- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.132, No.131, No.130, No.129, No.128, No.127, No.126[7件]
うん。~恋に落ちたら~-001-
アルトは、長いため息をついて寝返りを打った。もうすぐ、日付が変わる。
「メール……来ねえなぁー……」
もともと頻繁にするわけではないメールを、慣れない手つきで確認していく。
しかしそうやって受信ボックスのディスプレイを何度見返してみても、メールの受信表示もなければ待ち受け画面に電話の信表示もなかった。
――――送信してから……もう六時間くらい経ってるのに……。
送信履歴を確認して、現在の時刻を確認して、経過時間を確認して、もう一度メールの新着がないか確認した。
やはり、ない。
「なにやってんだよ、バカ……」
ごろりと向きを変えて、握りしめていた携帯電話を半ば放るように布団の上に落とした。
そして五分ほどもすれば、またメールの新着を確認してしまう。
この二時間ほど、それの繰り返しだった。
「……っべ、別にメールが来ないからスネてるとか心配とか、ないからなっ!」
ぼふんと枕に拳をぶつけながら起き上がる。
自分の行動をよく確認してみると、拗ねてはいないかもしれないし、心配もしていないかもしれない。
ただ、待ってはいた。
それを誰にも知られたくなくて、自分で自覚もしたくなくて、誰もいない一人暮らしのアパートで言い訳を散らかす。
「スネてなんかねえし、何かあったのかなんて心配もしてねえしっ! 腹が立ってるだけでっ……」
きっと仲の良い女性とでも一緒にいるのだろう。その人との時間の方が大事だろうことは分かるから、拗ねてなどいない。
バイトがあるとは言っていたが、確か近くの宿舎に住んでいるハズだから、事故や事件に巻き込まれてでもいるのかなんて心配なんてしていない。
無性に腹が立つだけだ。
「くそ、ミハエルのヤツ……!」
まだメールしてこねえのかよ、と何十回目かの確認を行う。
ミハエル・ブランは、アルトの同級生である。
航宙科パイロット養成コースの仲間として共に過ごすようになって、どれだけ経っただろうか。
彼は学年でもコースでも、いつでもいちばんだ。学科も実技も、上級生を抜いて主席を維持している。数値を見てもフォームを見ても、文句のつけようがない。アルトがいちばん信用していて、いちばん追いつきたい相手であった。
ただ、そんなことは誰にも教えていない。
だがテストやシミュレーションでは、ことあるごとに突っかかって――やや一方的にではあるが――競っているのだから、もうそろそろ気がつかれてはいるかもしれない。
――――本当は……あんなヤツにメールなんかしたくねえのに。弱味さらしてるみたいで。
だけどあの男に追いついて追い抜くためには、少しでも技術を磨かなければならない。
そのためには、敵にだって教えを請うさ。
そう思ってメールをやりとりし出したのが、転科してから三ヶ月目。
「……アイツの名前ばっかりだ……」
見事にミハエルの名前でいっぱいになった受信ボックスを眺める。
アルトが演劇科から転科したのは、純粋に空を飛びたかったからだ。決められた道を進むのではなく、自分で選んだ物に夢中になってみたかった。
あの日見上げた空に、美しい弧を描いて飛んでいく彼がいたのは、偶然だっただろう。
それでもアルトの瞳は釘付けになり、漠然としていた空というものへの想いが、確実に膨らんでいくきっかけとなったのは否定のしようがない。
彼のように飛んでみたい、いつか一緒に飛んでみたい。
その思いを抑えきれず、家中に反対されながらも空への道を、自分自身で選んだのだ。
しかし、きっかけとなったミハエル・ブランという人物にはあまり良い印象を持っていなかった。
それは単なる価値観の違いなのだろうけれど、彼の乱れた女性関係はアルトには容認できない。
「アイツもあれさえなきゃあな……そしたら俺だってもうちょっと」
学校で聞こえてくる様々な噂を思い出して呆れ果て、はたと目を瞬く。
もうちょっと……なんだと言うのだろう。
見直してやるのに? 気軽に話もできるのに? いや、そういったニュアンスではなかったように思う。
――――デートだとかバイトだとか、……忙しそうだから、それがなければもうちょっと教えてもらえるのに……。……だよな?
若干ミハエルへの嫌味を含めてみると、胸のあたりがちくちくと痛む。夕食に何か悪いものでも食べただろうかと思い出すが、特に変わった物はなかったはず。
――――別に……急ぎの用事じゃないから、いいけどさ……。
ごろりと寝返りを打つ。胸のちくちくがムカムカともやもやを引き連れてきて、アルトはミハエルのバカ野郎と悪態をついてやった。
だがまあ、メールできるような相手がミハエルしかいないというのも少々問題なのだ。以前よりはだいぶ他のメンバーとも交流を持つようになった。だから嫌なら他の誰かにとも思うが、フライト技術を訊ねるのならミハエルがいちばん分かりやすい。
授業時間だけでは分からないこと、得られなかった知識、他のメンバーが当然のように知っていること、疑問に思ったことなどを、ミハエルはいつもちゃんと返してくれるのだ。
こうも頻繁ではミハエルだってうんざりしているだろう。まさに飽きるほど、というくらい、いっそ世の中の恋人同士よりも密なやりとり。
もちろん色っぽい話題など微塵もないのだが、律儀に返信してくれる。的確な指示と明快な回答は、確かな技術があってこそのものだ。
だから、訊くべき人物はミハエルしかいない。
それなのに、今日はいつまで経ってもメールの返信が来ない。
こんなに遅くまでバイトとやらがあるのだろうか? それともやっぱり、学校の連中が噂するようにいつも違う女性と夜を過ごしているのだろうか?
――――なんか……胃まで痛くなってきた……なんだこれ。
アルトは布団に突っ伏して、夕食の献立を再度思い起こす。やっぱり唐揚げを食べ過ぎたのだろうかと考えるが、量だっていつもと同じ。
やがては考えることに飽きて、ため息ひとつで打ち消した。
「こねぇ……なー……」
特に緊急性のある内容ではない。明日……いや、日付が変わってもう今日だ。登校してから訊き直しても充分間に合う程度の、そんな。
それでもなにかしらの反応が欲しいと思うのは、アルトのわがままだろうか。
昨日はちゃんと返信があったのに。
一昨日もしっかり返信してくれたのに。
今日はどうして、待っても待っても来ないのだろう。
変わることのない待受画面が、どうしてか揺らめく。
涙のせいだと気がついたのは、滴が枕にたどり着いてから。
「うそ、だろ……っくそ、なんでだよ、なんで……っ」
なんでこないのか。
なんで泣いているのか。
なんで胸が痛いのか。
全部答えが見つからなくて、息を止めて思考をまっさらにしてしまおうと試みる。
そうだ朝だって早く起きて練習行くんだからと理由をつけて、眠ってしまえる状況を作り出す。もうなにも考えずに朝を待っていればいいのだと。
アルトは目を閉じて深呼吸を繰り返して、やがて眠りへと落ちていく。
それでも鳴らない携帯電話を握りしめてしまうのは、寂しさからだったのだろうか。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
うん。~恋に落ちたら~
件名 Re;
ずいぶん増えてしまったな、とアルトは携帯電話の画面を眺めてそう思った。
日々増えていくメールの表示件数が、嬉しくもありまた恥ずかしくもある。
アルトは普段、あまり自分からメールをするという習慣がない。もちろん来たものには返信をするし電話だってする。ただ、特別に好きというわけではなかった。
この携帯電話だって、ないと不便だからと家を出てから購入した。初めは使い方さえ分からず、取扱説明書を片手に利用していたものだ。
今ではもう、無くてはならないものになってしまった。
友人たちとの交流に、緊急の召集に、そして、恋しい人とのやり取りに。
友人たちのメールが二割、職場関連一割、恋人七割。
“ミシェル”
そう名づけたフォルダには、すでに三桁の受信メール。他のフォルダもあるというのに、このフォルダだけが異様に受信が多かった。
少し前まではこのフォルダ名も、“ミハエル”としていたのに、より深く彼を知って、頬を染めながらも名前を変更した。
その名を見るだけで胸が鳴るなんて、こんなに不思議なことはない。
何度も読んだメールを読み返して頬が緩むなんて、他人から見ればさぞ不審なことだろう。だけどここはミハエルと二人の自室。他に誰がいるわけでもなし、アルトは思う存分頬を緩め染めた。
メールとは言っても他愛のないもので、課題終わっただとかちょっと買い物に行ってくるだとか、マニューバのことだとか。
学校も職場も、部屋まで一緒で、それこそ四六時中一緒にいるというのに話題は沸いて出て、その度に笑いながら時間を費やす。
学校では隣の席だからか、口に出して論争を繰り広げることもあるが、それは主にマニューバのことで、少しも色気のある話題ではない。だけど、机の影で、隠れてそっと触れ合う指先がくすぐったくて、伝わってくるわずかな温もりが嬉しかった。
「ミシェル……」
まだ帰ってこないのかな、とアルトは枕に突っ伏す。
勤務時間はとうに過ぎているはずだが、ミハエルはまだ帰ってこない。バルキリーの調整だとかで、メカニックに呼び出されていたのは知っているから、何かを疑う余地もないのだけれど。
メカのことは専門でないとはいえ、SMSのパイロットをして恥ずかしくないだけの知識はある。メカニックと相談しながらバルキリーを作り上げていくのは、アルトだって好きだった。
先に帰ってて、と言われて帰ってきたけど、こんなに遅いのならあっちで待っていた方が顔も見られるし良かったかななんて、女々しいことを考える。
今ミハエルは何をしているだろう。弾き出されたデータとにらめっこの最中だろうか。それとも、調整の終わったバルキリーでテスト飛行でもしているだろうか。それだったら、今メールをしても返ってこないだろう。
アルトは大きく息を吐いた。
学校の課題も終わってしまったし、この増えすぎたメールの整理でもしようかなとメールボックスを開く。受信メモリだって無限ではないのだ。
「…………」
ミハエルから来たメールを最初のものから読み返して、必要なものとそうでないものを分けようと思った。
思ったのに。
アルトの指は、このメールは取っておきたいと次へのボタンを押し、そしてまた。
「無駄じゃね?」
二十通くらいまでを終えて、気づく。
全部、消せない。
全部嬉しくて馬鹿らしくて愛しくて、不要なものだなんて思えない。きっと今みたいにミハエルがいない時に見返して、笑ったりするのだ。消したりなんてできるはずも無い。
長い文章でも、たった一言のメールでも。
「消せねえよ、ミシェル」
呆れ気味に笑って、携帯電話を持った手の甲で額を押さえた。
こんなに好きになってるなんて。
こんなに、大好きになってるなんて。
彼なしでは生きていけないなんて言うつもりはないけれど、傍にいてくれたら幸福だとは思う。
溢れる、と思った。
恋しすぎて、溢れてしまうと感じた。
ミシェル、と名を呼んでゆっくりと息を吐き出す。閉じていた目蓋を持ち上げ、起き上がってカバンの中からブランクの記録媒体を取り出した。
小さなそれは、ケーブルで繋げばすぐにデータの移動ができる。こちらへ移し換えておこうと、アルトは携帯電話に繋いだ。
シュン、とドアが開く。やっとご帰還の、ミハエルだ。
「アールトーひ、……め」
ただいまのキスをしておかえりのキスをもらおうと思ったが、部屋の中は静まり返って、小さな寝息だけが聞こえていた。ミハエルはアルトのベッドを覗き込んで、肩を竦めた。
「眠ってたのか……どうりでメールが返ってこないわけだ」
今から帰る、とメールをしたのに、いつもは返ってくるはずのメールがこなかった理由を知って、やはりどこかホッとする。
彼に何かしてしまっただろうかと不安になるなんて、本当にこのお姫様に落ちてちまっているのだなと、ミハエルは眼鏡を上げた。
今まで付き合ってきた女性たちとは勝手が違って、日々が驚きの連続だ。これが恋なんだろうかと、初心なことを考えてみたりもする。
なにせ、今まではこんなこと無かったのだ。メールはいつも、来るのを待っていればいいだけだったし、期間が開いたって気にも留めなかった。メールボックスがその人のもので埋まるなんて、無かったのに。
今ではアルトからのものが半数以上を占め、三桁を優に超えていた。
四六時中一緒にいるというのに彼とのメールは楽しくて嬉しくて、つい何度も返信してしまう。他人から見たらひどく馬鹿馬鹿しい話でも、ミハエルにとっては大切なものだった。
ベッドの端に腰をかけて、アルトの髪を撫でる。相変わらず手触りがいいなと微笑んだ。
枕元の携帯電話はメールの受信を知らせてチカチカと光っており、読んでもらうのを待っている。きっとさっき自分が送ったものだろうなと、ミハエルは携帯電話に手を伸ばした。
その発光で彼が目を覚ましてしまわないようにと思って、受信確認をしようと思っただけだった、のに。
「……あれ?」
発光を止めるために新着メールを確認すれば、必然的に受信ボックスに画面が切り替わり、既読数と未読数が表示される。
おかしいなと思った。
他人の携帯を覗く趣味はないため、自分の名前のフォルダが作られていることを知って嬉しくなったが、メールが少ないのだ。表示は24/1となっており、既読24、未読1と見て取れる。
こんなに少ないはずはない、とミハエルはらしくなく慌てた。自分の携帯電話からアルトに宛てたメールも三桁を超えており、ならば彼の携帯電話にも三桁入っているはずで。
それが二桁になっているということ、は。
「あー……消した、の、かな」
受信のメモリだって無限ではない、許容量に限界がくれば、古いものから消えていってしまう。それを見越してメールを整理することはミハエルにだってあったし、メールを削除するのは何ら不思議なことではない。
そう思っているのに、それがこんなにショックだとは思わなかった。
自分が彼とのメールを楽しんでいるのと同じように、彼も楽しんでくれていると思っていただけに、ショックは大きかったようだ。
アルトには、自分のメールは必要ないのだと。
「ちょっと自惚れてたかも、俺」
大きく息を吐いて、額を押さえる。
好きだと言ったら驚いた後にうんと頷いてくれて、何か訊きたいことはないのかと訊ねたら特にないと返されて、手に触れて握ったら指を絡め返してくれた。
どれだけか後に言葉ももらったしキスもしたし身体だって繋げたけど、結局は自分の方がずっと多く彼を好きなのだろうと感じてしまう。
いまさら後には引けなくて、彼を閉じ込めておきたいと思う反面、自由に飛ばせてやりたいとも思う。
だけどまだ、手放す勇気は出そうにない。
アルトの携帯電話を握り締めて俯くと、人の気配に気づいたのか、彼がもそりと寝返りを打って目を開けた。
「……ミシェル。帰ってたのか」
「ああ……さっき。起こしてごめんな」
女々しいなと思っても、上手く笑うことができなかった。それに気づかないアルトではなく、起き上がって不審げに首をかしげる。
「ミシェル? 何かあったのか?」
「いや、別に何もないよ」
「嘘をつくな。じゃあなんでキスしない。いつもだったら起こしてごめんなんて言う前にしてんだろ」
そんな遠慮のないキスが好きだなんて、絶対に言ってやるものかとアルトはミハエルの肩を掴んだ。
だけどミハエルは振り向いてくれなくて、胸が鳴った。何か悪い予感がする、とシーツを握り締める。
「ミシェ……」
「なあ、姫はさ、……もうイヤになった?」
不安になって名を呼んだら、遮るように呟かれた。だけど何のことを言っているのか分からずに、訊き返す。
「何の……ハナシだ」
「俺とのこと。イヤになったんなら、遠慮せずに言ってくれていいぜ」
「……ミシェル!? お前っ、何言って」
どうしてそんなことを言い出したのか、アルトには分からない。イントネーションのないしゃべり方がいつものミハエルらしくなくて、余計に不安だった。
「イヤなまま続けられても、俺困るし」
言ってほしくないと願いながら、ミハエルは俯いたままでぎゅうっと携帯電話を握り締める。いっそ壊しかねない力強さで、手がカタカタと震えていた。
「引き止めるとかそういうことは、しない……つもりだから」
そこまで言って、ミハエルは急に視界が動いたのに気づく。気がつけば、背中にベッドを感じていた。
突然の事態を把握するのに数秒を要したが、いちばん初めに認識したのは、泣きそうな顔をしたアルト。
「なんだよそれ! お前こそ、イヤになったんなら言えばいいだろ!」
必死で堪えて、ギリギリまで我慢しているときの表情、だった。
「ふざけんなよ、引き止めてもくれねえ男にホレてたって思わせたいのかよ! 好きなんだぞ、俺、お前のことッ……!」
「え、でも、アル……」
それ以上聞きたくない、とアルトはミハエルの唇をキスで塞ぐ。
息を止めて、叫びだしたい声を押しとどめて、触れたがった口唇でキスをした。
あ、とミハエルは気づく。ベッドに引き込んで押し倒すなんて大胆なことをやってのけたアルトの身体が、震えていることに。
アルトから仕掛けられるキスが幼いのはいつものことで、だけど震える肩はいつもと違う。
今好きだと言ってくれた彼を、疑うことはしたくない。そう思って肩を抱いたら、ふっと力が抜けていくのが分かった。
「ん……」
力が抜けたのをいいことに、中へと入り込んで奪う。それを嬉しそうに反応するアルトに、ミハエルの胸が鳴った。
「んっ……ふぁ」
ちゅ、ちゅっとキスの音が響いて、ようやくいつもどおりに戻る。
満足したように口唇を離したアルトは、最後にぺろりとミハエルの口唇をなめて身体を起こした。
「今のキス、信じていいんだろ?」
「伝わった? 俺もアルトのこと好きって」
「なんで……あんなこと言い出したんだよ……心臓痛くて死ぬかと思った」
伝わったよと視線だけで返し、ミハエルの前髪を払う。気持ちを疑わせるようなことは、していないつもりだったが、相手にとっては違ったのかも知れない。
「いや、女々しくて情けないんだけどね」
「なんだよ言えよ、気になるだろ。俺の方が悪かったなら、その、謝るから」
申し訳なさそうな声にミハエルは苦笑して、こちらもまた申し訳なさそうな声で、携帯、とだけ返した。当然なんのことか分からず、え? とアルトは首をかしげる。
「ごめん、ちょっと携帯のメールボックス見たんだけどさ。その、帰る前に送ったメールが届いてチカチカしてたから、止めようと思ってな。他のメールとかは見てないけど、一応謝っとく」
「なんでそれで変な誤解とかするんだ? 他のヤツからの……そういうメール見たとかってなら、分かるけど……」
もちろん誤解を生むようなメールなんてないし、後ろめたいことは何もない。どうしてそれで、あんな話しに繋がるのか、アルトには分からなかった。
「俺から送ったメール、あんまりなかったから……必要なかったのかなって、思って」
女々しいだろ、と苦笑して視線を逸らすミハエルに、アルトは力が抜けてしまう。ミハエルを覆うように突っ伏して、くっくっと肩を震わせた。
「笑うことないだろ、俺結構ショック受けてんだけど」
アルトは笑いながらミハエルの身体を強く抱きしめ、頬にキスを落とす。
「姫?」
「お前のメール、こっちに移した」
そうして、枕元に置いていた記録媒体をミハエルに向けてみせた。案の定、ミハエルの目が丸くなる。予想通りの反応に、おかしくなってまた笑ってしまった。
「だからあんなに少なかったのか?」
「だって容量いっぱいになれば消えちまうだろ。こっちに入れておけばいつでも見られる」
消したくなかったんだ、と付け加えると、ミハエルは大きな息を吐いてぱたりと腕を下ろす。力が抜けた、と呟く彼が小さな子供のように見えて、あやすように額に口づけた。
「女々しいのはお互い様だな」
「あーもう、俺カッコわりー」
「俺、別にお前がカッコよくなくても構わねーけど」
「そう? じゃあいーや」
髪を撫でてくるアルトに笑い、目を閉じる。飾らなくてもいいんだなと思ったら、愛しさがこみ上げてきた。
「ありがとうなアルト。大好きだぞ」
「うん。俺も」
「こっちで寝てもいい?」
溢れて、一人でなんか寝られないと目を開けてアルトに視線を移したら、ピッと額を弾かれる。寝るだけなら上へ行け、と。
「していいのか?」
「いいんじゃねーの。流れ的に」
「ムードないな。たまにはさ、可愛らしく“抱いて”とか言えないもんかね」
「バッ……絶対言わねえ!」
顔を真っ赤に染めたアルトを抱き寄せて、ミハエルは優しいキスで始まりの合図を告げる。アルトはそれを受けて、ミシェルと小さく名を呼んだ。
次の日、ミハエルの携帯電話からアルトのメールが記録媒体に移され、いつも持ち歩くケースにしまわれることになる。
机の影で触れ合う指先は、いつもより温かかった。
#ミハアル #両想い #ラブラブ
可愛いしか言ってない
あー暑い。アルト可愛い。
ホント暑い。アルト可愛い。
口を開けば暑いしか出てこないような猛暑、こんな日は一日ダラダラ過ごしていたい気もするけど、恋人が可愛い顔してねえどっか出かけようなんて言ってきたら、そりゃもうマッハで仕度もするさ。アルト可愛い。
そう、隣でハニィレモンをすすってる俺の恋人は、こんなに暑いのに上機嫌だ。アルト可愛い。
「アルトー、それそんなに美味しい? それ飲みたかったの?」
「ん、まぁまぁかな。この間新商品出てるの見つけて、気になってたんだ。でも、あの、一人だと入りづらいし」
ポッと頬を染めて俯くアルトに胸が鳴る。それを飲むために俺を連れ出したのか、俺を連れ出すのにそれがちょうど良かったのか……どっちが建前なんだろう。アルト可愛い。
でも嬉しい、アルトがデートに誘ってくれるなんて滅多にないせいか、破壊力はバツグンだ。なんだこれ、仕種のひとつ、視線のひとつにドギマギするなんて、小学生かよ俺は。アルト可愛い。
「アルトがご機嫌で可愛くて嬉しいんだけどさ。ひとつ気になるんだよな」
「……何が? ヤだったのか?」
「なんで今日そんなに露出高いの?」
ショートデニム。アルト可愛い。
ノースリーブ。アルト可愛い。
珍しくアップにした髪の毛。アルト可愛い。
可愛いんだけど、可愛いんだけどそこかしこから野郎どもの視線が感じられんだよ! ああでもアルト可愛い。
「だって暑いし……」
「可愛くてエロくて、他のヤツの視線集めてんの気づかない? もーやだ、アルトは俺のなのに」
アルトが一瞬きょとんとしてから噴き出した。アルト可愛い。
「はは、ミシェルお前、ヤキモチ妬きすぎだって。そんなん気にしてたら俺なに着たらいいんだよ」
「ベッドの中なら全裸でいいけどな」
「おい、こらミシェル、…………こんなとこでキスすんな、バカ」
少し汗ばんだ肩を抱いて、覗き込むように口唇をさらった。外でキスをしたあとは決まってアルトの視線が泳ぐ。恥ずかしくて怒りたいけど、嬉しいから怒れないって感じだ。本当にアルト可愛い。
「こうして牽制しとかないと、隙あらばってヤツがいるからな。アルトと出かける時はいつだって目ぇ光らせてんだぜ」
「そんなこと言うけど、俺だってなっ……」
少しは俺の苦労も分かってくれよと鼻先をちょんと指先で押したら、勢いで抗議してくる。アルト可愛い。
言ってからしまったって顔して、また視線が泳ぐ。なあにアルトって言ってあげたら、観念したように少し長いため息をついた。アルト可愛い。
「俺だってな、お前と一緒に出かける時は目ぇ光らせてたりするんだぞ」
「え、なんで?」
「他の女がお前のこと見てるから」
困ったように店内に視線を流し、独占欲いっぱいの愛情を口唇に乗せてくれる。アルト可愛い。
「でもな、最近は気にしないようにしてる」
「気にしない…………気にならないの?」
「だってミシェルは俺しか見てないからな。だからいいんだ」
ふふ、とアルトは笑う。撃墜された。アルト可愛い。
あーそうだよ、アルトしか見てないよ。どんなゴージャスでナイスバディなお姉さんでも、もうこの可愛いひとには適わない。アルト可愛い。
「じゃあ、俺も気にしないようにしようかな」
「ふん?」
「だってアルトは俺しか目に入ってないんだろ?」
「まあな」
誘うようにアルトは目を細める。くそ、その顔弱いんだよ。アルト可愛い。
視線をよこしてくるヤツらを牽制するように俺たちは舌を絡めたキスをして、暑い夏をやり過ごす。暑さと照れで染まる頬に、つい口許が緩んでしまう。アルト可愛い。
そうして店を出て人混みへダイブ。暑いけど、アルトとならどこでも楽園。アルト可愛い。
「なあミシェル、今日は手ぇつないでてもいい?」
「もちろん。お手をどうぞお姫様。次はどこへ行こうか」
「お前と一緒ならどこへでも」
ああかみさま。なんでこの人いっつもこうなの。結論・アルト超可愛い。
#ミハアル #両想い #ラブラブ #イベント無配
Private Army10-004-
「なんだよミシェル?」
片づけを終えて、リビングに戻ってきたアルトに呼びかけられて、じいっと眺めていたことに気づく。
「いや、幸せだなあと思ってね」
「なに言ってんだ、ばぁか」
アルトはミハエルに触れるだけのキスをして、隣に腰をかける。
「なんだよ、姫は幸せじゃないの?」
「幸せに決まってんだろ。お前が隣にいてくれるんだから」
チビもいるし、とミハエルの膝の上の愛描を撫でた。
疑似的な世界とはいえ、相手がそこからいなくなってしまうことをお互いが体験している。撮影を離れた今でも、軍事に関わっていることは事実であり、いつアレが現実になってしまうか分からないのだ。
「お前と一緒に暮らしてるうちに、気づいたんだ。怖がってお前から離れないようにしがみついてるばっかじゃもったいないって」
「もったいない?」
「だってせっかく一緒にいるんだから、笑ってたい。喧嘩とかもしてきたけど、ほら、結局笑ってすませちまうだろ」
うん、とミハエルは頷く。
喧嘩をしても、少しの時間をおいてからごめん寂しい、と笑ってキスをして、なにが原因だったのかも忘れて抱き合ってきた。
「もちろんそれが悪いって言うんじゃなくてさ。そうやって笑いあえる方がいいなあって……思うようになって」
「俺も、そう思うよアルト。同じように思ってくれるお前だから、こんなに……愛してんだ」
ミハエルはアルトを抱き寄せて口づける。せっかく想いが叶って、周りの人たちに支えられながらも、共に生きていけるというのに、腐ってばかりはいられない。
「お風呂入ったら、映画、観る?」
「ん。ホント言うと俺、昨日からそわそわしてたんだ」
ハハハと笑う。先に観ればいいのにとは思うが、観る時は一緒にと言ってくれたアルトを、心の底から愛しく思う。
一緒にお風呂に入って、髪を乾かしあって、熱いコーヒーを煎れた。
送ってもらったディスクを開けて、プレイヤーにセットする。画面に映し出された映像に唾を呑んで、つないだ手にきゅっと力をこめた。
止まらない、とアルトは俯いた。
試写会でも映画がスクリーンで公開された時にも観ているのに、また泣いてしまったと。
「……っ」
それでも我慢しようとして息を止めると、肩を抱き寄せてくれる手に気がついた。
「……ミシェル……」
「アルト」
そうせずにはいられないと、優しく名を呼んでくれるミハエルの目にも、光る涙。
それを認識したらよけいに止まらなくなってしまって、アルトは促されるままにミハエルに甘え、泣きすがる。
「ふ……っう、ぅ」
悲しくて、切なくて、嬉しくて、苦しくて、泣いた。
演じるだけで精一杯だったあの時とは違う。今、こうしてできあがった物語を、頭で、体で、心で追いかけた。
こみ上げてくるのは後悔でなく、生き抜いた情熱。
「ふ、……うぅ」
「アルト」
背中をさすり、言葉なく大丈夫と伝えてくれるミハエルに、一緒に泣いてくれるたったひとりの恋人に、ぎゅうと力いっぱい抱きついた。
「……シェル、ミシェル……っ」
「アルト……」
ぼろぼろとこぼれてくる涙を、ミハエルの肩に押しつけて消していく。
「ミシェル……ぅ……」
やっぱりひとりで観なくて正解だったと、愛しい人を抱きしめた。
「ちょっと冷やすか? 腫れるかもしれないぞ、そんなに泣いちゃって」
「ん……平気……」
ひとしきり泣いて、移動したベッドの端で肩を寄せ合って呟く。スカイライトからは、星の光が降り注いでいた。
ミハエルはアルトの目尻を濡らす涙を指で拭って、アルトはそこからわずかに感じ取れる体温に、猫のように頬をすり寄せた。
「しっかし、こうして時間置いて見てみると、現場いた頃とはまったく違う視点で見れるもんだな。台本もらった時にも思ったけど、テレビシリーズとだいぶ違うし」
「そうだな……あの頃は本当に慌ただしくて、やっと終わったって気持ちしかなかったけど」
バタバタしながらも、その世界を楽しんでいたことを思い出す。台詞や表情のひとつひとつにまでこだわる熱い世界を。
「そもそも、ラストの脚本できたのだってホントに収録直前で……」
「そうだったな、演じる端から書き換えされて、アルトは結構混乱してた」
「でも、映画の終わり方は結構良かったと思うぞ」
「アルト格好良かったしな。まーた惚れちゃったよ俺」
「……ばぁか」
「みんな、好きになってくれるといいな、アルト」
うん、と今なら静かに頷くことができる。
公開当初は賛否両論、様々なレビューが飛び交っていた。
あんまり予想していなかった結末だったと言う人や、やっぱりこうなったかと言う人たちも周りにはたくさんいて、どうするのが正しかったのかはいまだに分からない。
「カットされたとこも結構あったけど、完全燃焼できたって……思うから」
「えー、俺はアルトがライブの衣装選ぶところ、大きいスクリーンで見たかったけどなー」
「あっ、あれはいらないっ」
「なんで。可愛かったのにー」
恥ずかしいだろ、とミハエルの膝を叩く。そもそもあの衣装を着ることにだって抵抗があったのに、とそっぽを向くアルトを、そっと抱き寄せる。
「後編は、アルトの見せ場が多かったね。ラストのキラキラ光ってるとこなんか本当に綺麗だったし、何度も泣いたんだぜ」
「……うん……」
こてんとミハエルの胸に頭を預けると、髪を優しく撫でてくれる手のひらに出逢う。
「なあミシェル、……【アルト】は戻ってくるよな」
「どうだろうな。あの先を想像するのは楽しそうだけど、人それぞれの決着ってあると思うぜ」
「え……」
アルトは寂しそうな瞳で、恋人を見上げる。
彼ならきっと、絶対に戻ってくるよと同意してくれると思っていたのに、予想に反した答えが返ってきた。
もちろんそれでミハエルを責めるつもりもないが、やっぱり寂しい気持ちでいっぱいになる。
「ま、【俺】なら捜しに行くけどね」
そんな心の内を知ってか知らずか、ミハエルは優しく笑って呟いた。
「あの中の【ミハエル】がどうするかは分からないけど、俺はアルトを捜すよ。フォールド先割り出してさ、それがダメならバジュラに協力してもらって……ああ、でもそれだとあの星の環境保全しとかなきゃダメかな? その内にシェリルも目を覚ますだろうし、俺はアルトを見つけて、カッコつけやがってバーカって言ってやるんだ」
「ミシェル……」
あの先を想像するように、ミハエルは目を細める。
大破したVF-25Gは直るだろうか、それとも新しい機体で捜しに行けるのだろうか。
シェリルはどれくらい時間が経てば目覚めてくれるだろうか。
バジュラを、住民が恐れないようになるまでどれほどかかるだろうか。
「自分勝手でも何でも、俺は」
ミハエルは両手でアルトの頬を包む。指に絡む髪の感触が、とても好きだった。
「もう一度、お前に逢いたい」
言って、口唇を重ね合わせる。
あの中のアルトは、アルトであってアルトでない。同じくミハエルも、そうであってそうでない。
だけど【彼】を大切に思っている気持ちだけは、どちらも同じ。
「ん……ふふ、お前が捜し出してくれる前に、帰ってきちまうかもな」
こつんと額を当てて、アルトは笑う。この、温もりが傍にあるから。
「世界は変わる……変えられる、から」
「ああ、ハレルヤ!」
笑い合って、ベッドに背中を沈めていく。アルトの口唇が、ミハエルの口唇が、頬に目蓋に触れていく。
「愛してる、ミシェル」
「愛してるよ、アルト」
髪が重なって、視線が重なって、肌が触れ合って、心まで全部、包む。
どこからでも帰ってくるよと、アルトはミハエルを見下ろして言うのだ。泣きながら呟いた言葉を、ミハエルがああと頷いて包み込んでくれることを、知っているから。
指の先まで、髪の一本一本まで愛に満ち足りて、ふたりで毛布を被る頃、それを見計らったかのように愛猫が足下で丸くなる。
そんな愛猫を交代で撫でて、眠りについた。
#ミハアル #両想い #PrivateArmy #ウェブ再録
Private Army10-003-
「ただいまー」
ふたりで揃って呟くと、出迎えてくれる家族がいる。てってって、と足音を立てて、にゃあんと応えてくれた。
「ただいまチビ、いい子にしてたか?」
両手でないと抱き上げられなくなった愛描を、大事そうに抱えてアルトは話しかける。ときどき、この猫は人間の言葉が分かるのではないだろうかと思う反応さえ返ってっくるのだ。
にゃあん、にゃあー。
「ん、ただいま」
アルトの腕に抱かれた猫は、ミハエルにも触れようと前足を伸ばす。それに応えてミハエルもその足に触れて、ただいまのあいさつ。
「チビ、ご飯だぞー。お腹空いてるだろ」
遅くなってごめんなと、アルトは器にキャットフードを盛りつける。さきほどもらった試供品を、愛描は気に入ってくれるだろうか?
カッカッと音を立ててむさぼっているあたり、お気には召したらしい。ふたりで顔を綻ばせて、さて自分たちもご飯にしようと紙袋から食材を取り出し整理した。
「久しぶりの我が家だなー。あ、洗濯物あったら出しといてくれよ、今するから」
「えっ……でもお前疲れてんだろ」
「そんなヤワじゃねぇって」
「ん……じゃあ、頼んでいいか? メシは作っとくから」
「オッケー、ついでにお風呂たいてくる」
了解の合図に小さなキスをして、二手に分かれる。
こんな暮らしを続けて、もうどれくらいになるのだろう。アルトは幸福そうに口許を緩めた。
バスルームからは鼻歌なんかも聞こえてきて、ミハエルもこんな時間が好きなのかと嬉しく思う。
軍事に関わっている限り、命の危険性は民間人よりも多い。幸い、船団を揺るがすような敵の存在はないが、それでも過激派や海賊などの制圧には駆り出されるのだ。
だからこそ、こんな風に愛しいひとのために食事を作ったり、住まいを整えることを幸福に感じていた。
お互いの時間が合う時には、一緒にご飯を作ったり愛描と遊んでいたりする。だけどミハエルは三週間ぶりの帰宅だし、ゆっくりしていてほしい。
「ねーアルトー、洗濯終わったらチビと遊んでてもいい?」
アルトの思惑を知っていてか知らずになのか、ミハエルもそれに甘えてくれる。背中から腕を回して耳元に囁いてくる恋人を、こら危ないだろと咎めながらも、感じる体温に酔いしれた。
「メシできるまでな。あいつ寂しがってたから、めいっぱい撫でてやれよ」
「ん、ありがと」
頬にキスをくれて、ミハエルの体は離れていった。
しばらくすれば、リビングの方からはにゃあーという嬉しそうな声が聞こえて、思わず笑ってしまった。愛描は相当ミハエルのことが好きらしく、久しぶりのコミュニケーションに心躍っていることだろう。
こんな時だけは、自分がパイロットであることさえ忘れてしまいそうだった。
「ミシェルー、ご飯……」
「にゃーじゃない、にゃーじゃ。こらこら、そっちじゃなくてさ……」
作り終えてリビングのミハエルを呼ぶと、ミハエルが困ったように首を垂れていた。どうしたんだと背中から覗き込むと、
「ああ、アルト、チビがさあ……」
ぱちくりと目を開いて、ミハエルが指さす先に視線を移す。
なぁん。
そこには幸せそうに膝を陣取る愛描がいて、ふっと笑った。
「遊ぶよりお前に触れていたいってとこかな。俺と一緒。そのままでいいよ、ご飯こっちに持ってくるから」
「えっ……」
言い残して背を向けたアルトを振り向き、ミハエルは目を瞬く。分かって言ってるのか? と心臓を鳴らしながら、きっとどれだけも自覚していないんだろうと向き直り、猫の背をそっと撫でた。
「そういえば来週だっけ、美星で講習やるの」
「ああ、そういえばそうだな。あいつら巧くなってるといいけど」
アルトの作ってくれた夕食をリビングでとりながら、他愛のない会話に興じる。
二月に一度ほどの頻度で、美星学園航宙科パイロット養成コースに出向いている。アルトとミハエル、そしてルカ。次代を築くパイロットの卵たちの講習にと、S.M.S本部から指令が下っているものだ。
「ま、ブームに乗って入っちまったヤツはもうとっくに転科してるからな。今残ってる奴らは本気で指導していいだろ」
「あーアレは参ったな。まさかクラス二個分新期生がいるとは思わなかった」
アルトたちが出演したドラマは、戦闘機がこれでもかというほど出てくるものだった。だからこそS.M.Sにオファーがきたというものだが、ヒットしたおかげかパイロットという職業も注目を浴びることとなり、結果、新統合軍への志願者は増え、パイロット養成の施設は対応に追われたのだ。
だがその中で真剣にパイロットを目指す者は少なく、多くは訓練で挫折し他の科に転科するか、転校していった。
「飛べるかなあ」
「アルトはほんとに空飛ぶの好きだよな。こんなにハマり込むとは思わなかったぜ」
そう、アルトは高等部からの転科である。
芸能科から航宙科に転科という前代未聞の移動をやってのけ、着々と実力を伸ばし、当時首席だったミハエルと肩を並べたのだ。
「きっかけは、お前だったけどな。あの日お前のフライト見てなきゃ、こんなに空に惹かれなかったかもしれない」
「ふふん? そんなに格好よかった?」
「ああ」
からかうつもりで口にして、返り討ちに遭ってしまう。視線をどこにやればいいか考えて、泳がせてからやっぱり正面のアルトをじっと見つめた。
「ったく、何年も一緒にいるってのに、いまだにお前にはドキドキさせられるよ」
「俺だってそうだ、バーカ」
何度も胸をはねさせて、何度も素敵だなあと思って、何度も何度も恋をするのだ。
にゃあん!
仲間外れにするなとでも言いたげに、愛描が声を上げる。ふたりで顔を見合わせて、ついで猫を見下ろし笑った。もう今の生活に欠かせない、大事な家族だ。
ミハエルは空いた片手で猫を撫でる。アルトが見つけた捨て猫は、ふたりで大事に育ててきた。
雨の日に拾い、翌日動物病院で検査と注射を受け、その足でペット管理局へ登録した。こんなに可愛い猫を捨てるなんてと憤慨しないでもなかったが、新たな出逢いを素直に喜んだ。
「大きくなったな、チビも。ホントにもう、両手じゃないと抱き上げられない」
食事を終えて、ミハエルはチビと名付けた家族を抱き上げる。
「ずっと小さいわけじゃないんだからよせって言ったのに」
テーブルを片づけながら呆れるアルトも、結局は同意したのだから共犯だ。
「だって、チビって呼んだら返事したじゃないか。なーチビ」
なあん。
ほら、とアルトを降り仰ぐミハエル。はいはいと肩を竦め、アルトはキッチンへと向かっていった。
ミハエルはぐるぐると喉を鳴らす愛描を撫でながら、手のひらに乗るくらいだった頃を思い出す。
段ボールの中に捨てられた子猫を見つけたのはアルトだ。ふたりで連れ帰って、ミルクを飲ませて、病院に連れていって……初めて触れる小さな命を、試行錯誤しながら育て過ごしてきた。
家族にしようかと告げた時、アルトは泣きそうになりながら訊いてきたのを覚えている。
お前がどこかへ行ってしまうことはないんだよなと。
ミハエルはキッチンを振り向き、何事もなく聞こえてくる水音にホッとして口許を緩めた。
あの頃は、お互いが怖がっていたのだと今なら笑って話せるだろう。
出演したドラマは、テレビで放映されていたものと映画で公開されたものとではストーリーが違っていた。大筋は変わりないが、立ち位置やエピソードの変更はかなりのものだ。
テレビ版で、ミハエルは生死不明のまま退場となっている。いや、真空の宇宙にほぼ生身で放り出された人間を、はたして【生死不明】としていいのかは分からないが、ミハエルはアルトの目の前で宇宙へと吸い出されていったのだ。
役者として生きているわけではない自分たちが、現実とリンクされた世界観を別ものとして見られるかどうか……否、到底できるものではないだろう。
そのシーンの撮影を終えて数ヶ月は、離れることさえ不安そうにしていた。
こんなに影響するもんだなんてなと、上官たちも気を遣ってできるだけ同じ任務に就かせてくれたりもした。
そんな中で、一緒に暮らそうと告げた言葉は、互いを救うためのものだったのかと今なら思う。
婚姻届けを出すことの叶わない自分たちでも、これから先を共に過ごす約束が欲しかった。
#ミハアル #両想い #PrivateArmy #ウェブ再録
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「おいミハエル、なんで昨日メールよこさなかったんだよ!」
早めに登校したロッカーではち合わせるなり、開口いちばんでアルトは不満をぶつけてやった。
「おはようアルト、朝からご機嫌ナナメだな。美人が台無しだぞ」
彼も早朝のフライトに来たのだろうか、いつも通り糊のきいたシャツを着用し、喉元までかっちりとネクタイを締めた、ミハエル・ブランへと。
「美人とか言うな、なんでメールしてこなかったのかって訊いてんだよ」
ミハエルの軽口にはもう慣れたが、何かしら言い返してやらないと気が済まないタチなのか、アルトはそう言って睨みつけてやる。
「あー悪い悪い、ちょっと仕事が立て込んでて」
ミハエルは、さも今思い出したかのように携帯電話をまさぐる。返す気がなかったのか、それともまさか今初めて読んだのかと、アルトは眉を寄せた。
「……アルトお前さあ、これってメールじゃなきゃいけないような内容かあ? 直接訊けばいいだろ、学校で」
ミハエルは、昨日届いていたアルトからのメールを確認し、目を細めた。
【ターンする時ってどの角度がいちばん楽に綺麗にできる?】
アルトからのメールはそんな短い文面だった。
しかしこんなものはメールで訊いたからといってどうなるものでもない。直接訊いて、その場で飛んでみた方が絶対に有益であることは明白だ。
ミハエルの携帯電話にそのメールが受信された時間は、今からざっと十二時間ほど前。これには返信してやっていない。まさかと思いつつ、ミハエルは確認するように訊ねた。
「ずっと、待ってたのか?」
ミハエルはもう一度ディスプレイの文字の羅列を確認して、ついで視線をアルトに移した。そこには言葉に詰まったお姫様がいて、やれやれと肩を竦めた。
「あのなあ、俺だってずっとお前の相手してるわけにはいかないんだぜ。それこそバイトだってあるし、お前と違ってデートだって予定が詰まってるんでね」
「だっ、だけど何か返してくれたっていいだろ! 学校で教えるとか、後で返すとか、そんなんでもよかったんだよ!」
確かにアルトは、ミハエルと違ってデートの予定なんかひとつもない。学校が終わってバイトに行って時間があれば女の子とデートなんて、それがどれだけ体力と気力を使うかなんて、アルトには分からない。
「面倒くさいこと言うなよ」
「……女からのメールだったらすぐに返すんだろ」
アルトはぎゅっと拳を握って、静かにミハエルを睨みつける。
こんなことを言いたかったわけではない。
ミハエルがどんな女性と一緒にいようと、どんなつきあい方をしていようと、自分には関係ないと思っていた。メールがこなかったことに対して軽く文句を言ってやって、今日のドリンクはお前が奢れと笑ってやるつもりだったのに。
――――なんでこんなに、胸が痛いんだろう。昨夜からずっと、治らない……。
メールも返さずに、自分の知らない誰かといたことが、どうしてこんなにも腹立たしいのだろう。
「なんだよアルト、お前、俺の女になりたいのか?」
金髪の美青年は、面白そうに口の端を上げて笑う。指先で相手の顎を持ち上げるなんて仕種が似合う男は、そうそういないだろう。
「なっ……ん」
アルトの頬……いや、顔全体が真っ赤に染まる。
あと数センチ近づいたら口唇が触れてしまいそうなこんな距離には免疫がなくて、吐息さえ奪われそうな熱い視線に思わず体が固まった。
「はははっ、やっぱりアルトは初心だよな。ほんとにキスなんてするわけないだろ、男相手にさ」
「~~~~ミハエルっ!」
からかわれたのだとは分かるが、一瞬そう意識してしまったことは否めない。アルトは顔を真っ赤にして彼を睨みつけた。
「まあね、女の子からだったら、メールはすぐに返すさ。たいていが逢いたいって用件だからな」
待たせたら悪いだろとミハエルは付け加え、キザに眼鏡を押し上げる。そんな仕種さえサマになって見えるのは、彼がミハエル・ブランだからだろう。
「……お前の女とのつきあい方は知ってるし、俺がそれよりも優先度低いってのも分かるけどさ……」
分かるけれど、責めたい気持ちも変わらない。せめて明日学校で、とでも返してほしかった。
そこまでする義理はないと言われてしまえばそれまでだが、返ってこないメールに悶々と悩んでいる時間に何かできただろうと思うと、本当に腹が立ってしまうのだ。
いつまでも待ってしまった自分に。
そんな程度の関係しか築けていない現状に。
「分かった分かった、お前は俺からのメールが恋しくてたまらないってことだろ。ったく、女扱いされんのは嫌がるくせに、案外女々しいこと言うんだよな、お前」
「なに勝手に決めつけてんだ! そんなんじゃねえよ、俺はただっ……」
早く追いつきたいから頑張っているだけであって。
「ただ、なんだよ。お前、俺に惚れてんの?」
「バッ……バカ違う違う、絶対にそんなんじゃ……ない!」
からかい混じりの声音が、心臓に突き刺さる。
惚れているなんてそんな、そんなことはないはずだ。仲間として、友人として、好敵手として、彼を追っているだけなのに。
そんなことミハエルには知られたくないけれど、伝わっていないことが悔しい。
アルトはシャツをぎゅっと握って言葉を呑んだ。
「おいおいやめろよアルト。お前……泣きそうな顔してるぞ」
「別にそんな顔してない、お前ムカツク!」
ぷいと顔を逸らすアルトに、ミハエルは息を吐いて肩を落とす。呆れられているというよりは責められているようで、アルトは途端に恥ずかしくなった。
――――ああ、これ嫌われる。なんでこんなことしか言えないんだ、俺。
嫌われてしまうほど好かれていないような気もするが、ミハエルの長いため息は、泣きたくなるほどうんざりしていた。
「そこまで言うんだったら、お前とのメールにはルール作らせてもらうぞ」
「え……?」
なんでそこまでしなきゃいけないんだと面倒そうに髪をかき上げながらも、ミハエルはアルトに視線をくれる。
てっきり、もうメールなんかしないとでも言われると思っていたのに。アルトは面食らってぽかんと口を開けた。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録