- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
少年の秘密
練習台じゃなくて。
「それで、どうして僕なんだ?」
不機嫌そうなスガタの声が、タクトの耳に入ってくる。不機嫌には、不機嫌で返してやった。
「だって、女の子を練習台にするわけにはいかないっしょ~?」
スガタにしてみれば、そんなにケンカ腰に返されるいわれはない。
タクトにしてみれば、そんなに怒られる理由が分からない。
視線を逸らしたら負けだ。瞬き一つでさえ、命取りになるような気がした。
「だからって僕を練習台にするお前の無神経さが信じられん」
「キスシーンがあるって知っても平然としてるスガタの方こそ、無神経だよ」
短い、沈黙が流れる。
そうして二人ともが困ったような顔をした。
つい先ほど知らされた、劇団夜間飛行の演目、「神話前夜」には、タクトとミズノのキスシーンが盛り込まれているらしい。
いくら演技とはいえ、年頃の男女がそんな!と慌てたのはタクトとワコ。わーいタクトくんとちゅーだああと喜んだのはミズノ。興味津々で目を輝かせたのはジャガーとタイガー。
スガタは、口唇を引き結んだまま、じっとその光景を眺めていた。
「僕の気持ち、知ってるはずだよね、スガタ」
「僕の気持ちも、先日伝えたはずだけど?」
お互いの気持ちは知っているはず。
好きだと言ったら驚くほどの速さで同じ言葉が返ってきて、逆にどうしていいか分からずに、今日に至る。
恋人同士になりましょうと言えばいいのか、手をつないでしまってもいいのか、口づけを交わしてもいいのか。
「だいたいタクトは、キスなんか慣れてるだろう」
「なんで!?」
「僕が何も知らないと思っているのか? 何が青春の1ページだ」
ぐっと詰まる。スガタに気持ちを告げる前、何度か女の子と口唇を触れ合わせてきた。
自分の意思だったかというとそうでもないが、キスには、変わりがない。そのうえ、演技でキスなんて。
「そ、それは……謝るけど、だって」
「お前は隙がありすぎるんだよ。女の子に甘いだけなのか、ちょっと剣の腕が立つからって、いい気になっているのか」
一歩、スガタが足を踏み出す。距離が近づいて、呼吸さえ聞こえてきそうだった。
「……自分より強いって言ったのはお前だろ、お師匠サマ」
一歩、タクトが足を踏み出す。間隔が狭くなって、唾を飲む音さえ聞こえてきそうだった。
「お前は確かに強いさ。だけどツメが甘い……!」
「つ……っ」
伸びた手が、タクトの手首をひねり上げる。しかめた顔のほんの数センチ先で、スガタの髪が揺れていた。
「ここで僕が本気になったら、お前は抵抗できるのか?」
王の瞳に見下ろされて、タクトは目を瞠る。
そして、笑った。
「抵抗なんて、できるわけないじゃん。する意味がないんだから」
いっそ楽しみにも思えて仕方がない。そう続けたら、スガタが呆れたように笑ってくれた。
掴んだ手首をそっと放し、ゆっくりと指を絡め合う。
「練習って言ったことは、謝れ」
「うん、ごめん。僕はスガタとキスをしたい」
「最初から、そう言えばいいんだ」
「スガタこそ、妬いてんならそう言ってよ」
悪態をついて、逸る心臓をごまかして、初めて恋する人と口唇を触れ合わせる。
すぐに離れてしまったことをお互いに不満がって、笑って、長い、キスをした。
#STARDRIVER-輝きのタクト- #スタドラ #シンドウ・スガタ #ツナシ・タクト #スガタク
瞳を閉じて
君はいつも目を閉じない。
それを知っている俺も、目を閉じない。
口唇が触れる寸前も、
口唇か触れてからも、
舌先が絡んでも、
背中に腕を回しても。
目を閉じるなんてそんな危険なこと、お互いにできないんだよね。
そうだろうシズちゃん、分かってるさ。
俺も君も、ただ単に持て余した暇と性欲を処理しているに過ぎないんだからね。
愛しているとか好きだとか、そんなこと考える暇があったら手を動かすさ。
目を閉じたらその瞬間に昇天したって文句は言えない。
俺達はずっとそういう関係だった。
首を絞められても、ナイフを突き付けても、蹴り上げても、拳が飛んできても、それが普通だって思っている。
だから。
だからやめてくれないかなシズちゃん。
今さらそんな顔をしないでよね。
初めて恋を知ったガキみたいにさ、キスごときに躊躇ったりさないでくれる?
俺の手の平にあるナイフの切っ先は、どこに向ければいいのかな。
君のせいなんだから、当然答えてくれるんだろうね。
「なあ臨也……なんて顔してんだよ…」
俺じゃない、俺じゃないよシズちゃん。変な顔してんのは君の方だ。
俺はほら、今にも君を刺し貫こうとしているだろう? 勘違いしないでほしいなあ、いくら肌を合わせたからって、心まで君にあげるわけないじゃない。
「調子が狂う。てめぇその顔やめろ」
こっちの台詞だよ。俺を抱きしめたままの君に、俺の表情なんて見れるわけないのに!
あんな鏡に映った俺が真実なわけないじゃないか、だいたい鏡なんてものは、ねえシズちゃん腕緩めてよ苦しい苦しい死んでしまいそうだお願いだからねえねえねえねえ!
どうして、
どうして今さら、目を閉じてキスなんかしてくるのさ。
シズちゃんなんか、大っ嫌いだ。
愛しい人間の中で、ただ君だけを愛せないんだよ知っているくせに!
どうして今さら、そんな優しいキスなんか。
「大っ嫌い……」
思わず目を、閉じてしまった。
きっと君も閉じているんだろう。だけどお互いが閉じていれば、それを知る術はない。
泣いていようと笑っていようと、関係がなくなる。
ねえそうだろう。
たとえ俺が君を愛していたとしても。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #シズイザ #イベント無配
特別(嫌い)
化け物みたいな拳だった。
臨也の頬を、一筋の汗が流れていく。すぐ横では、ぱらぱらと砕けたコンクリートが重力に従って落ちていった。
「シズちゃん、腕上げたね」
ふつうだったら拳の方がイカレてしまうだろう。こんなにヘコんでいてもそれは間違いなくコンクリートなのだから、骨が砕けていてもおかしくない。
いや、実際にイカレているかもしれないのだが、目の前の男――平和島静雄は、そんなことは気にもとめていない様子で強く強くにらみつけてくる。
心臓の弱い者だったら、その視線だけでも射殺せてしまいそうな瞳だった。
「いつもよりスピードが上がってるけど、何かあったのかい?」
折原臨也は、そんな視線を真正面から受けながら口の端を上げる。虚勢ではなく、純粋に楽しかったからだ。
静雄の敵意は、ひどく分かりやすい。そんな状況を作り出したのは間違いなく自分自身で、予想していた現象と言える。
予想外だったのは、敵意が増していること、そしてスピードが上がっていること。
対応できないほどではない。かすった拳が頬を切ったけれど、死ぬような大けがではない。もっとも、この拳が当たっていたら確実にあの世行き、運が良くても病院の世話になってしまうだろう。
それは学生時代いやというほど学習したし、拳を食らうほどの動態視力でもない。
「手前の胸に聞いてみろや」
「俺の? シズちゃんに殴られるようなことはしてないつもりだけどなあ。まだあのとき君をハメたこと怒ってんのかい?」
女々しいな、と息を吐くと同時に、ポケットに忍ばせていた愛用のナイフを振り上げる。静雄はその軌道をよける為についていたコンクリートの壁から手を離す。
切っ先には触れていなかったと思うのに、袖口が少し、切れていた。相変わらず、確実に急所になるところをねらってきやがるなと、静雄は舌を打つ。
「俺だって君のことは嫌いだけどね、そうそう君の暴力になんてつきあっていられないんだよ」
ピュフ、と刃が風を切る音がする。路地裏での喧嘩など、通行人は見て見ぬ振りをするだろう。下手に警察に通報して、自分が目を付けられたらどうしようという防衛本能が、そうさせるのだ。
「池袋には来んなつってんだろうが臨也ぁ!」
ただそれだけが腹立たしいのだと、静雄は足を振り上げた。至ってふつうの若者であるのに、繰り出される足も拳も、破壊神のようだ。
かわされたと見るやいなや、そこから回し蹴りにシフトするあたりは、やはり喧嘩慣れしているのだろう。
「ひどいな、俺にだって友人はいるんだから、彼らの顔を見に来るくらいさせてくれたっていいだろう」
「ハ、友人じゃなくて駒だろうが手前にの場合はよぉ!!」
「そうとも言う」
蹴りを避けたそこへ、見計らったかのように静雄の拳が飛んでくる。避けきれずに、臨也の身体が飛んだ。
「ガッ……は」
少し当たっただけでこの衝撃なんて、やっぱり本気でやり合ったら死んでしまうなと、臨也はどこか他人事のように思った。
起きあがろうとした身体を、静雄に止められる。破壊の限りを尽くす左足が、臨也の胸を地面に押しつけた。体重を乗せられた臨也は、身動きが取れなくなってしまった。
どうにか背中にある足を切りつけようにも、ナイフは先ほどの衝撃で手から離れてしまっている。
「俺は手前が嫌いだ」
グ、と足に力が込められる。冷ややかな静雄の声は、どうしてか耳に心地よかった。
「知ってるよ。俺も嫌いだからね、シズちゃんのこと」
臨也は咳き込みながらも口の端を上げる。
ミシ…と聞こえる音は、きっともうすぐ骨がイカレてしまう音なんだろう。
「だったら! 俺の相手だけしてりゃいいだろうがよ! 他のヤツ動かして巻き込んでんじゃねえよ!!」
こめかみに浮かぶ血管が見える。いつのことを言っているんだろうなと、臨也は心中で考える。何せ、心当たりが多すぎて逆に見当もつかないのだ。
「心外だな、俺がまるで悪人みたいじゃないか」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ臨也ァ! 手前はな、俺だけハメてりゃいいんだよ!」
少し、思案する。
他のヤツらを巻き込むなと言っていた。それは即ち、彼の周りの者をということだろうか。彼の友人を? 会社を?
暴れ者のわりに情が深いんだからと、眉を寄せる。
「卑猥だなあシズちゃん。男ハメる趣味はないんだけど」
「……き……っしょく悪いこと言うな!!」
臨也の言葉の意味を理解して、静雄は臨也の背中から足をどけ、そのまま蹴り上げた。呻きながらも、臨也は静雄の足の重圧から逃れたことに少しだけ安堵する。
「臨也、二度と俺の前にツラぁ見せんな」
静雄はそれだけ言って踵を返してしまう。臨也は壁を頼りに立ち上がりそれを見送った。
平和島静雄は、暴れ者のわりに周りの人間を大切にする。いや、暴れ者だからこそ、そんな自分の傍にいてくれる人間を大切にするのか。
新羅しかり、セルティしかり、上司しかり。
思えばここまで敵意を向けられるのは、折原臨也ただひとりだろう。
臨也にとって平和島静雄が特別(嫌い)な人物であると同時に、静雄に取っては折原臨也が特別な人間なのだろう、か。
「…………気持ち悪い」
臨也は目を細め、今日のところは何もせずに帰ろうと、痛む身体をおして足を踏み出した。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #シズイザ
DOA:2-デッド オア アライブ-
平和島静雄の好き嫌いは、激しい。そして、実に分かりやすい。
ムカつくものと、そうでないもの。
普段はなんてことのない、テレクラやアダルトサイトの未納金取り立て屋として働いている、どこにでもいそうな男だ。
名前の通りに、平和に静かに暮らしたいという願いだって持っている。
が、ひとたびキレ出すと、見境なく暴れ出すのが玉に瑕だ。その暴れ方が人のそれではないということは、池袋ではかなり有名な話しとなっている。
実際の静雄の暴れっぷりを知らない者に話すと、たいていは笑われる。そんな人間がいるものかと。
むしろ正しい反応だった。
どこの世界に、自販機やバイクを投げる者がいるだろうか。まさに、人間ではない、のだ。
ムカつく者の一部として、喧嘩を売ってくる者がいる。それも、うだうだネチネチとすくい上げるように挑発してくるヤツは大嫌いだ。もっとストレートに喧嘩を売ってきてくれれば、好感も持てるだろうに。
ブッ飛ばすことに、なんら変わりはないのだが。
だがそれでも、殺したいと思って暴れるわけではない。感情のセーブが利かなくなって気がついたときには暴れ出してしまっているのだ。
中でも酷いのは、折原臨也と対峙した時。
現在は新宿を拠点にしているようだが、そんなことはどうでもいい。自分の目の前に現れさえしなければいいのだ。
以前この男にハメられたということもあるだろうが、この感情はもっと前からだった。
腹の底から、この男が大嫌い、という。
明確な理由を挙げよと言われたらそれは、この男が折原臨也だからだと言うしかないほど、理屈抜きでこの男が大嫌いだった。
顔を見るだけで、声を聞くだけで、いや、時には名前を聞くだけでさえ腹の底からフツフツと怒りがこみ上げてくる。ムカつくという次元を超えてしまっているような気さえした。
全身が、この男を嫌悪しているのが分かるのだ。
繰り出す足も拳も、すべてその男を潰すために生まれてくる。さらにムカつくことに、長年の経験からか、臨也はのらりくらりと攻撃をかわす。最近ではもう、高校時代のように派手な殴り合いにはならなかった。
死んでしまえばいい。
静雄は、臨也の見下したような笑みを思い出して舌を打つ。
この男に「シズちゃん」と呼ばれるのが嫌いだった。虫酸が走るというのはこういう状態を言うのだろうか。
だけど、その男をこの手で殺そうとは思っていない。
ただ目の前から消えてくれればいいだけだ。
なぜなら平和島静雄は日々を平和に静かに過ごしたいのだから。
「……ノミ蟲が」
本当に本当にこの男が大嫌いなのに、本当の自分を受け止め切れるのもこの男だけだなんて!
自分の意思でなく破壊的な衝動を、この男はものともしない。いや、むしろモノとしてしかみていないのか。だからこそこちらも、全力でぶつかることができるのだ。
なのに。
「おい、起きてんだろ」
どうして、目の前に倒れ込んでいるんだろう。
臨也の身体をつま先で蹴ってみるけど、うめき声すら上げない。折原臨也が自分との乱闘ごときで死ぬはずがないと、自信を持って言える。そんなヤワな男と、今までを過ごしてきたわけじゃないんだ。
「おい、臨也」
呼んでも、返事もしない。
たばこの灰が、地面に落ちる。
静雄は腰を折って腕を伸ばし、臨也の胸ぐらを引き上げる。カクンと後ろに倒れる頭がうっとうしくて、引き上げたそのまま、ビルの壁に押さえつけることで支えた。
目を細めて、頭のてっぺんからつま先までを眺めてみる。自分がつけてやった傷ばかりが浮き出て見えて、少し口の端を上げた。
きっとこの男を傷つけられるのは、本当の意味では自分しかいないのだろう。
「臨也、さっさと目ぇ開けな」
低く、囁いてやる。
男はにいっと口の端を上げて、目蓋を持ち上げた。
「起こしてくれなくても良かったのに」
折原臨也は、静雄と同じように目を細めて、笑う。
「あのまま死んでたら、シズちゃんは殺人犯てことになるのかなあ? まあそれはそれでいいけど、俺が死んだ後に捕まるのやめてよね」
無茶なことを言うな、と舌を打つ。こんな男のために殺人を犯してやる義理などないし、それこそ弟や周りに迷惑がかかる。
自分がどれだけ暴れても死にはしないこの男を、のがすわけにはいかないけれど。
「で、なんのマネだ臨也」
「別に深い意味はないよ。この間さ、考えたんだ。別にシズちゃんを殺したいとは思わないんだけどね、君が見る最後の光景は、俺であればいいって。ねえ屈辱的じゃないかい?」
想像もしたくない、と静雄は壁に拳をたたきつける。
「だから、逆はどうかなって思ったんだよね」
想像ができなかったから、試してみようと思って、と臨也は続ける。
臨也が見る最後の光景に、静雄しかいいなかったら。
「で、どうだ感想は」
「想像以上に最悪だったよ」
臨也は肩を竦め呆れてみせる。やっぱり死ぬときは他の方方にしなければ。臨也はそう言って頷き、だけど本当の意味で自分を殺してしまえるのは、平和島静雄だけだろうなとも呟く。
「不毛だよね、俺たち」
「分かってる」
「お互いが大嫌いなのに、本気でやり合えるのもお互いしかいないなんてさ」
「それ以上言うな」
「愛し合えたら幸せだったかもね」
「今すぐ死ね」
パキュ、とコンクリートが変な音を立てる。これ以上は静雄の怒りが再燃するかな、と臨也は胸元を締め上げる静雄の手を振り払い、逃れて笑った。
「じゃあねシズちゃん、しばらく来ないでいてあげるから、せいぜい平和な日々とやらを満喫しなよ」
「臨也、おいてめえっ!」
獲物を逃してなるものかと、静雄は振り向くが、ひらりとビル壁を飛んでいく男にあと少し、届かなかった。
「次に逢った時には俺の前でイッてよね」
そんな言葉を残し、新宿の悪魔は視界から消えていく。静雄は消えたその位置を眺めながら舌を打って、そしてにぃっと笑った。
「そんなに最悪なら、俺の前でイかせてやっか」
最期に見るのが自分でありますように。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #静臨
DOA-デッド オア アライブ-
折原臨也は人間だ。いたって普通の、ただの人間である。首を愛するわけでも、首なし女を愛するわけでも、手から刀がでてくるわけでも、取り分けて怪力というわけでもない、ただの人間である。
折原臨也は、だからこそ人間を愛するのだろうか。
人間といっても特定の誰かではない。赤子から老人まで、顔見知りから名も知らぬ者まで、すべての人間を……人類を愛していた。
いや、ただひとりの例外を除いて、すべて、だ。
ただ一人の例外、平和島静雄は。池袋で有名な怪物のひとり。普段は物静かで、トレードマークのバーテン服さえ着なければ、どこにでもいそうな若者である。
平和島静雄と折原臨也は、自他とも認める犬猿の仲だ。
だが臨也は、静雄を殺したいほど憎んでいるわけではなかった。
ただ、死んでくれたらいいなあと思っているだけで。
それでも、自分の手を汚そうとは思っていなかった。
そもそもあの怪物のような男がどうしたら死ぬのかはいまだに分かっていないし、あの男も案外にデッドラインというものを分かっているらしく、無意識にだろうか自分が死ぬような物事には突っ込んでこない。
いや……普通の人間であれば確実に命を落としているだろうトラブルには見舞われているのだから、デッドライン云々ではなく、やはりあの男が化け物なのだ。
何度か、遠回りに静雄が命を落とすように駒を動かしてはみたが、やっぱり死んではくれなかった。
そのたびに臨也はため息をつき、そして口の端を上げる。
また楽しみが増えた。
どうやってあの男が追い詰められていく様を作り上げようか。池袋というチェス盤の上で、何をどう動かせば、あの男は死んでくれるだろうか。
自分の手を汚すことは考えていない。
獲物――ナイフは持っているけれど、それであの男の首をかき切ったところで……いや、それはさすがに死ぬだろうか。
だが、平和島静雄の温かな血が自分にかかるということを想像すると、それは御免被りたい。血を見るのは嫌いではないが、それが平和島静雄のモノともなれば話しは別だ。
反吐が出る。
だから早く誰かがあの男を殺してくれたらいいと心から思う。そうすれば臨也は、晴れてすべての人類を愛していると大声で叫ぶことだってできるのだ。
「シズちゃんはねえ……本当に邪魔なんだよねえ…」
臨也は空想にふけっていた意識をこちらに戻し、目蓋を持ち上げる。
皮のリクライニングチェアにゆったりともたれ、腹の上で組んでいた手を外して、ポケットに入れていたナイフを取り出す。
これで何度か対峙したこともあったかなあと思い出し、目を細める。
静雄を殺すのに、自分の手を汚したくはない。それは本当に心から思うことだ。
「ああ……でも」
くく、と喉を鳴らす。
「シズちゃんが最期に見るのは、俺のこの笑顔ってのもまた、面白そうだなあ…」
どんな顔をしてくれるのだろう?と想像しようとして、何も浮かんでこないことに気づく。果たしてそれは存在しない未来だからなのか、静雄の行動だけは読めない臨也の不覚なのか、それとももっと別の理由なのか。
「今度逢ったら、訊いてみよう」
臨也は腹筋を使い身体を起こし、コートを羽織る。そうして愛する人間たちを観察するために、街へと繰り出していった。
折原臨也は平和島静雄が大嫌いだ。
だけど殺したいほど憎んでいるわけではない。
そう、ただ、死んでくれたらいいなあと――思うだけで。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #静臨
LOVE
終わったあと、ミハエルの胸の上で過ごす時間が、とても好きだった。
ミハエルの手のひらが、髪を優しく撫でてくれる。指に長い髪が絡むのが好きらしく、ときおり絡ませて遊んでいるのも、ずっと前から知っていた。
「今日は……本当に疲れた」
アルトはミハエルの胸の上でそう呟く。それを聞いて、ミハエルは笑うのだ。疲れていてもすることはするんだなと。
「俺もまあ、疲れたね。まさか依頼人があの人だとは思わなかったし」
「あの人、絶対わざとだ、分かっててS.M.Sに頼んだんだ」
アルトはふてくされてう~と唸る。
今日は表向きの仕事をさせられた。ここに就職している以上ノーとは言えないし、表の運送業自体はさほどキツイ仕事でもない。むしろ命の危険性がないだけ、楽な仕事とも言えるのだ。
が、今日はそうでもなかった。
アルトの……早乙女有人の兄弟子である早乙女矢三郎が、荷物の運搬を依頼してきたのだ。客である以上断るわけにもいかないし、そんな権限はアルトにはなくて、ミハエルやルカと勤務に就かざるを得なかった。
しかしアルトは、家を飛び出してからこっち、やはり家の者には逢いたくなかったし、S.M.Sでの仕事のことも当然話してなどいない。
知られたらきっと連れ戻される。だから知られてはいけないんだ、とミハエルやルカに協力してもらってまで、バレないよう別人を演じていたというのに!
「俺は結局、兄さんには敵わないんだよなあ」
「まぁまぁ、そう落ち込むなよ。あの人のほうがアルトよりも長く生きてんだし、アルトが航宙科来てからもずと芸に携わってきてたんだし、キャリアの差はどうしようもないって」
なだめるように、ミハエルはアルトの髪をゆっくりと撫でる。日々の訓練がものを言うのは、歌舞伎でもパイロットでも変わらないんだろ、と続けると、アルトはさらに落ち込んでしまった。
「どこにいても、上がいるんだもんなあ。向こうじゃ兄さんや親父がいるし、ここじゃ……お前がいる」
いちばんにはなれない、と顔を上げて、責めるようにミハエルをにらみつける。八つ当たりだなと分かってはいるものの、アルトは視線を弱めようとはしなかった。
「いちばんだろ」
「え?」
ミハエルはその謂れのない責めを気にする風でもなく、笑顔を崩さずに言葉を操る。
「俺の中で、アルトはいつだっていちばんだよ」
恥ずかしげもなく言ってのける男に、アルトの頬が真っ赤に染まる。ぷいとそっぽを向いても、その仕種をミハエルに笑われて、どうしていても恥ずかしくなってしまう。
「お前はっ、どうしてそういう恥ずかしいことばっか言えるんだっ」
「てっ」
これまた八つ当たりに、ミハエルの額を弾いてみせる。深刻な痛みはないけれど、ミハエルは痛いなーもーと、ポーズで額をさすってみせた。
「姫が落ち込んでるみたいだから元気づけようと思ったのにさー」
「べっ、別に落ち込んでない! 姫って言うな!」
「あーはいはいそうだね、今日の舞台はオトコノコだったもんな」
思い出したくないことを話題にされて、アルトはぐっとつまる。別人を、早乙女アルトとは分からないような人格を演じていたのに、矢三郎にはすべてバレていて、結局努力だけが空回った。
「俺は嬉しかったけどなあ」
「何が嬉しいんだ、他人事だと思って!」
「だって、言ったじゃないか。俺はお前のファンなんだぜ。早乙女一座の二大俳優の競演が見られたんだからな」
しかもタダで、とミハエルはさも重要そうに人差し指を立てる。アルトは呆れ果てて、抗議する気も起きなかった。
「あー……明日起きてあの人がいたらどうしよう」
それに、ミハエルを責めてもここの仕事を知られてしまった事実は変わらない。
「俺が守ってあげようか? お姫様」
連れ戻されるのが心の底から嫌らしいアルトに笑って、提案をしてやる。アルトが、突っぱねやすい言葉で。
「……結構だ。俺は姫じゃねえ」
「守られるのが嫌なら、自分の意思で動くんだな。助けてやることはできるからさ」
ミハエルだって、守られているだけのお姫様を好きになったわけではない。アルトは少しだけためらって、そしてうんと頷いた。
「言いくるめられるビジョンが見えるけどな。お前は基本的に流されやすいし。そこにつけ込んだ俺も俺だけど」
「い、言っておくがお前とのことは別に流されたわけじゃないからな!」
ため息とともに牽制してやったら、勢いよくアルトが顔を上げて、自分の意思を主張してくる。ミハエルは目を丸くして、そしてぱちぱちと瞬いた。
「…………そうなの?」
「そうなの! あ……何言わせてんだお前!」
自分で言ったくせに恥ずかしかったのか、アルトは真っ赤になってミハエルを責める。
「アルトが、俺のこと大好きってのはよぉーく分かった」
「バッ、バカお前、俺は別に」
「言ってよアルト。今日はお前に協力してやったんだからさあ。な、大好きって」
最初からバレていたのと、バレないように協力してやったのは別だ、とミハエルは嬉しそうに口の端を上げて笑う。
そういえばずいぶんフォローしてもらったのに、その後のショックのほうが大きくて、礼なんて言ってやってない。
だからといって、大好き、なんて。
アルトは視線を泳がせて、目を閉じて、でも勇気が出なくて、うーと唸る。
「なーアルトー」
甘えた声が聞こえてくる。この男だって、アルトの気持ちはちゃんと分かっているはずだ。素っ裸でベッドの上で戯れられるほどには、ミハエル・ブランという男を大切に想っていることくらい。
「えーと、あの、その」
「うん、なに?」
「俺、お前とこうして過ごしてんのとか、いいなって思うし、たとえ兄さんが俺を連れ戻しに来たって、きっぱり拒否してお前と一緒にいたいって思うし」
視線をわざと外して、アルトは早口でまくし立てる。ミハエルはそれを、一言一句聞き漏らすまいと耳に意識を集中させた。
「お前が俺のこと、その、好きって言ってくれるのは嬉しいし、だから、その、分かれよ、馬鹿ッ」
最後はとうとう逆ギレを起こして、肝心の言葉を言えていない。残念だけどまあいっかあとミハエルは笑い、ありがとうなとアルトの髪を撫でる。
途端になんだかさびしい気持ちになって、やっぱり言ってあげればよかったと、アルトは俯く。
俯いた先にはミハエルの胸があって、そのすぐ下には心臓があるのだとアルトは目を瞬いた。
「……アルト? なに書いてんの?」
「んー、読めるか?」
「もうちょっとゆっくり」
指先で、胸になにか文字を書いているらしいと感じたミハエルは顔を上げるが、見るなと額を押し戻される。
胸を滑るアルトの指先はくすぐったかったけれど、ミハエルは必死にその動きを追った。
「……Michael? 俺?」
伝わったことに、アルトは嬉しそうに笑って頷く。次、と呟いて、またミハエルの胸へと指を乗せた。違う文章かと思い、ミハエルは再びその文字を必死で解読する。
「えーと? I……? L、…O、V?」
それからE。そのあとにY。それからO、U。アルトの指がそこで止まる。これで終わりなのかとミハエルは文字をもう一度頭の中に並べて、そして目を瞠る。
アイラブユー。
ラブ、すなわち愛。
「読めたか? って、うわっ」
首をかしげるアルトを思わず抱き寄せて、ぎゅうと強く腕を巻きつける。
あなたを愛しています。
ミハエルは、アルトが書いてくれた文字をそのまま耳元で囁いて。嬉しいと続ける。
「ありがとうアルト、本当に嬉しい」
「そ、そうか?」
抱きしめられたまま、アルトも嬉しそうにへへへと笑う。もう流されることのない意思は、ミハエルが教えてくれたことだ。
きっと明日も明後日も、家の誰に逢っても大丈夫。
「ミシェル、もう一回したい」
「オーケイ、俺がいなきゃ眠れないようにしてやるよ」
冗談混じりに囁いたミハエルに、もうなってるとは返さずに、アルトは大事な恋人を抱きしめた。
#両想い #ラブラブ #イベント無配
6月の6秒
朝目が覚めると、いちばんに肌の色が目に入る。
慣れてしまった、もういつもの光景だ。夜眠る時には必ず抱きしめながら眠ってくれる恋人の習慣に、ふと幸福を感じる時がある。
アルトはそっと腕を動かして、恋人であるミハエルの頬に触れてみた。
温かい。
聞こえてくる寝息は今の自分しか知らないもので、たまらなく愛しさがこみ上げてくる。
身体をつなげるようになってどれだけか経つけれど、この温もりの中で目覚めるようになってどれだけか経つけれど、実はミハエルの寝顔というものをあんまり見たことがなかった。
今日は珍しいな、どうしたんだろうなと思いつつ、アルトはミハエルの目蓋に触れる。起きてしまわないように細心の注意を払って、眉間に、額に、鼻筋に触れていった。
これがすべて、自分の大切なひとなのだと思うと、言葉にできないほど幸福だった。
「ミシェル……」
頬に、目蓋に、額に、鼻筋に、先ほど指を滑らせた箇所に口づけを贈る。この吐息も、溶けて彼の中に飲み込まれてしまえばいいのにと思いながら。
首筋に見える赤い鬱血は、昨夜自分が残したものだろうかと、少しばかり頬を染めた。
「んー…ひめぇ……?」
「あ、悪い起こしたか」
そうは言いつつも、アルトは少しも悪いと思っていない。こんな時間まで惰眠を貪っているのが悪いのだ。
「もう起きろよミシェル。朝飯が昼飯になっちまうぞ」
髪を撫で、微笑む。きっと他人が見ていたら、愛しそうになどという言葉で飾られるのだろう。
「キスしてくれたら目ぇ覚ます」
「甘えんな、もう」
ときどきこうしてねだってくるのは、なんともかわいらしいお願い事。仕方ないなーと言いながらも、アルトは嬉しそうに身体を傾けて、ミハエルの口唇へと降下していった。
触れて、それだけで離れていく口唇に、ミハエルは笑って目を開けて、おはようアルトと呟く。
「わっ」
そのあとに、捕まえたとばかりにアルトを抱き寄せるのだ。
「何すんだよ、危ねえな」
「姫補充」
「わけの分かんないこと言うな。ほら早く放せって」
抱き寄せてぎゅうと抱きしめて、頬をすり寄せる。朝の日課のようになってしまった抱擁を、今日も変わらずにたしなめてみる。
「やーだ、姫って抱き心地いいんだもん」
「やーだって、お前な……」
こんなに子供のような男だったろうか?と思うこと何度目か。学校ではこんな素振りを少しも見せないくせに、自分と二人きりでいるときには、ここぞとばかりに甘えてくる。
自分に対してだけなのだと思うと、充足間に満たされていく。
「今日は映画見に行くって約束だっただろ、早く起きろ」
「んー、そうだっけ」
「忘れてんじゃねぇよミシェル!」
一昨日から言ってたじゃないかとアルトは憤るも、ミハエルの腕はアルトを抱きしめたままだ。くっくっと笑いながら、嘘だよごめんと耳元でささやくのは、アルトをからかうミハエルの、常套手段。
「ちゃんと覚えてるって、姫。たまにはふたりっきりで街に行きたい、…だっけ? 可愛いなーもう、可愛いよ」
いつもは他のメンバーもいるからたまには、と言ったアルトの言葉を思い出して、ミハエルは鼻先にキスをしてくる。アルトはそれにボッと頬を染め、らしくないことを言ってしまったと目をそらす。
みんなでわいわい歩くのももちろん嫌いではないのだけれど、誰にも気を遣わずに行きたいところへ行ってみたい。そう思って、ミハエルに提案してみたのだ。
「だって、恋人同士…なんだから、そういうの、したい、し…」
「ああ、分かってるよ。起きてシャワーして出かけようか。でもあともうちょっと」
俺だって姫とふたりで出かけたいよとミハエルは言うのに、それでも腕は緩めてくれそうにない。アルトは困った顔をして、
「そんなこと言って、ダラダラしちまうんだろ。今すぐこの腕を外せ」
今日こそは譲らない、とアルトはミハエルの頬をつねる。イテテテテ、と観念したのか、ミハエルはアルトに告げた。
「じゃあ、あと六秒な」
ぎゅう、と腕が締まる。時間を区切ったのは一歩前進だと思ったが、アルトは、ミハエルの腕の中で首を傾げた。
「なんでそんな半端な数字なんだ……?」
好きずきだろうが、普通ならば五秒とか二十秒だとかで区切るだろうに、なんぜそんなにも半端な数なのかと。
「今日は六月だから。六秒」
そしてそんな六秒なんて、もう過ぎてしまっているだろう。ミハエルの口から出てきた言葉は、何とも安直で分かりやすい答え。
「だから六秒って、バカかお前」
アルトは思わず噴き出して、そしてはたと気づく。六月で六秒なら、十月ならば十秒、十二月なら十二秒。では、一月だったら……?
「姫、今なにを考えたか当ててあげようか」
「えっ?」
「一月だったら、ミシェルは一秒しか抱きしめてくれないのかなあって。違う? そーんな不安そうな顔しちゃってさ」
緑の瞳が見下ろしてくる。すべてを見透かすようなそのみどりは、好きなものの内のひとつだけれど、こんな時は憎たらしい。
「そっ、そんなこと考えてねーし!」
「またまたぁ。大丈夫だよーひめー、一月はじゃあ一分にするからさー」
無理矢理腕の中から抜け出して、アルトはシャツを羽織る。その後を追うようにミハエルも起き上がり、ベッドの上で笑った。
なんて都合のいい区切り方なんだと思いつつも、頬が緩んでしまうのもまた事実。
何秒、何分、何時間。
「さ、お出かけしましょうかアルト姫。一日中一緒にいられるんだしな」
「……いつも一緒じゃないか」
「バァカ、今日は二十四時間一緒だろ」
そうか、とアルトは納得した。一分一秒離れることなく一緒にいられるんだと笑って、振り向いておはようのキスをした。
#ミハアル #両想い #ラブラブ #イベント無配
2月22日。
小さな重みで沈んだベッドの変化で、目が覚めた。
にゃあん。
二度ほど瞬いて、ああなんだ猫か、ともう一度目を閉じる。にゃあんと抗議のような泣き声が聞こえて、完全に覚醒した。
身体に巻きつく、男の腕をそっと外して起き上がる。枕元には案の定、ベッドを軽く沈ませた愛猫がいた。拾ってきたときは片手に乗るくらいだったのに、いつの間にこんなに大きくなったんだ?
にゃあ。
「こら、おこすなよチビ。ミシェル疲れてるんだから」
シーツの上に散らばるハニーブラウンにじゃれつく愛猫を軽く叱りつけて、ゆっくりと足をベッドの下に下ろす。朝の空気は素足には肌寒い気もしたけれど、スカイライト・ウィンドウからこぼれる陽射しに、今日はいい天気だなとすがすがしい気分になれた。
昨夜脱ぎ散らかしたシャツを羽織って、タオルと着替えを片手に部屋を出かけて、途中振り返る。
「チビ、チびおいで。ご飯」
腹減ってんだろう?と問いかけると、通じているのかいないのか、愛猫はてんてんと額を叩いていたミシェルを置き去りにして、トンッとベッドから飛び降りた。身軽なもんだな。
この猫を拾って、もう二年ほどになる。雨の日に拾った小さな子猫は、今の生活には欠かせない癒しになってくれている。勤務で疲れて帰ってきて、出迎えてくれる家族がいるってのは、やっぱいいよな。
俺はチビにご飯を用意してやって、ひとりバスルームに向かった。
ミシェルが起きていたら、きっと一緒に入ろうとか言ってくるに違いないんだ。冗談じゃない、昨夜あんなにたくさんしたのに、その上一緒にシャワーなんてして、ただで済むわけがないんだ。
蛇口をひねると、ザアッと熱い湯が落ちてくる。ミシェルの体温の方が心地いいななんて思ってしまうのは、やっぱり俺がアイツに心底ほれているからなんだと思う。
恋人――ミハエル・ブランとは、中学のころからの付き合いだ。恋人同士になれたのは出逢ってしばらくしてからだったけど、初めて逢って、三秒で恋に落ちて、どうにか近づきたくて学科を変えてまで傍にいったんだ。
懐かしいな。あれから色々なことがあった。
恋人になって、学校中に知れ渡って、卒業後に就職した民間軍事会社でもいつも一緒で、ミシェルのいない生活なんか考えられなくなったこともある。
クラスメイトだったシェリル・ノームとランカ・リーの、銀河級一大プロジェクトに参加させられたり、おかげで職務が疎かになってしまったり、毎日届けられるファンレターとやらの山にため息をついてみたり。
そう、とあるドラマに出演してからというもの、俺とミシェルの周りは騒がしくなってしまった。
それは、驚異的な力を持つ宇宙生物・バジュラの侵攻と、渦巻く陰謀――売り出し中のアイドルたちをメインに、このマクロス・フロンティアを舞台とした大掛かりなドラマ。
みんな役者じゃなかったから、無茶な注文だとは思ったが、会社のオーナー直々の依頼ともなれば、断ることはできなかったんだよな。報酬は破格だったし、そんなに日常が変わるわけでもないと思っていたのに。
俺を挟んでの三画関係を交えつつ、戦闘機を用いたバトルシーンと、目玉である歌姫たちのライブシーンは、かなり好評だったらしい。
その人気を受けて、コミカライズやノベライズ、更にはアニメーションの映画にもなってしまった。
ドラマや小説は、俺にとっては手痛いストーリーだったけれど、自分が関わったものがこんなに評価されているのは、素直に嬉しいと思う。
ふるふると首を振って、前髪の水滴を散らす。そろそろミシェルを起こしてやらないと、間に合わなくなってしまうからな。
そう思って手早く着替えを終えて寝室に戻った。ご飯を食べ終えていたらしい愛猫が、シーツの上、ミシェルの腹の辺りを陣取って座っている。こいつも本当にミシェルのことが好きだよな、と恋敵のようにさえ思った。
「ミシェル、ミシェル起きろって」
うんともすんとも言わない。こんだけ寝こけるなら、昨夜あんなにするなよってんだ。
にゃあん、にゃあー。
「叩いてやっていいぞチビ。早く起きてキスをしてって」
くっくっと笑いながら、やっぱり起きないミシェルに口唇を寄せた。
目蓋を、ぺろりと舐める。腹が減った時、チビがいつもそうしてミシェルを起こすみたいに。
「ん? んー」
まだ起きないのか。何度目で起きるかな、と思って覆うように舌を動かす。くすぐったそうに身を捩ったミシェルは、目蓋も開けずに呟いた。
「んー、チビー、もう少し寝かせ…………あれ? チビこっち?」
腹の辺りの猫の体温に気がついて、ミシェルはようやく目蓋を持ち上げた。じゃあ今の感触はいったいなんだと。
「……ひめっ!?」
「ふふん、ようやくお目覚めかよ」
ぺろりと舌を出して、口唇を舐める。ミシェルは今目蓋にあった感触がなんなのかを悟って、大きなため息と共に肩を落とした。
「もう、アルト、そういうのは俺が起きてる時にやってくれよな」
「は、知るか。ほら起きろよ。上映時間に間に合わなくなるだろ」
すっとミシェルの傍から身体を離し、出かける準備を始めようとは思ったけれど、すぐにはできないことを知っている。
「ひーめ、おはよう」
「……ああ、おはようミシェル」
「チビも、おはよ」
にゃあん。
こうして、キスをされることが分かっているから。
たっぷり一分キスをして、それからベッドを降りるのが、ミシェルの日課。
「まだ間に合うよな。映画見たら娘々でご飯食べて、グリフィスパークに行こう」
「絶対混んでると思うぞ」
「いーの。今日この日に姫と行くことに意味があるんだ」
ちょっと待ってて、とミシェルもバスルームに向かっていった。
しょうがない男だなとは思うけど、やっぱり一緒に行けることには感謝した。
2月22日、マクロスF劇場版~イツワリノウタヒメ~、22回目の観賞に、イッテキマス。
#劇中劇 #ラブラブ

少年は、人に言えない運命を持っていた。
いつか出逢う、大切な誰かのために、誰にも言えないヒミツを持っていた。
ぱしゃんと湯が鳴る。程良い温度は、疲れた体を癒してくれた。
「ゼイタクだよなぁ~、朝から温泉なんてー」
「この島の風呂は、ほとんどが温泉だよ」
タクトは、視線だけでスガタを見やり、そしてぐるりと目を走らせる。
本当に贅沢だ。こんなに広い温泉が家にあるなんて。スガタの家だから、と言ってしまえばそれまでのような気もするが、やっぱり羨ましかった。
「いいよな、この島」
「このシンドウ家に生まれなければな」
スガタは自嘲気味に喉を反らせ、縁に頭を乗せる。濡れて艶めく青の髪に、心臓が揺れた。
―やっぱり綺麗な顔してるなあ、スガタは……。
他意はなくそう思って、視線で追う。
濡れた髪、滴の残る額、つんと天をさす鼻筋、薄い口唇、白い肌。
学園の女子たちが騒ぐのも無理はないと、素直に受け入れてしまえる説得力だ。
「タクト?」
「えっ、あっ、何でもない!」
視線に気がついてか、スガタが振り向いてくる。そこでやっと自分の目線を自覚して、慌ててそっぽを向いた。
なんだ?と思いつつ、スガタはタクトの体の線を眺めた。
自分よりも少し色のついた肌。クセのある髪。発達途中ながらも無駄のないラインは、思わず触れたくなってしまう。
「ぼっちゃま、お背中お流ししましょうかー」
ドアの向こうから声をかけてくるのは、シンドウ家のメイドである。
「いっ?」
スクールメイトで、同じ演劇部で活動する仲間でもあるけれど、限りなく一般庶民であるタクトには、その忠義は理解しがたい。
「いや、今日はいいよ」
「はーい」
入ってくんの!?と驚きと期待で出入り口を振り向いたタクトに、スガタは笑う。この年の男子としては、タクトの反応は正常なものだろう。
「ん? ……今日はって、言った」
安心とがっかりが、タクトのため息に混じる。スガタの返答が引っかかって、眉を寄せた。
「……いっつも、流してもらってんのか?」
シンドウ家では、それが日常なのだろうか。そういえば、あの二人が声をかけてきても、スガタにあわてる様子はいっさいなかった。
「ん? ……ああ、そういう教育受けてるからな、あの二人は」
別に興味もなさそうに、スガタは答える。スガタにしてみれば、そんな日常に疑問を抱かれるとは思っていなかったのだ。
「僕はそういうの、やっぱり分からないな。ワコは……知ってんのか?」
「ワコ?」
「だって、お前の許嫁だろ! ま、万が一間違いとか……あったら、気分良くないと思う」
ぷいとそっぽを向くタクトに、スガタはあからさまに肩を揺らして笑った。
「心配しなくても、タクトが思ってるような間違いは起きないさ」
シンドウ家は、島の巫女の誰かと結婚するしきたりがあるのだと聞いた。
それでどうしてスガタとワコなのかと聞いてみたい気もするが、そうしたところできっと、親が決めたことだと言うに決まっているのだ。
「僕があの二人とどうにかなることはないし、ワコとどうにかなる予定も、今のところはない」
「今のところって」
今後は分からないということか、と眉を寄せるタクトに、スガタはため息をついてみせた。
「タクト、巫女という属性を理解しろ。本来巫女というものは、常乙女でなければならない」
「え? ……あ、」
ごめん、と呟く。
そんな制約があるからなのだろうか? 二人は目に見えて大切に想い合っているように見えるのに、どこか遠慮がちに接しているのは。
「だから、たとえ僕がワコを抱きたいと思っても、穢した瞬間にこの世界は破滅だろうな」
巫女は巫女でなくなり、封印はどうなるか分からない。最悪、サイバディの暴走だってあり得るのだ。
互いに好き合っているのに、うまくいかない想いが、世界中に溢れている。
けれどスガタにとってはそれが通常で、
「そういう間違いが起こらないようにもずっと、監視されてるわけだしね」
タクトにとっては異常だった。
きっとこの二人に比べたら、自分が諦めてきたもののなんと単純なことだっただろう。
「タクト、背中流して欲しかったのか? 呼び戻そうか」
「い、いいよそんなの! 恥ずかしいだろ!」
「恥ずかしい?」
「だっ、だってカノジョでもない子に、裸なんて見せらんないし!」
頬を真っ赤にしたタクトが振り向く。髪よりも赤く見えて、面白い小動物でも見ているような気分になった。
「僕はいいのか?」
スガタの静かな声に、タクトの肩がビクリと揺れる。
わざと意識しないようにしていた話題を、突然、なんの前触れもなく持ち出されて。
「あ、あのさあスガタ、昨日のって」
「なかったことにはできないぞタクト。お前は僕に抱かれた」
「わあああああ言うな! それ以上口にするなスガタ!」
思わず、スガタの口を片手で覆う。
「あっ……」
手のひらに口唇が触れて、ハッとして慌てて離した。
ゆっくりと横に移動して、スガタと距離をとってみても、事実は変わらない。タクトは顔を真っ赤にして俯けた。
ドクンドクンと心臓が鳴る。
忘れたわけではないのだ。
そしてまた、忘れたいわけでもない。
昨夜、スガタと繋がったことを。
「と、友達だよな、お前とは」
「何故?」
「だっ、だってお前はワコが大事だって言った!」
言われなくても分かる。
見ているだけで充分、スガタがワコを大切にしているのは分かる。
「そうだな、それは変わらん」
ひどく真剣な顔で、スガタは答えた。握りしめたこの拳を、タクトはどうしたいと思ったのだろう。先日みたいになぐりつけてやりたかったのか。
「僕はワコが大事だ。この先ずっと、それが変わることはない」
「ああ、分かるよ」
だけどどこかでホッとした。
ワコの涙はもう見たくない。
大事じゃないなんて言ったら、ぶん殴ってやろうかと思ったけれど、その意志は揺るぎないようでホッとする。忍ばせたナイフはワコを守るためだったと知って、安心していた。
「スガタはワコが大事で、大切にしてて、でもそれをちゃんと言ってやれない大馬鹿ヤローだって知ってる」
そんなのはもう、今さらだ。
タクトはそう言って、スガタを振り向く。
「なんで、僕を抱いた?」
怒りたいのではない。責め立てたいわけではない。スガタがワコを泣かせないのであれば、他のことはどうだっていいような気がしていた。
「僕も訊きたい。何故僕に抱かれた? タクト」
視線が交錯する。さぐり合う意味でなく、逸らせない視線に心臓が逸る。
「質問に答えろよ」
「そっちこそ」
抱き合った事実は消せない。胸にある、このシルシのように。
視線が数秒絡んだその時、
「スガタくんタクトくん、おはよう」
ドアの向こうからさわやかな声が聞こえて、タクトは思わず肩まで浸かり込む。
それにさえ慣れているのか、スガタはああおはようと返すだけだった。
「タクトくん、昨日泊まってったの?」
「あー、うん」
「やだ、男同士で、もう、やらしいっ」
「な、なんでやらしいの……」
ワコは冗談のつもりで言ったのだろう、和ませるために違いないのだ、ちっとも和まないけれども。
なんと返していいのか分からないタクトを眺め、スガタはおかしそうに肩を揺らす。
「そろそろ出るよ、ワコ。着替えを見たいなら、そこにいてもいいけど」
「えっ? もー、馬鹿なこと言わないでスガタくん!」
私食卓行ってるね、と慌てる様子に、スガタはふっと笑った。
「あんな可愛い許嫁いるくせに」
「なんだよタクト、僕に責任をとれとでも言いたいのか?」
脱衣所で、タクトは自分の体に散らばるキスマークを見つけてため息をつく。
「僕はお前の愛人になる気はないんだよね」
「ただれた青春だな。僕はそれでもいいけれど」
「ふざけんな」
これでは胸の開いたシャツは着れないなと、眉を寄せる。まさかワコの前にこの体をさらす訳にはいかないだろう。
「今はまだ、成り行きだったとしか言えないな」
着替えを終えて出て行くスガタが、不意に呟く。タクトは思わずその背中を振り向いた。
「えっ?」
「さっきの質問に対する答えだ。お前が僕の傍にいたから……だから抱いた」
特に理由なんかない、というスガタの静かな声。言葉の意味を捉えればなんて酷い男だろう、とは思うが、タクトには責めるつもりもない。
ふるふると首を振ると、まだ少し濡れた髪から、雫が落ちる。タクトは手櫛で髪を整えて、スガタの後を追った。
―あんまり覚えてないんだよな。スガタがどんな風に僕を……抱いたのか。
覚えていないのに責められるものか。
ただスガタの口唇が重なって、手のひらがあって、熱くて痛くてしょうがなかったことくらいしか。
「タクトくんどうしたの? あんまり食欲ないみたいだけど」
「え」
テーブルを隔て正面に座る少女から、声がかかる。タクトはハッとして顔を上げた。
「食べないんなら、私がもらうよ?」
「だっ、大丈夫だいじょうぶ、なんでもないよ」
心配してくれているのか、食欲がありすぎて気になるだけなのか。
タクトは作り笑いをしながらオムレツを口に運んだ。
「ふふ、ワコ、足りないならおかわり持ってこさせようか」
「あっ、ううん大丈夫!」
ワコはスガタに向かってぶんぶんと手を振る。やっぱり仲いいなあと、タクトは羨む意味でなく素直に思う。
そういえばあの誕生日プレゼントは、無事スガタに渡せたのだろうか。また何か、別の理由をこじつけて。
「ねえ、もうあの力は使わないで」
責めるワコの声音に、タクトは視線をスガタに移す。スガタがあの力を解放しながらも目覚められたのは、奇跡だったのだろうか。
「次に使ったらその時は、今度こそ目覚めないかもしれない」
ワコの声は強くて、弱い。
スガタに無事でいてほしい。その想いがそうさせるのかと、タクトは瞬きひとつ。
―スガタが眠ってしまうのは……イヤだな…。
「タクトひとりで、ワコを守れるとは思えないんだけどね」
急に話を振られて顔を上げる。
「……言うねえ、決着つけるかぁー?」
ゼロ時間の中でぶつかり合った拳に、決着がついたとは思っていない。
むしろそこがお互いのスタート地点で、ワコへ向かう気持ちの強さを知って、ホッとした思いの方が大きかった。
「決着じゃなくて、稽古をつけてやるよ。さ、学校に行こう」
「え? ……ああ、今日は月曜日か」
そういえばそうだった、とタクトは慌てて朝食を胃の中へと収めた。
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