カテゴリ「俺のCandy Star!」に属する投稿37件]4ページ目)

(対象画像がありません)

俺のCandy Star!-007-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 ソファの背にもたれて、万里はコントローラーを握る。 今日は休日ということで、至との耐久ゲームだ。以…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-007-


 ソファの背にもたれて、万里はコントローラーを握る。
 今日は休日ということで、至との耐久ゲームだ。以前から約束していたものであり、万里もそれなりに楽しみにしていたもの。やりこんだゲームだし、オンラインのランキングは、二人そろって上位を争っている。
「万里、なんか今日覇気がない」
「覇気とか何それ」
 隣に座る至から声がかけられた。もちろん視線は画面に向かったままだ。面倒そうではあるものの、心配はしてくれているのだろう。事実、あまりいい戦績を残せていない。
 タッグバトルをしている以上、万里の行動が至の戦績にも直結する。
 真面目にやっておかねばとは思うのだが、どうにも気が乗らない。
「至さん……」
「なに。つかそこ邪魔」
「ぶっちゃけた話してもいいすか」
「俺わりとお前のぶっちゃけた話聞いてると思うけど。あ、あれか、恋の悩みか。ハハッワロス」
「ちげーって」
「んじゃあこれ終わらせてから。今日の万里使い物になんねーし、ほんとマジ殺す」
 それはごめん、と素直に謝って、ラストバトルをちゃっちゃと終わらせる。気が乗ったというより、早く終わらせたかったというだけで、高得点をはじき出す技術には舌を巻くけれど。
「で、なに」
 至は万里とタッグを組まずに、一人プレイタイプのコンテンツを選んで、始めてしまっている。万里は手持ちぶさたにコントローラーをいじり、呟いた。
「至さんって抜くとき何使う?」
「下ネタキタコレ。万里もオトコノコだなぁ」
 さすがに至の手も一瞬止まったが、男同士ではそう珍しい話題でもない。
 何かオススメでも聞きたいのか、抜けなくて困っているのかとでも解釈しただろう。
「至さん今フリーなんだろ? グラビアなんかでイケんの?」
「時と場合と好みによる。疲れてっと、あんまそういう気分にもならない」
「あー、疲れ、疲れね……」
 疲れで、そういう気分にならないというのは分かる。だが万里はそんなことで困っているのではない。逆に、抜けるから困っている。
「あのさー。例えばな、例えばよ、抜きネタで身近な人使っちゃうことってあんの? ほら、職場の女とかさ」
「身近はない。めんどくせーのやだから、意識的に除外対象なんだよな。なに万里、身近なコが出てきちゃったカンジ? 青いな高校生」
 まあ、と万里はやんわりと肯定する。
 初めて紬で抜いたあの日から、ずっとだ。
 紬を思えば、もったいないほどすぐにイケるのに、他の女ではダメだった。抜けないわけではないが、そんな無駄なことをするなら紬でイキたい。
 これはいくらなんでもおかしい。身近というだけならまだ納得はできるが、加えて同性なんて。胸もないどころか、自分と同じものがついているのに、欲情するなんておかしい。
 生きていく上で好みが変わることはあるだろうが、対象の性別まで変わってしまうものだろうか。
「一回くらいなら、問題ないんじゃないの? そりゃあ毎日顔合わせんのは気まずいだろうけどさ。クラスの子か? あー、今めっちゃ気まずそうなお前の顔想像してわろた。マジウケる」
「殴っていいすか至さん。つか、俺だって一回くらいならって思ってたけど! 三日連チャンとかわけ分かんねーことになってんだよ!」
「そんなに出てくんなら、ヤッちゃった方が早くね」
「できるわけねーだろがッ」
「……だろーね。俺だって、好きな子相手にそんなんできない。早いとこ告ったら?」
 ちらりと万里を横目で見やり、至は珍しくゲーム中に真面目な声を上げる。
「……は? 告る?」
 言葉の意味が分からなくて、万里が隣を振り向いた時にはもう、その視線はゲーム画面に向かっており、至の真剣さを計ることはできない。
 しかし、万里の脳裏にぴったりとこびりついたその単語を、どう処理していいものやら。
「待って待って至さん。告るってそれつまり、俺がその……相手を好きってことじゃん?」
「万里。それ、恋愛ゲーだったらアウトな発言な。恋心自覚してないとか、攻略キャラにもなれなくね? モブだな完全に」
「いやいやいや、自覚も何も、ちげぇんだって、そういう、好きとか、あれじゃ、なくてさ」
「動揺しすぎわろ」
「アンタが変なこと言うから!」
 こっちは、真剣にどうしようか悩んでいるのに、とソファに拳を叩きつけ、万里は大きなため息。
(違う。好きとかそういうんじゃねぇ)
 初めて紬を相手にした夜、それは一瞬考えた。もしかしたらと。
 だけど、否定したい。
(否定したい、のに。追い打ちかけんな……)
 万里はソファから腰を上げ、ドアへと向かう。今これ以上ここにいたら、墓穴を掘りそうだ。
 事実でなくても、至の言葉によって誘導されてしまうかもしれない。それは避けたい。
 もし「そう」だと思ったあとに勘違いだと気づいた時、立ち直れるか分からない。
「お、敵前逃亡」
「敵じゃねーし、いやある意味敵だけど。飲み物切れたから持ってくんだよ」
「あー、ならコーラよろ。ロックで」
「……りょーかい」
 氷入りのコーラをロックと言う人間は初めてだなと、小さなため息を吐いて、万里は一〇三号室をあとにする。
 キッチンへ向かえば、冬組の連中が集まって何やら話し込んでいた。その中には、当然紬もいて、少し気が引ける。
(このタイミングな)
 よりによって、今でなくてもいいだろうに。だけど普通にしていなければと、口唇を引き結んだ。
「あれっ、万里くん。至さんとこでゲームじゃなかったの?」
「ちょい休憩な。なに、監督ちゃん、モメてんの?」
「あ、ううん、そうじゃないの、大丈夫」
 総監督である立花いづみに声をかけるが、深刻なケンカの類いではないらしい。結成したばかりの冬組だ、まとまるにはもう少し時間がかかるのだろう。
 自分のカップにコーヒーを注ぐ。インスタントではやはり美味しくないだろうな、と思うと、どこかカフェで美味しいコーヒーを飲みたい。
 ふと視線を上げると、コーヒーの匂いに気がついたらしい紬と、視線がかち合ってしまった。
「インスタント?」
「……美味いコーヒーは外で飲めるし。なに、冬組みんなして集まって。どっか出掛けんの?」
「あ、うん。密くんがさ……もう一週間も経つのに部屋に何もないんだよね。最低限のものくらい揃えておかないと……お布団とかチェストとか」
「あー、そういや文無しなんだっけか。どこでも寝てるみてーだし、特に困ってないのかと思ってた」
 冬組に所属する御影密には、記憶がない。記憶というか、御影密という名前以外、何もない。金も、過去も。
 秋組も大概変な連中ばかりだと思っていたが、冬組も相当なものである。
「布団以外で寝てて、体痛くならないかな……俺なんか無理だなぁ……」
「まー俺も布団は好きっすけど」
 特にふかふか柔らかな布団は。そこまで思って、万里は顔が火照るのに気がついた。
 紬に向かって、「好き」という単語を発してしまったせいだろう。
 布団に対して言っただけであって、決して紬を好きだと言ったわけではない。
 それなのに、余計なことに気づいてしまいそうで、心臓がドックドックと跳ねた。
「あはは、俺も好きだよ」
 そう返されて、思わずカップを取り落としそうになる。内臓か何かが出てきそうな口許を押さえ、万里は紬から顔を背けた。
(布団! 布団のことだっつの! 俺も、向こうも!)
 好きと言ってしまった。好きと言われてしまった。
 互いの頭には確かに布団があるのだけれど、万里の方は、そこからいかがわしいことにつながってしまいそうで、ふわふわ浮かんでいる思考を、ぱたぱたと手で仰いで散らす。
「あー、そんであれか。冬組みんなでお買い物ってか。仲がよろしいこって」
「……うん、親睦を深めるためにも、いいんじゃないかなって、思うけど」
「ふぅん……大丈夫すか? アンタ……丞さんとなんかワケありっぽいけど」
 万里は、出掛ける仕度をしてやってきた丞を紬越しに眺める。面倒そうな顔をしているが、彼も一緒に行くのだろう。
 幼馴染みだというのに、よそよそしいどころか険悪なムードになるところを、万里も見ている。
 それを含めてのお出掛けならば、万里が口を出すことではない。
 冬組として、早くまとまらなければ始まらないというのは、事実だからだ。
「な、なんで? 大丈夫だよ」
 紬はそう言って何でもないように笑うけれど、無理をしているのが明白だ。
 役者だというのに、こんなところは隠すのが下手である。
「……なら、いーんすけど。愚痴なら、いつでも聞いてやっから。そうだ、明日稽古の前か後か、どっちでもいーからカフェ行こうぜ。紬さんの気に入りそうなとこあるからさ」
 だけど万里は、紬を虐めたいわけではない。できれば笑っていてほしいのだ。
「え、本当? うん、行こう。楽しみにしてるよ」
 くるりと表情が変わる。
 ホッとしたような力の抜けた笑顔に、万里の中で何かがはがれ落ちていった。
(あっ……)
 ざわりと、鳥肌が立つ。足下からせり上がってくる何かに、全身を支配されたような感覚を味わって、万里は熱を上げた。
「じゃあ、行ってくるね万里くん」
「あ、お、おー、いってらー」
 紬はひらひらと小さく手を振って、玄関の方へ駆けていく。
 その背中を視線で追いかけて、見えなくなってから思わずそこにしゃがみ込んだ。
 顔が火照る。手のひらが熱くなる。ドクドクと心臓が音を立てる。
(やべェ……なにこれ……な、んなんだよ、これ……!)
 自覚してしまった。
 自覚、してしまった。
 これは、恋だ。
 膝の間で項垂れてみても、息を止めてみても、一気に吐き出してみても、拳を床に叩きつけてみても、入れたコーラが氷で薄まりかけても、気づいた事実は簡単に覆ってくれそうにない。
「マジかー……」
 小さく呟いて嘆くけれど、さっき至の部屋にいた時とは明らかに違う部分がある。
(俺、紬さんのこと好きなんかよ……)
 否定する言葉が出てこないことだ。
 ついさっきまで、絶対に違うと胸を張って言えていたのに、紬のホッとしたような顔を見たあとの今では、否定なんかしたくない。
 否定したら、彼のあの笑顔まで否定しているように思えて、できない。
(どーすんだ、これ。さすがにイージーモードじゃできね……ってか忘れてた、コーラ)
 イージーモード、という用語で万里はようやく思い出す。至にコーラのロックを頼まれていたのだっけと。
 面倒そうに腰を上げ、テーブルの上に置いていたコーラのグラスと、コーヒーのカップを手に、至の部屋へと戻る。
 案の定、遅すぎると無茶なクエストを要求されたのだけれど、気づいてしまった最難関の恋に比べたら、超イージーモードだと、万里は口許に無理やり笑みを浮かべてやった。


#シリーズ物 #ウェブ再録

(対象画像がありません)

俺のCandy Star!-005-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 おかしい。 本格的におかしい。 万里は談話室のテーブルに肘をつき、垂れた頭を抱え込む。(あ……りえ…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-005-



 おかしい。
 本格的におかしい。
 万里は談話室のテーブルに肘をつき、垂れた頭を抱え込む。
(あ……りえねっつの……!!)
 その頭の中で力一杯否定してはみるものの、事実は、事実だ。
 万里は一昨日も昨日も、紬をネタにして抜いてしまった。
 しかもちゃんと気持ち良かったのだ。まあ抜けたのだから、ちゃんとも何もないが、三度ともなると「うっかり」は通用しないような気がする。「興味」なら一回だっていいはずで、「確認」ならば二回で終わる。
 それなのに、昨夜で三回目。
 もはや後ろめたさより、疑問の方が大きい。
 なぜ紬なのか。
 特に女のような顔をしているわけではない。女装しても似合うだろうなとは思うものの、積極的に見たいかと言ったらそうでもないのだ。
 女の格好をしていると言えば、夏組の瑠璃川幸だが、格好だけで抜けるほど単純でもない。そもそも年下に興味はないし、毒舌な女は実姉だけで充分だ。
 談話室をちらりと見渡せば、キッチンから片付けの手伝いを終えた紬の姿。
 心なしか元気がないように思えるが、どうしたのかと声をかける勇気はない。
 紬の視線は、左京と何やら話し込んでいる丞に向かっており、寂しそうな顔を隠しもしていない。
 幼馴染みと聞いているが、それにしては初日からずっとぎこちない。ケンカでもしているんだろうなと思うくらいしか、万里にはできなかった。
 他人のイザコザに首を突っ込む趣味はないし、今は個人的にそれどころではない。
 視線を前に戻し大きなため息をついたら、目の前にコトンと置かれるマグカップ。驚いて差し出してきた人物を振り返ってみれば、月岡紬の姿があった。
「うわっ」
「あ、ごめん万里くん、また何か邪魔しちゃったかな……」
 隣に自分用のカップを置くも、万里の態度を気にしてか、腰を落ち着けようとはしていない。突然で驚いただけで、別に拒絶したつもりはなかったのだ。
「いや、いーすよ。これ、くれんの? どもっす」
「あ、淹れてくれたのは臣くんなんだけど……隣、いいかな」
 談話室を見れば、確かに臣がみんなにコーヒーを配っている。紬は万里の分を持ってきてくれたのだろうと、なぜかホッとした。
 紬に気づかれているわけではないらしい。当然だ、そんなヘマはしていない。
 万里はなんでもないように頷いて、紬が座るのを待ってカップに手をかけた。
「どしたんすか。今日は稽古いーの?」
「コーヒー飲んでからかな。食事後に、急に動いてもよくないしね」
「あ、なーる」
「えっと、あのね……実は万里くんに訊きたいことがあって」
 どき、と胸が鳴る。
 やはり態度に出てしまっていたのではないだろうか。微妙に紬を避けていること。
 それでも動揺を隠して、万里は促した。すると紬は、ポケットから携帯端末を取り出して、困ったように眉を下げる。
「ラ、LIMEのやり方が分からなくて、ちょっと困ってるんだ……万里くんそういうの詳しい?」
「は? LIME? って、アンタ今までどうしてたんだよ」
「えーと……」
 拍子抜けである。
 万里とてマニアックな知識があるわけではないが、日常生活や劇団員たちとの交流に、支障のない程度には使えている。むしろLIMEの何が分からないのか、分からないくらいだ。
「見せて。アプリは入れてあんの? あーそれはできたわけな」
 しょんぼりと肩を落とす紬を目にして、そういや機械が苦手って言ってたっけと、手を差し出す。
 ごめんねと紬は苦笑して、万里の手の上に端末を乗せてきた。キャリアやバージョンは違っても、操作方法は直感で分かる。万里は画面をタップして、アプリを立ち上げた。
「すっげ、フレ登録が企業公式しかねぇ」
 初めて見たわと凝視して、笑う。きっと最初の操作説明で、画面に出た通りにオススメを登録しているにすぎないのだろう。
「稽古の予定とか、これでやり取りするだろって、さっき丞に怒られちゃって……」
「あー、まあ出先とかだったらそうなるわな。えーと、じゃあ……ひとまず俺のID登録すっから、練習すりゃいーすよ」
「いいの? ありがとう」
「そういやカフェ行きたい時とか、どうするか決めてなかったし。これで好きな時に連絡して」
 さっきまで、丞に怒られたせいかしょんぼりしていた紬の顔が、パッと明るくなる。開花するように、なんて言葉が頭に浮かんで、万里は項垂れた。
(あー! うぜぇ! かわいい!)
 いったい何なのだ、これは。
 悪い感情ではないだろうに、不可解で不愉快だ。
 今まで、「できない」ことも「分からない」こともなかったのに。
 紬に対するこの感情がなんなのか、さっぱり分からない。
「と、登録ってどうするの?」
「あー、IDを直で打つか、送受信……」
 登録の方法を見ようと、紬が画面を覗き込んでくる。これだけ小さな画面だと、どうしても距離が縮まってしまう。万里はその事実に気がついて、息を飲んだ。
(近ぇ!)
 危うく端末を落としそうになって、慌てて思考をあさっての方角に向ける。距離を置こうと、万里は紬に端末を返し、自分の端末を取り出した。
「え、どうするの?」
「今相互でID受けられるようにしたから。ここな。相手の端末も同じ状態なら、こうやって触れ合わせるだけで登録できんだよ」
 言って、紬に向かって端末を差し出してみる。あ、と気がついて紬も同じようにしてきた。コツ、と小さな音を立てて触れ合った端末に、相手のIDが表示された。
「わ、何か出てきた。これ万里くんの? 登録、でいいんだよね」
「そーそー、これでフレ登録できたっしょ。ぷっは、つか紬さんのアイコン、デフォルトじゃん。逆に分かりやすいわ」
「え、これ変えられるの?」
 紬は本当に、機械やSNS系のシステムに疎いらしく、万里にはそれが新鮮でならない。
 学校で仕方なくつるんでいる連中には、そんなヤツはいないし、劇団のメンツもそれなりだ。
 一成なんかはいっそ鬱陶しいくらい詳しいし、意外にも左京はマメだったりする。連絡ツールとして、と登録させられた十座のIDも入っているが、活用したことなどない。
 向こうがどれくらい使えるのかも分からないが、アイコンが菓子に変わっているところをみるに、それなりに使いこなせているのだろう。
 万里は、紬はやっぱり今までいなかったタイプ、と心の中で思って笑う。
 紬の端末でコーヒーカップを撮ってやり、それをアイコンに変えた。やり方は見せたから、次からは自分の好きなものでできるだろう。そこまで勘の悪い男だとは思っていない。
「なんか、一気にそれっぽくなった。ありがとうね万里くん。声かけやすいから、つい頼っちゃうな」
 嬉しそうに端末を眺める紬に、万里は目を瞬く。
 まったく紬の言動は読めない。頼ってもらえるのは、少し、嬉しい。
 ケンカが強いせいか、虎の威を借る狐どもが声をかけてくるのは多かったが、こうしてなんでもないことで頼りにしてくれるのは、やっぱり新鮮だ。
 万里はたった今登録した紬のIDをタップして、メッセージを送った。
【いつでも声かけて】
 そう、短く。
 アプリの画面上で受け取った紬は小さく「あ」と声を上げ、次いで口許を緩めた。そうして慣れない手つきで画面を操作する。程なくして、万里の端末に、同じく短いメッセージ。
【ありがとう、よろしく万里くん】
 たったそれだけ。きっと改行の仕方も分からないのだろう、紬の精一杯。
 喉の辺りが締めつけられて、痛い。
 心臓の辺りがきゅうと音を立てているようで、怖い。
「あ、じゃあ俺稽古に行かなきゃ。また怒られちゃう……」
「お、おー、がんばっす」
 紬が満足そうに立ち上がり、そういえばと気がついて、慌ててコーヒーを飲み干す。
 片付けておくからいーすよと声をかけると、紬は困った顔をする。
「アイツらのもまとめてやった方が早いっしょ。アンタは早く行く。怒られっぞ」
「あ、う、うん、そうだね。ありがとう、じゃあお言葉に甘えるよ」
 紬が気にしないような言葉を選び、万里は談話室の外、レッスン室の方を指さした。足早に向かっていく紬の背中を眺めて、万里はまたひとつ、大きなため息をついた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

俺のCandy Star!-004-

俺のCandy Star! 2017.07.17

18歳以上ですか? yes/no

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-004-

18歳以上ですか? yes/no

(対象画像がありません)

俺のCandy Star!-003-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「どうすか、うちの劇団。もう慣れた?」 紬は入団して間もない。そう言う万里とてキャリアが長いわけでも…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-003-


「どうすか、うちの劇団。もう慣れた?」
 紬は入団して間もない。そう言う万里とてキャリアが長いわけでもなく、ひとつ公演をこなしたとはいえ、団員歴は短い。
 同じリーダーの立場で言っても、最初の団員である佐久間咲也には敵わないし、芸歴で言えば皇天馬には絶対に敵わない。
 紬も一応リーダーらしいのだが、しかしなんとなく頼りない。
「うーん……まだ慣れてはいないかな。でも、みんないい人たちだよね。他の組もお芝居に真剣だし」
「いい人、ねぇ……まー上辺だけなら、そーかもな。中身はどうだか」
「え、違うの?」
「幸なんかあの顔で毒舌だし、至さんなんかほんとクソヤローだし。秋組だってあれだぜ、太一は元スパイだったし、臣だって族だったし、左京さんはガチ現役ヤクザだし。あー、兵頭はマジで最悪な」
 劇団のメンツを思い出して、指折り説明していく万里。犬猿の仲である十座の時だけ、あからさまに眉が寄るのを見てか、紬は小さく笑い出す。
「……なに」
「万里くんて素直だなあって」
「はぁ? んなこと初めて言われたんすけど」
「だってそう言いながらも、本気で嫌ってないでしょ? 信頼してるからこそ、ちゃんとみんなのこと受け入れてるんじゃないのかな」
「…………やっぱりなんか、アンタ苦手」
 本当に、今まで周りにはいなかったタイプだ。気を抜けば、心の奥底まて暴かれてしまいそうで恐ろしい。
「俺も、万里くんみたいに楽しめたらいいんだけど……」
 紬の表情が、またふっと曇る。
 リーダーという責任を重く感じているのか、それとも組の中ですでに何かあったのか。
(そういや、丞さんと何かあんのかな、この人。初日から険悪っぽかったけど、……まあ、俺には関係ねーか)
「稽古キツイんすか? あ、でもアンタ経験者だっけ。慣れてんだろ、エチュードとか」
「俺はブランクあるからなあ……でも、芝居が好きなんだよね、やっぱり。捨てられない。万里くんだってそうじゃないの?」
 まるで、そうあって当然とでも言いたげな紬の瞳。万里は紬の大きな目とは反対に、すっと細めた。
(あーこの人演劇バカだ。左京さんとは違うタイプの)
 劇団に入っているからと言って、芝居が好き、芝居しかない、芝居オンリー、というわけではない。
「期待を裏切って悪いけど、俺はそこまでじゃねーかな。ここに入ったのだって、元は兵頭に負けたくねぇってだけでさ。俺さっきも言ったけど、結構なんでも軽くできてたんすよ。イージーモード」
 万里は携帯端末を置き、ふっと口許を緩める。
 まだ半年も経っていないのに、懐かしささえ感じてしまう。あの日、兵頭十座を追いかけて入った劇場で、成り行きで受けたオーディション。
「あんま言いたくねーけど、俺アイツにケンカでその……負けてて。すっげえ悔しかったんすよ。だからなんでも良かった。アイツの土俵で打ちのめしてやろうって思ってただけなんだよ。特に楽しくもなかったな」
 今思い起こしてみれば恥ずかしいものだ。
 心の奥底で感じていた焦りから、一度劇団を離れかけた。勝ったつもりで逃げ出して、鼻で笑ってまたつまらない日常に戻るはずだったのに。
 つまらない日常に戻る、ということは、少なくとも退屈ではなかったのでは、と思っていたところへ、秋組の一人芝居。
 人生最大の衝撃で、胸の奥から沸き上がってくる情動で、たまらなくなっていた。
「俺が芝居に打ち込むようになったのは、そういう理由だし、アンタからしたらふざけんなって思うかも…………なんで笑ってんすか」
 ふと目線を上げると、ニコニコ顔の紬。馬鹿にしている風ではないが、何がそんなに楽しいのか。
「万里くんとは、カフェを探す理由も、芝居をする理由も違うんだなあって思って」
「……まあ、全部同じ理由とかだったら怖いし。つか、怒んねーんすか紬さん」
「え、なんで?」
「そんな理由で芝居始めんの、おかしくねぇ?」
「おかしくないと思うけど……逆にうらやましいかなぁ。俺は他人と競うっていうのが苦手だから、どうしても弱いんだよね。それに、楽しんでやってる万里くんを怒る理由なんてないよね」
 そう言って笑う紬に、万里は瞬きを忘れた。
 芝居に興味があって始めたわけではない。打ち込み始めた理由も、十座に負けたくないというだけ。
 どこか後ろめたかった理由を、許されたような気がして、すっと肩から力が抜けていく。
「ま、まあ……楽しいってか、面白い、とは思うけど……。舞台ではもちろんなんだけど、稽古してても左京さんの演技力はすげーと思うし、太一なんか普段があんななのに、旗揚げでは病弱な弟をちゃんと演じてたし、臣だってそうだ……全然別人。兵頭は……まあまあだったけど、なんか、気持ち良かったっつーか。そういうの、もう一回味わいたい」
「あ、それすごく分かるよ。達成感とか、ゾクゾクするよね。……冬組は、まだまだ組としてできあがってないどころか、始めたばっかりだから、無理だけど」
 ふう、と息を吐く紬は本当に残念そうで、寂しそう。
 冬組のメンツを考えると、まとめるのが大変そうだなと、万里は苦笑さえ浮かんでくる。
「ちーっと頼りない感じだもんな、アンタ」
「ひどいな万里くん。……否定はできないけど」
「俺てっきり、丞さんがリーダーになるかと思ってたけど。慣れてそうじゃん?」
 丞の名を出した瞬間、紬の体が分かりやすく強張った。
 本当に素直なんだよなあと、万里はコーヒーを飲み干した。
「あ、う、うん……丞がやれば、もっと早く冬組が成長できたかなって、思うけど……」
 指先がわずかに震えているのに気がついて、そんなに丞と確執があるのだろうかと、視線を背ける万里。
 虐めるつもりではなかったが、どうしてか紬の態度が気にかかる。
 自信のないような仕草はすべてにおいてだが、丞が絡むと、さらに酷くなるのはどうしてだろう。
 何があったのか、気になってしまう。関係ないと思う傍で、深く突っ込んでみたいと思う自分の矛盾に、万里は数分前から気がついていた。
「ま、いんじゃねーの、アンタはアンタのやり方で。相談とかなら乗るからさ。まー俺もあんま褒められたもんじゃねーけどな。リーダーっぽいって言ったら、咲也とか天馬の方がらしいし」
「えっ、あ、で、でも、相談っていうか……秋組の話とかも聞きたいから……万里くんさえ良ければ、またどこかのカフェで見かけたら、声かけてもいいかな?」
「は? なんで?」
「あ、だ、ダメならいいんだ、今日だってゲームの邪魔しちゃったもんね、ごめ――」
「見かけたらっつーか、二人で行きゃいんじゃね?」
 えっ、と紬の声が詰まる。何がそんなに不思議なのだろう。
 遠くに住んでいる友人というならば、そういう偶然もいいかもしれないが、同じ寮に住んでいて、稽古のスケジュールも把握できる状態で、わざわざ偶然を待つ必要なんかない。
「え……、い、いいの……? 迷惑じゃないかな」
 心の底から驚いた顔をして、紬はぱちぱちと目を瞬く。万里は肩をすくめて息を吐いた。
「だったら最初っから言ったりしねーすよ。ま、アンタが迷惑でなければ?」
 先ほどの紬の言葉で遊んでみると、気づいた紬がおかしそうに笑う。
「だったら最初から言ったりしないよ。ありがとう万里くん、時間が合えば、是非」
 紬の方も万里の言葉で遊んでくれて、優しい瞳で返された。
「あれ紬さん、そうやって笑うとかわ――、……って!!」
 音にしかけて、万里は途中で言葉を止める。びっくりした紬が、二度、三度、瞬いた。
「え、手? どうしたの万里くん……」
「なっ……んでもねーから」
 軽く手を振ってそう言うものの、万里はため息を吐いて項垂れる。
 先ほど、何を口走るところだったかしっかり認識していて、だけど認めたくない。
 柔らかく笑う紬を、可愛いと思ったなんて。
(ねーわ。……ねーな、ねーよ! 馬鹿か、野郎相手に可愛いとか!)
 ガシガシと頭をかいて、思考を散らそうとしてみるが、当の本人が目の前にいるのではそれも難しい。頭に浮かんでしまった言葉を、どうやって打ち消せばいいのか分からない。
(まぁ……可愛くなくはないけどさ……や、可愛くなくはないっていうか、どっちかって言ったらそうってだけで、役者やんのなら顔は整ってた方がいいしな。あーうんただそんだけ。俺ホモじゃねーし)
 無理やり思考を上書きして、カップを持ち上げるけれど、そういえば、さっき飲み干してしまったのだと思い出す。もう一杯頼むほどでもないし、見れば紬も飲み終わっている。
 万里は借りっぱなしだった手帳を、もう一度ぱらりとめくって中身に目を通し、紬に返した。
「ん。放課後ならわりと暇なんで、いつでも声かけてくれていっすよ。俺も……行きたいとこあったら言うから。駄目な時は言って。今そっち、それどころじゃねーだろうしな」
「あ、うん。……そうだね、でも、気分転換にはいいかもしれないな」
 そろそろ出ようか、と言わなくても、互いのタイミングが一致する。トレーを重ね合わせ、返却口へと運ぶ。紬は、レジ傍に置いてあった店のチラシを、ひょいと持ち上げ、嬉しそうに鞄にしまい込んでいた。
「あ、ありがとう万里くん。帰ろうか。今日の夕食、何だろうね」
 ドアのところで落ち合えば、向かう先は当然ながら、MANKAI寮の方角。そろって足を踏み出して、陽の短くなった歩道を歩く。
「あー、……カレーかな」
「え、でも昨日も、確か一昨日もカレーだったよね?」
「監督ちゃんのカレー好きは異常だよな……」
「あはは……」
 苦笑が雑踏に紛れていく。ストリートACTで絡んだ時より距離が近いような気がして、万里はらしくなく、そわそわと視線を空気に泳がせた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

(対象画像がありません)

俺のCandy Star!-002-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「万里くんはよくカフェに来たりするの? それともここだけ?」 一通りブレンドコーヒーを味わった紬が、…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-002-


「万里くんはよくカフェに来たりするの? それともここだけ?」
 一通りブレンドコーヒーを味わった紬が、そう訊ねてくる。万里は携帯端末に伸ばしかけた手を止めて、でもやっぱり伸ばして、紬の問いかけに答えた。
「んー、ここはお気に入りの一つってとこっすかね。俺、こういうとこでコーヒー飲むの好きなんすけど、いい味に出逢うとすっげぇ嬉しいの。フルコンボ決めた時くれーかな」
「フル……? ゲーム? そうなんだ。俺もね、カフェ見つけると入っちゃうんだ。今日もそう」
 万里のゲームの話に興味はなさそうだが、ニュアンスとして受け止められているらしい。
 ちょうどよかった、と万里は思う。紬とは、ゲームの話で盛り上がりたいわけではない。
 寮に戻れば半強制的に至と盛り上がれるし、そういうものは期待していない。
「ここ、よく見つけたっすよね。道路に面してないから、一見だと入りづらいのにさ」
「あはは、俺も最初、ここカフェかな? って迷ったよ。でも、ドアが好みの感じだったんだ」
「ドアで判断とか初めて聞いたわ」
「そう? ドアっていうか、外観っていうか。ピンとくる時ない? あ、万里くんは味重視なんだね。そうか……面白いな」
 面白い? と万里は首を傾げる。
 確かにドアで判断する紬は面白いと思うが、味を重視する万里に、何の不思議があるのだろう。
「理由は違っても、行き着くところは同じなんだよね。芝居を観るときも、多分……演じる時も」
 紬の顔がふっと曇る。紬は演じることが苦手なのだろうか、と万里は視線だけで追いかける。いや、そんなはずはないと即座に否定した。
 演じることが苦手な人間が、あんなに繊細な仕草をできるものか。
 紬の演技をちゃんと観たのは、オーディションとストリートACTの一回ずつだけだ。
 それでも、台詞もなしに世界を作っていた紬を忘れていないし、視線ひとつで「柄の悪い若頭」をいなしてきた紬のことも忘れていない。
 基礎がしっかりできているのはもちろん、そのひとつひとつを丁寧に演じているのが、万里にさえ伝わってきたのだ。この男が演じることが苦手だなんて、まさかそんなことはないだろう。
「まぁ……そーすね。俺は別に、店の雰囲気とかどーでもいいし。いつも一人だから、気が向いた時に良さそうなとこ探して入るくらい。そんで、初めての店はまずブレンド頼む」
「なんでブレンドなの? 確かにここのブレンド、すごく飲みやすいけど」
「その店のこだわり具合が一発で分かる。ま、好みの問題だろうけど。豆に金かけてりゃいいってもんでもないし、カフェラテとかカプチーノの黄金比が絶妙ってだけじゃ、結構普通だし?」
「ああ……そうか、独自の調合だもんね。チェーン店なら別だけど」
 紬もカフェによく行くというのが、その発言でよく分かる。事細かに説明しなくても、万里の言いたいことを分かってくれたようだ。豆の産地、煎り具合、抽出の方法。それらすべてが、万里には重要なのだ。
「あとは、砂糖も結構大事かな。種類あるじゃん」
「砂糖も!? へえ、こだわりスゴイね。あ、でも俺も、置いてある雑貨とか観葉植物には、目が行っちゃうな。季節のものを置いてるとことか、店の商品にちなんだもの置いてあると、それだけでお気に入りになっちゃう」
 あとは――と互いの声が重なる。
「椅子」
「椅子」
 間を置かずに続けた声も、同じタイミング、同じ言葉で、万里も紬も、お互いに驚いた。
 目を見開いて、瞬いて、ふっと噴き出す。
「そこ、大事っすよね」
「そうだね。ずっと座ってることになるから、心地良いものじゃないと」
「柔らかすぎてもダメだし」
「硬すぎてもダメかな」
 くっくっと笑う万里の肩が震える。言おうとしたことを言われてしまって、だけど不快な気分にはならない。むしろ気分がいい。カフェを探す理由が違うのに、気になるところは同じ。
「紬さんのおすすめの店とか教えてくださいよ。どっか近く?」
「え、あ、えっとね……手帳に店のカード貼ってるんだけど……」
「アナログ」
「あっ、俺ちょっと機械が苦手で」
「苦手にも程があんだろ」
 はい、と手帳を渡されて、万里は少し眉を寄せた。手帳なんて、個人情報の塊ではないのか。それを言ったら、携帯端末だってそうなのだけれど、なんだか気が引けてしまう。
 劇団の仲間とはいえ、知り合ったばかりの相手にほいほい渡すような無防備さで、よくも今まで無事生きてこられたものだと息を吐いた。
「万里くん?」
「見ていーんすか」
「見ていいから渡してるんだよ?」
「あー……」
 危なっかしい人だなと思いつつも、口には出さないで、万里はぱらりとページをめくった。
 紬らしい丁寧な字で、今まで行ったカフェのデータが書いてある。
 最寄り駅、店の名前、特徴、雰囲気、オーダーしたもの、ひと言感想。
(女子か)
 几帳面なんだろうなと思うが、特に鼻につくような雰囲気はない。所々に入れられたイラストは、花だろうか、可愛らしい。知らず口許が緩んでいった。
「万里くんのおすすめは?」
「あー、俺は頭ん中にデータ入ってっから。メモとかしたことねーし」
「えっ、全部覚えてるの?」
「よゆー。あ、この店俺も好き。確か月ごとにブレンド違ってんすよね」
「すごいね万里くん、記憶力いいんだ。勉強も得意?」
「そこそこ」
 得意というわけではない。ただ、できるだけだ。授業なんて一回聞けば分かるし、なんなら教科書を見るだけで理解もできる。
 ただ、できすぎても困るのだ。教師たちからの期待やら何やら。それを知っているから、万里はほどほどに「できる」生徒でいる。
 勉強だけではない。生まれてからこれまで、「できなかった」ことがない。
 やり方はすぐに覚えられたし、覚えてしまえばゴールまでは最短距離で行ける。努力をしているわけではないが、できてしまう。
「つまんねーすよ? できた後はなんも目標なくなるから。すげーってよく言われるけど、俺からしたらできないことの方が不思議」
「ああ……なるほど、だからなんだね」
「何が?」
「万里くんの、自信いっぱいの仕草の中で、たまに退屈そうに指先が止まるの」
 肩を竦めた紬に、万里は目を見開いた。
 今の今まで自覚していなかったけれど、他人から見たらそうなのだろうか? いや、今までそんなことは言われたことがない。退屈そうだなんて、思っていても言われたことなんかなかったのだ。
 確かに退屈だった。
 勉強も遊びもケンカも、犯罪スレスレのことまでやってきて、それでもアツくなれるものなんて、ひとつもなかった。
「……紬さんて、いつもそーなんすか」
「え?」
「なんか、……見透かされてる気がする。居心地わりい」
「えっあっ、ご、ごめん、気に障ったなら謝るよ。俺のクセ……なのかな、人の内側見ちゃうの……本当にごめん、気をつける」
 居心地が悪いと思ったのは本当だが、それは自覚していなかったものすら、浮き出てしまいそうだからだ。紬の方こそ、居心地が悪そうに視線を逸らしてしまって、万里はぽりぽりと頭をかく。
「いや、別にいーんすけど……クセっていうかそれ、無意識に人の動向探って、衝突しない方向模索してんじゃないすか? なんか……相手に嫌われないように、顔色窺ってる感じ」
 言ってから、しまったと思う。紬の瞳が大きく見開かれて、体が硬直したのが、万里の位置からでも見て取れたからだ。
 あんまりいい言葉じゃなかったなと思っても、音にしたものは戻ってこない。
「あー、悪い、今のすげーやな言い方だった。謝るわ。アンタのそのやり方が悪いってんじゃなくて、芝居する時もそうやって周りを見てんのかなって、そう思っただけで、他意はねーの」
 珍しく、自覚していて珍しく、万里は自分から謝罪をこぼす。とっさの言い訳になってしまったが、うまくかわせているとは思う。紬の瞳が、ホッとしたように元の大きさに戻っていった。


#シリーズ物 #ウェブ再録

(対象画像がありません)

俺のCandy Star!-001-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 来い、来い。 ゲージ満タン、メンツ最強、装備もレベルマックス、後は敵のエリアに入るタイミング。 摂…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-001-



 来い、来い。
 ゲージ満タン、メンツ最強、装備もレベルマックス、後は敵のエリアに入るタイミング。
 摂津万里は、平日の放課後、実は六限だけサボって優雅な時間を過ごしていた。
 いや、手に握られた携帯端末の世界は、特に優雅でもないのだけれども、静かなカフェで、コーヒーの香りに包まれながら画面をタップする時間は、万里にとって至福のひととき以外の何物でもなかった。
(っしゃ、来い!)
 タイミングを計って、今だ、と思うところで攻撃のボタンをタップ――
「万里くん?」
 カッと見開いた瞳の中に、突然入ってくる顔と、耳に入り込んできた声。万里は集中していた気を逸らされて、タイミングを逸した。
「だあぁっ! フルチェイン逃した……っ」
 最強コンボでの攻撃タイミングは、本当に一瞬だ。もう今からでは、敵を一撃で倒すほどのリンクスキルが得られない。万里はがっくりと項垂れた。滅多に来ないタイミングだっただけに、惜しいことをしたと。
「あっ、あっ、ご、ごめん……何か邪魔しちゃったみたいだね……」
 そんな万里の様子に、悪いことをしたと思った相手が、すまなそうに声をかけてくる。万里はそこでようやく、声をかけてきた相手を認識した。
「あれ……紬さん? 何やってんすか、こんなところで」
 その相手は、つい四日ほど前に存在を認識した男。万里が所属している劇団・MANKAIカンパニーのオーディションで見事入団を果たした、月岡紬だった。
 外見に反さず柔らかな物腰と、それを上乗せするかのような、自信なさそうな仕草と口調が、万里の頭に残っている。
「何って……コーヒーを飲みに。ところで万里くん……学校は? 花咲からだと、この時間にここにいるの無理じゃない?」
「えーあー……」
 紬が腕を持ち上げて腕時計を眺める。そんなところだけ頭の回転が速い、と万里は視線を逸らす。別に親でもないのだから、サボりがバレたところでなんでもないのだが、バツが悪い。
「あ、でも走ってくれば大丈夫なのかな? 万里くん、このお店好きなんだね」
「えええ……そうくるか」
 万里は目を見開いて驚く。その発想はなかったと。
 確かにこの店は好きだが、六限までこなして、その後ダッシュで来るほど大好きというわけでもない。数量限定のコーヒーでもあれば別だが、そんなものがあれば、ハナから学校なんて行かずにここに寄っている。
 紬の頭の中に、「サボり」という言葉は存在していないのか、それとも万里をよほど「イイコ」だと思っているのか。
(後者はねーだろうけどな。こんなナリしててイイコも何もねーよ)
 校則違反のピアスと茶髪。デフォルトでは決して着ない制服。万里はちょいと自分の髪の毛をつまんでみて、口を尖らせた。
 まあ、紬が万里のことを知らないのは仕方がない。オーディションで初めて逢って、そういえば会話らしい会話もしていないのだから。
 万里も万里で、秋組の稽古に一応勤しんでいたし、食事の時に顔を見るくらい。
 紬が万里のことをよく知らないのと同じように、万里も紬のことはよく知らないのだ。
「アンタは? バイトかなんかの帰り?」
「うん、そう」
「何してんの、バイトって」
「家庭教師。T高が今日創立記念で休みだったんだけど、そこの子が、今日も勉強見てほしいって言うから」
「カテキョねー。なんか、分かるわ」
 万里は端末の画面をタップしながら笑う。紬なら、相手の立場に立って、優しく勉強を教えてやることができるだろう。
 例えば自分なんかでは無理だ。どこが分からないのか理解できないし、なぜそんな簡単なことが理解できないのか分からない。教えることには向いていないのだ。
「ここ、なかなかいい雰囲気の店だね。奥も空いてるかな、席……」
 紬が店を見渡す。
 ドアからすぐのカウンターと、バラバラのようできちんと置かれているテーブルセット。所々に置かれている観葉植物。
 客の数は多くもなく少なくもなく。道路に面していないせいか、車や雑踏などの喧噪からは遠い世界。
「え、なんで? ここ座ればいんじゃね?」
 紬が空いている席を探していると知って、万里はつい口にしてしまう。
 カフェの楽しみ方は人それぞれだ。紬はもしかしたら、一人で楽しむのが好きかもしれないのに。だけどそれなら、声をかけてきたりはしないだろう。
「……いいの? 邪魔じゃない?」
「いっすよ。アンタがよければ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
 言って、万里の向かい側に携帯端末を置く紬。
 まさかこんな場所で逢うとは思っていなかったし、万里はいつも一人でカフェにくる。
 空いている店ではテーブルを選ぶクセがあるのだが、今日は珍しく、向かい側に誰か座ることになるのかと思うと、なぜだかそわそわした気分になった。
「ここ、セルフでいいんだよね。何頼もう」
「あー、スコーンとかドリンクだけだと、カウンターでもらえるぜ。軽食入るとテーブルまで持ってきてくれるから。あ、紬さんてコーヒー普通にイケる方? 紅茶とかのが好き?」
 カウンターへと向かう紬に声をかけ、万里は答えを待った。
 カフェに来て、何をオーダーするかは自由だ。紅茶もあるし、デザート目当ての客もいる。小腹が空けば少なめのパスタや小さめのピザもいいし、好みというものは千差万別。それもまた、面白いと万里は思っている。
「え? ううん、普通にコーヒー好きだよ」
「なら、ブレンドおすすめ。ここの絶品だぜ」
 押しつけるつもりはないけれど、どうせなら美味しいコーヒーを飲んでもらいたい。万里が淹れるわけでもないのだが、気に入っている店だ。できれば紬にも気に入ってもらいたい。そういった思いが、音にさせた。
「へえ、なら、それにしてみる。ありがとう万里くん」
「え、……あ、や、べつに……」
 紬が小さく笑って、カウンターへと向かっていく。万里は面食らった。まさか礼を言われるとは思っていなかったのだ。
 だけど紬の音に不自然な点はない。彼にしてみたら、おすすめされたら礼を告げるのが、自然なのだろう。
(なんか、今まで周りにいなかったタイプだな……素直っつーかなんつーか、……わりと危なっかしい)
 ず、と少し冷めかけたブレンドをすすって、紬の背中を見つめる。
 世間的に低いわけではないが、万里から見ると小さい紬。細身とあの優しげな顔とが相乗効果で、人の好さを表している。自信なさげな口調と、戸惑いを隠さない視線は、どうかすると庇護欲を煽る。
(別に、俺には関係ねーけど)
 仮にも年上の、しかも男に対して、庇護欲なんてとんでもない。騙されやすそうだなとは思うが、そうなったらなったで紬の責任だ。万里と違って、向こうは成人しているのだから。
「思わずMサイズにしちゃった。あはは……」
「マジか」
 紬が小さなトレー片手に戻ってくる。店の特徴がよく出るブレンドだ、普通ならお試しでSサイズを頼むところだろう。
 それなのに紬は、しょっぱなからMサイズのオーダーをしたらしい。
 トレーを置き、椅子を引き、座る。指先がカップを撫でる、小さな仕草が目に入った。紬は座ったその位置からも店内を見回して、天井まで目をやっている。何がそんなに気になるのだろう。落ち着かないというわけではないようだが、紬の視線は定まっていない。
「ふぅん……」
 そうしてやっとカップを持ち上げ、口許へと運んだ。まずは香りを楽しんで、一口。瞬きひとつ、ふたつ。二口目はさっきより勢いをつけて。
 万里は、その一連の仕草を、余すことなく視界で楽しんだ。
 向かい側に他人がいるということの楽しさを、久々に認識して、瞬きひとつ、しなかった。
「美味しい」
「……だろ? スコーンとか好きなら、プレーンのがよく合うぜ」
「そうなんだ。次に来た時は頼んでみよう」
 するりと出てくる感想が、万里には嬉しい。自分が気に入っている店を、気に入っている味を、世辞でなく賞賛してくれる相手だ、と分かった。


#シリーズ物 #ウェブ再録

candy.jpg

俺のCandy Star!

NOVEL,A3!,万紬,俺のCandy Star! 2017.07.17

#片想い #原作沿い #ウェブ再録

(画像省略)2017/07/17表紙:ももこ様【あらすじ】人生イージーモードだった万里の中に、入り込…

NOVEL,A3!,万紬,俺のCandy Star!

俺のCandy Star!
candy.jpg

2017/07/17
表紙:ももこ様
【あらすじ】
人生イージーモードだった万里の中に、入り込んできてしまった紬。恋を自覚するまで、自覚してから、紬に大切な言葉を継げる万里サイド。
メインストーリーの無間地獄と冬組公演を絡めた紬サイド、千秋楽後の、何度目かの万里の告白に、紬が返した言葉とは――。
※作中に十座→左京の表現がありますので、苦手な方はご注意ください。


001002003004005006007008009010011012013014015016017018019020021022023024025026027028029030031032033034035036037

#片想い #原作沿い #ウェブ再録