華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.241
俺のCandy Star! 2017.07.17
#シリーズ物 #ウェブ再録
「どうすか、うちの劇団。もう慣れた?」 紬は入団して間もない。そう言う万里とてキャリアが長いわけでも…
俺のCandy Star!
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「どうすか、うちの劇団。もう慣れた?」
紬は入団して間もない。そう言う万里とてキャリアが長いわけでもなく、ひとつ公演をこなしたとはいえ、団員歴は短い。
同じリーダーの立場で言っても、最初の団員である佐久間咲也には敵わないし、芸歴で言えば皇天馬には絶対に敵わない。
紬も一応リーダーらしいのだが、しかしなんとなく頼りない。
「うーん……まだ慣れてはいないかな。でも、みんないい人たちだよね。他の組もお芝居に真剣だし」
「いい人、ねぇ……まー上辺だけなら、そーかもな。中身はどうだか」
「え、違うの?」
「幸なんかあの顔で毒舌だし、至さんなんかほんとクソヤローだし。秋組だってあれだぜ、太一は元スパイだったし、臣だって族だったし、左京さんはガチ現役ヤクザだし。あー、兵頭はマジで最悪な」
劇団のメンツを思い出して、指折り説明していく万里。犬猿の仲である十座の時だけ、あからさまに眉が寄るのを見てか、紬は小さく笑い出す。
「……なに」
「万里くんて素直だなあって」
「はぁ? んなこと初めて言われたんすけど」
「だってそう言いながらも、本気で嫌ってないでしょ? 信頼してるからこそ、ちゃんとみんなのこと受け入れてるんじゃないのかな」
「…………やっぱりなんか、アンタ苦手」
本当に、今まで周りにはいなかったタイプだ。気を抜けば、心の奥底まて暴かれてしまいそうで恐ろしい。
「俺も、万里くんみたいに楽しめたらいいんだけど……」
紬の表情が、またふっと曇る。
リーダーという責任を重く感じているのか、それとも組の中ですでに何かあったのか。
(そういや、丞さんと何かあんのかな、この人。初日から険悪っぽかったけど、……まあ、俺には関係ねーか)
「稽古キツイんすか? あ、でもアンタ経験者だっけ。慣れてんだろ、エチュードとか」
「俺はブランクあるからなあ……でも、芝居が好きなんだよね、やっぱり。捨てられない。万里くんだってそうじゃないの?」
まるで、そうあって当然とでも言いたげな紬の瞳。万里は紬の大きな目とは反対に、すっと細めた。
(あーこの人演劇バカだ。左京さんとは違うタイプの)
劇団に入っているからと言って、芝居が好き、芝居しかない、芝居オンリー、というわけではない。
「期待を裏切って悪いけど、俺はそこまでじゃねーかな。ここに入ったのだって、元は兵頭に負けたくねぇってだけでさ。俺さっきも言ったけど、結構なんでも軽くできてたんすよ。イージーモード」
万里は携帯端末を置き、ふっと口許を緩める。
まだ半年も経っていないのに、懐かしささえ感じてしまう。あの日、兵頭十座を追いかけて入った劇場で、成り行きで受けたオーディション。
「あんま言いたくねーけど、俺アイツにケンカでその……負けてて。すっげえ悔しかったんすよ。だからなんでも良かった。アイツの土俵で打ちのめしてやろうって思ってただけなんだよ。特に楽しくもなかったな」
今思い起こしてみれば恥ずかしいものだ。
心の奥底で感じていた焦りから、一度劇団を離れかけた。勝ったつもりで逃げ出して、鼻で笑ってまたつまらない日常に戻るはずだったのに。
つまらない日常に戻る、ということは、少なくとも退屈ではなかったのでは、と思っていたところへ、秋組の一人芝居。
人生最大の衝撃で、胸の奥から沸き上がってくる情動で、たまらなくなっていた。
「俺が芝居に打ち込むようになったのは、そういう理由だし、アンタからしたらふざけんなって思うかも…………なんで笑ってんすか」
ふと目線を上げると、ニコニコ顔の紬。馬鹿にしている風ではないが、何がそんなに楽しいのか。
「万里くんとは、カフェを探す理由も、芝居をする理由も違うんだなあって思って」
「……まあ、全部同じ理由とかだったら怖いし。つか、怒んねーんすか紬さん」
「え、なんで?」
「そんな理由で芝居始めんの、おかしくねぇ?」
「おかしくないと思うけど……逆にうらやましいかなぁ。俺は他人と競うっていうのが苦手だから、どうしても弱いんだよね。それに、楽しんでやってる万里くんを怒る理由なんてないよね」
そう言って笑う紬に、万里は瞬きを忘れた。
芝居に興味があって始めたわけではない。打ち込み始めた理由も、十座に負けたくないというだけ。
どこか後ろめたかった理由を、許されたような気がして、すっと肩から力が抜けていく。
「ま、まあ……楽しいってか、面白い、とは思うけど……。舞台ではもちろんなんだけど、稽古してても左京さんの演技力はすげーと思うし、太一なんか普段があんななのに、旗揚げでは病弱な弟をちゃんと演じてたし、臣だってそうだ……全然別人。兵頭は……まあまあだったけど、なんか、気持ち良かったっつーか。そういうの、もう一回味わいたい」
「あ、それすごく分かるよ。達成感とか、ゾクゾクするよね。……冬組は、まだまだ組としてできあがってないどころか、始めたばっかりだから、無理だけど」
ふう、と息を吐く紬は本当に残念そうで、寂しそう。
冬組のメンツを考えると、まとめるのが大変そうだなと、万里は苦笑さえ浮かんでくる。
「ちーっと頼りない感じだもんな、アンタ」
「ひどいな万里くん。……否定はできないけど」
「俺てっきり、丞さんがリーダーになるかと思ってたけど。慣れてそうじゃん?」
丞の名を出した瞬間、紬の体が分かりやすく強張った。
本当に素直なんだよなあと、万里はコーヒーを飲み干した。
「あ、う、うん……丞がやれば、もっと早く冬組が成長できたかなって、思うけど……」
指先がわずかに震えているのに気がついて、そんなに丞と確執があるのだろうかと、視線を背ける万里。
虐めるつもりではなかったが、どうしてか紬の態度が気にかかる。
自信のないような仕草はすべてにおいてだが、丞が絡むと、さらに酷くなるのはどうしてだろう。
何があったのか、気になってしまう。関係ないと思う傍で、深く突っ込んでみたいと思う自分の矛盾に、万里は数分前から気がついていた。
「ま、いんじゃねーの、アンタはアンタのやり方で。相談とかなら乗るからさ。まー俺もあんま褒められたもんじゃねーけどな。リーダーっぽいって言ったら、咲也とか天馬の方がらしいし」
「えっ、あ、で、でも、相談っていうか……秋組の話とかも聞きたいから……万里くんさえ良ければ、またどこかのカフェで見かけたら、声かけてもいいかな?」
「は? なんで?」
「あ、だ、ダメならいいんだ、今日だってゲームの邪魔しちゃったもんね、ごめ――」
「見かけたらっつーか、二人で行きゃいんじゃね?」
えっ、と紬の声が詰まる。何がそんなに不思議なのだろう。
遠くに住んでいる友人というならば、そういう偶然もいいかもしれないが、同じ寮に住んでいて、稽古のスケジュールも把握できる状態で、わざわざ偶然を待つ必要なんかない。
「え……、い、いいの……? 迷惑じゃないかな」
心の底から驚いた顔をして、紬はぱちぱちと目を瞬く。万里は肩をすくめて息を吐いた。
「だったら最初っから言ったりしねーすよ。ま、アンタが迷惑でなければ?」
先ほどの紬の言葉で遊んでみると、気づいた紬がおかしそうに笑う。
「だったら最初から言ったりしないよ。ありがとう万里くん、時間が合えば、是非」
紬の方も万里の言葉で遊んでくれて、優しい瞳で返された。
「あれ紬さん、そうやって笑うとかわ――、……って!!」
音にしかけて、万里は途中で言葉を止める。びっくりした紬が、二度、三度、瞬いた。
「え、手? どうしたの万里くん……」
「なっ……んでもねーから」
軽く手を振ってそう言うものの、万里はため息を吐いて項垂れる。
先ほど、何を口走るところだったかしっかり認識していて、だけど認めたくない。
柔らかく笑う紬を、可愛いと思ったなんて。
(ねーわ。……ねーな、ねーよ! 馬鹿か、野郎相手に可愛いとか!)
ガシガシと頭をかいて、思考を散らそうとしてみるが、当の本人が目の前にいるのではそれも難しい。頭に浮かんでしまった言葉を、どうやって打ち消せばいいのか分からない。
(まぁ……可愛くなくはないけどさ……や、可愛くなくはないっていうか、どっちかって言ったらそうってだけで、役者やんのなら顔は整ってた方がいいしな。あーうんただそんだけ。俺ホモじゃねーし)
無理やり思考を上書きして、カップを持ち上げるけれど、そういえば、さっき飲み干してしまったのだと思い出す。もう一杯頼むほどでもないし、見れば紬も飲み終わっている。
万里は借りっぱなしだった手帳を、もう一度ぱらりとめくって中身に目を通し、紬に返した。
「ん。放課後ならわりと暇なんで、いつでも声かけてくれていっすよ。俺も……行きたいとこあったら言うから。駄目な時は言って。今そっち、それどころじゃねーだろうしな」
「あ、うん。……そうだね、でも、気分転換にはいいかもしれないな」
そろそろ出ようか、と言わなくても、互いのタイミングが一致する。トレーを重ね合わせ、返却口へと運ぶ。紬は、レジ傍に置いてあった店のチラシを、ひょいと持ち上げ、嬉しそうに鞄にしまい込んでいた。
「あ、ありがとう万里くん。帰ろうか。今日の夕食、何だろうね」
ドアのところで落ち合えば、向かう先は当然ながら、MANKAI寮の方角。そろって足を踏み出して、陽の短くなった歩道を歩く。
「あー、……カレーかな」
「え、でも昨日も、確か一昨日もカレーだったよね?」
「監督ちゃんのカレー好きは異常だよな……」
「あはは……」
苦笑が雑踏に紛れていく。ストリートACTで絡んだ時より距離が近いような気がして、万里はらしくなく、そわそわと視線を空気に泳がせた。
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