カクテルキッス2ー愛のひとつも囁けないー

この記事は約6分で読めます。

ぎ、とベッドがきしむ。二人分の体重を受けて、スプリングが啼いた。
至の首筋を、千景の舌がなぞる。それとほぼ同じタイミングで、手のひらが胸を滑る。
「あ……っ」
至はのけぞって声を上げ、熱い吐息で空気を揺らした。ゆっくりと肌を降りていく千景の唇に、ぞくぞくとじれったい快感に包まれる。
今まで何度か体を重ねてきたのに、こんなにゆったりとした愛撫を受けたのは初めてかもしれない。
長かったキスのあと、ベッドへと誘ったのは至の方。少しの沈黙と、千景の迷いは伝わってきたけれど、そのあと肩を抱かれてここに連れてこられた。
千景も、ここで睡眠を取ったりするのだろうかと思ったら、それだけで心臓が跳ねたのは、数分前だ。
いつものホテルでは感じられない、千景の存在。生活感のないこの家の中でも、千景の触れている物がいくつもある。
そこで抱かれるというのは、とても嬉しくて、切ない。
「せん、ぱいっ……」
千景の舌が、べろりと至の乳首を舐め、包み込むように吸い上げる。ずくりと腰が疼いて、足がゆらりと躍った。
優しい舌先と、反対に力強い指先に翻弄される。
千景は、いつになく長い時間をかけて、至を高めてくれる。
じれったさと、幸福さがない交ぜになって、じんわりと涙が浮かんできた。
胸に、腕に、腹に、千景の唇の痕が降る。
肌のすぐ傍で千景の吐息を感じるたびに、欲のレベルがひとつずつ上がっていくような気がした。
「茅ヶ崎……」
欲情にまみれた吐息と一緒に呼ばれた瞬間には、それだけで達せてしまいそうな錯覚に陥る。
至はそっと目蓋を持ち上げ、潤む瞳で千景を見つめた。レンズがなくて千景の顔はよく見えるはずなのに、瞳の水分が視界をにじませて、邪魔をしてくれる。
「先輩……ここ」
その分千景を欲して、至は自ら足を広げ、左手で太腿を押さえる。千景の左手と自分の右手を搦めて誘導した。
意図を察したのか、口角を上げた唇が、目尻にキスを落としてくれた。
「んッ……」
千景の指先が、至に入り込む。それに倣って、追いかけるように至も自身の指を滑り込ませた。
どれだけかは慣れたと思ったが、異物感も、違和感も拭えない。死ぬほどの痛みではないけれど、千景を受け入れられるほどにほぐれるのは、いったいいつになるのか。
「茅ヶ崎、そのまま……」
「え……?」
千景が体をずらしてしまって、重みが感じられなくなった。寂しい、なんて思う可愛らしい気持ちは、次の瞬間驚愕に吹き飛んでいった。
「なっ、あ、あ、噓っ……や、先輩!」
立ち上がった性器には、軽いキスとペロリと舐めるだけの挨拶で済ませ、千景はさらにその下へ唇を移す。指を押し込んだその周りにある感触が、千景の舌だなんて思いたくなかった。
「いやっ、待って、そんなの……駄目、先輩」
今までそんな慣らし方をされたことがなくて、至は目を白黒させて抗う。
だけどそれは気持ちの上だけで、体はしっかりと反応していた。
「あっ、あう、……あ、あぁ」
ちゅっ、ぴちゅ、と音を立てて、千景の舌から唾液という名の潤いが注ぎ込まれる。互いの指の隙間でこすれ合って、さらに淫猥な感触で至を苛んだ。
千景の指と、舌と、至の指。それらでゆっくりとほぐされて、至は浅い息を繰り返す。
「大丈夫か?」
その反応を見て、千景はゆっくりと舌を抜いていく。だが互いの指は至の中でまだ絡み合い、深く、浅く、至をほぐすためにうごめいていた。
「信じ、らんな、い、こんな、馬鹿なんですかっ?」
「仕方ないだろう……ここにはそういうの置いてないんだから」
ため息交じりに呟く千景。至はぱちぱちと目を瞬いた。
「俺に抱かれるつもりなら、準備してきてもいいくらいだけど?」
「……知りませんよ、馬鹿」
千景は、ここで誰かを抱くのは初めてなのだろう。もともと、一夜限りの浅い付き合いばかりだったのだろうし、それは理解できる。
そんな城で、今、千景に組み敷かれている。
自惚れてもいいだろうか。少しくらい、千景の中で意味のある存在になれていると。
至は自身の中で千景と指を絡めて、舌を出してキスを誘い、吐息で欲を煽る。
「……せんぱい」
小さくそう囁けば、ゆっくりと二人分の指が引き抜かれた。
千景の熱が入り込んでくる。ゆっくりと、ゆっくりと。至の反応を確かめるように、毒をこすりつけるように、千景は奥へ奥へと進んできた。
「あ、……はあっ……」
スロウな分、千景の質量を感じやすくなる。熱を、粘膜の重なり合いを、近くなってくる吐息を、至は全身で感じた。奥まで届いた千景が、ゆらりゆらりと腰を動かして、至を翻弄する。
「茅ヶ崎」
耳元で囁かれる名前にぞわぞわと背筋を震わせ、きゅっと目をつむる。気持ちよくてどうしようもない。
「あ、あっ……あ、ぅ」
ふるふると小さく首を横に振れば、わざと引き抜いて突き戻してくる千景のいたずらに、のけぞって耐えた。ぐんと伸び上がって、千景はキスをくれる。そんなものでごまかされるものかと思うのに、絡む舌先にすべてを持っていかれる。
「んっ、んぅ……ん、ふ」
結局は惚れた方の負けだと、諦めて千景の背中に腕を回しかけて、気づく。
指先に、乱れた包帯。
ハッとして腕を下ろし、そっと、触れてみる。胸から腹にかけて巻かれた包帯の下は、まだ傷が塞がっていないのだろう。
「先輩、怪我……」
「何でもないと言っただろう」
「あの、あとで、巻き直しますから……」
「いい。――お前が触れるようなものじゃない」
至は目を瞠った。
こんなことをしているから、触れさせてくれると自惚れていた。
少しだけ近くなったかと思ったけれど、全然だ。
ドクドクと心臓が鳴る。
繫がっていてさえ、千景が遠い。
やっぱり叶わない恋というのはしんどいなと、自嘲気味に嗤った。
「……どうした」
それに気がついたのか、千景が低く呟く。なだめるようにも、責めるようにも聞こえるそれに、ふっと目蓋を持ち上げた。
「何でもないですよ、先輩」
そうして、千景の体を包む包帯にあえて触れ、爪を立てる。わずかに顰められた眉を認めて、ゆっくりと息を吐いた。
「いいから、早くイかせてください。何も考えたくない」
何も考えずに、ただ千景に抱かれていたい。
叶わない恋からも、すべてをもらえない毒からも、千景を包む闇からも、目を背けて熱だけ感じていたい。
こんなずるくて浅ましい自分を、千景が抱きしめてくれるはずがない。そんなことは分かっているから、何も考えられなくなるくらい、抱いてほしい。
「そう言われると、楽にイかせたくなくなるんだけど」
「先輩わりと性格悪いですよね」
「知らなかったの?」
「知ってました」
ふっと笑い合う。そうしても瞳は全然笑っていなくて、お互いがごまかすようにキスをした。
ぎ、とベッドが啼いてきしむ。静かな吐息が、だんだんと荒々しくなっていき、うめくような音さえ混じる。汗が落ち、交わって、シーツに染み込んでいった。
腰が合わさったと思えば抱き起こされて、繫がりがもっと深くなる。突き上げられる衝撃に高い声を上げれば、噛み付くようなキスで塞がれた。
体内に欲を吐き出され、体が震える。歓喜と快楽が混ざり、千景を締めつけた。再びベッドへと倒れ込んで、至は千景をまたぎ腰を振り続ける。
乱れる髪が汗で湿り、額に、頬に張り付く。ふる、と首を振れば、それさえが刺激へと繫がった。
腰を摑んで引き下ろされ、背が弓なりにしなる。えぐられる場所が変わって、ビクビクと体がわなないた。予定外の快感に、呼吸がついていかない。
苦しい。
そう思ったのは、呼吸がうまくいかないだけではなかっただろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました