- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
花と雨と願い
白い小さな花が、雨に揺れる。清廉さを遮るように打つ激しい雨が、誰かの涙のようでラビは眉を寄せた。
この花ね、好きよ
そう言ったアナタはもうどこにもいない。
今日はまた一段と激しいな、とラビは窓の外に目をやった。
ここ数日降り続く雨は、空気の洗浄のようで確かに気持ちの良いものだったけれども。
「あんまり……よくねェよな。この温度」
ぼそりと独り言。
雨霞みの風景に、ひときわ濃い部分が浮かんでいるのに気づき、慌てて窓を押し上げた。
「………っのバカ…!!」
どれだけかの予感が確信に変わる。
ラビは窓枠に手をかけ、流れるように身体を宙に泳がせた。地上から10メートル以上もあるこの高さから飛び降りても、かすり傷ひとつつくらないのは、まあさすが適合者のといったところ。
「おい! 何してんだユウ!!」
ひとり濡れるのも気に留めず佇んでいたその人の腕をガッと掴み振り向かせる。濡れた黒髪は、水分の重さで空気に負け、普段より揺らがなかった。
「………関係ねェだろ…」
そうは言いながらも振りほどこうとしない覇気のない神田が、泣いているようでラビは掴んだ手に力を込める。
「雨、だろ。ユウ」
ヤバイな、と思っていた。特に今日の雨は。
「うるせェ、放っとけよ…!」
ようやっとラビの手を振り解く神田。それでも、力なく。
ラビは心で独り言。
ほんと、やべェって。
この雨の音。温度。水量。時間。
すべて、【あの日】と同じだった。
「ユウ」
毛先からボタリボタリと雫が落ちる。障害物に負けて弾ける雨を、脆弱なものだと嘲笑い。
「放っとけって言っ、て…!!」
凶悪な衝動に駆られ、神田の身体をかき抱いた。
この上なく乱暴に、乱暴に。
「ラビ…っ」
「オレといる時くらい忘れろよ」
濡れて重たくなった団服を薙ぎ、硬い地面に押し付ける。地面に打ち付けられた水の力を借り、抗議さえ撥ね退けた。
「やめろ、馬鹿野郎!」
「この雨じゃ他のヤツにゃ見えねェって」
エクソシストの証である静寂の団服をひき開き、濡れて冷えた身体にかぶりつく。
雨の味が口の中に広がり、忌々しいと思いながらもラビは笑った。
「乱れろよ、ユウ。全部雨が流してくれる」
「ふざけんな……ぁ」
こんなことくらいでしか、打ち消せない記憶の花。
あの時も、この人は雨の中佇んで空を睨んでいた。
すべてを包み込むくらい巨大なものであるくせに、手を差し伸べようとしない無責任な空を。
「あっ、ああ、んぅ」
【アイツが死んだ日】と同じ雨の音。同じ温度。同じ水量。
それは死と隣り合わせに生きている団員が、意味もなく死んだ日。
探索部隊だった【彼女】が、花びらのように堕ちていった日。
「ひっ…う」
美しい女だった。
明日見る月のように潔くて、昨日降った雨のように弱い人。
大好きだった。
「んんっ、ん…くぅ、ぁ…ラビ…」
自分も、自分の下で乱れるこの人も、大好きだった。
【彼女】の最期の頼みを飲み込んで、雨に解かした。
「ラビ……も、っと…突いて」
【彼女のあの人】を探し出し、託された手紙を渡さなければいけない。
【あの日】は生きる目的が変わった日。
「イきそ? ユウ」
「おく……まで…」
【あの人を探し出す】ことに、目的をすり替えた日。
「ダメ。そう簡単にはイかせねェよ…」
こんな時くらいしか、自分のことを考えてくれない人だから。
情けなくて、限りなく乱暴に口唇を貪る。
後から後から雨が伝い落ち滑り込み、哀れなほどに存在を誇張する。
「ラビ……」
引き止め、身体を繋ぎ、生を貪る。
そうすることで一体どれだけの無意味な夜をやり過ごしてきたのだろう。
命を削ってまで【彼女】の願いを叶えようとする愛しい人に、自分が何をできるというのだろう。
「そんなに泣くほどイイ?」
頬に手を添える。涙なのか雨なのか、区別なんかつくはずもないのに。
「泣いてんのは…てめェの方…だろうが…」
心臓が割れる。
情けなくて悔しくて、腹立たしくて、左胸のサンスクリットを強く引っかいた。
「っ……あ」
こんなものに頼ってまで、叶えたい【願い】。
大好きだった花のような彼女。
こんな雨の日は、そんな純真さえ凍る。
逢いたくて 逢いたくて 触れたくて 遠すぎて届かなくて
諦めた想いを雨に流してた。
「愛してるよユウ」
散り逝くと知る花を愛で、砂時計の砂が堕ちきらないようにと祈る。
「……死にたく…ない…」
もっと。もっと、もっと、もっともっともっと、アナタの中にワタシを流し込んだらその砂を食い止められますか。
神様。
「ラビ…もっと……いきたい…」
もしもアナタを信じることで【願い】が叶うなら、今からでも。
「言ったじゃん…ユウ……そんな簡単にいかせねェって…」
「泣くなよ……ラビ…」
「雨、だから。ただの」
何か言い出したがる口唇を塞いで、卑怯なくらい乱暴に突き上げた────
どんなに 祈っても 還れないあの頃が
酷く うとましく 思えて
#切なめ #ラビユウ #R18
珈琲色(カフェイ・スー)
コーヒー、飲むかい?と訊ねたボクに、彼はゆっくりと頷いた。
らしくない遅い動作に、思わず苦笑してしまう。
フラスコで温められたカフェイ。カップに注がれる音は、ボクの好きなもののひとつで。
「砂糖もミルクも要らないんだったよね、キミは」
「────…ミルクだけ…入れてくれ。多くて、いいから」
長い黒髪がパサリと肩から落ちる。低めのテノールが耳をすり抜けて、ボクは一瞬手を止めた。
ボクの記憶が間違っているはずはない。彼は変わることをひどく嫌う。環境はもちろん、飲食物の味でさえ。
「珍しいね? 神田クン」
それでも要望どおりに多めにミルクを入れてカップを渡す。ローズグレイへと色を変えたそれは、彼の口唇に良いアクセントとなるだろう。
「なにかあったの?」
「…別に…」
きっと自覚してないんだろう、キミは。
「おやおや。何もないのにこんな時間にボクのとこ来るの? 襲われても文句言えないよ~?」
最近やたらと麗しい。
髪にだって艶があるしふとした表情にグッとくる。
「てめェまで妙なこと抜かすな」
「…まで? もう誰かに襲われた?」
「揚げ足取んな。殺すぞ」
不機嫌そうに眉を寄せる。その表情さえ愛おしい。
そんなことは絶対口に出せないけれど。ああボクだってイノチは惜しいからね。
「で、ラビと何があったの」
訊ねたボクの言葉に反応したのか、彼は飲みかけていたカフェイにむせ返る。わかりやすいな、ホントに彼は。
「なんでここでヤツが出てくる!」
「顔、真っ赤だよ神田クン」
ほんのり染まった頬を指摘すると、決まり悪そうに口許を押さえ顔を背ける。
本当に、ウソをつくのが下手だと思い微笑んだ。
「……ァ…イツの泣き顔なんて初めて見た」
さすがに耳を疑ったよ。ボクだって想像できないもの。
「泣いたの、ラビが?」
訊かなければよかった。異常さから、状況を読み取れてもよかったと思った。
「もって後半年だとさ」
カップの持ち手がするりと指をすり抜けた。
ボクの手から逃げ出したそれは、硬い床に当たって弾ける。逃げ出した自由を堪能するヒマもなく。
「泣いてんだ。アイツ。何度も……俺の名前呼んで…キス、してきた」
心臓が痛い、と俯く彼を見ていたくなくて、ボクは目を瞑りながら上向いた。
ああ忘れていたよ。
キミはあの人のために命を削ってまで生きていたんだ。
ボクには止められない。止める権利はあるだろうけど言葉が喉に引っかかる。
「ラビが、好きかい?」
せめて、ボクのために彼に生きる目的を。
「………多分」
「だったらラビのために生きてやりなよ」
如いてはボクのために。
自分を哀れむように微笑み彼に視線を移すと、辛そうに顔を歪めて笑ってた。
泣き出しそうに、笑ってた。
心が弾かれる。
華は散る直前、もっとも美しく咲き、自身を誇ると言う。
「コーヒー、美味かった。明日、ラビと任務に出る」
「うん」
飲み干したカップを手渡してくれる。
気をつけて、と言うほかない。
止めるわけにはいかないんだ。それは彼が彼として生きるために必要なことなのだから。
「おやすみ神田クン」
「ああ」
扉が彼を吸い込みパタンと閉まる。
部屋が薄暗くてよかったと思う。できるなら涙など見ないですむ方がいい。
「……っ…」
割れたカップのカケラがかちりと啼いた。
弾け飛んだボクのココロがかちゃりと鳴った。
「キミを……恨むよ神田クン…」
きっとキミはボクの珈琲色のココロに気づいてて────
#片想い #切なめ #ラビユウ #コム→神
薄情2
なかなかオモシロかったですよ?
不意に思い出す。ラビの帰還を報せてきた男の、揶揄うような言葉と笑い声。
ゆっくりと息を吐きながら、状況を反芻してみた。
「……」
胸にちりちり。
胃腸にきりきり。
「ユウ?」
知らず、背中に回した腕に力がこもる。
どれだけか、殺意を混ぜながら。
「ユウ? ちょっ…イタタタタタタタ痛いって」
イラついているのだと自覚し始めても、この殺意を収めることはできずにいた。いや、むしろこのまま絞め殺してやりたいくらいだ。
それは情熱などでなく不快。
神田は腕に更なる力を込め、ラビの身体を絞め上げた。
「痛い痛いマジ痛い」
さすがは鍛えられたエクソシスト。腕力も人並み以上。
ギシリ、と骨の軋む音が聞こえる────寸前。
「────フン」
突然に力を緩め、ラビの身体を解放する。まさに、放るように。
「ゲッホゲッホ…ど、どうしたんさユウ~? 今めちゃくちゃイイ雰囲気だったんだぜ~?」
わけがわからない、と戒めから解放されたラビは半ば涙目になりながら、痛む肋骨をさすりさすり神田を見上げた。
「調子いいこと言うな!」
ビッとご丁寧に指まで指してくれる。本当に機嫌が悪いようだ。
何が彼をそんな風にしているんだろう? 心当たりは思いつかない。
指し当たっては帰還の連絡を入れなかったことくらいだろうか。
「ユウ?」
「途中吸血鬼だかなんだかに足止め喰らった割には、随分と楽しい任務だったみたいじゃねーかよ」
「へは?」
任務、ということは今回の【元帥の護衛】のことだろう。
ああそういえば確かに途中の村で足止めされていた。
だがそれが彼の機嫌を悪くしている理由としては考えられないだろう。
「別に楽しくはねーさァ。よりによってクロス元帥の護衛だったしー、あの人まだこっち戻ってきて」
「誤魔化すな! 何が【楽しくない】だ! 吸血鬼ンとこの女にデレデレしてやがったくせに!!」
ラビの言葉を遮って、神田の怒声が礼拝堂に響いた。
それか。
そうか、それか。
「なんで知ってるんさー?」
ガクリとうな垂れるラビ。否定はしなかった。
「モヤシが言ってやがったんだよ!」
【綺麗な人でしたよー? 食人花に食べられそうになってるにもかかわらず、すごく興奮してましたからねー】
ラビと神田の関係を知っていながら、いや知っているからこそなのだろうが、本当に楽しそうに。
「あーそー、アレンがねぇ…」
仕方ねーなぁ、とでも言うように、盛大なため息をつくラビに、神田のイライラが増幅する。
「否定もしねェのか、てめェは!」
できれば否定して欲しかった。
新人の、オモシロ半分のからかいだと思いたかったが。
その願いは当人によって崩された。
「ワリ、事実」
「……!!」
握り締めた拳が震えた。
この男はウソをつかない人間だと知っている。ひどく分かりやすいが、時々無意味に薄情だ。
「顔ちっちゃくて睫毛長くてさ、口唇ぷるんてしてて、スタイル抜群だったんさー。まんまストライクゾーン。アレは参ったね。けどさ~」
「ふざけんな馬鹿ラビ!!」
神田の震える拳が、ラビの頬へと軌道を辿る。
それをスナオに受けるより、優しいウソでも身に付けろ。
「ユウ」
「どうせオレは可愛くも綺麗でもねェよ! 女みてーに柔らかい身体なんて持ってねェし! 手の届く距離にさえいられねェ!」
1ヶ月、なんてザラ。長いときなんて軽く3ヶ月も逢えない日が続く。
人の心なんて薄情なほど揺れ動く。
明日を約束できるものではない。
「泣いてる?」
「誰が泣いてる!」
俯いた神田から、ぼたりぼたりと零れ堕ちてゆく雫。
不謹慎だなと思いながらも、きゅうと締め付けられる心臓をどうすることもできなくて、ラビはゆっくりと神田に触れる。
「触るな」
「ヤ。オマエ普段涙溜めてっから、こんな時になって止まんねーのよ?」
顔を上げようとしない神田を無理やりに上向かせ、流れ堕ちるクリスタルを口唇ですくい取る。
「余計な世話だ」
「そんで、オマエの悪いクセ。人のハナシはちゃんと最後まで聴くもんさ~」
頬に、鼻先に、目蓋に、ラビの口唇が触れる。
熱い舌が、冷えかけた心と身体を暖めてくれる。
「カワイイ女のコにも綺麗なお姉さんにもときめくけどさ~、オレがアイシてんのはユウなのさ~」
軽めの口調に真実味は期待できない。
だけど、ウソをつく男ではないと知っているから心臓が踊る。
「ストライクゾーンなんててんでハズレてんのにさぁー、ユウが、好き。スゴク好き」
髪に口づけられる。額に口づけられる。
「ユウの髪も、ユウの肌も、目も、声も、体温も、全部好き」
やがて口唇へと移動してゆく軌道は、変えることはできなかった。
ちゅ、と音を立てる口唇。何度も、何度も。
薄情なほどに上がってゆく熱が、なぜだか嬉しかった。
「ゴメンな、ユウ? 不安にさせた?」
「────別に、なってねぇ…っ」
ふい、と顔を逸らした神田の首筋に、
「…たまにはスナオに好きとか言えんかね~?」
ラビは噛み付くようにキスをした。ビクリと、神田の身体が震え。
見えるようなトコに痕をつけるなというのはお決まりの文句。
「つーか一回も聞いたことないんさぁ~」
正面から、見つめられる。体温が、2,3度上がる。
真っ直ぐな感情が痛くて、言葉にしない薄情な自分が疎ましくて、神田は視線を泳がせた。
「…ま、いいケドな。ユウのそーゆう卑怯な口唇も好きだから」
クスリと笑って身体を離すラビ。
置いていかれそうな感覚に、思わず手を伸ばしていた。
「……」
口唇を、相手のそれに押し付ける。
不器用で、拙くて、それでも心からの、キス。
「……………ス、……き、だ」
顔を見られないように、ラビを抱きしめ小さな声で、本当に小さな小さな声で呟いた。
「…ユ…、ありがと…」
震えているようなラビの声に、喉が詰まる。
ぎゅう、と抱きしめる腕に、素直に愛しさを感じていた。
「……っ」
矢先、首筋にラビの口唇。それはいつものスキンシップではなく、扇情的で官能的。
「バッ…ラビ! こんなところでサカッてんじゃねぇ!」
「無理~、ユウがカワイイこと言うから~」
勘弁してくれ。
だってココは礼拝堂で。
神を信じ祈り請うところであって。
「馬鹿、せめて部屋…っ」
「部屋までなんて我慢できねーさぁー」
だからってこんなところで。
信心なんか持っていやしないけど、神を冒涜するつもりかとせめてもの抵抗を試みてみた。
「あー、ダイジョブダイジョブ。オレの神様ユウだから」
スペシャル笑顔のラビに、【は?】と間の抜けたような音が出る。
「だって【神様】って信じて愛して尊ぶものっしょ? オレの神様、ユウだから」
繰り返し、吐き出される無条件の信頼。
顔が火照っていくのが、わかった。
「か、勝手に言ってろ!!」
「ユウは? ユウの、神様」
「…間違ってもてめェじゃねぇ」
「え~、オレがこんなにアイシてんのに、薄情だな、ユウはー」
いつのまにか礼拝堂の長机に押し倒された状態で、すでに何をどうをもできないところにまできてしまっていた。
「……後で覚えとけ、ラビ」
のしかかるラビの身体を引き寄せながら、自分もまた望んでしまっている行為に身を投げる。
「アハ、無理。オレって薄情だから」
都合悪いことはすぐ忘れるんさ~と、笑いながら長い長い口付けをした。
神様
かみさま
罪深いワタシたちを呪うなら
せめて
今 この 瞬間に
#両想い #ラビユウ
幸福な時間
【幸せ】って、こーいうの言うんかなあ。
珍しいな、と思う。
こんなに無防備に寝顔をさらしているなんて。
温かな陽の光が優しくて、その空間だけ違う世界、に見えた。
中庭のベンチ、ひっそりとまどろむ愛しいブラック・キャット。
自分が近くにまで来たことにさえ、気づいているのかいないのか。
どちらにしろ。
どちらにしろ、この存在を許容してくれているのだ。
なんという幸福だろう。
「ユウ」
呼んでもやっぱり起き出さない。
相当疲れているのか、その世界から出たがらないのか。
「イタズラ、するぞ」
そんな風に半分本気で脅してみても、ピクリとも動かない。
さてどうしたものだろう。
このまま見つめていようか本当にイタズラしようか。
少し考え、額を寄せ、ゆっくりと髪に口付けた。
こんな幸福そうな寝顔を見せられては、これが今できる精一杯の【イタズラ】だ。陽の匂いがする髪を愛おしみ、この上なく幸福な気持ちで微笑んだ。
「オレも、寝よ」
起こさないようにと隣りに座り込み、目蓋を閉じる。
すぅーっと沈んでいく意識に、陽の沈みも重なった。
自分こそが疲れていたのだろうか、大きな睡魔にぱっくりと包まれてしまう。
数分後には、穏やかな寝息が風に乗って流れていた。
それを見越したかのように、持ち上がった目蓋は黒猫のもの。
肩に頭を預け幸福そうに眠る男を見下ろした。
「……馬鹿か、コイツ」
どうやら意識があったようでやや頬を染めながら────
#両想い #ラビユウ
薄情
薄情、だと思う。
これだけの人数がいて、寝食を共にしているというのに。
「不便、だな」
神田は乱れかけた髪をかき上げる。指の隙間からぽろぽろと零れ落ちていく細い黒髪は、あの男がいつか好きだと言ったもの。
エクソシストの出動と帰還は、エクソシスト同士で知り合えるものではない。連絡を取り合うとすれば無線ゴーレムでのみなのだが、それだって常備しているわけではない。
指令を出す室長や、聞いていればその周りのものがエクソシストの動向を把握していればいい、などと組織している割には曖昧だ。
昔はそれをなんとも思わなかったのに。
神田はタンタンと階段を降りる。どうしても早まってしまう足取りを、他人に気取られないように。
最近ようやく、【気に入っている場所】というものを理解できた。
きっとそこにいるはずだ。
「情けねェ…」
帰還を、他の誰かの口から聞かされるなんて、と舌を打つ。
イチバン最初に貴方に逢いたい。
そう思ってしまう自分に腹が立った。
こんなのは自分であるはずがない。
そうは言っても、【気に入っている場所】である礼拝堂にその姿を認めただけで高鳴ってしまう心臓は否定のしようがなく。
男は神田に気づき振り返った。
「ユウ!」
そうだ、この声だ。
ゴーレム越しでなく、直接耳に入る、その音。
「帰ってくるなら連絡くらい入れろ、ラビ」
ステンドグラスに透けるオレンジの髪が眩しくて、眉を寄せる。
「だーってオマエがいるとは思わんかったんさ~」
立ち上がり、一歩一歩脚を踏み出してくる。
神田は自分から歩み寄ろうとしない。向こうから近づいてくるのを知ってしまっているから。
「ユウ、1ヶ月ぶり」
ぎゅ、と抱きしめてくれる。変わらない温もりが、神田を安堵させた。
「…1ヶ月と12日だ、薄情者」
「細けーな……そんなに寂しかったん?」
「なっ、何をほざいてやが────」
火照った頬にゆるりと口づけられ、それは口唇へと移動する。
冷たいと思っていた自分の口唇に相手の熱を移される。
その瞬間が、幸福な時間であると言い切れる。
「……ぁ…ぃ、…た、かった」
肩に、顔を埋める。
「ん。オレもさ」
ぎゅう、と抱きしめる腕に力がこもった。
神様
かみさま
貴方を信じていないワタシたちを薄情と思うのならば
このまま
石にでも
#両想い #ラビユウ
★★★Happy?
周りには闇しかなかった。
右も左も上も下も、遠慮のない深い闇で、自分はずっとそこにいた。
「ユウ?」
口づけをした後で、不思議そうな声を上げるラビ。
嬉しそうに、でも不思議そうに。
自分の方から口づけることは珍しい。
「どした?」
目を開けてじっと見つめてみた。
おぼろげなライトに透けるオレンジ色の髪。
開かれていたら美しいだろう右目にかかる黒の眼帯。
耳を貫くピアスを弾き、それを擁する耳朶をペロリと舐める。
「…っユ…?」
「…────抱けよ、ラビ」
感じてるヤツを見るのは楽しかった。
渇いた口唇にゆっくりと口づける。
「ユウ…え、いいの…?」
自分から誘いをかけたのは片手で数えても足りるくらいだ。ヤツが歓喜しているのが手に取るように分かる。
「抱くのかよ抱かねぇのかよ、ハッキリしろ」
「ユ、ユウがいいなら…」
戸惑いがちのラビの手に、チッと舌を打った。
「まどろっこしいな、寝てろお前」
そう言ってトンと肩を押す。勢いでベッドに倒れこんだヤツを、上からまたぐ。
見下ろすのは好き、だった。
「え、ちょ、ユウ…っ?」
ラビがどんな表情をしているのか逐一知れる。
綺麗なオレンジの髪が、シーツに溶けるのを見るのが好きだった。
「な、なあユウ、どうしたんさ今日は」
「うるせぇ」
覆いかぶさって口唇を塞ぐ。ピクリと動いた腕は、やがて戸惑いながら俺の身体を抱きしめた。
開いた口唇に舌を差し入れる。すぐに絡め返してくれる舌が、少しだけ残っていた羞恥心を吹き飛ばした。
首筋に口唇を寄せる。
ラビの手が俺のシャツの裾から入り込んだことに気づく。心の中で笑った。ヤツが精一杯俺を欲しがっているのが分かってしまうから。
「…っ」
身体のラインをなぞられ息を呑む。
知り尽くされてしまった性感帯は、ヤツの手でいとも簡単に解放されてゆく。
「ユウ、すっげぇカワイイ」
「妙なこと抜かすなっ、嬉しくねぇ!」
くすぐったくて恥ずかしくて、額に巻かれたバンダナを目元まで引き下ろした。
「ユーウ、目ぇ隠されたらユウが見れないじゃん」
「見なくていいっ」
そもそも俺のどこをどう見たら【カワイイ】なんて言葉が出てきやがるんだ。
「でもいっか。ユウのイイとこ知ってるし」
「っ…ア」
いきなり握りこまれ、嬲られる。
思わずベッドに手をつき、ラビの与えてくる感覚に酔った。
いつからこんな風になったんだろう。
ヤツの瞳は俺を追うのが当たり前になって、俺の身体がヤツを求めるようになって。
周りには闇しかなかった。
心地よかった。
それが当たり前だと思っていたのに。
「ユウ…指、舐めて?」
ラビがゆらりと手を伸ばしてくる。ヤツのせんとすることが手に取るようにわかり、俺は軽く首を横に振った。
「い……自分で…慣らす…」
「珍しくね? 見ててもいい?」
「いい、わ…けあるか、バカッ」
未だ俺を嬲りながらラビはえー、と膨れる。可笑しくなって、指でその尖った口唇を弾いた。
…のが間違いだった。
「…っ」
ラビがその手を捕らえ、舌を絡めだす。俺の肩が震えた。
「ラ…ビ…っ」
温かな感触が背筋にまでぴりぴりと刺激をもたらす。
「何、舐めてるだけじゃん? …感じる?」
絡めながらの言葉が快楽を誘う。
間接を唾液が伝う。
湿った音が耳に入り込んだ。
「も…いい……っ」
これ以上は熱が上がってしまう。
手を引き剥がし、濡れた指を自分の秘部にあてた。
「く…」
堪らない。
自分をかき回しているのは確かに自分の指なのに、それに絡められたモノがラビの唾液だというだけで、恐ろしいほどに昂ぶってしまう。
「ア…っん」
自分を追い立てているのは確かに自分であるのに、ラビに侵食されていると錯覚する。
「う……っあ…、は…!」
「ユウ…やらしー…」
「うるせぇ黙ってろ…!」
ヤツが興奮しているのがわかる。
それを感じ取って、また俺の欲望がレベルを上げた。
指を引き抜き、息を吐く。
「ユウ? もうイイの?」
「……~だ…から黙ってろっつってんだろ…!!」
屹立したそれをあてがい、ゆっくりと埋めてゆく。
内臓全部が口から飛び出してきそうな圧迫感。
「んん……!!」
「っ…ユウ、悪ィ…ちょっと……力抜いて」
キツイ、と浅い息の中音にしてくる。
「…っかやろ……てめェがでけェんだろうが…!!」
「だ~ってユウが自分からして…くれるなんて…珍しい、じゃん? オレも興奮してんのさ~」
「知るか、馬鹿っ…」
口唇が震えた。喉が震えた。────歓喜に。
この男は求めたものを与えてくれる。
「ん…っ」
「ユウ、やっぱキツイ?」
ラビはそう言ってバンダナを押し上げる。鈍色の瞳が心配そうに俺を見上げているのがくすぐったくて。
嬉しかった。
「……平気、だ。い…から寝てろ」
愛しくて、愛しくて、ゆっくりと身体を傾け喉許を強く吸った。
くっきりと痕が残るように。
「つ…ユーウ、あんまり強くしたら痛いってー」
嬉しそうに責めるヤツがおかしくて、位置をずらし同じような痕を残した。
所有、の刻印。
「情熱的だな~ユウは~」
照れ隠しなのか、茶化すように笑うラビ。
俺もそれにつられたのか、照れくさくなって顔を背けた。
「ユウ? 怒った?」
「別に怒ってねェよ…!」
ラビの手が頬に伸びてくる。ゴメンて、と。
「お詫びにユウにもつけたげるー」
「バッ、馬鹿ラビお前っ、急に動くな!」
ラビが身体を起こし、俺の身体を抱え込む。
必然的に深くなってしまった結合部が疼いて、びくりと身体を震わせた。
「え~、でもユウ見てたら人形なんてマジ無理さ~」
そんなワケのわからないことをほざきながら、ラビはそのまま俺を押し倒す。
「あう……ッ…」
「ユウ、大好き」
動き始める余裕のなさげな腰に、俺の抗議は無駄に終わった。
「……んの馬鹿ウサギっ…」
せめて愛しい肩に爪を立て。
#R18 #両想い #ラブラブ #ラビユウ
★★★
一人一人に用意されたベッドが、ふたり分の重みを受けて泣き喚く。
神田はぎゅうとシーツを握り締めた。
「い……い加減にしろよジュニアっ……!!」
「んー、何ー?」
赤みを帯びた髪が頬に当たる。くせのある彼の髪は、神田のそれとは全く違った軌道を辿る。
「なに、じゃねぇっ…何度やったら気がすむ…ッ」
同じような大きさの手が神田を包み、黒猫は背をしならせた。落とされたキスに、何度も呻く。
「んんぅっ、ん、ふ…、う」
絡め取られた舌先が、蹂躙されていく。
侵食、と。
そういえば一番近いだろうか。
「あ…う」
「欲しい? ユウ」
「い…るかバカッ」
腰を抱かれ、肌を吸われ、犯されていく。
「いつまで経ってもスナオじゃねーなぁ…さっきはあんなに俺を飲み込んでたのに」
耐え難い、屈辱。
耐え難い、快楽。
侵食された、溶けた脳。
「…んで……こん…なっ…あ」
「なにがよ」
「いつ…もと違ッ…うんだよ…!」
腕が離れることはない。
口唇が吸い付かないところはない。
いつもだったら、最後には。
最後には額にキスしてオヤスミいい夢を。
「マンネリになんないようにしてやってんじゃん。なぁ?」
「あっ…う……ぃきなり挿れんじゃね…!」
「だってユウ、酷くされんの好きだろ」
突き上げられる。
こんな乱暴な抱き方は【彼】らしくなかった。
「だれが……っも、よせッ…!!」
「あー、強いて言うならちょっとムカついてる」
グイと喉を締め上げられ、片目で見下ろされる。
その鈍い色の瞳は綺麗だなんて思ったけれど。
「かはっ…」
酸素を求め、彼の腕を引っかく黒猫。微動だにもせず、普段優しげな彼の瞳が凶悪に揺らめいた。
「気に入らないんだけど」
神田は声を絞り出す。なにが、と。
彼は笑って神田を突き貫いた。
ラビがモヤシ、と言うのと神田の悲鳴とが重なって空気に溶けた────
「で? 結局なんだよ。ヤキモチかよ」
「そうソレ。マジでムカツク」
気怠い身体を起こし放られたシャツを羽織る。いけしゃあしゃあと音にするラビに、神田は眉を寄せた。
「アホらし…」
「あっは、犯るぞ」
気に障ったらしいラビが笑顔で神田の肩を掴みベッドに引き戻す。
「待ておい、俺は3時間後に任務が入ってるんだ」
「だから? 平気だろユウなら」
「なんでてめーはそうなんだよジュニア!」
「やべー、ユウちょーカワイイ」
「離しやがれこの性欲魔人ッ!!」
降りてきた口唇に、神田の抗議は吸い込まれ。
入り込んできた舌を噛んでやっても、彼はオモシロそうに見下ろすだけだった────
#R18 #ラブラブ #両想い

「んじゃ、コレ報告書。遅くなってゴメンさコムイ~」
そう言って、笑いながら三枚にまとめられた紙切れをひらりとデスクに置いた。言葉とは裏腹に、あまり反省はしていないように思える。
そうは言ってもこの笑顔が彼の持ち味で処世術。それについてとやかく言う必要はない。
「はい、オツカレさん。ブックマンは?」
「ん? ジジィ? まだあっちで後処理してるさ~。今回の任務で巻き込んじゃった【一般人】がいてさ~。ちょっと治療しなきゃいかんらしいんさ」
そう、と頷いて、ラビから提出された【イノセンスについての報告書】にちらりと目を通し、無造作に放った。整理するという概念が、この男にはないらしい。
「しばらくはゆっくりできるかな、ラビ。さっきまでちょっと頼みたい任務があったんだけど、別に空きがいたからね」
「そうなん? 別に良かったのにオレ。ヘタに休むより動いてた方がなまんねーし」
任務が苦痛ではない、と言い切れる団員は多くない。大体において、任務は命の危険を伴うのが常だ。
世界を救うためとは言え、まだ幾らも生きていない自分が、いつ死ぬかもわからない状況を、苦痛でないとは言い切れまい。
だが、【何かをしていたい】というワガママな思いは切り捨てられず、動く。
「オレが役に立つんなら、行くよ」
「…明快でイイねラビは」
それが生きてる証だから、といつか笑って言っていたのを、いまだ記憶している。
「でもま、任務ないんならマジメに修練しましょうかねー」
頭の後ろで腕を組んで、ラビはコムイに背を向ける。
コムイはその背中を笑って見送りかけ、だがためらいがちに呼び止めた。
「ん?」
「ちょっとね……頼まれてくれないかな?」
悪いクセだと思った。この男は肝心な時にいつでも遠慮がち。
エクソシストになり得なかった自分を悔やんでいるのか、哀れんでいるのか。
ラビは気づかれないようにそっとため息をつき、コムイに向き直った。
「オレにできることなら?」
「キミにできなきゃ誰にもできないよ」
不思議に思う。自分よりも能力が上のエクソシストがいないわけでもないのにと。
「神田くんを止めて」
その音に、ひゅっと息を呑んだ。
組んでいた腕が外れる。
「────…ユウ?」
それは愛しい人の名前。
何物にも変えがたくて、何者にも譲れないその人。
「なんかあったんさ!?」
神田だって任務があったはずだ。確か新しく入ってきたヤツとコンビで行ったとか聞いた。他人とそりが合わない人間だというのは知っているが、また何かしでかしたのだろうか。
「全治五ヶ月だってさ」
その言葉に、思わず掴みかかってしまったコムイの胸ぐらを解放する。
神田が怪我をするのはままあることだ。今イチ彼はツメが甘い。心配ではあるが、そんなに驚くことではない。
「なんだ…それって一般人基準さ? ユウだったらそれくらい半日で」
「三日」
「三、…日?」
責めるように見上げてくるコムイに、ラビは鸚鵡のように訊き返した。
三日。
常人では考えられない完治スピードだが、彼に関しては違う。
遅い方、なのだ。
「また…遅くなったんか」
「…そうみたいだね」
危険なカケだ。一歩間違えれば深い深い眠りについてしまう。
それでも彼は、【生き】なきゃいけないのだと先を急ぐ。
「頼むよラビ。神田くんの無茶、止めて」
イチバン近くにいるのはキミだろう、とコムイは縋るように眉を寄せた。
「彼を死なせるわけにはいかないんだ」
珍しくラビの眉が寄せられていく。
怒りからの行動なのか、葛藤からの行動なのか、判別できずにいるけれど。
「────できないさ、コムイ」
「ラビ」
「確かに死なせるわけにはいかんだろうさ~。【大事なエクソシスト】だもんなぁー」
含んだ言動に、コムイの眉間がわずかばかり深まった。
教団にとってエクソシストは必要なものであり、決して失われてはいけないものだ。いや、この世界にとって、と言った方が正確だ。
それゆえの束縛を、彼らがどう思っているのか、エクソシストでない自分には理解するまでに至れない。
「…怒るよ」
だが死なせるわけにいかない、と言った思いは純粋なものだ。それを頭から否定させる、【稀少さと束縛】が疎ましかった。
「そんなに無茶させたくないんなら、なんで【あの人】いかせたんさ…!」
「ラビ」
望んでいるものは、人それぞれ違う。
神田の望むもの。
コムイの望むもの。
ラビの望むもの。
そして、神田の【あの人】が望んでいたもの。
「オレはユウを止められない。止めない。失くしたくないんさ」
俯いて、息を呑んで、ラビは顔を上げる。
「自分で何を言っているか、わかってるかい? ラビ」
上げた顔は、いつものように透き通った笑顔だった。
「コムイ、オレね。目下ユウと恋愛中。惚れた人が正義なんさ」
その情熱と純粋さに、コムイは目を細めた。
そうだ、危険さは当人たちがイチバン良くわかっているのだろう。
「ユウがいなくなるから、コムイのその頼み、きけないさぁ~」
ごめんさ?と笑って、ラビは司令室を出て行ってしまう。
コムイはひとつため息をついた。本棚の影からバツが悪そうに顔を出したリーバー・ウェンハムに。
「わかんないスね~」
「盗み聞きとは感心できないねリーバーくん」
「室長たちの声がデカいんですよ。だけどラビのヤツ、神田を失くしたくないならどうして止めないんですかね」
コムイはラビの消えたドアを見つめながら、ギシリと椅子の背にもたれた。
「魂のハナシをしてるんだよ」
魂?とリーバーは訊き返す。ややあって、リーバーはそれを自らで理解した。
「肉体が死んだら元も子もないと思うんですがね」
「だけど今の無茶を止めたとしても、【神田ユウ】の魂が色を失くしてしまったら? ……切ないねぇ…なんで【あの人】いっちゃったのかなあ…。ホント徒花だよねぇ…」
「徒花?」
「…実を結ばないってコトさ」
ふう、と息を吐き、コムイはリーバーを呼んだ。さっきの任務、誰に頼んだっけ、と。
「確かフレディでしたよね。どーかしたんすか」
「うーん、ちょっとね」
「ああ、わかりました。あんたの魂胆」
「ハハ、さすがリーバーくん。コレくらいはね、してやりたいもの」
そう言って、コムイは笑いながら無線機に手を伸ばした────
ジリリリリ
ぴょこんと無線ゴーレムが飛び出してくる。帰還した途端なんだ、と神田は眉を寄せながらも応答する。
『ユーウ?』
「────ラビ?」
てっきりコムイだろうと思っていただけに、通信の相手に神田は不覚にも驚いてしまう。
「何の用だ」
『相っ変わらず冷てぇなぁ、コイビトに対してぇ~。今ドコ?』
ため息交じりのラビの声。いつもと変わらないやり取りに、どこか気の緩んでしまう自分に腹が立った。
もっと甘えて欲しいとも言われたことがあるけれど、具体的に何をどうしたら【甘え】られるのかすら理解できない。
それを言ったら、不器用だと笑われたことを覚えている。
「本部。すぐ任務に出る」
『え~マジで? ユウ最近任務多くね? で、今ドコよ。行くから』
「馬鹿か、すぐに任務だと言っているだろう。出発まで五分もないってのに」
行くから、と言うことはラビもココにいるのだろう。任務中は連絡を取れる状態じゃなかったせいか、お互いに帰還がいつになるのか知れない。
偶然にも今はふたりともが帰還しているらしいが、すれ違うことの方が多いのだ。
『ダイジョブだってー。五分もあれば名前呼んで抱きしめてキスができる』
「なっ…」
恋人だと言う限り、自分だってそういう気持ちがないわけではない。
だけど、そうやってあからさまに言葉にされるのはいつまで経っても慣れるものではなかった。
「馬鹿なコトを言うなっ…」
『馬鹿なコトじゃないさ~。ちょっとの時間でも逢いたいと思わねぇ?』
今の顔は絶対に見せられない。情けない顔をしているに違いないんだ。神田は吐く息を殺した。
「絶対来るな。来たら斬る」
『アッハ、それ無理~』
ふわり、と身体が後ろに揺らぐ。
記憶してしまった体温が、背を支配した。
「もう、来ちゃったもん。ユウは目立つからすぐわかる」
ふたつのゴーレムが、じゃれあうように飛び交っていた。
「オカエリ」
「……ああ」
背中から抱きしめられるのがいちばん好きだった。遠のいていきそうな【自分】を押し留めてくれる。それを彼に言った記憶はないが、不思議と背後からのスキンシップが多いのは、気づかれているからなのだろうか。
「ユウ、今回三日もかかったんだって? ダイジョブ?」
「大した事じゃない。何日も寝ているわけにはいかないんだ」
そっか、とラビが笑う。
ラビは神田のすることを止めないでいる。その理由を問いかけて、喉が詰まった。
「ユウ」
不意に呼ばれた音に。
「キスしてもい?」
答える前に突然降って湧いた小さなキスに。
「……ラビ」
「オレね、ユウに名前呼ばれるのスゴク好きさ」
もっと呼んで、とつつくようなキスをする。だけどその口唇は、僅かに。
ひっそりと震えていた。
「ラビ、言いたいことがあるならはっきり言え」
それが神田に伝わらないはずがなく、正面切って睨まれた。
キレイな顔だと思ってラビはあからさまに苦笑い。
「アイシてるさ、ユウ」
「……そういうことじゃなくて」
「そろそろ出発?」
濁したラビの声に、懐中時計を見直す。タイムリミットだ。神田は舌を打ち、眉を寄せた。
「行く」
「うん」
踵を返しかけた神田を引き止め、ラビは口唇を塞ぐ。
「…、ん…っ」
見送りのキスにしては激しく、別れのキスにしては心許なかった。
口唇を離した後、ぎゅうと強く抱きしめあった。
【名前呼んで抱きしめてキスができる】と言った言葉そのままに。
「────死ぬな」
「…了解した」
名残惜しそうに身体を離し、ふわりと笑う。
生きていける。
じゃあ、また。
言いかけて、呼び出す無線ゴーレムの音に邪魔された。
「あれ、オマエのだろ。ラビ」
「ん~。任務かなあ」
ゴーレムに応答するラビの声を、神田は背中で聞いた。
生きていける。
「えっ、マジで!?」
遠のく距離でも耳に入るようなラビの声。
いつもながら騒がしい男だ、と神田はため息をつく。感傷に浸ることさえ邪魔をするのか。
「さんきゅーコムイ~、愛してるさ~」
聞き捨てならないコトバが聞こえ、眉間にしわが寄る。早くこの場を離れてしまおうと、足を速めた。
「ユウ、待って待って」
とたた、と追いかけてくるラビを、不思議そうに振り返る。
「なんだ。もう時間が」
「一緒の任務、だってさ」
嬉しそうに追い越すラビを、一瞬後に振り向いた。
「ちょっと待て、今回はフレデリックだって聞いてるぞ」
「コムイが気ィ利かしてくれたんデショ? 一緒の任務、どれくらいぶり?」
時間ないんだろ?と足早に歩き出すラビを追い、逸る鼓動を聞かれないように一歩後を歩く。
確かに一緒に任務に就くのは久しぶり。コムイが気を利かせてくれたこともわかる。
「一年…くらい」
「楽しみさぁ~」
「おい、不謹慎な事言うな。任務だぞ」
それでも、一瞬でも【嬉しい】と思ってしまった自分に頭を抱えた。
「自分の感情に素直なだけだもんオレ。ユウの事好きで、大好きで、一緒にいたいんさ」
すい、と手を差し出され、神田はためらいがちに右手を伸ばす。
絡ませた指が、お互いを安堵させた。
「ユウ。花、咲いてるよな」
みなまで言わずとも知れた。ラビが何を言いたがっているのか。
生きていける。
「────ああ…そうだな、ラビ」
たとえ実を、結ばなくても。
#両想い #切なめ #ラビユウ