- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.61, No.60, No.59, No.58, No.57, No.56, No.55[7件]
Shooting Star-003-
「タクト、帰るぞ」
「あ、うん」
授業が終わって放課後。
今日は演劇部の活動もないし、帰り支度を整えてタクトは立ち上がる。
「あれ? スガタくん、タクトくんとどっか行くの?」
「ちょっとね。男同士の話しだよ」
約束してたんだと、いつものようにワコに優しく笑いかけるスガタに、タクトの心臓が少しだけ痛んだ。
「ワコ、悪いけど今日はタクト借りるよ」
「なんで私の了解がいるかな? 男同士、楽しんでおいでよ」
だってワコはタクトを気に入っているみたいだからと、スガタは口にはしなかった。さすがに教室だし、とは思うが、そんな事実は教室中が知っている。
「明日は一緒に帰ろうね」
「ああ。ワコ、気をつけて」
手を振って友人と教室を出ていくワコに、スガタは笑って返し、タクトも同じように手を振った。
バスに乗って街に出た。学校の近くでは正直何もないし、ただ座って話すというのもオツなもんだが、とりあえずは初心者コースだ。
「あれ、新しい店ができてる」
「え、どこどこ?」
スガタの視線を追って、タクトはよく見えるようにと手をかざす。ピンクを基調にした、可愛らしい店だった。
「クレープ?」
「食べるか? 基本だろ、デートの」
見れば家族連れや会社帰りの女性、中等部らしき制服がちらほら見える。
「そっ、そうだな!」
デート、とささやいたスガタに少しだけ頬を赤らめ、タクトはその店へ足を向けた。くすくすと笑いながら、スガタも後を追う。
「どっちにしよう……」
ウインドウに飾られた商品サンプルをしげしげと眺め、タクトはうなる。どうやら決めかねているようで、スガタはまた笑った。
「そんなに悩むことか?」
「悩むよ! だってイチゴチョコカスタードスペシャルだって美味しそうだし、みかん銀河ホイップだって美味しそうだし!」
真剣に悩んでいる様を見て、今いちどこが悩みどころか分からない。
「どっちかに決めろよ。また今度食べればいい」
「んー……えっ!?」
「なに?」
僕はもう決めたけど、とカウンターへ向かおうとするスガタに、タクトは驚いてウインドウから顔を上げた。
「あ、い、いや、何でもない!」
決めたとスガタを追って、カウンターへと向かう。
気づいているだろうか、とタクトはその背中を見つめながら思う。
―今度また、一緒に来てくれるってことかな……。
ドキドキが止まらない。スガタの一挙一動に、こんなに動揺してしまうなんて、思ってもみなかった。
いつまで、この気持ちを隠していられるだろう。
もしかしたらもう、気づかれているかも知れない。
タクトは結局、イチゴチョコカスタードスペシャルを頼み、スガタの方はハムとチーズのホットクレープを注文したようだ。
イートインもできるらしかったが、もう店内は満席で、ふたりは少し離れた場所のベンチに腰をかける。
「すごく甘い匂いがする」
「美味いよ。スガタは甘いもの苦手?」
苦手というわけではないけれど、とスガタは前置きをして呟く。
「そういうのはワコで慣れてるからな。ただ、お前とってのが想定外だったから……」
「あー女の子は甘いの好きだよなあ。俺ね今度さ、パフェ食べてみたい」
あれはまだ食べたことないんだ、とタクトは広い空を見上げた。
そよいでいく風が、頬をくすぐっていく。
「ああいうのって一人じゃ食べる勇気ないしさ。だから、今度さ、一緒に行こう」
「……タクトと一緒にいると、あんまり経験できなかったことが体験できそうだ」
「へ?」
肩を揺らしながら、スガタは笑う。口の端にカスタードクリームを付けたタクトが振り向いて、首を傾げる。
「クレープなんて食べたの、どれくらいぶりだろうな。しかも学校帰りになんて」
ワコにつきあってカフェに入ったりしても、大抵は飲み物だけ。誰かと一緒に外のベンチでなんて、もしかしたら初めての経験じゃないだろうか。
「……そうなの?」
「僕は稽古もあるからな。今度また稽古つけてやるよ」
「お手柔らかに頼むぜぇ~?」
タクトは何でもないように返しながらも、内心嬉しい気持ちでいっぱいだった。
【恋人同士】になってから、知らなかったスガタをたくさん見られる。それはもちろん演技であるのだろうけど、スガタの本質は損なわれていないはずだ。
「へへ」
もふ、と甘いクレープにかじりつく。一人で食べてもきっと美味しいだろうが、今日は内緒だけれど大好きな人と一緒。美味さも数倍。
「タクト、それそんなに美味しいのか?」
「ん? 食べる?」
ずいぶん美味しそうに食べるんだなと訊ねるスガタに、タクトは冗談混じりに差し出した。
「ん」
「え」
思わず目を見開く。
スガタは体を屈めて、タクトの甘いクレープにかじりついた。タクトの頬が真っ赤に染まり、危うくクレープを取り落とすところだった。
「……甘い」
「そっ、そう? 僕はこれくらいがいいけど!」
絶対に全部は食べられないとわずかに眉を寄せるスガタに、タクトは慌ててクレープを戻す。
―何だこれ、恋人っぽい……! っていうか、間接キッ……!
恥ずかしい、と俯く。今日は初めてキスだってしたのに、たかが間接キスくらいで慌ててどうするんだ、とタクトは自分に言い聞かせる。
だけどどんなことだって、スガタ相手なら嬉しいに決まっているのだ。それを否定することはできない。
「こっちも食べてみるか? 少し冷めてるけど」
お返しに、とばかりにスガタが自分のクレープを差し出してくる。タクトは振り向いて、スガタを窺うように眺めて、小さくうんと頷いた。
―やばい、すげえドキドキする。
体をスガタの方へと傾けて、はふ、と柔らかなクレープを口に含んだ。熱で溶けたチーズと、温かなハムの塩味が、口の中に広がった。
「美味し……」
今までずっと甘いクレープばかりだったけど、ホッとクレープもいいなあと、タクトは笑いかけた。
「タクトは、ころころ表情が変わるな。見ていて面白い」
「ねえそれって褒め言葉じゃなくない?」
クレープの包み紙を、スガタはきちんと折り曲げて、タクトはくしゃりと丸める。あースガタらしいなと思って、小さく抗議してみた。
「褒めてるよ、素直ってことじゃないか。僕はそんなの、とうの昔に消えちゃったからね」
タクトは、失言だったかなと考える。
スガタは自分の境遇を知って、いろんなことを諦めてきたらしい。夢だってあったかもしれない。いや今だってあるかもしれない。
ワコも、いろんな何かを諦めて、この島に縛られている。
タクトは、放り出されたようなスガタの手をぎゅっと握った。スガタはその行動を予期していなかったらしく、目を瞠って振り向いた。
「タクト?」
「言っただろスガタ。敵のサイバディは、僕が全部破壊する。そうすればワコも、スガタも自由になれるよ」
この島に来た本当の目的は、言えなかった。だけど今、心の底からそう思う。
スガタの笑顔が見たい。
諦めたようなものじゃなく、演技でもなく、本当に心からの笑い顔が、見たい。
「ワコとスガタが傍にいてくれたら、僕は頑張れる」
サイバディの構造も、遺跡のことも、詳しいことは何も知らない。それどころか、自分の操るタウバーンのことも、スガタのザメクのことだって分からない。
サイバディを全部破壊したところで、ワコやスガタの呪縛が解けるのかさえ。
破壊した跡に、なにが見えてくるのか、タクトは何も知らなかった。
「……いるよ」
スガタはふっと笑い、ぎゅうと握ってくるタクトの手に指を絡め、握り返す。
「いるよタクト。お前の隣に」
約束、ではない。
それは約束ではなく望みにしかならないけれど、充分だった。
「うん……」
タクトも絡めた指に力を込めて、ふたり、沈黙を過ごした。
「わざわざ送ってくれなくても良かったのに」
「どうして。基本じゃないのか?」
学園の寮まであと少し。今さら言ってもどうにもならないが、タクトはチラリとスガタを見やる。
「僕は今お前の恋人なんだ。少しでも長くいたいと思うもんじゃないのかな」
「えっ、あ、ああ……そうか、そういう……もんか」
―そりゃ僕だって少しでも長い時間、一緒にいたいけど。
ここまででいいよと、タクトは笑う。これ以上長く一緒にいたら、引き留めたくなってしまう。
演技とはいえ、想いが叶ってしまうと、こんなにもわがままになってしまうんだなと、タクトは初めて知った。
「じゃあ、また明日」
「うん、明日な!」
ひらりと手を振って、スガタは自分の家へと足を向ける。スガタの背を見送って、火照る頬を隠しながら、タクトは寮へと向かっていった。
今日はご飯なんて入らない。
恋心は、いつだって純情可憐、幸せいっぱい。タクトは部屋に戻るなりベッドに突っ伏して、スガタを想った。
#STARDRIVER-輝きのタクト- #スタドラ #シンドウ・スガタ #ツナシ・タクト #スガタク #ウェブ再録
Shooting Star-002-
「おはようスガタ」
「ああおはようタクト」
翌朝教室で逢っても、スガタの応答はいつもと変わらない。いや、少しだけ笑みが混ざっているあたり、昨日の約束が嘘ではないのだと物語っている。
―いっそ、夢だったらよかったかも。
タクトは自分の席に座りながら、頬杖をついてはあーと大きくため息を吐いた。
スガタに、恋人役を演じてくれと頼んでみた。予想に反してそれは引き受けられてしまって、今になって悔やんでいる。
これで、何が変わるのだろう。
タクトはちらりとスガタを見やる。やっぱりいつもと変わらず、すました顔で本なんか読んでいた。
ナナメ45度から見るスガタの顔は、タクトがいちばん好きなものだ。もちろん、正面からでも横からでも、後ろからでも好きなのだけれど、この角度が、いちばん好きだった。
―重症、かな、僕。
こんなはずではなかった。この島に来た目的は別にあったけど、青春という名の学園生活を楽しみたかったのも本当だ。
高校生らしく恋人を作って青春を謳歌してみたかった。できれば可愛らしい女の子と。
それがどうだ、現実はこんなものだ。
初めて好きになったのは、素っ気ない同性。学園でも人気を誇る、シンドウ家のお坊ちゃま。
アゲマキ・ワコという可愛らしい許嫁までいる男を、なんで好きになっちゃったかなあと、タクトはもう一度ため息をついた。
スガタの態度は変わっていない。いつもと同じ、友人同士だ。
―スガタは……僕のことなんてなんとも思ってないんだろうな。まるっきり対象外だよ。
少しだけ寂しい気もした。
持ちかけたのは自分だし、後悔はしたけど受けてくれて驚いたし、きっとスガタならどんな役でもこなしてしまうんだろうと思う。
優しく笑いかけてくれたりするのだろうか。
手をつないでくれたりするのだろうか。
電話したりメールしたり、世間の恋人同士が普通にするようなことを、スガタがしてくれるのだろうか。
ふるふると首を振った。
シナリオなんてできていない。この先どうなるのか、少しも読み切れないのだ。
だけどスガタが受けてくれた以上、タクトもそれに応えていかなければならない。たとえ彼が、どんな【恋人】役を演じるのだとしても。
「タクト、ちょっといいか?」
昼休みに、ようやくスガタが声をかけてくる。
今日一日、何もアクションがなかったらどうしようかと思っていたところだ、タクトはホッと息を吐いた。
「いいよ、何?」
「ここじゃ話せない」
「移動しよっか」
あくまで友人同士、の風情でタクトは立ち上がった。教室の外へと顎で指し示すスガタをさえ、格好いいなあと思いながら。
そんな小さな仕種にまでときめいてしまうのだ。本当にハマりこんでしまっているなと、タクトは歩くスガタの隣で苦笑した。
特別教室へ向かう途中の廊下、この時間は人通りもなく、逢い引きをするには絶好の場所。壁を背にふたりでもたれて、少しの沈黙が流れる。
「タクト、昨日のこと覚えているんだろうな」
「え、なんで今さらそこなんだ?」
少し前から感じていた、スガタの不機嫌そうなオーラ。タクトは思わず振り向いて、彼の横顔を眺めた。
「覚えているならいい。お前からなんのアクションもなかったからな……無効なのかと思っただけだ」
「えっ、僕から……?」
驚いて息を飲む。タクトが思っていたそのままが、なぜスガタの口からも発せられるのだろう。
つまりはふたりともが、お互いからのアクションを待っていたらしい。
「ぼ、僕はその……よく分からないしさ。スガタは慣れてそうだったし、任せようかなって思ってたんだけど」
「なぜ僕が慣れていると思うんだ」
「スガタだから」
それ以外に理由なんてないよ、とタクトは続ける。スガタはその答えに不満なのか、眉を寄せた。
きっと理由を探せば、学園でもモテるからとか、許嫁までいるんだしとか、いろいろ出てきそうではあったが、タクトにはそこまで頭が回らなかった。
「分かった。タクトがは具体的にどうしたいのか訊きたかったんだが、無駄だろうな」
「具体的にって」
「今シンドウ・スガタを作り上げているのはお前だ。タクトは何を望んでる? 僕はその通りに演じてやる」
タクトは答えにつまる。
具体的なことなんて、あの時は考えていなかった。そもそも受けてくれるなんて思わなかったし、スガタとどうしたい、なんて訊かれても困ってしまう。
「普通って、どうすんのかな……? デートしたり、電話したり……メールしたりさ、たぶん……そういうの」
俯いて、タクトは頬を染めながら呟いた。
スガタとそんな関係になるなんて考えつかないのに、口唇は動いてしまう。
「デート、……ねえ……。じゃあ手始めに今日の放課後、だな」
「えっ!?」
いいのかと口には出さず、勢いよく上げた顔と、振り向く視線で訴える。その仕種には、スガタの方こそ驚いてしまった。
「予定が入っているのか? 明日でもいいけど」
「なっ、なななな、ないけどっ、でも、あの」
「じゃあ問題ないな」
「えっと……」
タクトは、ややあってうん、と頷く。予定は入っていないけど、スガタにデートと言葉にされると気恥ずかしくて、困ったように笑った。
「あと、確認事項がいくつか」
「な、なに?」
「ワコには言ってない。それでいいか?」
言うなよと暗に告げる鋭い視線が、タクトを突き刺す。ズキ、と心臓が痛んだ。
それでいいよと返す端で、やっぱりワコが好きなのかなあと拳を握る。
特に正式な約束を交わしているわけではないと聞いているが、あのふたりがお互いを大事にしているのは目に見えて分かる。
演技とはいえ男の恋人役なんて、それを裏切るようで後ろめたいのだろうか。
「恋人としては、優しい方がいいのか? それとも、イジめられたいタイプ?」
「いつものスガタでいいよ。変に優しくされても気味が悪い」
「ハハ、そうだろうな」
笑うスガタに、タクトの胸が跳ねる。あれも演技だろうか、それとも本当に笑ってくれているのだろうか。
「そして、あとひとつ」
伏せられた目蓋が、すっと持ち上がる。まっすぐに射抜いてくる瞳からは、視線を逸らせなかった。
「タクト、どこまでする?」
「どこまでって?」
「たとえば」
ぐいと腕を引かれる。
「キスとか」
呼吸が触れるくらいの位置で、スガタの呟き。
タクトは意味を理解して、頬を真っ赤に上気させた。
「スッ、スガタ!」
思わず、彼の胸を押しやる。シャツ越しに触れた体温に、また胸が跳ね上がった。
「……こういうのはナシってことでいいのか? 子供だましだな」
「あっ、あの、今のはちょっとビックリしただけで! だって、スガタがまさかそんなの……」
してくれるなんて思わなくて。
口にできない。今自分の身に起きていることが、理解しきれなかった。恋人役を演じてくれと頼んだのは自分だが、
「こ、恋人なんだし、そういうのはアリだよな」
どこか他人事のように思っていた。
それなのにスガタは、演じてくれている。嬉しくて泣きたいのか、悲しくて泣きたいのか分からないまま、タクトは自嘲気味に笑った。
「イくとこまで、イッちゃおうか」
それならこちらも、合わせて演じるだけだ。
シンドウ・スガタに恋する、少年を。
「段階は踏むぞ、タクト」
「徐々にってことで」
「ああ」
視線が離せない。タクトはスガタの金の瞳を見つめながら、本当に綺麗だなあと心で思った。
「タクト、目」
「……うん」
閉じろ、と最後まで言わないスガタに、閉じたくないと言えばよかったと、タクトは目蓋を下ろしながら考える。そうしたら、ずっと見つめていられたのに。
スガタの両手が頬を包んで、引き寄せてくれる。早鐘を打つ心臓を押さえようかとも思ったけれど、その前に重なった口唇に、意識を全部もっていかれる。
思っていたより少し硬い、スガタの口唇。
―うわ、あ……っ。
押しつけるようなスガタのキスに、ドキドキとソワソワが重なる。
腕を背中に回そうか、それとも首にしがみつこうか。
考えているうちに口唇は離れていき、少しだけ不満に思う。
「……ふぅん……」
「な、なに」
「いや、緊張してるあたりが…面白いなと」
カッと頬の熱が上がる。口唇が触れたのだ、タクトの緊張など容易に知れたことだろう。
―スガタばっかり余裕でズルイ!
もっともそれはスガタのせいではないけれど、多少の八つ当たりくらい、心の中でなら許されるだろう。
「タクト、あの時の答え……聞いてなかったな」
「え? なんかあったっけ?」
「人工呼吸はキスのうちに入るか」
出逢った日、スガタはタクトにそう訊いた。
「……どうだろ、入るのかな…。でも意識がない状態ならそれは……僕の知らないキスだから、……ナシ? かな?」
スガタの意味心な言葉に首を傾げつつも、タクトは真剣に考え込んだ。初めてのキスくらい、好きな人としてみたい。
「じゃあ、お前にとっての初めては、僕か。よかったのか?」
「えっ……」
タクトのその願いは、ついさっき叶えられた。もちろんスガタはそんなこと、気がついていないだろうけれど。
「ス、スガタならいいよ」
肩を竦めて、おどけてみせる。
ツナシ・タクトの初めては、シンドウ・スガタにもっていかれた。その事実だけで充分だ。
「そう。面白いことを教えておいてやるよタクト」
そろそろ昼休みが終わる。教室へ戻ろうと、スガタは踵を返す。タクトもそれに続こうとして、途中で足を止められた。
「僕が知る限りじゃ、キスをしたのはお前が初めてだ」
「え」
それだけ言って、スガタは何もなかったようにスタスタと歩いていく。
タクトは頭の中でその言葉を繰り返して、意味を探って、理解してボッと頬を染めた。
―ファ、ファーストキス!? ファーストキス、くれたの!? なにあいつ、ほんとどうしよう、やられた…!
力が抜けて、思わずガクリと膝を折って床に手をつく。
キスができただけで死にそうなくらい幸せなのに、シンドウ・スガタはとんでもない爆弾を落としていった。
ぎゅっと目を閉じて、幸せをかみしめる。
演技でいい、傍にいさせてほしい。
嘘でもいい、傍にいてほしい。
―ちくしょう、好きだよスガタ……!
チャイムが鳴っても動くことができずに、タクトは結局五時限目をサボることになる。
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Shooting Star-001-
「やっぱり、意外だよ」
タクトはいつものように、スガタとふたりでシンドウ家に向かいながら感嘆とともに呟いた。隣を歩くスガタから、ふっと笑いが漏れる。
「この間からずっとそれだなタクト」
ここ最近は、スガタの家に行って剣の稽古をつけてもらうのが日課になっていた。
「だってさあ、スガタが芝居とか、あんまり想像つかないだろ」
南十字学園の演劇部に所属しているとなれば、主な活動は芝居であって、スガタが何かを演じるのはしごく当然の位置づけだ。
それでも普段のクールな彼を見ていれば、まさか芝居なんて、と思わないでもない。
だがそのギャップは、学園の生徒のみならず島の住民にも受けはいいようだった。
「スガタの一人芝居、見たかったな。映像とか残ってないの?」
からかう意味でなく、タクトは口にする。中等部の時に彼は、一人芝居をしたのだとワコが言っていた。
ファンクラブまでできたと聞いたが、それほどまでにスゴイものだったのか、純粋に興味はある。
「そんなの、残ってないよ。残念だろうけど」
「ちぇ。なあ、でもさあ、与えられた役が得意って、何でもできんの?」
彼は自慢するようにも自嘲するようにも言っていた。
しかしそれをこなしてしまうあたりは、やはりシンドウ・スガタなのだろう。タクトにはとてもできない。
「まあ、それなりにね。さすがにまだ老人だとかはやったことがないけれど」
想像して、笑う。ちょっと見てみたい気もするなあと、タクトは星の輝く夜空を見上げた。
―あ。
流れ星。
願う暇はなかったけれど、確かにその瞳の端を流れていった。
タクトはちらりと、隣のスガタを見やる。
願えば、叶うだろうか。
「なあスガタ、あの、それってさ……頼めば演じてくれるのか?」
好奇心の固まりだな、とスガタは肩を竦めてみせる。
「いいけど、たとえば何を?」
笑いながら返したスガタに、タクトの視線が泳ぐ。訊ねておいてだんまりはないだろうと、スガタはタクトを呼んだ。
「たっ、たとえばさ」
タクトは立ち止まり、制服のシャツをぎゅっと握りしめる。星明かりでは、顔が赤いなんてこと、振り向いたスガタには見えないだろう。
心臓がドクドクと波打つ。
「たとえば僕の」
ゴクリと、生唾を飲んだ。しわを作るシャツの溝が、もっと深くなった。
「こ、恋人役……とか」
小さく、小さく呟いた。
聞こえなかったのか、長い沈黙が続く。
そろそろその沈黙が痛くて、タクトは視線を上げた。
「ご、ごめん冗談」
「いいよ、タクト」
本気にするなよと続けたかった口唇が、止まる。
振り返ったままじっと見据えてくるスガタの視線と、静かな声。夏の風に乗って届いたそれは、タクトの耳を疑わせる。
「……え…?」
「聞こえただろ、演じてやるって言ったんだ」
スガタの答えは素っ気ない。どういう意味か分かっていてそうするのか、ただゲームのように思っているのか。
「スガタ、意味分かってんの?」
「なにが?」
「恋人役を演じるってことは、その、つまり」
「頼んでおいて今さら怖じ気づくのか? 僕は別にどっちでもいいけど、決めるのはお前だぞタクト」
この幕を開けるのか開けないのか、スガタは責めるようにも視線を投げつけてくる。
タクトはその視線を真正面から受け止めて、少しだけ、俯いた。
「なんで……そんなん受けてくれんの?」
「……興味本位。お前だってそうだろ、恋人役なんて」
ズキ、と心臓が痛んだ。
「そうだな、興味、あるよ。スガタが僕にどう接するのかとかね」
顔を上げる。挑発するように口の端を上げてやったら、スガタも同じように口の端を上げてきた。
「期限は?」
「飽きるまで。あとは、他人にバレたらそこで終了か?」
「分かった、それでいいよ」
手が震えているなんてこと、知られていないはずだ。
喉が痛いなんて、気づかれていないはずだ。
泣き出しそうだなんて、悟られてはいないはずだ。
「き、今日は帰るよスガタ」
「送っていかないぞ」
「いいよ、また明日な!」
ああ、と素っ気なく返すスガタに背を向けて、タクトは寮へ向かって走り出した。
―どうしよう。
靴の底に踏みつけられて音を立てる小さな砂利が、速いリズムを刻んだ。
―どうしよう、どうしよう…本当にっ……スガタと…!
タクトは口唇をかみしめて、あふれそうになる嗚咽を我慢して、必死で前だけを見つめた。
振り返れない。
スガタを、振り向くことができない。
この世界中でたった一人、大好きなあの人を。
つまずいて足を取られ、タクトは草むらに転がった。両腕を広げてまっすぐ前を見てみれば、変わらない満天の星が目に飛び込んでくる。
「スガタ……」
幕を開けてしまったのはタクト自身だ。
他にどうすることもできなくて、スガタの演技に逃げて、偽りを手に入れた。
「好きだよスガタ……」
嘘でもいいから傍にいたい。たとえ偽りの関係でも、今スガタを恋人と呼べるのは自分だけだ。それでいい。
それでいいと思うのに、溢れてくるこの涙はなんだろう。
「ちくしょう……」
風が吹いていく。もうすぐ夏の、季節だ。
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Shooting Star
手を伸ばして
イッツァピーンチ。
大きな問題が起こった。
寮の、僕の部屋が燃えた。
でもそれはまあ仕方ないかなで諦められる問題でもあったんだけど、困ったことが起きた。
これからどこに寝泊まりすればいいかって、それももちろん大問題なんだけど、僕にとってはもっとデカい問題なんだよ!
スガタの家に居候だなんて!!
「何を不思議がることがあるんだ?」
僕にその大問題を投下してくれた張本人は、涼しい顔で僕を眺めてくる。
気づけよ。
気づけよばかぁ! 僕の気持ち知ってるくせに、なんでお前平気なの!
「僕の家は部屋たくさん余ってるし、タクト一人増えたところで、さして変わりないからな」
「……言うこと、それだけ?」
「うん?」
まったく、この男は! 何もかもを知った顔していながら、自分のこととなると的が外れている。これだから島育ちの田舎モノは。
……いや、これはこの際関係ないか。そんな田舎モノ好きになっちゃった僕も僕だし。
あーあ……どうしようこの状況。
スガタくんは手強いよ?ってワコが笑ってた意味がやっと分かる。
この鈍感なお坊ちゃま相手に、ワコはよくやってきたよ、うん。
「僕の助けが必要ないなら、そう言え。とは言え、綺羅星十字団が第三フェーズに移行してからは僕の力も効かないから、お前の助けになることなんて……ないんだけどな」
「スガタ……」
「お前はどんどん強くなっていくからな。ワコにもお前にも、僕は必要でない人間かもしれない」
何言ってんの。
何言ってんのこいつ。
僕がスガタを必要としてない時なんて、今まで一回でもあった!?
「今だってほら、迷惑そうに睨みつけてくる」
「へっ? メーワク……って、違うってば!」
何をどう勘違いしてんだか分かんない。どうすれば伝わるんだ?
大きなため息をついた。まさかこの間言ったこと、ちゃんと伝わってなかったの?
「ねえスガタ、僕さ……この間きみのこと好きだって言わなかった?」
玉砕必至で、一蹴されるの覚悟で告げた言葉は、【ふぅん】である意味一蹴された。
それからもスガタの態度は変わらなかったし、拒絶されてないだけマシかなって思ってたけど、まさか伝わってなかったなんて。
「聞いたよ」
だけどスガタから返ってきたのは僕の絶望を打ち破った。
「お前は僕に喧嘩を売っているのか? 買ってやってもいいけど、その前にはっきりさせておきたい」
スガタの表情が一瞬で鋭いものに変わる。以前はよくみかけたけど最近はなかったせいで、息が止まった。
スガタが怒ってる時の顔だって知ってるから、息が止まった。
「お前は本当に僕を好きなのか?」
「す、好きだよ! 疑ってんならそれでもいいけど、僕の気持ちも考えてよスガタ!」
好きな人の家に行けるってだけでドキドキしたり、剣の稽古つきっきりで見てくれるの嬉しく思ったり、もちろん部屋は別々だけど同じ屋根の下で眠る時のバカみたいなそわそわとか、全然知らないくせに!
「お前の力になりたいと思ってる僕の気持ちは無視するのに、自分の気持ちだけ考えろというのは、不公平じゃないか、タクト」
「え、…………え!?」
な。
なにこれ。
なにこれなんで僕スガタに抱きしめら…………れてんのおおおぉぉぉ!?
「あ、あの、ちょっ……スガタ」
「僕を好きだと言いながら、僕の手を取らないお前の気持ちが分からない」
なんで僕が怒られんの。
だってスガタは、僕が好きだって言っても何も返してくれないで、何でもないように接してきたくせに。
なんで? ねえこれ、僕はスガタを抱き返してもいいの?
「お前がそんなだから、僕は不安になるんだ。手を差し伸べてもいいのか、抱きしめてもいいのか、好きだと言い返していいのか」
ああ、……ああ、なんだ。
僕の恋はとっくに叶ってたのか。
伝えて諦めてたから、スガタの方が不安になっちゃったのか。
なんだよ。なんだよもう、可愛いなスガタ。
「好きだよスガタ。きみが僕を想ってくれてるなら、きみがいちばんだと想う方法で僕を助けてほしい」
これからも。
そう言って背中をぎゅっと抱いたら、小さな声が聞こえてきた。
僕がずっと聞きたかった言葉だ。
「好きだ、タクト」
やっと言える、とため息に混じって聞こえたそれに僕は笑ってしまったけれど、本当は泣きたいのを我慢したんだ。
そうか、僕はきみに手を伸ばしてもいいんだね。きみの手を取ってもいいんだね。
手をつないで、満天の星空の下を歩く。歩く速度が同じタイミングで遅くなって、ついには立ち止まって。
僕とスガタはキスをした。
こうして輝かしいまでの充実した学園生活を送る僕だけど、ただひとつの誤算は、スガタの手が案外早いことだった。
#STARDRIVER-輝きのタクト- #スタドラ #シンドウ・スガタ #ツナシ・タクト #スガタク
密会
「あなたは、タクトに関係のある人なのか?」
スガタは、相変わらずベンチに座って絵を描いている男に声をかけた。男は筆を止めもせず、視線だけでスガタを振り向いてくる。
「どうして、そう思うのかな?」
「……その右下のサイン、それと同じサインが入った絵を、タクトはいつも眺めている。父親が描いた絵だと言ってね」
スガタの位置からも見える、アルファベット一文字のみのサイン。
Rと書かれたそれは特に特徴的なクセもないが、形は同じに思えた。この島の中で、同じサインを持つ画家が複数いるのは、あり得ないことではないが腑には落ちない。
「たとえば俺がツナシ・タクトに関係する人物だったとして、それで君はどうするのかな?」
男――ヘッドはようやく筆を置き、スガタを振り向く。肯定とも否定とも取れるその答えに、スガタは眉を寄せた。
「あなたがタクトの血縁だとしたら、買いかぶっていたかもしれない。なぜサイバディを駆ってまで、タクトを倒そうとしているのか……僕には理解できないな」
つい先日だ。まだ鮮明に思い出せる、あのゼロ時間での格闘。
日死の巫女の封印が解かれ、第3フェーズへと進んでしまった綺羅星十字団のサイバディ。あのレシュバルに乗っていたのはこの男だと姿は確信できる。
タクトよりも確実にサイバディを乗りこなし、溢れるリビドーで一時はタクトの戦意を奪い貫こうとした男、だ。
「じゃあ俺からも一つ訊こうかな、シンドウ・スガタくん」
ヘッドはスガタの質問には答えもせずに、逆に訊ねた。ベンチから立ち上がればスガタより少し高い視線。
そこから見下ろされて、だがスガタもおののくことなく睨み返した。
「なぜあの時きみは、王の柱を使わなかった? 俺が記憶している限りでは、きみはいつも彼の戦いに横やりを入れていたように思うんだけどね」
厭味を多く含んだ物言いに、スガタの目が細められる。横やりを責めているのか、貶しているのか。
確かにあの時は、一切手出しをしなかった。しようと思えばできたし、これまで何度もそうしてきた。王の柱を使うことを、ワコが良く思っていないことを知っていながらも。
彼は――タクトはどう思っているだろうか。
「どうしてかな……ただ、あなたがもしタクトの血縁なら、僕が邪魔をするわけにはいかないと思ったんだが」
「それだけかい? きみは彼を……いや、俺をも試したんだろう。第3フェーズ同士の戦いで、どちらが敗れるのか、君はそうやってただ見下ろしてたんだね。彼を助けることもせずに」
「タウバーンの復活があと少し遅ければ、僕は王の柱を発動していたさ」
スガタは口唇を噛んで、空に手をかざす。
通常時間で王の柱を使えば、島に影響を与えるかもしれない。綺羅星十字団が身を置いている地下遺跡にも、何かの支障を来すかもしれない。
それでもヘッドは、涼しい顔でスガタを眺めていた。
「命まで取ることはないと……言っていたな。僕にはあの時、とてもそうは思えなかった」
スターソードを失って、タウバーンの機動がおかしくなった瞬間、ヘッドが貫こうとしたのは果たしてタウバーンだけだったのか、それとも。
「ああ、すまないね。戦闘で溢れそうになったリビドーを抑えきれなかったようで」
少しも悪く思っていないような口調に、スガタは眉を寄せて、腕を――振り下ろして払った。
ガランガランとカンバスがイーゼルから音を立てて落ちる。
「タクトは死なせない。次は――ないと思え」
静かな声が、スガタの喉から絞り出される。自分でさえ気がつかなかった本質を見透かされたのはこれで2度目。そんなことを考えると、本当にタクトの血縁なのだと思えてしまう。
くすくすと笑いながら、ヘッドは呟いた。
「きみは思った通りの少年だよ。普段は涼しい顔をしていても、なかなかの激情家だ。俺を睨みつけてくるその表情も、美しいね」
だからこそその内面を押し開いて、カンバスに埋め込みたいと思うのだ、とヘッドはスガタの手首をひねり上げた。
「だから俺は、君が欲しいだよ」
寸分の隙もなく睨みつけるスガタの視線を、ふっと笑うことで遮って押し込める。
ぎゅうと強く握りしめられた手首の痛みに、スガタはわずかに顔をしかめた。
「そう、きみの表情がそうやって歪むのを眺めていたい。苦痛に、屈辱に……快楽に」
さら、と髪が指で遊ばれる。頬を撫でられても、それが首筋に移っても、スガタの鋭い視線はヘッドを捉えて離さなかった。
「僕が欲しいというのは、絵のモデルや綺羅星十字団のなんだかいう隊の代表ってことじゃなかったのか」
「もちろんそれが第一。だけど俺だって普通の人間だからね。人並みの感情は持ち合わせているんだよ」
「……ずいぶん歪んだ感情だな、笑わせるな」
言いつつも、スガタの視線は下がっていく。
ずっと離さなかった視線を、ここにきて初めて逸らす理由が、ヘッドには思い当たらなかった。心地よいくらいの鋭かった瞳は、どこかに行ってしまっている。
「だけどあなたのその感情は、僕にもよく分かる」
「え?」
スガタは腕を振り払って、視線を90度横に移した。そこは、高台から眺める美しい海だ。
海を眺めるのは、今はあまり好きじゃない。
思い出してしまうからだ――――タクトを。
「本当に僕とあなたは似ているな。少しも嬉しくないけれど」
あの海がなければ、ツナシ・タクトという人間と出会うこともなかっただろうか。
こんな感情に気づいて逃げ出したくなることもなかっただろうか。
「あの顔が歪むところが見たい。何も知らない人間を僕の思い通りにして、屈辱に歪んでく顔と、こらえきれない快楽に溺れる姿態。僕の手で、あの表情を歪めてみたい」
スガタは自嘲気味に笑う。
それをするのはきっとあと何本かの理性のネジが外れてしまえば簡単なことだ。
そうした後に向けられる軽蔑の瞳さえ、容易に想像できる。
どこかで、それをも見たいと願っている。
「だから残念だけど、僕はあなたに犯されたって屈辱を感じることはないだろう」
哀れむことはあるかもしれないけれど、とヘッドに視線を戻す。
少なからず驚いたようで、珍しくヘッドの瞳は見開かれていた。
「ああ、……ああそうか、きみがねえ。ふふっ、素敵だよ、スガタくん」
苦笑を隠しもせずに、ヘッドはスガタを眺め直す。
これはいい題材を見つけたとでも言わんばかりに口の端を上げるヘッドに、スガタは不機嫌そうに眉をひそめた。
「まさか、王様が叶わぬ恋とはね。でも、考えなかったのかい? それを俺に打ち明けることで、彼が狙われるかもしれないってこと」
スガタを手に入れるには、本人を直接どうこうするよりも周りを揺さぶった方が面白そうだと目を細めるヘッドに、スガタは笑う。
「さっきの話を聞いていなかったのか? 二度目はないと――言っただろう」
きっぱりと言い放つそれは、まさに皇帝の名にふさわしい強さを持っていた。
「さすが、王のシルシを持つ者、だねえ。だけど覚えておくといいよ、俺はきみが思っているより酷い人間だってことをね」
「……っ」
グイと腕を引かれた先で、重なる口唇。
不意打ちには対処することもできずに、スガタは腕を振り払った。攻撃を含めたつもりのそれは難なくかわされて、それがまた面白くなかった。
「今の顔、いいね。冗談抜きで、きみを抱いてみたくなったよ」
「お断りだ」
「ふうん、つまらないな」
それでもそれ以上を強いる気はないらしく、ヘッドは肩を竦めて背を向ける。
地面に転がったカンバスとイーゼル、絵の具を拾い上げて、スガタとすれ違う。
瞬間、
「ひとつ言い忘れた。俺は案外気が短いんだ。手段を選ぶつもりはないからね」
そう言い残して、一度も振り返らずに去っていった。
スガタはヘッドに強く掴まれた手首を見下ろして、手の甲で口唇を拭う。
「本当に似ているな……気味が悪い」
相手と自分を哀れんで、スガタはもう一度海を眺めた。
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「スガタっ……待った……!」
「待たないし、加減もしない。お前が言い出したことだろう」
「くっ……」
タクトの眉が寄る。スガタの責めは容赦なくて、息が上がった。
「あ……っ!」
ガッと音がしたかと思うと次の瞬間に木刀は宙を舞って、やがてガランガランと大仰な音を立てて床に転がった。
「注意力が散漫だ、タクト」
鋭い視線が射抜いてくる。タクトはぐっとつまり、両手をあげてホールドアップ。スガタはこんな時、本当に容赦がない。
「剣術、誰に習った? まさか自己流ってわけでもないだろ」
少し休憩するか、とスガタは木刀を下ろし、肩の力を抜く。いつ見ても格好いいなあと、タクトは袴姿の彼を眺めて思う。
「僕は家族に。どこの流派とか、分かんないけどね……じいちゃんは、ものすごく強かったよ」
遠く離れた家族を脳裏に浮かべる。結局一度も勝てなかったなあと思い出して、ふふふと笑った。
「でも、強くならなきゃいけないもんな。敵だってこのままでいるはずがないんだ」
綺羅星のサイバディは、すべて破壊すると決めた。ワコのために、スガタのために、ひいては自分のために。
「ヤツらがなんのためにサイバディを動かしてるのか……僕には分からない。でもお金のためだとは、どうしても思えないんだよね」
スガタはどう?と見上げられて、スガタは少し困った顔をした。それが分かれば、やっかいなことになりかねないからだ。
「お前が知る必要はないよ。もしヤツらの理由に共感したら、お前はそのあとのことを考えているのか?」
「……考えて、ないけど」
「ほら。僕たちにとって奴らが敵なのと同時に、ヤツらには僕らが敵なんだ」
いっそ、すべてのスタードライバーが金や世界征服のために動いてくれていたらどんなに楽だろうか。スガタはそっと目を伏せる。
ひとり、スタードライバーを知っている。以前剣を合わせたことのある、シナダ・ベニオ。
先日タクトと戦ったページェントのドライバーは、彼女でしかあり得ない。あの太刀筋は彼女にしか繰り出せないだろう。
彼女が、金や世界征服……つまりは私利私欲のために動いているとは思えないのだ。いや、思いたくないのだ。
だからこそタクトには、彼女たちの動く理由を知ってほしくないと思う。
それは、スガタの勝手な思いだったとしても。
「タクト、休憩は終わりだ。構えろ」
「厳しいなあ」
「文句を言うなら、一度でも僕から一本取ってからにしてくれ」
ちぇ、とタクトは舌を打って、構える。
剣を持つ者の習性なのか、持って生まれたものなのか、構えた瞬間に空気が張りつめる。
タクトはスガタの視線を浴びながら、その視線を逃さないように捉えた。
―僕には、僕の理由がある……譲れないよ。
ひとりひとり、それぞれの理由がある。
演技でも偽りでもない、本当の願いだ。
タクトは、木刀を振りかぶった。
「最近、泊まっていかないんだなタクト」
「だって……届け、出してないし」
玄関先で、厭味でなく振ってきたスガタの言葉に、タクトは苦笑した。事前に届けを出せば外泊だって可能だ。
だけどタクトは、あえてそれを出していない。
「シナダ寮長に、何か言われた?」
「別に、そういうんじゃないって。……僕が泊まっていかないと、寂しい?」
家の中の灯りの逆光で、スガタの表情はよく見えない。イジワルするつもりで言ってみたけど、
「ここは、そうだなって返しておいたほうがいいのかな?」
逆に訊き返されて苦笑した。恋人なら、そう言ってしまった方がいいのだろう。
だけど自分たちは、本当の恋人同士ではない。
「じゃあ僕は、毎日最後に聞く声はきみのがいい、とでも言っておくよ。おやすみ、スガタ」
本心でそう思うのに、本心にしてはいけない。この気持ちは、心の奥底にしまっておかなければならないんだ。
だって本当は親友でしかないのだから。
「可愛いこと言うなタクトは。明日から、電話してあげるよ」
苦笑混じりに呟かれた言葉に驚いて、振り向く。
「……スガタは、きっと女の子とつきあってもうまくいくんだろうな」
男であるタクトでさえ、そんなことを言われたら嬉しいのだ。女の子だったらきっと、一瞬で昇天してしまう。
「どういう意味だ?」
「言葉の通り、そのまんま。僕なんかにさえそうやって言えるんだからさ、女の子の扱いは上手いだろ」
「僕には今そういうつもりはない。タクト、お前が誰かとつきあいたいのか?」
スガタの瞳が鋭くなる。負けてしまわないようにと、タクトも睨み返そうとしたが、結局できずに逸らした。
「なるほどね、そういうことか。タクトがどうして、僕に恋人役を頼んできたか分かったよ」
大仰なため息が聞こえる。気づかれたのかと思わずスガタを振り向いて、弁解しようとしたが。
「つきあいたい誰かとの予行演習ってとこか。それならそうと、言ってくれれば良かったのに。すまないが、僕はお前の思ってるほど女の子の扱いに慣れちゃいないよ」
「……スガタ!? ちが……っ違うよ! 僕はそういうつもりで頼んだんじゃ……!」
タクトは言葉を飲み込む。
じゃあどうしてと訊かれたときに、きっとなにも言えない。いっそこのまま誤解されていた方がいいのか。
「友人として……演技とはいえ恋人として接してきて、少しはお前を理解したつもりだったが、また分からなくなった」
「僕だって分からないよ! なんで恋人役なんか受けたのスガタ!」
「お前が言い出したんだろう!」
「ス、スガタ……っ」
怒鳴る声のあとに、スガタは顔ごと視線を逸らす。ざあっと血の気が引いていく音を聞いたような、気がした。
「違うんだ……ごめんこんなこと言いたかったわけじゃなくてっ……」
ぎゅっと制服のズボンを握る。泣いてしまいそうで、でも俯いてしまったらこの先ずっとスガタを見られなくなりそうで、必死で我慢した。
「スガタが……あんまり上手く切り替えしてくるから……怖くて寂しくなったんだ。ごめん……僕の知らないスガタがまだいるんだって思ったら……もっと早く」
逢いたかった、と言いたかった声は、喉の奥に吸い込まれていく。体に巻き付く温もりに、タクトは目を瞠った。
スガタの腕の温もりが、信じられなくて。
「え、あ、わっ…あ、あの、スガタ?」
抱きしめられていることを認識したタクトが、慌てて上げた声に、スガタの体がビクリと強張る。
そそくさと離れていったスガタの温もりを、タクトは少し残念に思った。
「お前は、少し自分の言動に気をつけるんだな」
そのまま何もなかったみたいに背中を向けてしまうスガタを、タクトは言葉だけで引き留める。
「ごめんまだ怒ってる?」
視線だけが、振り向いてくれる。それだけで、まだ嫌われてはいないと認識できた。
「怒ってない、呆れてるんだ。おやすみタクト」
スガタ、と呼び終わる前にもう、扉は閉まっていた。
怒っていないと彼は言ったけれど、どこまでが本当か分からない。あれも演技なのか、そうでないのか。
抱きしめてくれた温もりはまだ覚えていられるのに、心だけがとても遠い。
「スガタ……」
タクトは玄関の段を降り、いちばん下に座り込む。冷たくて硬い感触は、心臓を痛ませた。
「言わなきゃ良かった」
いっそ好きだと言ってしまえば良かった。
演じてなんて頼んだせいで、よけいにつらい。こんなスガタを知らないままだったら、片想いだけで満足していられたかもしれない。
欲求が頭をもたげる。
スガタに言ってしまいたい。スガタに好きになってもらいたい。本当の恋人同士になりたい。
できるわけない、と抱えた膝に顔を埋める。
スガタの傍にいる手段が、他になかったわけでもないだろう。どうしてよりによって、恋人役を演じてくれなんて言ってしまったんだろう。
どうして、スガタは受けてしまったんだろう。
「…八つ当たりだよ、これじゃ……」
タクトは携帯電話を取り出して、スガタのナンバーをダイヤルしようとして、やめた。
耳元で声なんて聞いてしまったらまた、抑えきれなくなる。
【さっきはごめん、おやすみ。】
たったそれだけ、メールで送信した。
「わっ」
すぐに着信音が響いて、危うく取り落とすところだった。
【分かってる、また明日な。】
それだけの、スガタからの初めてのメール。
―うわ……うわぁ……!
タクトの頬が真っ赤に染まる。目をぎゅっとつむって幸せを噛みしめ、軽い足取りで寮へと帰っていった。
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