No.291

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金色の曼珠沙華-008-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

『来るんじゃない、邪魔だ!』 十座は古びた台本に書かれた文字をそのまま追って、声に出してみる。 時刻…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-008-


『来るんじゃない、邪魔だ!』
 十座は古びた台本に書かれた文字をそのまま追って、声に出してみる。
 時刻は二十二時、稽古の時間はもう終わっていたが、十座はここ数日、頼み込んでレッスン室を使わせてもらっていた。
 以前の秋組が使っていたという台本を貸してもらい、旗揚げ公演とは違う役もやってみているのだが、なかなか難しい。
 何しろ一人でやるものだから、間の取り方が分からないのだ。
「……何か違うな。えーと……こいつはこの女好きなんだろ? 邪魔だ、って……頭ごなしに突き放すんじゃねぇんだよな」
 敵地に向かう男を、幼馴染みでしかなかった女が引き留めるというシーンだ。
 台本を読み進めれば、「生きて帰ってちゃんと好きだって言うんだ」という男の台詞があり、ここで引き留めた女のことが好きなのだと分かる。
 それを振り切って、親友の敵討ちだと敵のアジトに乗り込む。勝てるわけがないと、涙ながらに引き留める女の腹を殴り気絶させ、意気込んできた男を助けたのは、死んだと思われていた親友の男。
 油断させてたんだよと、窓ガラスを割って飛び込んでくるシーンは、舞台で見たらさぞワクワクすることだろう。
 アクションが組み込まれていることもあって、この脚本を選んだのだが、十座にはやはり難しい。
「死ぬかもしれねぇのにな……なんで、言ってから行かなかったんだ?」
「験担ぎってヤツじゃねぇのか」
「うわっ」
 しゃがみ込んだ背後から声が降ってきて、十座は心臓が飛び出そうなほど驚く。思わず前のめりになった体で振り向き、相手の名を呼んだ。
「さ、左京さん、驚かさないでくれ」
「ハハ、悪い悪い。電気がついてたから、まだやってんのかと思ってな」
「あ、だ、駄目ならもう……」
「いいさ。せっかくのやる気に水を差しちゃあ、野暮ってもんだろ」
 左京は節約を団員たちに課している。レッスン室の電気だって、タダではないのだ。まあ聞くところによると、誰が払っているのかは分からないようだが。
 左京のストップがかかるなら、今日はこれで切り上げようと思ったのだが、珍しく左京の怒鳴り声は飛んでこなかった。
「やけに熱心だな兵頭。さては、摂津の演技に刺激されたか」
「あ、いや……まあ、そうっすけど」
「お前は摂津がいねぇと素直だな。しかし懐かしいな、この演目……」
 ひょいと十座の手から台本を持ち上げて、ぱらりとめくる。その穏やかな笑い顔に、十座の胸は性懲りもなく高鳴った。
 芝居のこととなると左京はとてつもなく厳しく、そして優しい。本当に芝居が好きなんだなと、嬉しくなった。
「左京さん……この演目知ってんすか。前の秋組がやってたヤツ」
「ああ、練習を何度かな。そん時ゃあガキの子守させられてたんだが、どうしても耳に入ってくるだろ」
 昔を懐かしむ口許に、やはり悔しさがこみ上げてくる。どうしてその時、左京と一緒にいられなかったのか。ガキのお守りが上手いのは、その時からなんだろうかと、震える口唇を噛みしめた。
「けど、お前にこれはまだ早くねぇか、兵頭。主人公の心情、読み取れてるか?」
「……いや、分かんねぇっす。そんなに好きなのに、どうしてこんな状況になるまで、黙ってたのか」
「言っちゃいけねぇと思ってたんだよ。これ、台本全部読んだか?」
 ぱたりと閉じた台本を十座に差し出してくる左京は、とても厳しい表情をしていた。十座は頷き、一通りは読んだと返す。
 ならば自分で考えろと言わんばかりの視線に、分からないから悩んでいるんじゃないかと、眉を寄せた。
(言っちゃいけねぇ……? なんでだ、これラストでこの女とちゃんとくっつくってことは、両想いだったんだろ……)
 十座はそう思いながらも、台本をぱらりとめくりラストあたりを再度確認した。
 結局アジトに来てしまった女を、親友と二人で守りながら敵を倒していく。
 最後の一人を撃ち抜いた後、主人公は女を怒り、それでも無事で良かったと抱き締める。こっちの台詞だと大泣きしながら女は男を抱き返し、お前がいつまでも煮え切らねぇからだよと、親友の男が腕を叩き、二人に背を向けて煙草に火をつける。
 そうしてやっと想いを告白し合って、スポットライトが当たり、暗転。
「今思えば、このストーリーもありきたりなもんだがな。ラスト読めるだろ。そんでも短い公演の中で、主人公抜いて人気かっさらってったのは、親友の男の方だったらしいぞ」
「えっ、こっちの男っすか?」
「台詞読むだけじゃ分からねぇか……ヒント出すぞ。ここの照明」
「……主人公とヒロインにスポット」
 の他に、もう一つ書き加えてある。
「親友の男に、スポット……?」
 そしてト書きには、親友の男は二人をほんの少し振り向き寂しそうに笑う、とあった。
 十座はそこでようやく気がつく。
「こっちの男も、女を好きだったってこと、……っすか」
 疑問符は、あえて付けなかった。その理由しかなかったからだ。
 親友も、同じ女を好きだった――抜け駆けはできなかったということかと。
「親友の方は、知っていたんだろうな、女が誰を好きなのか。だから男の背を押したんだ」
「身を引いたっつーか……最初っから言う気もなかったんすね……」
「そうなるな。言ってたら、何か違ってたかもしれねーのに、臆病なヤローだよ」
 左京は自嘲するようにも笑う。十座はそれを見て、視線を落とした。
(言ってたら、違ってた? それでも、女の中には主人公がいたんだろ。……変わんねぇよ、左京さん。少しは、少しは意識してくれるかもしれねぇが、結局……アンタの中に俺が居座る場所はねぇ)
「相手、してやろうーか、兵頭」
「えっ!?」
 聞こえた左京の声に、思わず驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。
「女の役は台詞覚えてねーからな、親友の方なら……なんだ? 妙な顔しやがって」
「あ、い、いや、そっちか……驚かすな……」
「あァ? 何言ってんだ」
 十座は何でもないっす、と片手で顔を覆い、頬の赤らみを隠してみせる。
 好意を寄せているひとから「相手してやろう」なんて言われたら、よからぬ方に思考がいってしまう。瞬時に性的なことを思い浮かべてしまったことに、自己嫌悪に陥り、ふるふると首を振った。
「左京さん、主人公やってくれねえか」
「主人公でいいのか? まあ、台詞は入ってるが……」
「頼みます」
「じゃあ、ここから。銃使ってるシーンだから、摂津とので慣れてんだろ」
「……っす」
 左京が指定したシーンをもう一度確認して、十座は台本を床に置いた。それを見て左京が目を瞠ったのには気がついたけれど、十座は構わずに口を開いた。
『仕方ねーだろ。こっちは死ぬほどの怪我してたんだぜ』
『それにしたって、連絡くらい入れたっていいだろ。俺もアイツも、どれだけ泣いたと思ってんだよ!』
 台詞入ってんのかと十座の行動に驚きつつも、瞬時に台詞を返してくる左京をさすがだと思い、十座は口の端を上げる。物陰に隠れるために二人してしゃがみ込んで、敵の動きを確認した。
『てめーも泣いたのかよ。気色悪い』
『お前なっ……』
『まあてめーはともかく、アイツには悪いことしたな……泣かせるつもりじゃなかったんだ……』
 愛用の拳銃からイジェクトした薬莢が、カンカンと音を立てる。弾を装填して、シリンダーを戻した。身を隠したドラム缶に後頭部を預け、星の瞬く夜空を見上げる。
『女の涙なんて、止める術も知らねーからな』
『お前に分からないンだったら、俺なんかもっと分からないだろ、頼むからここ抜けてアイツのこと守ってくれよ』
『御免だな、なんでふたりで帰ってこないんだって殴られんのがオチだよ。だから、帰んだよ、生きて、二人で』
 そう言って銃身にちゅっと口づける。内緒で彼女の名前を付けた、愛用の銃に。
『頼むから、アイツのこと泣かせんじゃねーよ』
 彼女が愛しているのは自分ではない。彼の方だ。早いところくっついてほしい、こちらのためにも。
 そうじゃないと、死んだふりまでしてふたりの前から姿を消そうとしたのに、とんだ無駄骨だ。この気持ちは、胸の奥にしまっていくから、どうか、どうか幸せに。
『俺にはコイツがいるからな』
 立ち上がり、サイトで照準を合わせて引き金を引く。愛するひとの名前を冠した銃で、愛するひとが想っている相手を守る――最高の気分だ。興奮さえしてくる。
 この戦闘が早く終わってくれと願う裏側で、終わってくれるなと思う、もうひとつの感情があった。
 自分の撃った弾が、親友を助ける。親友が撃ってくれた弾が、背後の敵を倒してくれる。
 それらがすべて、彼女の泣き顔を見ないですむための必要事項だ。
 が、撃ち漏らした敵が放った弾丸が、彼の足を止めてしまった。


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