No.252

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俺のCandy Star!-015-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 ミーティングが終わったようだと思ったのは、レッスン室から人が出ていく気配がしたからだ。 万里は携帯…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-015-


 ミーティングが終わったようだと思ったのは、レッスン室から人が出ていく気配がしたからだ。
 万里は携帯端末の画面から顔を上げ、ソファの上からレッスン室の方を向く。
 だけど、何か様子がおかしい。
 乱暴にドアが閉まる音、廊下を歩く音、玄関のドアが開いて、また乱暴に閉まる音。
 それから少しして、一人の足音。ぺたぺたとスリッパが床をこするそれは、沈みきった気分を表しているように思えた。
(あれ……稽古ん時はそれなりにいい雰囲気だったのにな……。まーたなんかあったのか?)
 そのあとに、階段を上がっていく三人ほどの足音が聞こえる。
 ほんの少し聞こえてくる声は、東と誉だろうか。だとすれば、眠そうな密もいるに違いない。
(じゃあさっきの……紬さんか? やべーな、俺の乱入が裏目に出てなきゃいいんだけど……)
 そうして、ゆっくりとした足音をつれて、いづみが談話室に入ってくる。万里はすかさず声をかけた。
「監督ちゃん、どーなった? 明日の返事のこと話してたんだろ?」
「あ、うん……ひとまず勝負は受けないことになった……と思う……」
「えっ、なんで!?」
 万里は驚いて目を瞠る。
 素人集団とはいえ、死ぬ気で練習すればいい舞台はできあがる。
 秋組だっていい例だ。あれだけダイコンだった十座が、稽古を、公演を重ねるたびに上手くなっていったのだ。可能性は充分にある。
「紬さんには重荷だったんだと思う。私も、背負わせすぎちゃったし、ただでさえなんだかギスギスしてるところに、これじゃあ……」
 しょんぼりといづみが俯く。普段、劇団の連中にそういった弱音を吐かないいづみが、そんなふうに言葉にするなんて、よほど重症らしい。万里は慌てて腰を上げた。
「また丞さんとやり合ったんかよ。つーか、紬さんは? 出てった?」
「え、あ、ちょっと頭冷やしてきますって言ってたから、外だと……丞さんもトレーニング行くようなこと言ってたけど……」
「リョーカイ」
 万里は追いかけたそうないづみを制して、談話室を出る。
 勝負を受けるかどうか返事をするのは明日だ。断って本当に後悔しないのか、紬に直接訊ねてみたい。
 紬が、冬組が後悔しないのならば、秋組はそれに従おう。反対する連中がいたら説得に回ってもいい。だがまずは、万里自身が納得したい。
 万里は玄関を出て、ひとまず中庭へと足を向けた。そこの植物の世話をしているのを、知っていたからだ。
(紬さん、俺の声はアンタに届くか?)
 そうして向かった中庭で、万里は紬を見つけた。
「…………紬、さん?」
 落ち込んで俯いて、泣いてでもいるだろうかと思ったその予想に反して、紬の背筋はピンと伸びていた。それはいいが、その腕の中の物体はいったいなんだろう。
「え、あ、万里くん……」
 万里に気がついて振り向いてくる。少し気まずそうな表情は、万里がここに来た理由に気づいていてか。
「なあ、何それ」
「あっ、これ? なんか、上から落ちてきたんだよね。かわいいけど……もしかして万里くんの?」
「んなわけあるかよ」
「……だよね」
 紬の腕の中に、水色のぬいぐるみ。それをかわいいと言う紬の気が知れないが、和めているのならそれはそれでよしだ。
「万里くん……もしかして、監督から聞いた?」
 そうして、切り出してきたのは紬の方。
 稽古の乱入と、ミーティングがあったことを知っている事実。このタイミングで声をかければ、誰もがそう思うだろう。万里は「ああ」と頷いた。
「そっか……ごめんね、劇団の借金、返す方法考えなくちゃだもんね」
「そんなん、左京さんに任せときゃいーんだよ。他のヤツらだって力貸してくれんだろ。俺は……なんで勝負断るのかってのを訊きたいんだ」
「だって負ける未来しか見えないよ、俺がリーダーで、主演じゃ、さ……」
 ぬいぐるみを抱いたまま、紬は顔を背ける。
 負けると分かっていて、カンパニーを解散の危機に晒すことはできないと。自分ひとりの問題ではないから、巻き込むことなんてできないと。
「俺はそんな未来見えてねぇ」
 万里は、そんな紬に力強く否定を返した。
 万里も紬も、もちろん予知ができるわけではない。だからこそ怖がるし、否定をしてやれる。
「なあ、ためしに受けてみたっていんじゃね? このままじゃ、アンタが自信喪失して、遅かれ早かれ冬組は壊れるぜ」
 このカンパニーを潰さない条件は、ふたつ。冬組までの公演を千秋楽まで無事に終わらせること。そして借金を完済することだ。
 ここでGOD座の勝負から逃げて、冬組の完成はあり得るのだろうか。「逃げた」事実だけがまた紬に襲いかかるだけだ。
「やりもしないうちから、なに消極的になってんだよ。みんなも協力してくれるって言ってただろ」
「…………万里くんには、分からないよ……何でもできるでしょ? きみや丞が冬組を引っ張っていってれば、違う答えもあったかもしれないけど、俺は……」
 紬の消え入りそうな声に、万里は目を瞠った。
 何でもできる。それを賛辞と捉えたことはないし、罵倒の区分にしたこともない。
 だけど、初めて心に突き刺さる。言ったのが紬だからか、それとも今まさに上手くいかないことが、目の前にあるからか。
「紬さん。ちょい前まで、俺も自分でそう思ってた。何でもできた。つまんねーけど、成功はしてたぜ。それがアンタの言う【何でもできる】なら、なんてつまらねー人生かって、今なら思う」
 万里は、紬を正面からじっと見つめる。
 責められているように感じたのか、紬がハッと息を飲んだのが聞こえた。ごめんと言い出す前に、万里は言葉を紡いだ。
「でも今、思うようにいかないことがあるんすよ。すげぇ夢中になってる。無理かもって思うのに、そう思った傍から……このまま諦めたくないって、足下からせり上がってくるもんがあるんだよ」
 戸惑ったように、紬の目が瞬かれる。その仕草ひとつ取っても、万里には見逃したくないものだ。
「なんだと思う? アンタも知ってるもんだぜ」
「え? えっと…………俺にも分かる物っていったら、お芝居……かな……。でも、だったら余計に勝負なんか受けられないよ。ここがなくなったら困るでしょ、万里くんだって」
 GOD座の勝負を投げ捨てる弱さと、なくしたくない居場所。
 責めるようなまなざしだ。きっと理解してほしいのだろう。演じる当事者でもない万里に、簡単に「受けろ」とは言ってほしくないのだ。
「そんなん、どうにかなんじゃね? 芝居なんて、どこでだってできんじゃん」
「……え……?」
「名前変えて、団員もっと増やせば、今のMANKAIカンパニーじゃなくなるっしょ。ヤツらの条件は【MANKAIカンパニーの解散】だぜ?」
 場所が変わってもいい。名前だって変わって構わない。
 今いる仲間たちと芝居ができれば、どこだって満開に咲ける。
 そう言って不敵に笑えば、ぱちぱちと目を瞬いた紬が、小さく噴き出した。
「はは、万里くんむちゃくちゃだよそれ。そんなの、神木坂さんが手を引くとは――」
「あ、それ、その顔」
「え?」
「俺が今夢中になってるものな。そうやって笑うひと。……俺、紬さんのこと好きだぜ」
 好きなひとの笑顔を見ていたい。
 至極分かりやすい、恋の定義。
 考えてみれば、今までそれなりにつきあってきた相手にそんなこと、思ったこともなかった。
 今目の前で、事態を把握できずにぽかんと口を開けるこの男に、初めての恋をしている。


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