No.298

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金色の曼珠沙華-015-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 太一とのやりとりで、少しだけ気分は上昇したものの、気まずいことには変わりない。特にルームメイトの摂…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-015-

 太一とのやりとりで、少しだけ気分は上昇したものの、気まずいことには変わりない。特にルームメイトの摂津万里とは。
 寝ていてくれないか、と願って開けた自室のドアの向こう、万里はまだ就寝していなかった。当然だ、寝るような時間帯ではない。
「……」
「……」
 ベッドの上と、フロアとで、視線が重なる。
 やっぱりどうにも気まずくて、十座は自分から視線を逸らした。
 負けたような気分にはなったけれど、あんな醜態をさらした後では、幾ほども変わらないだろう。
「なあ兵頭、お前さ」
「うるせぇ黙れ」
 はしごに足をかけたところで声をかけられるが、何も話すことなんかないと声を遮る。太一と違って、万里は恐らくストレートにあの時のことを訊いてくるはずだと、顔を背けベッドに上がった。
「左京さんのことマジなんだろ?」
「……うるせぇ黙れ、寝る」
 案の定、気を遣うことも言葉を飾ることもせず、万里は言葉を重ねてきた。
 真剣に恋をしているのは間違いないけれど、あまりこの男には、とやかく言われたくないのも本音である。
「怒るなよ。別に、からかおうってわけじゃねぇんだからよ。協力するつもりもねーけど」
「……あ?」
 笑われると思っていたのに、想像とは違って万里の声は静かだった。
「ただ、お前が悩んでた気持ちは分かるつもりだから。そんだけ」
「…………は?」
「ヤケになるんじゃねーぞっつってんだよ」
 笑うどころか、悩んでいた気持ちは分かるなんて言われてしまって、少々居心地が悪い。
 理解できるということは、少なくとも体感として知っているのだろう。
 人を好きだという気持ち。
 好きになってはいけない相手を、好きになってしまった気持ち。
 そこまで思って、十座はハッと気がつく。
「おい摂津、まさかてめぇも左京さんのこと――」
「なんでそーなるんだよ、ふざけんな!」
 十座は慌てて起き上がり、続いて万里もがばりと体を起こした。どういう誤解だよと、万里は面倒そうに髪をかき混ぜる。誤解なのかと十座はホッとした。
 ただでさえ面倒な相手に惚れてしまったのに、この上ルームメイトが恋敵なんてことになったら、目も当てられない。
「…………俺もおんなじような感じだっつってんだ。理解しろや、アホが」
「おんなじ……? てめーまさか、劇団内に……?」
 さすがにこれは、予想できなかった展開だ。
 好きな女でもできたのかと左京は言っていたが、まさか劇団内になんて。
 しかもこの口振りでは、唯一女性である監督でもないようだ。
「誰だ……?」
「ハ、当ててみな」
 十座は眉を寄せて考え込む。万里といちばん仲がいいのは、春組の茅ヶ崎至だ。深夜にまでゲームをするほどらしいし、その中で恋が芽生えても不思議ではない。
「……至さんか?」
「分かるけどちげぇ」
 だが、どうも至ではないようだ。ならばよく一緒に買い物へ行っている天馬か、秋組の中でいちばん万里を慕っている太一か。そう思って名を出し訊ねてみたのだが、年下に興味はないと却下される。
 かといって、年上で中性的なイメージのある東でもないと、先手を打たれた。てっきり添い寝された時に何かあったのかと思ったが、違うらしい。
 しかしそうなると、対象が限られてくる。そうして十座は、ハッと思い出した。臣が、最近仲がいいらしくてと言っていた相手のことを。
「…………紬さんか?」
 それは、冬組のリーダーでる月岡紬。
「やっと当たりな。てめーと好み合わなくて安心したぜ」
 万里が笑う。分かってみれば納得してしまうけれど、それでも不思議だった。
 一見して趣味も合わなそうな相手なのに、どこでどう何が間違って、そんなことになっているのだろうと。
 それを言ってしまったら、十座の左京への想いも同じなのだが、万里の恋は上手くいっているのだろうか?
「つきあってんのか」
「いや、まだちゃんと告ってもねーよ。まさかてめーに先を越されるとは、思ってなかったけどな」
 ちゃんと、というのはどういう状態だろう。好意があることをにおわせてはいる程度だろうか。
 十座が稽古から逃げて、補習を受けていることになっていた時間帯、万里は紬とカフェに出かけ、彼氏に立候補してもいいかと訊ねている。紬にはそれをストリートACTだと思われ、本気にしてもらえなかったという経緯があるのだが、それは十座の知り得るところではない。
「なあ、なんつって告ったんだよ。あの人のこった、ストレートに言わねーと信じちゃくれねぇだろ」
 万里は口の端を上げてはいるが、先ほど告げてきたように、からかおうと思ってのことではないようだ。
「……ストレートに言っても、信じちゃくれなかった。まあ、その気持ちは分かるけどな」
 左京を好きになったことを、誰にも責められたくない。左京が信じてくれなかったことを、責めたくない。
「あー、だから実力行使ってか。下手打ったんじゃねーのか、それ」
「うるせえ黙れ、寝る」
 言われなくても理解している。
 キスなんてするつもりではなかったのだ。心証はよくないだろう。
 それでも性懲りもなく、左京が好きだ。
 十座はばさっと布団を被り直して、無理やり眠ってしまおうと万里の声を遮った。
 数秒の沈黙があったけれど、天井を見つめたままの十座に、声がかけられる。
「なぁ」
「…………んだよ」
 それは喧嘩の前でも後でもない声音で、万里にしては幼いトーンに聞こえた。
「諦めんの? 左京さんのこと」
 十座はゆっくりと瞬く。疑問符をつけてはいても、それは祈りのようだ。諦めてほしくないという、奥底に眠った本音は、きっと万里自身の恋が叶っていないからだろう。
「……簡単に諦められるくらいなら、最初から言ったりしねぇ」
 諦められる恋ならば、こんなに苦しくなったりしない。
 いつか笑い話になったとしても、左京を好きだという気持ちに変わりはない。
 いつか左京より好きな相手ができたとしても、この恋を忘れることはないだろう。
「初恋なんだ、どうやったら諦められるのかも分からねぇしな」
「……だよなあ、俺もそんな感じだわ」
 万里の、ホッとした声が聞こえる。きっと万里自身は、十座の恋で安堵なんてしたくないのだろうが、伝わってきてしまって、十座は苦笑した。
 まさか劇団一いけ好かない男が、唯一この想いを共有できる相手だなんて。こちらの方こそごめんだがなと声には出さずに思い、目蓋を落とし、そして開いた。
「摂津」
「……んだよ。寝んじゃねーの」
「少し……気が楽になった。こういう想い抱えてんのは俺だけじゃねえのかって、まだ左京さんのこと好きでいてもいいんだって思ったらな。……そんだけだ」
 同性相手のこんな恋なんて、誰にも相談できないと思っていた。もちろん、万里相手に何かを相談しようとは思わないが、同じ想いを抱えている人間がいると知っているのと、そうでないのとは、大きな違いがある。
 自分だけではないという安堵感は、妙な仲間意識を連れてきてしまった。
「てめーに礼言われるなんざ気色悪い」
「礼なんか言ってねぇ。耳悪いのかてめー」
「あァ?」
「んだコラ」
「やんのか」
「寝んじゃねーのかよ」
「てめーが突っ掛かってきてんだろうが!」
「寝かせろよ、昨日眠れなかったんだ……」
 妙な仲間意識が生まれながらも、馴れ合うなんてとんでもない。最終的にはいつものやり取りになってしまって、お互いのため息で打ち切られる。
 あんな風に恋をさらけ出された夜とは思えないほど、穏やかに、十座は眠りについていった。


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