華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.312
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
冬組優先で稽古が繰り広げられる日々が続く。総監督であるいづみや、衣装担当である幸は本当に忙しそうで…
金色の曼珠沙華
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冬組優先で稽古が繰り広げられる日々が続く。総監督であるいづみや、衣装担当である幸は本当に忙しそうで、他の組のメンバーも、空いている時間を……というより、時間を空けて手伝いをしていた。
それでも稽古は欠かせない。三十分でも、一時間でも、必ず組の全員が集まって稽古をするという、暗黙のルールが組み込まれていた。
左京の視線が、十座を追う。いや、正確にはランスキーを、だ。
(昨日より、よくなってやがる)
臣の演じるデューイとのシーンに、独特の間が生まれている。何かを言いかけて躊躇い、結局口を噤むのは、台本にはないところだ。
デューイもそれに気がついて、次の取り引きも楽しみだなとランスキーの肩を叩いていく。項垂れて頭を抱える仕草は台本通りだが、思わず自分も髪をかきむしりたくなるようなオーラがあった。
「何かものすごくイジメてる気になりました……」
「臣クン、デューイとのギャップがすごいッスよ」
「十座ほどじゃないだろ。また上手くなった気がする」
十座の演技の変化は臣や太一も気がついていて、引っ張られることさえあるようになったらしい。
シーンが終わった後も十座は場に残っていて、まさかまた入り込みすぎたのではと、左京は十座のもとへ歩み寄った。
「兵頭?」
「え、あ」
「休憩入るぞ。大丈夫か?」
「……っす。まだ、ちょっと……上手くできなくて」
左京はぱちぱちと目を瞬いた。あんなアドリブを仕込んでおいて、何を言っているのだろうか。しかもあれは、恐らく客席には見えない動作だ。
派手な動きだけでなく、細かなところまで意識が向くようになったのは、目覚ましい成長ではないか。
「何言ってやがんだ。今のよかったぞ。ランスキーの葛藤がうまく出てた」
その部分は素直に褒めてやりたい。そう思って口にすれば、十座はひどく嬉しそうな笑顔を向けてくる。
それは左京の心臓に、ほんの少しの痛みを与え、埋まっていく。
(こういう顔をできるヤツに、あんな……泣きそうな顔、何度もさせた)
嘘か本当か分からないが、先日紬に聞いた、ループしたあの日。
十座の方にもそんな意識はないのだろうが、あの日を何度も繰り返したというのだ。傷つけたいと思ってのことではもちろんないが、罪悪感は残る。
「あざっす。左京さんに褒められんのが、やっぱりいちばん嬉しいな」
「……そうか」
秋組のメンバーしかいないところでは、十座は恋心を隠しもしなくなった。
知られているのなら、無理に押し込める必要もないと思っているのだろう。
その想いを向けられる左京の方は、少しは隠せと思っているのだが、押さえ付けすぎてまた何かあったら、その方が困る。
「次の公演も楽しみだな」
「気が早えな、冬組の公演もまだだってのに。それが無事終わっても、春組や夏組が控えてんだぞ。舞台に立てるのはまだ先だ」
「そうっすけど……」
「まあ、それも冬組がタイマンACTに勝てたらの話だがな」
千秋楽が終わった途端、MANKAIカンパニーは解散させられるかもしれない。そういう約束だ。
「冬組が負けるわけねーだろ。紬さんが主演だぜ?」
会話に、万里が入り込んでくる。冬組のこととなると黙っていられないようだ。
主演である紬に恋をしている男としては、根拠もなく信じていられるものらしい。
「紬さんの力だけじゃダメだろ。冬組としてまとまってないと……」
「毎回うちの組の稽古ブチ壊してるてめーが言うな」
「そっくりそのまま返す。ブチ壊してんのはてめーだろ、摂津」
「ああ~もう~万チャン十座サン~~、喧嘩はダメっすよ!」
「こらこら二人とも、仲良しなのは分かるが、喧嘩はダメだぞ~」
「どっこも仲良くねえだろが!?」
「どこ見てんだ臣さん」
秋組のいつも通りのやりとりに、左京は呆れつつも口の端を上げる。あの日、不用意に晒してしまった十座の恋を全員が受け止めて、そのままでいいのだと言ってやっているようなものだ。
受け入れられていない自分だけが、ひどく子供のような気がした。
当事者である以上、他人事のように簡単に受け入れられるわけもないのだが、こんな雰囲気をブチ壊したくない。
いっそ、受け入れてしまった方が楽なのかと考えかけたとき、十座とバッチリ視線が合ってしまう。
「……左京さん? どうかしたのか。顔色がよくねえ」
「え、あっ……」
ふと額あたりに伸びてきた十座の手を、ぱしりと払ってしまう。そうしてからしまったと気がついても、十座の気まずそうな顔は、どうすることもできなかった。
「悪い、熱でもあんのかと思って……」
「あ、いや、別に……こっちこそ、すまん……」
「アンタが謝ることじゃねえだろ。身の危険感じたっておかしくねえんだ。気をつける」
そう言って十座は体を翻す。ずき、と左京の心臓が痛んだ。
背を向けられることなんか、慣れているはずなのに、怖がられることも、慣れているのに。
悲しそうな顔をされるのは、少しも慣れていない。
「兵頭ー、ちょっとこのシーンつきあえや」
「あぁ? どこだよ」
「ここ。てめーが昨日詰まってたとこだよ」
「詰まってねえ」
「あーもーいいからやんぞ」
「おう」
万里との演技に没頭していく十座を眺め、左京は口唇を引き結ぶ。
(まぶしい……)
芝居へ向ける若い情熱は眩しくて、もっと伸ばして育ててやりたいと思う。
十座の演技に深みを増させたのが、自分への恋心だというなら、もし受け入れることでさらに成長できるなら、と考えてしまった。
そんな打算的な思いで受け入れて、果たして十座は成長ができるのか。
ひとつ間違えば、ダメになってしまうのに、そんなリスクは侵せない。
(無理だろ、どう考えても……。さっさと次の恋見つけろよ、兵頭)
左京は万里と演技をする十座から目を逸らし、目蓋を閉じた。
そうして稽古の時間が終わり、秋組の連中は風呂へと向かう。
左京はいつも少し時間をずらしているのだが、今日もクールダウンのストレッチを長めにやろうと、ひとりレッスン室に残った。
「あ、左京さん」
ドアを閉めかけた十座が、開け放したまま舞い戻ってくる。
「兵頭? どうした」
何か忘れ物かと視線を上げたら、嬉しそうな顔をした十座と視線が重なった。
「今日、まだ言ってなかったんで。……好きだ、って、言いたかったんす」
息が止まってしまう。まさかそれを言うためだけに戻ってきたのかと。
開け放したドアは、うっかり変なことにならないようにとの決意の表れなのか、左京への気遣いなのか。
左京は熱くなる頬を隠そうと、口許を手で覆う。直球すぎる想いに、どう応えてやればいのか。
「おやすみ、左京さん」
「あ、ああ……っ」
思わず声が上擦る。
十座がドアを閉めて出ていってから、左京はそこにしゃがみ込んだ。
(なんであんなガキに、振り回されなきゃいけねえんだよっ……)
まだ顔が熱い。しばらく冷めそうになくて、ストレッチなんてできるはずもなかった。
#シリーズ物 #ウェブ再録