「う……万里くん痛いとこついてくるよね……。なんで分かっちゃうかな、溜め込んでるって」
「誰が見たって一目瞭然だろ」
 そう言って笑うものの、本当の理由は違う。相手が紬だから分かるのだ。
 紬の存在を知って、まだ少ししか経っていないし、恋をしてからで言えばもっと少ない。
 だけど、視線のすべてが、感情のすべてが、熱のすべてが、紬へと向かっていく。
(アンタのことが好きだからだよ。アンタしか見てねぇからだよ。……気づけって)
 恋なんて馬鹿馬鹿しいと思っていたけれど、そう悪いものでもないと気づいた。それだけでも新発見だ。
 退屈だった人生に、突然降って湧いたような熱。
 芝居と、恋。
 恥ずかしくて誰にも言えないけれど、今の万里を形成する大事なものだ。
「……万里くん、俺ね、一回芝居から逃げ出したことがあったんだ。上手くやれてると思ってた。それなりに自信もあったんだ。でも、躓いて、一気に崩れちゃったみたいなんだよね。自惚れていた自分が恥ずかしかったし、俺にはやっぱり無理だったんだって、背を向けたんだよ。……丞は、それを怒ってるんだと思う」
 ぽつりぽつりと話し始める紬に、万里はゆっくりと息を吐く。
 逃げ出すという単語が、胸に突き刺さった。
 万里自身、一度カンパニーから逃げ出したことがある。自分ではそれを逃げだとは思っていなかったけれど、追ってきたいづみに指摘されて、秋組メンツの一人芝居を観て、焦りから逃げ出そうとしていたのだと気がついたのだ。
 だけど、万里はそこで引き返した。逃げることをやめた。
 このまま負けたくない、勝ちたい、認めさせたい。そう思って震えた心。
 紬はそうできなかったのだと思うと、なんと言ってやればいいのか分からない。
 その時一緒にいれば、どうにかできたかもしれないのにと思うと、出逢えていなかった事実が悔しくてたまらない。
「だから、リーダーを引き受けたのもね、もう逃げない理由を作ろうとしてたんだ。簡単に抜けたりできないでしょ?」
「あー……それ言われると痛ぇな……俺なんか辞めかけた時もリーダーだったし」
 ぽりぽりと頭をかきながらそう呟くと、紬は心底驚いた顔をした。
 入団する前のことなんて知らないのだから、当然といえば当然だが、紬こそ万里を買いかぶっていると感じてしまった。
「そ、そうなの? 秋組はケンカが多かったって聞いたけど……そんなに深刻だったんだ?」
「多かったっつーか、今でもケンカはするしな。つか俺のことはいいんだよ。俺が言いたいのはさ、逃げても、その後どうするかってことだよ。紬さんだって、もう逃げたくないって思って、ここに戻ってきたんじゃねーの?」
「う、うん……それはそうなんだけど……俺にはまだ、覚悟が足りないなって」
「真面目すぎんだよ、紬さんは。俺なんか覚悟とかねーし、いざとなったらアイツらがどーにかすんだろうし。だけど、だからこそ余計に逃げたくねえっつーかな」
 万里は秋組のメンツを思いふっと笑う。人に言わせれば、それは信頼というものだろう。一朝一夕でどうにかなるものではない。
「紬さんは、頼るの苦手なタイプっすか? そんな危なっかしいのにさ。紬さんが助けてってひとこと言えば、すげえ効力あると思うけどな。……俺なんか全力で手ぇ貸すし」
「……言えないよ、助けてなんて……」
 紬がしょんぼりと肩を落とす。
 ほぼ同時に、万里もしょんぼりと肩を落とした。
 もちろん紬には気づかれないようにだ。
(フツーに流されたし。まーそうだろな、俺が紬さんのこと好きなんて、夢にも思わないんだろうし)
 手を貸す、と実は結構意を決して言ってみたつもりだが、紬には伝わっていないようだ。頭の中はそれどころではないのだろう。
「けどさあ、逃げることなんて、生きてりゃ誰にでも一回くらい経験あんだろうに。丞さんも、それでいつまでも怒ってつれない態度取るとか、ガキみてーだな」
「丞は悪くないよ。それまで一緒にやってたんだし、一人で勝手に逃げ出した俺が悪いんだから」
 ため息とともにそう呟いたら、紬から即座に反発が返ってきて、目を瞠った。
 あんな態度を取られていながら、紬は丞に悪意のかけらも持っていない。かといって無関心になるわけでもなく、関係を修復したいと思っているのだろう。それは「逃げていない」ことと同義ではないだろうか?
 後悔が根っこの方にあるにせよ、紬の芯は強いのだと気づく。
 それと同時に、気分が沈んだ。
「紬さんは……丞さんのこと好きなんすか」
 馬鹿なことを訊いたと思う。
 幼馴染みなのだから、嫌いなわけはないと思うのに、つい口から飛び出してしまった。
「え、だって幼馴染みだし……できれば、あの頃に戻りたいんだけどな……今そんなこと言ってる場合じゃないけど……」
「……そっすよね、悪い、変なこと訊いて」
 ガシガシと髪をかき混ぜて、項垂れる。
 分かっているのに、丞に向かっている視線の半分でもいいから、自分にも向けてほしいと思ってしまう。言わなきゃ伝わらないと分かっているのに、気づいてくれよと身勝手なことを考える。
(恋ってこんなもんなのか? 馬鹿みてーじゃん俺。……嫉妬とか、かっこ悪い)
 心臓がズキズキと痛む。
 できることならここでかき抱いて、もっとこっちを頼ってくれと言ってしまいたい。紬の混乱が目に見えるから、絶対にできやしないのだけれど。


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