No.304

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金色の曼珠沙華-021-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 その日左京は、普段立ち寄らない場所に佇んでいた。腕を組んで、所狭しと並べられたものを睨みつける。(…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-021-


 その日左京は、普段立ち寄らない場所に佇んでいた。腕を組んで、所狭しと並べられたものを睨みつける。
(分からん)
 そこは、コンビニのデザートコーナー。シュークリームやエクレア、プリンにヨーグルト、小さなケーキを陳列してある一角だ。
 十座と話をするにあたって、ひとまず何で釣り上げたらいいのかと考えた結果、考えるまでもなくスイーツが浮かんできた。
 内緒にしているようなのだが、十座はこういった甘いものが好きらしい。
 他人の好物になど興味もない左京までもが知っているのだ、隠せていない気もしたが、今はそれを考えている場合ではない。
 しかし、甘いものと一口に言っても、種類はいろいろある。
 大きく分けても洋物か和物か。洋物なら、ケーキかそれともプリンか。和物なら、あんみつかどら焼きかまんじゅうか。
 さすがにそこまでの好みはさっぱり分からない上に、こんなに種類があると目移りしてしまう。
 もし嫌いなものだったら、釣られてくれないだろうし……と考えると、躊躇してしまうのだ。
 ヤクザがそんな風に、コンビニスイーツの前で何分も考え込んでいる光景など、滑稽以外の何物でもない。
 気まずいわ恥ずかしいわで、居心地が悪い。早いところ決めてしまいたいと、左京はため息ひとつ。
 もういい、と商品をふたつ、手に取った。それはハズレのなさそうなエクレアと、見た目で選んでしまった小さなあんみつ。
 俺の買ってやったもんを、食えねぇとは言わせねえとばかりに、八つ当たりのような思いでレジへと向かった。奇しくもあんみつは十座の好物なのだが、左京はそれを知る由もない。
「しかしこんなもんで釣れるか……?」
 自分だったら、絶対にふざけんなと突っぱねるところだと、コンビニの袋を掲げてみせる。
 ついでに買ってしまった、小さなカクテルの蓋を開け、匂いと子供だましのアルコールを楽しんだ。
 飲まなきゃやってられんとは思うが、今からバーに入っていては帰りが遅くなってしまう。それでは本末転倒だ。カクテルの色を楽しめないのは残念だが、それはまたの機会にしようと、足を踏み出した。
 そうして寮の玄関を開ければ、どこかへ出掛けようとしていたのか、東に出くわす。
「あ、左京くんやっと帰ってきた」
「あァ? なんだ、どこか出掛けるところか?」
「きみを迎えに」
「面白い冗談だな」
「九割本気だよ。そろそろ帰ってきてくれないと困るなって思ってたからね。あのね左京くん、LIMEはちゃんと見てね? 既読付かないから、きみの方にも何かあったのかと思った」
「は? ……ああ、悪い、全然見てなかった」
 言われてみて、左京は携帯端末を取り出す。LIMEメッセージ十五件、と表示されていて、顔が引きつった。
 特にこういったツールを駆使する方でもない左京に、東が何をわざわざ、と不審に思うが、
「……なに……?」
「十座が大変なんだ」
 表示されたメッセージと東の言葉が、左京の体を硬直させた。
「あっ、左京さんお帰りなさい」
「伏見、どういうことだ」
 メッセージを確認する前に、リビングの方から臣が顔を出す。何があったのだと、左京は足早に廊下を歩いた。
「また摂津と何かやらかし……いや、それはねぇか。GOD座が何かしかけてきたか」
「や、そうじゃなくて、十座が十座じゃないっていうか……」
「あァ?」
 臣は左京を出迎えた廊下で、リビングの方をしきりに気にしている。リビングに十座がいるのであろうことは察せて、まさか怪我でもしたのかと、臣を押しのけてリビングに足を踏み入れた。
 ソファの上に、十座の姿。特に包帯も絆創膏も見えなかった。松葉杖も見当たらなくて、怪我といった方向の「大変」ではなさそうだった。
「なんだ……驚かすな……」
「あれ、十座じゃないんですよ」
「何を言って」
 左京はふと気がつく。十座の目の前、テーブルにバラした拳銃があることに。
 もちろんモデルガンだが、相当精巧な造りで、組み立てから楽しむというものだった気がする。旗揚げ公演以降ずっと置いてあるものだ。
 十座の手が、それを組み立てるために動く。
「ここ二時間くらい、ずっとあんななんだよね、十座。話しかけても返事してくれなくて、機嫌でも悪いのかと思ってたけど、なんかそういうレベルじゃない感じ」
「俺もさっき声かけたら、何か用かって返されました。その時すごく既視感があったんですよね。……舞台の上で感じた視線と同じだなって」
「……ランスキーってことか」
 たぶん、と臣が頷く。
 確かにランスキーならば、臣が演じていたデューイに良い印象は持っていないだろう。口調がキツくなってしまうのも頷ける。
 そして、あの銃の扱い方。
 演目の中で、銃を組み立てるシーンがあるわけではないが、稽古中に万里が、面白がって組み立てていたことは覚えている。
「メシとかは普通に食ってくれたんすけどね……監督のカレー。でも……」
「でも?」
「デザート、食ってくれなくて」
 臣が肩を竦めて苦笑する。
「正直、それがなきゃおかしいとは思わなかったっていうか、情けないんですけど。それ以外は普通なんで……」
「ボクも、取り寄せの水まんじゅう一緒に食べようと思ってたんだけどね……あの調子だし」
「……劇団のメンバーに迷惑はかけてねーのか? 役の上ではマフィアだぞ。その、……暴力を振るったりとかは」
 左京は、銃を組み立てるランスキーを眺めながら、東や臣に訊ねる。十座の元々の資質に加えて、ランスキーの思想が入り込んだ状態では、コトが起きたらそう簡単に止められないだろう。
「ああ、それは心配しなくていいよ。幸と椋は今ボクの部屋で塗り絵してるし、天馬やカズ、あと万里は、一緒に出掛けてるし。春組はレッスン室。三角は……さんかく探しかな。冬組はそれぞれ自室か外でトレーニング、紬はバイト。十座と接してるのは、ボクたちだけだよ。カントクもね、GOD座のことで悩んでて部屋にいるみたいだし」
「そうか……それならいい。アイツらに何かあったら、申し訳が立たねぇからな……」
 左京は眉を寄せて、口唇を引き結ぶ。
 あの現象の引き金を引いたのは、もしかして自分かもしれないと。
(朝から、ずっとだ)
 自分の気持ちは迷惑かと訊ねてきた十座に、本音として迷惑だと答えた。
 その後だ、十座が左京のことを「ボス」と呼んできたのは。
 それからずっと、ランスキーが抜けていない。朝レッスン室で東と鉢合わせた時、彼自身も十座の様子がおかしいと言っていたことを思い出す。
(自惚れかもしれねぇが、俺が……あんなことを言ったからなのか、兵頭)
 演じてるお前のことは信じてる、と、そう言った記憶がある。
 それを素直に真に受けて、「古市左京に惚れていない男」を演じるつもりなのだとしたら、それはやはり左京が引き金を引いたことになる。
 左京はひとつ短いため息をついて、足を踏み出した。
「左京くん」
「左京さん?」
「どうにか戻してくる。口出すんじゃねぇぞ。もちろん手もだ」
 十座へと向かっていく左京に声をかけた二人に、左京は短くそう告げ、眉間に指先を当てて意識を集中した。
 役へ、入り込むための。
『ランスキー』
 声のトーンを少し落とし、ランスキーへと声をかける。ランスキーはその声に反応して、ひょいと顔を上げた。鋭い瞳を隠しもせずに。
「帰ってたんですか、ボス」
『銃の手入れか、精が出るな』
「ああ……俺にはコイツしかねぇからな」
『フン、それにしちゃあ乱暴な扱い方だ。愛用のもんならもっと大事にしてやれ。銃は女と一緒で、ひどく繊細なんだ』
「ふん? ルチアーノみたいなことを言うんだな。銃が喋るわけでもねぇのに。で、なんですか。そんなこと言うために俺に声かけたわけじゃないだろ、ボス」
『――仕事だ、来い』
 指先で招く仕草を入れる。ランスキーはそれを見て、口の端を上げた。金になるもんなら、なんでもいいとばかりにだ。
「十秒待ってくれ、コイツを終わらせる」
『長い。七秒だ』
「変わらないだろう」
『俺に口答えとは良い度胸だな、ランスキー』
「……終わった。で、どんな仕事なんですか」
『五秒じゃねーか。……ここではまずい』
 そう言って、カポネはクイと顎をリビングの外へやり、出ろと示す。ランスキーは立ち上がり、カポネの後についてリビングを出ていった。
 そんな二人の背中を黙って見送り終えてから、東と臣はゆっくりと息を吐く。
「左京くんて、いつもあんな感じ?」
「ええ、まあ、あの演技でいつも引っ張ってってもらうんですよ。今日はまた一段と気迫がすごいですけど」
「ふうん……芝居バカだね」
 冬組にも芝居バカはいるけど、と東は笑う。
「ねえ臣、食べる? ボク一人じゃこれ、余っちゃうし」
 そう言って、取り寄せした甘味を指さす。臣はそれを見て一瞬頷きそうになったけれど、やめておいた。
「いえ、十座にやってください。左京さんが戻してくれるでしょうし」
「そう……そうだね。大人しく待っておこうか。じゃあボクは、小さな王子さまたちのところに戻るよ。なんなら臣も一緒に塗り絵するかい?」
「塗り絵ですか……チビの頃にしかやったことないんで……そうですね、邪魔でなければ」
 歓迎するよ、と東と臣もリビングを出て行く。十座のことが気にかかるせいか、足取りはどうしてもそわそわしがちだったけれど。

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