華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.295
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
携帯端末の画面に、ピョコンとメッセージが浮かんでくる。【よぉ、補習だって? ダッセぇな兵頭。メシ前…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.295
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携帯端末の画面に、ピョコンとメッセージが浮かんでくる。
【よぉ、補習だって? ダッセぇな兵頭。メシ前の稽古早々に切り上げたから、てめーが帰ってきたらもっかい集まるぞ】
秋組のリーダーである摂津万里からのLIMEだ。十座は自分の机で、ノートを広げたままため息を吐いた。
【こら万里。まあ十座、そういうことだから、稽古のことは気にしないで補習受けてこいよ。なんか万里にも用事あるっぽくて、さっき切り上げたんだ】
【十座サンお疲れッス~】
稽古のスケジュール合わせにと、全員でグループ登録したものだ。臣と太一からもメッセージが飛んでくる。自分から何かを提案したことはないが、なるほどこういう風に使うのかと、今さらながらに考えた。
誰もいない教室で、十座は教科書を見るともなしに眺める。
本当は補習なんて受けていない。
一応単位は足りているはずだし、テストなら他にも何人か赤点になった連中を集めて追試、という形になるはず。
たとえ十座オンリーの追試なのだとしても、教師が試験管として居るはずだ。
補習にしても時間の制限があるのだから、十座がのんびりしていていいはずはない。
まだ左京と顔を合わせる覚悟ができていない十座が取った、馬鹿らしい策だ。
こんなことで逃げ切れるわけもないのにと、グループLIMEに【分かった】と返信した。
いつまでもこんなことで逃げているわけにはいかない。十座は額の前で指を組み、祈るように目を閉じた。
できるかぎり時間を引き延ばして寮に戻れば、久し振りにカレーではない夕食が待っていた。
料理の名前を聞いても覚えられやしないが、臣が作ってくれた料理が美味そうなことだけは分かる。
「ほら十座、育ち盛りなんだから目一杯食え。お前朝食抜いただろ?」
「あ、あざす……」
「万里が帰ってくる前に食べておけよ。稽古途中だったからな」
「え、摂津……どっか出掛けてんすか」
「ああ。どうも最近、冬組の紬さんと仲がいいみたいで、二人ででかけてったよ。大変なときになぁ……」
そう言って臣は肩を竦める。気分転換に連れてったんスよきっと~という、太一の笑い声も聞こえる。
そうだ、今は自分の恋心なんかで悩んでいる場合ではない。冬組が大変なことになっているのだ。
「答えの期限……もうすぐでしたよね、臣さん」
「ああ、そうだな……監督も悩んでるみたいだが、決めるのは俺たちじゃないし、冬組は冬組でなんかモメてるみたいだしな」
何もできない自分が歯がゆいよと苦笑する臣に、十座は自分が恥ずかしくなった。大変な時に、自分のことしか考えられなかったなんて。
だからガキだと言われるのだと、臣の作ってくれたスープを口に運んだ。
数日前、冬組があのGOD座にタイマンACTを申し込まれた。
タイマンという言葉は十座の耳に慣れていたが、ACTがつくと分からない。その疑問に答えてくれたのは左京だったが、どうも同じテーマで演目を行い客の票数によって勝ち負けを決めるサシの勝負らしい。
秋組公演の際に、太一が送り込まれてきたことからも思うが、どうもGOD座は、MANKAIカンパニーを目の敵にしているように思う。業界トップクラスの劇団が、どうして無名の劇団なんかを、とは思うが、十座が考えたって仕方のないことだ。
秋組がしかけられた勝負であれば、一も二もなく受けて立っていただろうが、臣が言ったように決めるのは挑まれた冬組だ。
その彼らに必要ならば、何にだって力を貸そう。
そうだ、今は望みもない恋のことを考えている時ではない。
リビングのソファで、新聞を読んでいる左京のことを考えている場合ではないのだと、ほんの少し視線をやって、そして逸らした。
漏れてくるため息は、どうしても止められなかったけれど。
万里が冬組の月岡紬と一緒に寮へ帰ってきてすぐ、じゃあ稽古再開~と、面倒そうに言い放った秋組リーダーに、紬がえっ、今からもう一回!? と驚いていた。
まーなと楽しそうに笑った万里が、どこか今までと違って見えた。
どこがどう、というわけでもないのだが、迷いを吹っ切ったような顔をしている。
「おー兵頭、どーだったんだ補習は。俺も一回受けてみてーわそんなん」
どうやったら受けられんのか教えてほしいくらいだ、とむやみやたらに突っかかってくるのは相変わらずで、気のせいだなと十座はため息だけで、馬鹿がと返してやった。
「万里、先に左京さんのシーンからの方がいいんじゃないか?」
「あ? なんでよ、さっきの続きからなら俺と兵頭の」
「ほら十座はさっきメシ食ったばかりだろ、少し休憩を」
「臣クンさすがッス~、そういうとこやっぱモテ男の鉄板ネタッスよね!」
「いや俺はモテたことなんかないぞ?」
「あー、なら俺と左京さんのシーンからで」
「いい、摂津――」
「甘やかすな摂津、さっきの続きからだ」
食べたばかりでは、アクションシーンの稽古はキツいだろうと気遣ってくれる臣に、自分はすぐでも大丈夫だと十座が言い掛けた時、左京の声が割り込んでくる。
全員の視線が左京へと向かって、十座も思わずそうしたが、左京と視線が合ってしまって慌てて逸らした。
「補習受けてたのも、稽古に遅れたのも、兵頭の責任だ。メシ食ったばかりだからってサボんじゃねぇ」
「さ、左京にぃ厳しーッス~」
「さすがに手厳しいですね……」
「まー俺は別にどっからでもいーけどよ。お前合わせられんの?」
万里が振り向いて訊ねてくる。十座はああと頷いて、レッスン室の真ん中まで歩みを進めた。
「左京さんの言う通り、稽古に出られなかったのは俺の責任だ。気を遣ってくれた臣さんにはすまねぇが、いつも通りでいい」
「そうか、余計な口出しだったみたいだな、すまん。あ、十座。今日の差し入れはシュークリームだからな」
「……っす」
臣の言葉に息を深く吸い込み、兵頭十座からランスキーに変わる。
それを見て、万里が楽しそうに歩み寄ってきた。
なんてことない、いつもの稽古だ。
いつも通りの台詞、いつもと同じ立ち位置、いつもと変わらない仕草。
だけど今日は、いつもと違うものがひとつだけあった。
(なんで……っ!)
ランスキーになりきることができない。
台詞を紡いでも、銃を抜いて敵を狙う仕草をしても、昨日までできていたランスキーになれない。
「兵頭、台詞!」
「あっ……、……悪い、もう一回……」
台詞が詰まって、万里の声が飛んでくる。
台詞を間違えることはもうなくなっていて、アドリブにだってスムーズに返せるようになっていたのに――そこまで思って、先日左京に褒められたことを思い出してしまった。
(駄目だ、こんなんじゃ……集中しろ、呆れられんだろ!)
十座は歯を食いしばってふるふると首を振る。
台詞だけで役に入り込めるような技術は、まだ持ち合わせていない。集中しなければ、兵頭十座を捨てることができない。
それなのに、左京の視線がそれを邪魔してくれる。
レッスン室に入る少し前から、左京の視線を全身に感じていた。気のせいではすませられないほど、あからさまに、左京の視線が突き刺さるのだ。
そんな状態で、ランスキーにはなれない。
気が逸れているというのも理由のひとつだが、左京の視線が注がれているのなら、兵頭十座でいたいのだ。
その視線に、どんな意味が含まれているのかは分からない。間違っても好意ではないのだろうが、嬉しがってしまう自分に気がついていた。
『逃げ道なら、ちゃんと確保して、……――っ』
そして、また台詞が続かなくて詰まらせてしまう。
普段であれば、たとえ少し詰まっても、殺陣中なのだからと呼吸でごまかせるシーンだというのに、それにさえ頭が回らなかった。
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