華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.306
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
「左京さん、あの、俺……役になってる間、他の連中に何か迷惑とか、かけたっすか」「いや、それはないらし…
金色の曼珠沙華
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「左京さん、あの、俺……役になってる間、他の連中に何か迷惑とか、かけたっすか」
「いや、それはないらしい。伏見や雪白が、そう言ってた」
「そうすか……良かった……」
「そんなにホッとするくらいなら、最初からやるな。お前はまだ経験が足りねぇんだ、俺といる時だけ違う誰かになろうとしても、切り替えのスイッチがうまく作動しないんだよ。そのたび戻らなくなるんじゃ、それこそ迷惑だ」
「すんません……」
項垂れて肩を落とす十座に、左京は長く息を吐く。年長者として、そんな危険なことはさせられない。今回は運良く戻ることができたが、いつ何がきっかけで壊れてしまうか分からないのだ。
「だからな、迷惑って言ったのは、忘れろ」
「……え?」
「先日言ったように、恋情が演技に深みを与えるのは、間違ってない。事実、あの時お前とやった演目は、面白かった。だから無理に押さえつけようとするな。せっかく、その、好きな、相手ができたんだったら。それが俺だとは思わなかったが、お前が俺を……好きだってのは、別に、いいかと、思って、いる」
自分の放ったたった一言が、危うく人ひとりの人生を悪い方向に変えてしまうところだった。
十座の心を深く傷つけたのは間違いないだろうが、手遅れになる前に気がついてよかった。
「悪かったな、兵頭。一昨日のことも、昨日のことも、今朝のことも」
「……いいんすか? 左京さん」
茫然とした顔で、十座は訊ねてくる。何が、と考えかけて、大いに勘違いさせる言葉だったかもしれないと思い、訂正するために口を開いた。
「勘違いするなよ、別にお前の気持ちを受け入れるとかそういう――」
「そうじゃねえ、そんなの分かってる。い、いいんすか、その……アンタを好きだって言っても」
声が震えているのに気がつく。
左京は目を瞠った。
そんな小さな願いさえ、自分は踏みつぶそうとしていたのだと気がついて。
まさか自分が、自身に関わる色恋沙汰に、ここまで不器用だとは思っていなかった。
「……いい。それくらい、許容してやる」
好意には慣れていない。理屈では分かっても、まっすぐに向かってくるそれが、どれほどの力を持っているのか、知らないのだ。
まさかそれを体感させてくれるのが、一回りも年下の男だとは思わなかったけれど、
「あざす……っ」
今の今まで不安と怯えでいっぱいだった十座の顔が、ぱあっと明るくなる。
今まで見たこともないようなその笑い顔に、左京は目を瞬くことさえ忘れていた。
好きだと言ってもいい――それだけのことが、十座には嬉しいのか。
ますますもって、自分なんかに惚れてないで、他にいい女でも見つければ良いのにと、非常にもったいない思いを抱えることになる。
「好きだ、左京さん」
「……もう、稽古以外で演じるとか馬鹿なことすんなよ、兵頭」
「っす」
素直に受け入れてくれて、左京はホッとする。こんなに簡単なことで、危機を回避できるなら安いものだ。
「そうだ、これ……詫びのつもりで買ってきたんだが」
そう言って、左京はコンビニの袋を差し出してみる。
「いや、詫びって……俺がするべきだろ」
「いるのかいらねぇのか」
「もらうっす。エクレア、……あんみつ……!」
分かりやすく、十座の表情が変わる。視点を変えてみれば、こんなにも違うのかと思うほど、表情の移り変わりが楽しくてしょうがない。
どうやらあんみつは好物らしく、選んで良かったと短く息を吐いた。
「あ、の……左京さんも、半分、食わねぇか。このエクレア、美味いんで……」
袋の中身を確認した十座が、おずおずと口にしてくる。それでも半分、と提案してくるあたりに笑ってしまった。
左京はせっかくだがと断ろうとして、声を飲み込んだ。この機会を逃してしまったら、次に二人で話せるのはいつになることやら。
「……お前がいいなら、もらうが。少し、訊きたいことがある。いいか?」
言って、十座に選択肢を与える。ふたりきりというこの状況がマズイというのは理解しているし、好きだと言うことさえ抑えつけてきた男に、酷なことを言っているとは思った。
だけどそれでも、それよりも理解しなければいけないことがあるのだ。
「い、いいっすけど……何を」
「座れ、そこ」
「……っす」
テーブルの傍に、十座が腰を下ろす。左京は気づかれないように深呼吸をして、テーブルを挟んで対角線上に腰を下ろした。ここならば、間違ってもいきなり押し倒されたりはしないだろうと。
「あ、エクレア……」
十座は袋のまま器用にエクレアを半分にして、片方を口に運びもう片方を左京に渡してくる。正直この手の甘いものはあまり得意でもないのだが、せっかくくれるというのだ、もらっておこうと左京は一口、食む。
(甘ぇ……。よくこんなもの、……嬉しそうに食いやがるな)
ちらりと視線を向けてみれば、エクレアを二口ばかりで食べきる十座の嬉しそうな顔。普段の仏頂面を知っているだけに、その変化はやはり面白かった。思わず、左京の口の端が上がる。
「本当に好きなんだな」
「左京さんをすか?」
「馬鹿、甘ぇもんのこと、…………いや、訊きたいことってのは、それなんだが」
好きという単語で、なんの躊躇もなく左京を連想してくる十座に、左京は羞恥で顔を背けた。
#シリーズ物 #ウェブ再録