華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.294
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
朝練でレッスン室を使えるのが一日おきだというのが、今日は有り難かった。 レッスン室ともなれば、メン…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.294
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朝練でレッスン室を使えるのが一日おきだというのが、今日は有り難かった。
レッスン室ともなれば、メンバーが全員集まるはずで、つまり左京もくるはずだ。
今は顔を合わせづらい。どんな顔をしていればいいのか分からない。
寮内もそう広くはないし、どこかでばったりと逢ってしまう可能性はあるし、その時自分がどんな顔をすればいいのか分からないという以上に、左京の顔を見たくない。
恋をしている現状、相手の顔を見たくないというのもどうかと思うが、本音だ。
左京がどんな顔をするか分かるから、見たくない。
眉間にしわを寄せてあからさまに顔を背けて、舌を打って、一声もくれずに違うルートをたどるのだろう。それが分かるから、逢いたくない。
十座はベッドの上で寝返りを打って、大きくため息をついた。
(言ったことを後悔はしてないつもりだったが……正直、しんどいな。あの人の顔が見たいのに、見たくねぇなんて……)
夕方の稽古は、予定通り秋組がレッスン室を使う。それまでに心の準備を、覚悟をしていなければならない。
十座はベッドの上に起き上がり、結局一睡もできなかった体をフロアへと下ろす。
眠気覚ましに外を走ってこようと、ウェアに着替えた。重い足取りを自覚して、廊下で左京の部屋を振り返る。
きっとまだ眠っているのだろう。
ちゃんと眠れただろうか。
自分が昨日言ったことなんて、気に留めていてくれないんだろう。
寂しい。
……いろいろな想いを混じらせて、十座は体を翻す。
登校に間に合うギリギリの時間まで走っていれば、左京に鉢合わせることもないはずだと、玄関のドアを静かに開け放した。
「天チャン、ちょっと待って待って、ねえ、十座サンがいないんすよ~」
「はァ? いねえって、なんでだよ。あのガタイで目立たねぇわけねーだろ?」
学生組の朝食が終わって、そろそろ登校の時間だ。
咲也は朝から元気だし、真澄は監督にいってらっしゃいのキスをおねだりしているし、万里が一限から行くわけもなくて、いまだにテーブルでのんびりしている。社会人である至も、トーストだけちょうだいなどと、手っ取り早く朝食をすませようとしている。この後に、特に早い時間の制限があるわけではないまったり組が起き出してきて、各々の朝食をとるはずだ。
欧華高校に通う太一は、いつも天馬を送り迎えしている井川氏の車に、十座とともに便乗して登校している。十座の強面は、いつの間にやら天馬のボディガードの役目も果たしており、暗黙の了解のようになっていた。
だが今朝は、一緒に行くはずの十座の姿が見えない。
「万チャ~ン、十座サン見てないッスか?」
「あぁ? 朝っぱらから胸くそ悪くなる名前聞かせんじゃねーよ、見てねーし。起きたらもういなかったぜ」
ルームメイトである万里に訊ねてみるも、そっけない答え。
犬猿の仲とはいうが、そろそろもう少しくらい打ち解けてもいいのになあと、太一は肩を竦めた。
しかし万里が起きた時にいなかったということは、もう先に学校へ行ってしまったのだろうか? 別に歩いていけない距離ではないのだ、何らかの理由でそうしてもおかしくはない。
だがそれならそれで、十座なら声をかけていくはずだ。あんな強面であっても、いや、だからこそか、十座は律儀な男だった。
「どうする、もう行かないと――」
天馬が困り顔で太一に話しかけたその時、玄関のドアが慌ただしく開いた。ジャージ姿で首からタオルを下げ、この寒い時期に汗まみれの十座だ。
「悪い、天馬、太一。先に行ってくれ。シャワー浴びてから行くから」
「じゅっ、十座サンもしかして早朝トレッスか? いったい何時に起きて……」
「十座さん、待ってるから仕度してきてくれ」
「え、あ、いや、でも……遅れんだろ」
「いーよ、ちょっとくらい。どーせ俺は撮影とかでしょっちゅう遅れてるしな」
「そーッスよ~三人で行きましょ~」
置いていけるわけないと、天馬や太一が十座に声をかける。ざっと汗を流すくらいなら、そんなに時間もかからないだろうし、何より天馬は、こうして友達と登校することを貴重なものだと思っている。多少の遅れはなんでもないのだ。
「あ、ああ……なら、すぐに。悪いな」
十座はその厚意を受けて、浴場へと駆けていく。その背中を見送って、太一は少し首を傾げた。なんだか十座の元気がないなあと。
「ねえ万チャ――」
「万里さん、コーヒー淹れてくれよ。太一の分も」
「あぁ? なんで俺が」
「いいだろヒマしてんだし。アンタのコーヒー、結構美味いし」
「ふざけんな。結構、じゃなくてめちゃくちゃ美味いって言え」
十座が来るまでリビングで待っていようと、天馬が万里にコーヒーを頼む。
十座の様子がおかしいことを、万里に訊ねそこねた太一だったが、まあ朝っぱらから元気がいいのは、シトロンとサックンくらいかなあ~と位置づけて、万里の淹れてくれる美味しいコーヒーにありつくために、ソファに腰をかけた。
ざっと汗を流し、体の水分を拭き取る。まだ湿る髪を乱雑にかき上げて、Tシャツに袖を通し学校指定のシャツと学ランを羽織った。
もうこれでいいと、浴場を後にした十座の視界に、廊下の向こうから歩いてくる人物が入ってきた。
ビキ、と体が硬直したかのような感覚を味わう。十座に一瞬遅れて、相手もこちらに気づいたようだ。
「……んで、まだいるんだ? いつもならもうとっくに学校行ってんだろ、兵頭」
「っい、今、から……行くっす……ちょっと、ランニングしてて」
相手――古市左京は、眉間に深くしわを寄せ、ちっと舌を打ち、顔を背ける。
十座が想像した通りの仕草で、いっそ笑ってしまいそうだ。なんでまだいるんだ、ということは、登校したことを見越して部屋から出てきたのだろう。
(怒ってんな……まぁ当然だが……)
ズキンズキンと心臓が痛む。こんな左京を見たくて想いを告げたわけではない。想像通りではあるが、現実にそうされると――つらい。
十座は太腿の横で拳を握り、足を踏み出した。見ていたくないなら、早々に視界から消し去るべきだ。
天馬や太一を待たせているのだし、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないと、足早に左京の横を通りすぎた。
締めつけられる心臓を制服の上から押さえ、できる限りの距離を取って。
そうしてリビングに足を踏み入れれば、万里と談笑している天馬、太一が見えた。
「悪い二人とも、待っててもらって」
「あっ、十座サン! 速かったッスね~」
「おー、じゃ、行こうぜ」
「二人とも、カップはそのままでいいぞ、片付けておくから。ほら、万里もそろそろ学校行けよ」
いつの間にか臣まで加わっていて、変わらない日常の風景にホッとしてしまう。
「あっ左京にぃ、行ってくるッス~」
「行ってきます」
「あー、じゃあ俺も出るわ~、なんか朝っぱらからカミナリ落ちそうだし~」
「おはようございます左京さん。たまご、目玉焼きでいいですか?」
ようやっと登校する学生組と入れ違いに、左京が入ってくる。
一限は休講だという臣は、左京に朝食を準備しようと腰を上げた。
ああ、といら立ちの含まれた声を十座は背中で聞いたけれど、聞かなかったことにしようと口唇を引き結んで、寮を後にした。
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