カクテルキッス2ー愛のひとつも囁けないー

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誰かの話し声がする、とぼんやりする頭で考えた。体がずしりと重いせいか、その話し声が邪魔で仕方ない。もう少しゆっくり寝かせてほしいと。
「お前らしくない……」
「うるさいぞ」
「少し、痕が残るかも……これ、みんなになんて説明するの」
「舞台だし、そんなに目立たない。もし目立っても莇が何とかしてくれるだろうし、噓をつくのは得意だからな」
至はその声に聞き覚えがあるような気がして、そっと目蓋を持ち上げた。
薄ぼんやりとした視界に、千景と、密らしき男のシルエット。
「ミッション、失敗した……?」
「……メイがロストした。どこか他の組織からも、狙われてたみたいだな、あそこ」
「メイ……組んだことはなかったけど、……そう、残念だね」
「俺に対する罰則はランクダウンだけ。特に対処は必要ないだろう」
「うん……でも、気をつけて」
「分かってる」
「この包帯……燃やしておいていい? エイプリル」
「ああ、悪いな」
千景がシャツを着直して、ボタンを留めるのが見えた。それを認識して、至はハッと意識を覚醒させる。思わずガバリと体を起こすと、そこは見慣れた寮の自室だった。
「至、起きた」
二人分の視線がこちらへ向く。至はまず自身の状態を確認した。あの部屋で着たもののまま、ジャケットとネクタイはハンガーに掛けられている。
連れ帰られたのかと理解し、目の前の二人を睨みつけてみた。
あのカクテルを飲んだあとの記憶がない。気にくわないのは、千景が悪びれもせず、じっとまっすぐ見つめ返してくることだ。
「密、出てくれ」
「……分かった」
千景が密にそう頼んで、密は何も言わずに承諾して、汚れた包帯を持って部屋を出ていってしまう。
腹の中に、言い様のないどす黒い思いが渦巻いた。いくら密が自分たちのことを知っているとはいえ、今は彼を挟まないでほしかった。
「俺に、何したんですか」
「何って? 抱いたことか? それとも――」
「とぼけんのかよ! 薬なんか盛って、どうするつもりだったんだアンタは!」
怒りで思わず立ち上がるも、足下がふらつく。
何を飲まされたのか分からない。千景があのカクテルを作っているところを、ちゃんと見ていたにもかかわらず、彼が何か入れた形跡はなかったのに。いや、疑って見ていたわけではない。純粋に、見惚れていた。
彼が自分のために食事を、カクテルを作ってくれたのが本当に嬉しかったのに、こんな仕打ち。
「怒るなよ、ただ眠らせただけだ。ミッション失敗したせいで、どこで見られているか分からない。生きたお前と表から出るには危険だったし、裏の道はお前に知られるわけにはいかなかった」
「だったら俺に説明してくれてたら、目を閉じてるとか何か、できましたよ!」
「落ち着け茅ヶ崎、声がでかい」
ぐいと腕を引かれ、ハッとする。そういえばここは寮内だったと、息を吸い込んだ。
「無理を承知で言うぞ、茅ヶ崎。もうこれ以上俺を知ろうとするな。今度は本当に眠らせるだけじゃ済まないかもしれない」
捕まれた腕に、千景の指が食い込んでくる。その痛みより、ズキズキと痛む心臓の方が重症だった。
「関係、ない、ですよ……先輩が裏で何をしてようと、関係ないですよ、俺には! 俺はっ……」
今目の前にいるあなただけで充分だ。
そう言ってしまえたらいい。
それをぐっとこらえて飲み込んで、千景の腹に触れ爪を立てやった。
「つっ……」
「こんな怪我で俺を抱いておいて、ホントに勝手な男ですね。密には手当てさせるくせに、俺には傷口も見せないとか」
「茅ヶ崎」
お前が触れるようなものじゃない――そう言われた声が、まだ耳に残っている。
近づけたと思ったら線を引かれて、少しも距離は縮まっていない。
「ああ、そういえば俺は、先輩にとって都合のいいオンナでしたっけ。余計なことには首突っ込まずに、足開いてればいいんですか。そんなのがいいなら、勝手に他の誰か、聞き分けのいい男でも抱いてればい――」
「茅ヶ崎!」
両肩を押されて、ソファへ逆戻りさせられる。
「誰が……そんなことを言っている……ッ」
上から押さえつけるようなキスで唇が塞がれて、抗議という名の八つ当たりは、最後まで音にできなかった。
「んっ……う」
両肩を押さえつける千景の力強い腕から、熱が伝わってくる。この期に及んで、千景に触れたがる心がどうしようもない。
入り込んでくる舌先と一緒に、千景の唾液を移される。絡む舌は正直で、千景を引き込み、千景の中に入り込み、ちゅ、と吸い合う。簡単にベッドの中の熱を思い起こしそうで怖い。
卯木千景という男が、本当に恐ろしい。
見境なく、浅ましく求めさせるこの男が、恐ろしくて、恨めしくて、憎たらしくて、――愛しい。
「あっ……はぁ、んぅ」
ソファの背もたれに頭を預けて、千景の背中に腕を回そうとしたそのとき、
「至さァん、起きれたんす、か……」
ノックのあと、ゲーム仲間である摂津万里がドアを開けた。
二人はハッとして、バッと体を離した。だが、ドアとソファの位置を考えると、どう取り繕っても無駄なくらい、見られただろう。
至は口を押さえ、千景から顔を背ける。千景はほんの少し荒い息を吐き、指先で濡れた唇を拭った。
「……場所をわきまえろ、茅ヶ崎」
それだけ言って、ソファから離れていく。顔を背けたせいで、万里とすれ違い、部屋を出ていく千景を見送ることはなかった。
ドアが閉まる音は聞こえたけれど、頭を抱える。まさか万里に見られるなんて。
寮内だということを忘れていたわけではないけれど、サイアクだ、とソファの上で拳を握った。

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