- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.285, No.284, No.283, No.282, No.281, No.280, No.279[7件]
金色の曼珠沙華-001-
案外華奢な手を押さえつけて、上から見下ろした。
ドク、と心臓が音を立てたのは自覚していて、その音を静める術など知りやしない。ただ、もっと大きく、もっと速くする方法だけは知っていた。
「兵頭っ……よせっ、こんなことしてただですむと思ってんのかてめぇ……!」
十座はふるりと首を振る。
ただですむとは思っていない。今でさえ、軽蔑ととてつもない怒りがひしひしと感じられるのだ。自分の望みを実現させてしまったら、すべてが壊れていくのも分かっている。
(止められねぇんだ)
触れたい。そう思ってしまった熱情は、自分の意志でももうどうにもできない。
左京さん。
小さく呼ぶ。
この想いが叶うのなら、命をくれてやってもいい。そんな風に思うほど、あの人に触れたい。
口唇を塞いだ。舌に噛みつかれたけれど、それさえも快感に変わっていく。押さえつけて、腕で拘束して、欲をただ、ぶつける。
「兵頭……ッ!」
熱い吐息と一緒に吐かれる自分の名に興奮して、左京の体を乱暴に暴いていった。
肌を滑り、口唇を寄せ、吸い上げて、押し込む。壊れてしまうのではないかと思うほど強く引き寄せて、左京の中に熱を流し込む。
(駄目だ、こんな、ことっ……!)
止めなければと思う心とは裏腹に、欲望だけが先走る。肌をぶつからせ、腰を揺さぶり、涙が左京の睫毛を濡らすのも構わずに、何度も、何度も、打ち付けた。
「左京さん……ッ」
#シリーズ物 #ウェブ再録
金色の曼珠沙華
おわりとはじまり
はあ、と止めていた息を吐き出した。自分の下でふるふると体を震わせる恋人を見下ろして、十座は言いようのない幸福に包まれる。
「あ、あ……はあっ……」
部屋に呼んでくれただけではなく、十座が切り出す前に手を伸ばしてくれた左京を、いつもより激しく抱いたような気がする。
乱雑に脱ぎ捨てられた衣服の傍で寝転んだまま、汗で額に張り付く金色の髪を指先で払ってやれば、くすぐったいというように綺麗な紫色の瞳で睨まれた。
もっとも、そんなに頬を紅潮させていては威力は半減するし、それどころか別の威力に変わってしまう。まったく自分というものを分かってないひとだ、と十座はその額に唇を寄せた。
「ん……っ、馬鹿、動くんじゃねぇ……」
まだ入り込んだままだったせいで、左京が反応をしてしまう。悪いと思うよりも先に、また欲が膨れ上がってしまうのは、もうどうしようもなかった。
「左京さん、もう一回……」
そう言って耳元で囁くけれど、左京は十座の体を押しやってくる。
「冗談言うな、ちょっと……休憩くらいさせやがれ……この体力馬鹿が」
ダメなのかとがっかりしかけた十座だが、どうやら時間をおけばいいらしい。それくらいは我慢していようと、十座はゆっくりと左京の中から引き抜いた。
「兵頭、水……取ってくれ……」
「ん、あ、ああ……喉、大丈夫っすか。あんなに声出してたし……」
十座は側のテーブルに置かれていたミネラルウォーターのボトルを左京に手渡す。蓋を開ける力が入らないらしく、十座はカシュリと開けてやった。
「誰のせいだと思ってやがんだ、あんなに……その、しなくても、いいだろ……」
体を起こして水を飲む左京の頬が、赤い。責められているのは分かるが、正直そんな可愛らしい反応をされてもからご褒美にしかなっていない。
水を飲み込んでいく左京の喉が動くたび、十座の中の欲が膨れ上がる。左京にあまり負担をかけたくないのは本音だが、そうそう落ち着いて待ってもいられない。左京に触れたいのだ。
「左京さん」
左京の傍に手をついて、お窺いをたてるように名を呼ぶ。一瞬向けられた視線はすぐにふいと逸らされて、重なってくれない。まだお預けだというサインだろうか。
「なあ……」
耳元に唇を寄せ、吐息と一緒に囁く。左京がこの声に弱いらしいのは気づいていて、わざとだ。耳から顎のラインを鼻先でなぞり、白い肌をちゅっと軽く吸う。抵抗はされていないが、受け入れきってもくれていない。
「待てって、言ってんだろうが、おい……どんだけ堪え性ねえんだお前は」
「全裸のアンタ前にして、堪える理由が分からねぇ」
「俺の体力を考えろ。お前と違ってこっちは三十路なんだよ」
無理に押し倒すことはできたけれど、それをしたら左京が怒るのは目に見えている。三日くらい口を聞いてくれなくなるかもしれなくて、それなら欲を我慢する方がまだマシだ。
十座はおとなしく身を引いて、残念そうに視線を下向けた。
「それにな……」
そんな十座に、左京の手がゆっくりと伸びてくる。優しく髪を撫でられて、十座はぱちぱちと目を瞬いた。
「もう少し待ってろ」
「……左京さん?」
そうして左京は、どうしてか携帯端末を手に取る。大事なメールでもきたのだろうかと思ったが、すぐにテーブルへと戻したあたり、そういうことでもないらしい。
「兵頭」
携帯端末から離れた指先が、顎に触れてくる。それは口唇へ移り、右から左へ、左から右へ、ゆっくりと形をなぞってきた。ひどく官能的な指先の動きに、十座は戸惑い、瞬きさえ忘れてしまう。
「さ、左京さ……」
「キス、していいか」
一通りのコトを終えたあと、この状況で、わざわざ訊ねてくる真意が分からない。だけどよくないわけはなくて、頷くーー前に、左京の口唇を感じていた。
左京からのキスは珍しい。体を重ねてはいても、どうしても自分の方が想いが大きいことは自覚していて、たまに向けられる左京からのこんな優しさには、舞い上がってしまう。
触れるだけ。つい数分前まであんなに情熱的に繋がっていたとは思えないほど、穏やかで静かな口づけだ。左京はもしかしてこういうキスの方が好きなのだろうかと、合わせるように口唇を押し当てる。
両手で頬を包んでくれるその手も優しくて、怒られないようにと祈りながら、左京の案外華奢な体を抱きしめた。
「ん……」
触れるだけのキスが、ゆっくりと深いものに変わっていく。そうしてくれたのは左京の方からで、十座は口を開いて左京を招き入れた。舌を捕われて、絡んだと思ったら、いつのまにか互いの指先も絡んでいて、指先と口唇のキスで遊んだ。
「ふ……ぁ」
「……っん」
触れて、離れるかと思った手前でまた触れて、左京の腕が背中に回されたことに歓喜しながら十座は左京の髪を撫でる。
離れることのない口唇をちゅうと吸い上げて、混ざった唾液を飲み込んだ頃、満足したらしい左京が肩にてを置いて押しやってくる。濡れた口唇と揺れる瞳が煽情的で、もう一回とおねだりしようとしたけれど、口唇に当てられた人差し指で止められた。
「兵頭……誕生日、おめでとう」
そうして囁かれた言葉に、十座は目を瞠った。
「え……、……は?」
誕生日、と左京は言った。おめでとうとも言ってくれた。壁にかけられた時計は午前零時を回っており、九月二十七日。十座がこの世に生を受けた日だ。
瞬きをひとつ。そこでようやく事態を把握して、再度目を瞠った。
「誕生日……」
「おいおい、まさか忘れてたってんじゃねぇだろうな」
「え、あ、いや、そうじゃねえが……だって、まさか左京さんが」
「俺が祝うとは思わなかったって? 色気のねぇこと言いやがるな、若ぇのによ」
コツ、と額を合わせられる。考えていなかったわけではない、付き合い始めてから最初の誕生日だ。できれば左京と一緒に過ごしたかったし、多少のわがままも聞いてもらえるかもしれないと思っていたのは本音である。
だけど、まさか真っ先に祝ってくれるなんて思っていなかった。
「ま、俺もガラじゃねぇけどな、こんなこと。分かってるさ」
だけど、と左京は続ける。
「十七歳最後の瞬間のお前と、十八歳最初の瞬間のお前に、キスをしていたかったんだ」
普段めったに見られない優しい顔つきで、恋人は笑う。たまらなくなって、十座は左京を強く抱きしめ口唇に触れた。
「左京さん……っ」
それは最初から深くて、食らうような激しいものになってしまったけれど、左京が嫌がるそぶりは見られなかった。勢いでそのまま膝の上に乗せてしまった時には、さすがに軽く舌を噛まれたけれど、
「まぁ……存分に楽しめ。お前の上でも下でも、今日は好きなようにしてやるよ」
そんなお許しをいただいて、十座はここぞとばかりに左京を堪能することになるのだった。
はあーと左京は長い息を吐く。まったくらしくないことをしたもんだと。おかげで体がギシギシと音を立てるかのように、痛い。
好きなようにしてやると言ったのを後悔したのは、多分三度目――体を転がされて、後ろから受け入れた頃だ。十代の体力にはついていけないと何度か身をもって知っているはずなのに、立て続けのラウンドを許してしまった。
ーーーー言わねーぞ。他の奴らに祝われる前におめでとう言いたかっただけだなんて、死んでも言わねぇ。
それはひとえに、自身で思っているよりもずっと兵頭十座に心を持っていかれてしまっているからだ。一回りも違う年下の男に、こうまで翻弄されているなんて、誰にも知られたくない。十座にもだ。
「左京さん、水、持ってきたっすけど……起きられるのか?」
「あー……悪い、ちょっと手ぇ貸せ……」
水をくみに行っていた十座が戻ってきて、左京は体を起こそうとする。しかしうまく力が入らなくて、これでは水を飲むのもままならない。
「すんませんほんと……全然抑えきかなくて」
「ちったぁ加減しろ、このエロガキ」
「……努力はする」
十座に手を貸してもらい、体を起こす。自身で支えられない体は十座の胸で支えられて、慣れた体温が左京を安堵させた。
「今日……一緒に出かけようかとも思ってたんだがな……」
「そういうことは早く言ってくれ左京さん。分かってたらセーブ、……いや、できなかったとは思うが……」
「プレゼント用意してねーからな、好きなもん買ってやろうと思ってた。悪い、ちょっとしんどい……」
水で喉を潤し、左京はこてりと床に体を横たえる。そんな左京の体をいたわるように、欲でなく撫でてくる十座の手のひら。今さらながらに、セーブできなかったことを後悔しているのだろう。
「プレゼントなら、充分もらっちまってる」
「あァ?」
「いちばん初めに祝ってくれたの、嬉しいっす。無茶させてすんません」
そんなことでいいのかと、左京は肩を震わせて笑う。ちょっと高めのスイーツでも取り寄せてやろうかと、心配そうに覗き込んでくる十座の髪を撫でた。
「んな顔しなくても、ちょっと寝たら平気だ。しかし安いプレゼントだな。もうちょっとうまくおねだりしてみりゃいいのに 。遠出はできねぇが、何か食いに行くか?」
「いや、いい。むしろこうして部屋でのんびりしてぇ。ベッドは……狭いかもしれねえが」
「スイーツやらなんやらはいいのか。遠慮するな」
左京に気を使っているのか、十座は首を振る。そんなに深刻になるほどの疲労じゃないんだがと、左京は重い腕を上げた。
「兵頭、もうちょっと甘えてくれてもいいんだぞ?」
「……なら、それ、来年欲しいっす。来年、アンタとふたりで出かけたい、左京さん」
その腕をパシリと取り、十座は手のひらに口づけてくる。左京はぱちぱちと目を瞬いた。
来年、と強調した十座の望みを悟ってしまって、口元が緩む。
「分かった、来年。心配しねーでも、ちゃんと祝ってやる。……恋人として、な」
「……っあざす」
十座の顔がパァッと明るくなる。普段からそういう顔をしていれば、強面なんて言われないだろうにと思うが、自分の前でだけそこまで崩れるのも悪くない。
「左京さん、あの、もう一回」
「無理に決まってんだろうが」
「あ、いや、そうじゃなくて、その……お、おめでとうってヤツ……」
そっちか、と左京は恥ずかしい勘違いに頬を赤らめる。まぎらわしい言い方をするなと怒りかけたが、誕生日くらい目一杯優しくしてやろうと息を吐いた。
「……おめでとう、兵頭。あのな、その……お前が思ってるより、ちゃんと……好きだぞ」
そうして十座が何かを言う前に、口唇をキスで塞いでやった。
#両想い #ラブラブ #誕生日
何度だって
隣を歩く人の横顔を、ちらりと見やった。雨の日は、差した傘の分だけ距離ができるから、好かねえ。
だけどその反面、雨で洗われた空気の中のこの人も綺麗だなんて思うから、厄介なんだ。
だけど、どうしたんだろう。さっきから、ずっと黙ったままだ。お互い口数の多い方でもねぇし、愛だの恋だの語り合える場所でもねぇ。
そもそもそんな会話、この人との間じゃ一度もしたことねぇんだからな。
いつも、いつだって、俺はこの人を抱くだけだ。
無理やりしているわけじゃねえ、とは思う。呆れて、諦めて、俺の欲につきあってくれているこの人に、俺がどうしようもなく惚れちまってるってだけ。
もちろん外で手なんかつなげねぇし、キスなんかもっとできねぇけど、俺はこの人が好きなんだ。
ぱたた、と安いビニール傘に雨が当たって音を立てる。滑り落ちてきた雫はそのまま地面に逃げていって、小さな水たまりに波紋を生んだ。
「……左京さん」
「あァ?」
「信号、変わるぞ」
青の点滅を繰り返す信号機。この長い横断歩道を渡りきる前に赤に変わってしまうだろうことは、すぐに予測ができるのに、その人――左京さんは足を止めなかった。もしかして気づいていないのかと、どさくさに紛れて指先を握って引き留めた。
「……ああ、悪いな……」
静かな声は、それでも雨音にかき消されることなく俺の耳に届く。俺が左京さんの声を聞き逃すはずねえ。
ああ、だけど本当に、どうしたんだ、この人は。これは、そうだ、あれだ、上の空ってヤツだ。
せっかくふたりきりなんだから浮かれてほしい、なんて言えない。誰がどう見たって俺の片想いでしかなくて、今日だって一緒に寮を出てきたわけじゃない。出先で偶然見かけて、俺が勝手に追いかけてきただけなんだ。
何かあったのか。
劇団の中か、それとも、左京さんの仕事方面なのか。
訊いてもいいもんかな、こういうのは。恋人でもねえ、ただ演技指導してもらって、……抱かせてもらってるってだけの、俺が。
「左京さん、あの……」
「兵頭、お前このあと時間あるか」
思い切って訊ねてみようとしたところへ、左京さんの声。
眼鏡のレンズ越しに見る瞳は、やけに寂しそうで、戸惑いを覚える。だけど俺が左京さんと一緒にいられる時間を減らしたいわけはなくて、こくりと頷いた。
「そうか……」
「左京さん、どうしたんすか。ぼんやりしてるし、なんか、悩んでるん、すか?」
「……いや、別に。この間お前に抱かれた時のこと、思い出してただけだ」
赤だった信号が青に変わって、左京さんは先に歩き出す。
俺の顔は赤くなって、左京さんを追いかけたけれど、気づいちまう。あんなのは、嘘だ。
ごまかして、丸め込んで、隠せていると思ってやがる。
「なあ兵頭、抱くだろ?」
左京さんが雨の中振り向いて笑う。
……まあごまかされてはやるけれど、ベッドん中じゃ容赦しねぇ。
「アンタがいいなら、余計なこと考えられなくなるくらい、抱かせてもらう」
悩んでるなら、吐き出せないなら、丸め込んで隠し通したいなら、何度だって抱いてやる。
アンタが悩む理由なんか、俺のことだけでいいじゃねえかよ。――なァ、左京さん。
そうやって、連れ込んだのか連れ込まれたのか分からない部屋の一室、夜通し抱いた。
左京さんが俺の腕の中で震えて泣くのは、雨の寒さでも快感からでもないと分かっていたから――。
#片想い #セフレ
解けない暗号-003-
「ほら、ついたで工藤。ここでちょっと雨宿りさせてもらおか」
小さなパン屋の軒先で、コナンを下ろす平次。屋根のないビルばかりで、たまにあっても同じように雨宿りする人たちでいっぱいだった。ようやく見つけた、ふたりきりの雨宿り先だ。
「眼鏡が濡れちまった」
大事な眼鏡に、いくつもの雨粒。コナンはポケットからハンカチを取り出し、レンズを拭いた。眼鏡がないと見えないわけではないが、これは博士に作ってもらった大事なものだ。大事に扱っておかねば、と丁寧に。
「はー、せやけどひどい雨やな」
そんなコナンの隣に、平次がしゃがみ込んだ。声が急に近くに聞こえて、心臓が跳ねる。思わず、一歩反対側に体をずらした。平次がそれに気づいた様子はなかったが、なんだか後ろめたい。
――――なんだよ……なんでこいつと一緒にいて、後ろめたいなんて……。こんなこと、今までもあったじゃねーかよ。
平次がいる右側だけ、どうしてか緊張して固まってしまっている。逢いにきたなんて言うからだ、と平次を睨みつけてみたら、じっとこちらを見つめるまっすぐな視線とかち合ってしまった。
「なっ、なんだよ」
「なあ、オレらってどないなカンケイに見えるんやろな」
「はぁ?」
「オレは親友やとは思てるけど、ハタから見たら全然そんなんちゃうやろ、この歳の差」
歳の差と言いきるには中身が邪魔をするけれど、少なくとも見た目は小学生と高校生だ。離れ過ぎた見た目年齢は、人々に違和感を与えるだろう。
「いいとこ、親戚の兄ちゃんとちっこいガキてとこやろか」
「なんだよ、突然そんなこと言い出して……」
「いや、今回の件、相続権の争いって感じやないやろ。歳が離れてるみたいやけど、兄弟みんな仲ええもんな。できればみんな納得いくような遺言やとええなって」
「あの短時間に、真実なんて分からねぇだろ。本当は腹の中で他の兄弟蹴落とそうとしてるかもしれないんだぜ」
「夢のないこと言うなや、その格好で」
「もしもの場合を言ってやってんだよ。お前は事件の関係者に感情移入しすぎるクセがあるからな」
お前に言われとうないわ、と平次がむくれる。事件に、個人の感情を持ち込むのはよくない。先入観が、真実を覆い隠してしまうからだ。だけど、感情の行き先を考えなくなってしまったら、それは寂しいことだ。平次もコナンも、感覚でそれを知っている。そんな相手だからこそ、信頼をして共に事件解決に向けて走れるのだ。
「まあ、そんなこと考えるより、この暗号を…………っくし!」
暗号をどうにかしないと、とコナンは言いかけ、途中でくしゃみに邪魔された。ぞわりと下から這い上がってくる悪寒に、少し身を震わせる。
「なんや、冷えたんか? ちょっと雨に濡れただけやん」
「オレはお前と違って繊細なんだよ」
「ハ、さよけ」
言って、平次はジャケットの衿を落とし袖を抜く。それをコナンの肩に被せて腰を上げた。
「な、なんだよ」
「着とけや。ないよりマシやろ」
「はぁっ? い、いいよ、お前だって寒いだろ、こんな雨」
コナンはこんなことをされる理由がないと、被せられたジャケットを平次に返そうとするけれど、
「オレはお前と違てオトナやし。繊細なちびっ子とはちゃうねん」
「何がオトナだよ、未成年のくせに……っ」
茶化してきた平次の足を蹴ってやる。キック力の増強をしなかったのは、まあ、情である。
ざあざあと降る雨は、まだ雨足を弱めてくれない。寒いのは確かに事実で、貸してくれるというなら借りておいてやってもいいかと、コナンはジャケットの衿を掴んだ。
途端、香る他人の匂い。平次の匂いだ。
「……っ」
カッと顔の熱が上がる。
――――さっきから、おかしい。どうしちまったんだ、オレは……!
心臓は跳ねて、いっそ地面を叩く雨粒よりも激しい音を立てている気さえしてくる。
「は、服部、やっぱこれ――」
「なあ工藤」
やっぱり返すと言い掛けたコナンに、上の方から声が降ってくる。雨音はひどく大きいのに、どうしてかその声を聞き逃すことはなかった。
「な、なんだよ」
「こないな暗号遺して死によったじーさん、本当に意地悪でやっとるんやなかったら、兄弟らで力合わせて解いてほしかったんとちゃうか?」
「え?」
「あんなぁ、オレいま、めっちゃ楽しいんや。事故でも殺人でもない、ただの遺言書の暗号解読て、宝探しみたいやろ」
暗号の写しをじっと眺め、平次は笑う。確かに、人は亡くなっているが天命だ。血なまぐさい話ではない。
「この暗号がオレらに解けんてことは、なんやあの兄弟らにしか分からんもんがあるっちゅーことや。宝探し、楽しんでほしかったんやないかなって思ってな」
「解けない言い訳にすんなよ。西の名探偵の名が泣くぜ。……でも、確かにそうなんだよな……この近くにこんな名前の店はないし、三叉路もない」
「あの人らにしか分からん暗号や。この雨止んだら、依頼人の家戻ろか。ヒントやってあとはじーさんの望み通り、あの人らに解かせたほうがええ」
そういえば、あの豪邸の主の子らはとっくに独立して家を出ており、それぞれに家庭がある。何かイベント事でもなければ、全員が集まることはないのだろう。昔は、それこそ作られた暗号で一緒に遊んでいたのだろうに。
「骨折り損じゃねーかよ」
「まあ、ええやろ。久々に楽しめたで」
「確かに、それはあるけど……この雨さえなけりゃな」
そうして二人は暗号を解くことを諦め、主の遺志をくむことにした。
雨が止んだら、彼らのところに戻って話してやろう。
「工藤」
「あ?」
「オレら住んどるとこも違うし、意見の食い違いもぎょうさんあるやろうけど、……けど、できる時はこうやってふたりでやろうな」
ニ、と嬉しそうに口角を上げる平次に、コナンは目を瞬く。今まで何度も、協力したり衝突したりしながら事件を解決してきた。だけど改めて「ふたりで」と言葉にされるとは思わなかった。
――――キザなヤツ……。
自分のことを棚に上げてか、自覚しないでか、コナンは少しだけ視線を逸らす。明確な答えを求めているわけではないのか、平次はいまだに止まない雨を眺めていて、ふたりの視線が重なることはない。
だけどコナンの体を包む平次の匂いが、口許を緩めさせる。
――――ふたりで。
一人で解けない事件(があるのも悔しいが)、ふたりでならきっと大丈夫。根拠は今まで過ごしてきた時間。こうして言葉にしてくれる、素直な思い。
「あぁ……そうだな」
コナンは小さく呟く。それは雨音にかき消されて、平次の耳まで届かない。都合はよかった。きっと心音も消してくれている。
「え、なんやて?」
案の定そう訊き返してきて、コナンはホッとした。こんなわけの分からない感情からくる心音、聞かれたくない。
「足引っ張るんじゃねーぞって言ったんだよ」
「こっちの台詞じゃボケェ」
いつも通りの悪態に包み隠して、深呼吸を三回。
やっぱりその音も、ざあざあと降り続く雨がかき消してくれた。
友人の本に寄稿したもの
#DC #服部平次 #江戸川コナン #平コ #ウェブ再録
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は、は、と荒い息がその個室に響く。
べっとりと濡れた手を見下ろし、兵頭十座は焦燥感に襲われた。
カラ……とトイレットペーパーを引き出してちぎり、自身の体液で汚れた手を拭う。それを白い便器の中に投げつけて水を流す頃、ようやく呼吸が整った。
「……笑い話にもならねぇな」
いや、まだギリギリ笑い話ですんでいるのだろうか、と十座は大きく息を吐く。
兵頭十座は古市左京を抱いている。想像の中で、だ。現実の話ではない。ギリギリ笑い話というのは、そういうことだ。
扉にもたれ、ぐしゃりと髪をかき混ぜる。日に日に、渦巻く欲が大きくなっている気がする、と。もちろん測定しているわけではないし、そんなものどうやって測定するのかも分からないが、感覚の問題だ。
「頭冷やしてこねぇと……」
十座はトイレを出て、浴場に向かった。この時間帯、団員は全員風呂の時間を終えて、自室なり談話室なりでそれぞれの時間を過ごしているはずだ。
十座とて、同室の相手がいなければそこで過ごしていたことだろう。だがこの劇団では基本的に二人部屋。悲しいことに、ルームメイトは劇団一いけ好かない相手だ。年頃の男子の生理現象とはいえ、自慰をしているなんて絶対に知られたくない。
しかもオカズにするネタが、あの古市左京だなんて、死んでもだ。
浴場の電気を点けず、十座はスタンドシャワーのブースに向かう。ひねった蛇口は、水の方だった。
ザアッとノズルから降ってくる冷たい水は、とろけてしまった十座の心を固めていってくれる。
「間違って、手ぇ出さねぇようにしねーと……本当に殺される」
ぼそりと呟く。
想像の中で左京を組み敷いて、体を暴き、欲をぶつけるこの行為は、どうにも乱暴だ。
それが現実になってしまわないように、こうして冷やして固めておかねば、世界が変わってしまう。
恋というものが、こんなにも厄介なものだなんて思いもしなかった。
そう、恋だ。
兵頭十座は古市左京に恋をしている。
冷水で頭を冷やす時間が経つにつれ、十座の意識はすっきりと晴れていく。
その分、左京への感情を改めて実感することになってしまって、いたたまれないのも事実だった。
「なんで……あの人なんだ……」
自覚している範囲で、初めての恋だ。
硬派な強面というイメージが、小さな頃から定着しているせいか、女はおろか男の友人さえできなかった十座が、まさかまともに恋なんてできるはずもなく、この歳まで生きてきた。
なんの因果か、初めての恋の相手が年上の男性とは。
叶うわけがない。受け入れてもらえるわけがない。まるで絶望的な恋だ。
混乱しなかったわけじゃない。最初はなんの間違いかと思った。
左京を目で追っているのに気がついた時も、彼の演技に惹かれて、できることなら技を盗みたいと思ってのことだと感じていた。
左京に名を呼ばれるたび胸が跳ねるのも、何か怒られるようなことをしただろうかと、怯えが先立っているのだと感じていた。
だけど、よくやったなと笑顔を向けられたその瞬間。
稽古の熱で、首筋を流れる汗を見たその瞬間。
役の上とはいえ、真剣なまなざしと出逢ったその瞬間。
恋をしているのだと、気がついた。
(言えねぇけど。誰にも。こんなこと……おかしいんだ。左京さんを……あんな風に抱きたいなんて、思ってねぇのに)
触れたいとは思っている。口唇に、肌に、体のすべてに。だけど左京は、想像の中でさえ受け入れようとしてくれない。
そりゃそうだろうなと十座は苦笑して、冷たい水の降ってくるシャワーを止めた。
ふうーと息を吐く。熱は冷ました。どうしても浮かんでくる左京の顔も頭を振って打ち消した。恋心とやらにも蓋をして、押し込めた。
今日はもう眠ってしまおうと、体の水分を拭き取り申し訳程度に髪を拭き、浴場を出ようとしたその時。
「あ?」
なんてことだ。今いちばん顔を見たくない相手と鉢合わせた。
「んだ、てめぇ……」
相手はルームメイトの摂津万里。部屋にいたのではなかったのかと、あからさまに眉を寄せてやった。
「何してんだよ、こんな時間に。風呂の時間過ぎてっだろーが」
万里の言うことは正しくて、さらに言えば入浴は決められた時間内に済ませている。不思議がるのも仕方がないだろう。
だけど、何をしていたかなんて言えるわけもない。左京をネタにトイレで欲を放ち、熱を収めるために冷水を浴びていたなんて、そんなこと。
絶対に軽蔑される。
(別に摂津にどう思われようが関係ねーが、……知られたく、ねぇ)
何かと突っかかってくる相手だ、今さら何をどう思われようと関係はない。だけど、知られたくない。
この劇団は、十座の夢を叶えてくれた。これから先も、もっと色んな役を演じさせてもらえる――自分以外の誰かになれる、大切な場所だ。
そんな大切な場所で、大事な劇団の仲間を相手に、こんな劣情を抱いているなんて知られたら――そう思うと、背筋を悪寒が走る。
(ここにいたいんだ、俺は)
「……っせーな、てめぇには関係ねーだろう」
十座は万里を目の前にして珍しく、挑発を受けずに顔を背け、ふいと体を横に流した。今は万里の相手をする余裕なんてない。ありがたいことに、万里の方もそれ以上の挑発を続けてくることはなく、どことなく様子がおかしい。
だが万里の様子が気にはなっても、てめーの方こそ何かあったのかなんて訊いてやる義理もなければ、そんな余裕もない。十座は万里とすれ違い、そそくさと部屋へ向かっていった。
そうしてベッドに寝転がる。
目を開けていても、閉じていても、浮かんでくるのは左京の顔。不機嫌そうなもの、ケンカを止める時の呆れたもの、アドリブに上手く返せた後の満足そうなもの。
(ああ、駄目だ、やっぱり。心臓がいてぇ……)
想うたび、心臓が締めつけられる。きゅう、と縮んでいくような感覚を味わい、深呼吸をしてどうにか元に戻す。その苦しさを知っているのに、どうして何度も繰り返してしまうのか。
想わなければ苦しまなくてすむと分かっていても、いつも、いつでも、左京が浮かんできてしまう。
(恋ってめんどくせぇな……)
そう思ってため息をつくのに、頭の中は左京でいっぱいだ。せっかく収めた熱が、また蘇ってきてしまう。
違うことを考えようと、大好きなあんみつを思い浮かべた。美味そう、と思ってもうひとつ。もうひとつ。ぽん、ぽん、と浮かび上がってくるあんみつ。黒蜜をたっぷりかけたり、ソフトクリームを乗せたり、ぎゅうひを足したりミカンを足したり。
そんな中でも、ぽん、と左京の顔が浮かんできた。
「ああ、もう……仕方ねぇな……好きなんだ」
大好きなあんみつと、大好きな古市左京。
諦めが悪いのは自覚していた。似合わなくても甘いものは好きだし、どんなに下手くそでも芝居をしたかった。
どんなに望みがなくても、やっぱりあの人が好きなんだと口角を上げて、十座はゆっくりと眠りに落ちていった。
#シリーズ物 #ウェブ再録