華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.251
俺のCandy Star! 2017.07.17
#シリーズ物 #ウェブ再録
GOD座の勝負を受けるかどうか、返事をしなければいけない期限は明日だ。 寮全体が、どこかそわそわし…
俺のCandy Star!
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GOD座の勝負を受けるかどうか、返事をしなければいけない期限は明日だ。
寮全体が、どこかそわそわしている、と万里は感じている。
約一名、別の意味でソワソワしているのは十座だが、おかげで左京の機嫌が悪そうである。
気づいているらしく、一定の距離以上は近づかないようにしているのが、健気に思えてしまうから、恋というのは厄介だ。
「十座、プリン食うか?」
「……っす」
そんな十座を気にしてか、臣がデザートのプリンを差し出す。いや、これはいつもの光景だなと、万里はポケットから携帯端末を取り出して、アプリを立ち上げる。
【大丈夫っすか】
と送ったLIMEには、既読の印さえついていない。今冬組は稽古の途中なのだろう。そんな状態で、万里からのLIMEに応答することはできない。
ちょっと覗いてこようかなと、万里は談話室をあとにした。
小さくドアをノックして、そっと開ける。すぐ傍で、総監督である立花いづみが、メンバーに指示を出していた。
「あれ万里くん、どうしたの? 今日は秋組の稽古ないよね」
「んー、ちょっと他の組の稽古も見たくて。秋組の参考になっかなーと思ってさ」
「熱心だね、偉い。隅っこの方で見ててくれる? 何かアドバイスあったらお願い」
「りょーかい」
いづみに言われるままに、鏡張りになっている側とは逆の壁にもたれる。
いづみにはああ言ったものの、本当は紬の様子を見にきただけだ。
秋組には秋組のやり方というものがあるし、参考にはなるかもしれないが、稽古に取り入れるかどうかは別である。
万里の存在に気がついたメンバーが、少しぎこちなく視線をよこしてくる。監督以外の視線に、まだ慣れていないのだろうか。
(確かに、こんなんでGOD座とタイマンってのもな。酷だぜ……)
GOD座はこの演劇天国ビロードウェイで、間違いなくトップの劇団だ。舞台に興味がある人間なら、必ず名前を知っていると言っても良いほどの、圧倒的な支持を得ている。
対してこのMANKAIカンパニーは、ようやく冬組まで構成人数がそろっただけの、素人集団。
演技力も各々バラバラな上、キャリアもない。
実力派で通っている皇天馬や、不思議な役の入り込み方をする斑鳩三角、幼い頃の勘と度胸を混ぜ合わせた、演技派の左京あたりを混ぜて公演でもするのなら、そこそこできあがったものになるかもしれない。
冬組で経験者と言えば丞と紬だが、簡単そうなエチュードでさえ、ぎこちない。
(紬さんが、萎縮しちまってんなぁ……)
本人も自覚していて、それが余計に動きを硬くしてしまっている。それに丞が苛立つ様子が、万里の位置からでも手に取るように分かった。
さらに、GOD座の勝負を受けるかどうか決める期日が、明日だということが、他のメンバーさえも硬くしていた。
(気にすんなっつっても、無理だろうしな)
万里は反動をつけてもたれていた体を起こし、いづみに小さく声をかける。
「監督ちゃん、俺もちょっと入っていい? エチュード。今やってんの【飲み会】だろ? よゆー」
「えっ、あっ、ちょっと万里くん!」
いづみの答えも聞かずに、万里は足を踏み出した。
『悪い悪い、遅れちまって』
笑いながら、少しも悪びれずに万里は輪の中に入っていく。
ガヤガヤとしているであろう居酒屋の中、各々で好きなドリンクを頼んでいる最中らしい。
目を瞠ったのは全員で、少し眉を寄せたのは丞で、首を傾げたのは誉。相変わらず眠そうなのは密で、東は察して、メニューを渡す仕草を入れてくる。ぱち、と目を瞬いた後の紬と視線が合って、その一瞬で役に入り込んだのが分かる。
『遅い。何してたんだよ?』
『だから謝ってんじゃん。帰り際に仕事頼まれたの、断れなかったんだ』
『まぁまぁ、楽しみにしてたからってそう怒らないの。ねえ、何を頼む?』
『あ、とりあえずナマで。そういや表に救急車止まってたけど、なに、急性アル中でも出た?』
『この店じゃないみたいだけどな。あ、すいません鶏の唐揚げ追加で』
『だし巻きたまごも。え、ふたつ? ああきみはひとつ全部食べるだろうしね。はいはい』
『ねぇ今日のアイスなに』
『もうデザートの話かよ!』
『オレには最重要事項だ』
紬が怒ったように口をとがらせ、東がなだめる。丞が店員を呼び止め、誉もオーダーを追加し、密がメニューの内容を店員に訊ねている。
みんなでメニューを覗き込む仕草は、居酒屋メニューが、本当に所狭しと書き記されているかのようだった。
それぞれ別の会社で働く友人同士なのか、と万里はその中で気づき、話題を切り替える。
新人の女の子が可愛いと笑う東や、凡ミスを重ねてしまったと落ち込む誉。来週出張、という密に全員がお土産頼むわと笑い、WEBデザイナーのツテはないかと訊ねる丞に、先輩に聞いてみるよと紬が答える。
さっきまでのぎこちなさが嘘のように、ぽんぽんと会話が飛び出していった。
人数分の生ビールがそろったところで、何度目かの乾杯を行う。
「はい、終了っ」
そうしていづみの合図で、万里が飛び入りしたエチュードは世界を閉じる。その声に万里はハッとして、大きく息を吐いた。
「あ~……悪い、ついやりたくなっちゃって」
「ふふ、面白かったよ万里」
「……お腹空いた」
「密くん、ひとまずこのマシュマロで我慢しておきたまえ」
「摂津とやるのは初めてだな。思ったより勘がいいのか」
「思ったよりってなんすか」
「すまん言葉のあやだ」
丞の言葉には笑って返して、間近で見た冬組のコミュニケーションにホッとした。演技を通してではあるが、さほど悪いものでもなさそうだ。
あとはやはり、自信がつけばより良いものになっていくだろう。
「うーん、やっぱりいつもとメンツが違うと、別物になってくるね。面白い。今度は空いてる子たちにも入ってもらったりしようかな」
「おー、いんじゃね? 監督ちゃん。太一とか椋なんて喜んでやりそうだな。あと、兵頭とか。アイツ、芝居に関してはマジうざってーくらい熱心だしよ」
「そうだね。ありがとう万里くん、相談してみるよ」
ぎこちない紬の様子に、いても立ってもいられなくなっただけなのだが、稽古の改善につながったのならよしとしよう。
そう思って紬を振り向くと、気まずそうに丞に視線を向けていた。
今のエチュードでも分かったが、紬と丞の演技は対照的だ。仕草で表現することは二人ともあるのだが、割と大きく、目立つ丞の動作に対して、紬の仕草は細かなものだ。どちらがどれだけ良いというわけではない、それは持ち味だ。
紬はそれを気にしているのだろうか。
自分より丞がやれば、と言っていたのを思い出し、万里は何げないふうを装って口にした。
「にしても紬さんの演技ってすげーのな」
「え?」
紬の視線が、ようやく万里の方を向いてくれる。万里は腕を上げ、ジョッキを持ち上げる仕草を加えた。
「乾杯した時さぁ、ビールの泡零れたんだろ。ジョッキの縁見て慌ててたもんな。俺ふつーにジョッキ合わせただけだから、ああいいうの表現できねーもん」
万里の言葉に、ぱちぱちと目を瞬く紬。無意識だったのか、気づかれると思っていなかったのか。
「だから、憧れる」
それは心の底からの言葉だった。
万里が率いる秋組は、アクションが売りだ。細かな動きよりは、大袈裟なほどの動作が必要となってくる。
だが実践で使うかどうかは別として、できるに越したことはない。万里が今、紬のような繊細な仕草ができるかといったら、それはノーを返すしかない。
紬の演技に、紬自身に、スター性はない。だけど、ずっと見守っていたくなるような、そんな気持ちにさせてくれる。
万里はまた一回り、紬への想いを大きくさせた。
「……ありがとう、万里くん」
紬はそう言うも、付け加えてきたのは苦笑だった。
言い方を間違ったかなと、万里は眉を寄せる。シナリオ通りにはいかなくて、初めてハードモードの恋をしている。
改めてそう感じたが、今ここで恋を告げるわけにもいかないだろう。他のメンバーもいる中なんて、公開処刑のようなものだ。昨日の秋組状態になってしまう。
「……じゃ、監督ちゃん、これからミーティングだろ? さすがにいるわけにはいかねーから、俺は戻るわ」
「あっ、万里くん」
「アンタらがどっちを選択するか分からねーけど、俺個人としちゃあ、勝負を楽しみにしてっから。お疲れ~」
話し合いを邪魔するわけにもいかないと、万里は踵を返し、ドアのところで冬組のメンバーを、……紬を振り返る。ひらひらと手を振って、稽古室をあとにした。
紬の演技に触れたのは、これで四度目。
オーディションと、ストリートACTと、昨日の勘違いと、今。
十座ほど芝居に情熱を持っているわけではないし、左京ほど芝居に精通しているわけでもない。
だけど、紬の演技は、好きだ。是非ともGOD座の勝負を受けて、自信を勝ち取ってほしい。
そしていつか、同じ舞台で演じられたら幸せだ。
ミーティングが終わったら、紬にそれを言いに行こう。
心の中の大好きを全部集めて、水仙のようなあの人に、恋を伝えに飛んでいこう。
だからどうか自信を持って――。
#シリーズ物 #ウェブ再録