- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.478, No.477, No.476, No.475, No.474, No.473, No.472[7件]
恋をしている
それはまるで最初から
「もう自宅に着いてんのか?」
電話の向こうから、「ああ」と帰ってくる。急だなことだが、この男は本当に行きたかったのだろう。プロになるために、ドイツへ。
跡部は壁にもたれ、そっと目を伏せる。
ドイツのプロチームから誘いを受けていると知った時、不思議と羨む気持ちは湧いてこなかった。むしろ、手塚ほどの男なら誘いがあって然るべきだと思ったせいだろう。さすが無二のライバルだと、誇らしくさえあった。
「お前はもう少し思慮深いヤツかと思ってたが、全然だな。計画性ってものを養いな」
『だが、せっかく背中を押してもらったんだ。早く行動に移したかった』
「……あぁそうかい」
ドイツに行きたいんだろうと手塚の背中を押したのは、跡部だ。少し気恥ずかしくて、舌を打ちたくなる。
柱とやらにこだわってチャンスを逃すなと、怒りたい気持ちもあったのは本当だ。いっそ傲慢なまでの責任感は手塚らしいと思ったけれど、ここで足踏みしていていい男ではない。
プロになれるプレイヤーなんて一握りだ。せっかく向こうから誘いがきているのに、U-17の中学生選抜を率いている場合ではないだろう。
背中を押してやれたのなら満足だ。跡部は小さく息を吐いた。
「いつ立つんだ。なんなら飛行機の手配してやってもいいぜ?」
『学校のことや手続きもあるからな……すぐ……というわけにはいかないが、でき次第といったところか』
跡部は今度こそチッと舌を打った。こんな時、手塚が他校の生徒だというのがもどかしい。氷帝学園であったなら、すぐにも手続きを済ませるよう手を回せるのに。
「それなら、送別会くらいやらせてやりゃいいのによ。なかなか薄情な男じゃねーの」
今は合宿中だ。勝手な外出は認められていない。手塚を見送りたいメンバーはたくさんいるだろうに、それさえも許されない状況だ。
他校のメンバーはともかく、青学のメンツくらい別れを言わせてやってもいいのではないか。
そういえば、〝脱落〟したメンバーたちは今どうしているのだろう。大人しく学校に戻って練習をしているのか、それとも――。
考えて、アイツらが大人しくしているタマかと心の中で思って笑う。
「そういえば手塚テメェ、総入れ替え戦6の結果も訊かねぇな」
『――訊くまでもないだろう。信用しろと言ったのはお前ではなかったか、跡部?』
少し言葉に詰まる。確かにそうだ。〝約束〟をした以上、負けたという報告はあり得ない。
「三勝二敗、一ノーゲーム。俺たちは三番コートに上がったぜ」
それでも一応の報告を済ませてやると、『ノーゲーム?』と怪訝そうな声が返ってくる。当然三勝二敗で終わったのだろうと思っていたようだ。
『引き分けたのか、跡部』
「ああ、入江さんとな。怒んじゃねーよ。なかなか有意義なゲームだったし、俺様はまた進化したぜ」
『別に怒ってなどいない。バスを待っている時、お前の声が聞こえた。お前は約束を果たし、俺を送り出してくれたのだと思った。それで充分だったんだが……聞き捨てならないな』
怒っていないとは言うが、声が怒っている。
気持ち良く快勝してやりたかったという気持ちもあったが、そこはさすがに高校生選抜の上位保持者だ。自身の戦略の甘さも露呈した。悔しくないとは言えない。
「ちゃんと勝ってやりたかった。悪いな手塚」
『そういうことを言っているわけではない、跡部。引き分けたということは、試合ができなくなる程の怪我をしたということじゃないのか。平気なのか?』
跡部はぱちぱちと目を瞬く。どうやら、怪我の可能性の方を怒って――心配していたようで、相変わらず分かりづらいと苦笑した。
「お前が俺様を心配するとは珍しいじゃねーの」
『跡部』
諫められて、いたたまれない気分に陥る。立場が逆なら、跡部は同じように訊ねただろう。好敵手の怪我というのは、喜ばしくないのだ。たとえしばらくボールを打ち合えなくなる相手だとしても。
しかしながら、心配されるということに慣れていない。こんなにも胸がむずがゆいものなのかと、落ち着かない気分だった。
「大したことねーぜ。左足首を、ちょっとな。入江さんにも見抜かれて、持久戦に持ち込まれた。ザマぁねーな、この俺様が」
『足か……骨に異常は?』
ないと答えてやると、安堵したように『そうか』と返ってきた。
『だが、のちのち症状が出てくるかもしれない。跡部、油断せずに行こう』
「テメーが言うとさすがにリアルだぜ。まあ俺様もこんなとこで立ち止まってるわけにはいかねぇからな」
手塚は一足早くプロの道へと進む。すぐに追いかけると言った気持ちに、嘘偽りはない。
思った以上に自分の人生に食い込んでしまったテニスというスポーツ。高みを目指さずにはいられない。
「跡部ウチもスポンサー契約してるプレイヤーがいる。そっちの関係で、お前の情報は嫌でも入ってくるぜ。無様な醜態さらすんじゃねーぞ、手塚ァ」
『無論だ』
いやみを含んだ激励をさらりとかわしてくる辺りが、少しも可愛くない。
いや、手塚が可愛くても困るじゃねーの、と短く息を吐いて、跡部は通話を打ち切ろうとした。
「準備の邪魔しちゃ悪いしな、そろそろ切るぜ。アイツらに何か伝えておくことはあるかよ?」
『いや。特にはないが、跡部』
「アーン?」
『俺がプロになったら、結婚しないか』
その言葉を理解するのに、数秒かかった。その分の沈黙が流れる。
手塚の言葉を頭の中で反芻して、はたと我に返り、跡部は腕を組んだ。
「なんの冗談だ、アーン?」
『冗談を言ったつもりはない』
「なら寝言は寝てから言いな」
『その場合、お前は寝ている俺の傍にいることになるのか?』
「誰がいてやるかよ」
そういうことじゃねえ、と舌を打つ。
確かにドイツでは同性婚が認められているようだが、問題はそこではない。
「まだ中学生の分際で何言ってやがる」
『もちろん結婚ができる年齢になってからで構わない』
それはそうだろうなと跡部は目を細める。プロへの誘いを受けてドイツへ行く状態だが、すぐにプロになれるわけでもない。技術や条件などが合って双方の同意でプロ契約が結ばれる。
そんなことをしている間に、結婚ができる年齢にもなるだろう。
しかし、そこも問題ではない。
「ドイツ行きに浮かれて勢いで言うもんじゃねーな」
『ドイツに行けることはありがたいし嬉しく思っているが、浮ついた気持ちで言ったわけではない』
「そうかい。しかしな手塚よ。ここで大きな問題がある」
『問題とはなんだ』
「俺とお前はつきあってるわけじゃねえだろうが」
そうだ。結婚などという話をしつつも、跡部は手塚と交際をしているわけではない。お互いの間で、そういった話が出たこともない。色恋には、一切合切関わりがなかったのだ。つい先ほどまで。
「男同士だなんだと野暮なこと言うつもりはねーぜ。だがな、そういうことは惚れたやつに言うもんだ」
『だから言ったんだが。今』
「つきあうっていう過程をすっ飛ばしてプロポーズとは、やるじゃねーの手塚ァ」
跡部自身、裕福な家庭環境のせいか少し常識を外れた振る舞いをすることはあった。周りはよくついてきてくれたと、今になって思う。
まさか手塚がこういった行動に出るなんて、読み切れなかった。得意の眼力インサイトを持ってしてもだ。しかも腹立たしいのが、断られるとは微塵も思っていないようなところである。
「……お前、俺のこと好きなのか」
『そうでなければ、結婚など申し込まない』
「今までそんな素振り見せもしなかっただろう」
眼力を持ってすれば、恋心のひとつやふたつ、簡単に見透かせる。だが、いくら思い返しても手塚からのそういった秋波は送られてきていなかった。
それがなぜ、いきなり結婚などということになるのだろうか。
『それは仕方ないだろう。生涯を共にするならお前がいいと思ったのは、今日だ』
「――開いた口が塞がらねえじゃねーの」
なんて男だと、呆れ果てる。百歩譲って、今日気づいたのが本当だとしても、色んなことをすっ飛ばし過ぎだ。
普通なら想いを告白して恋人として逢瀬を重ね、結婚なんてものはその先のはず。にもかかわらず、こちらの気持ちも都合も確認せずにプロポーズとは。
「今日の今日でプロポーズはしねぇもんだぜ、普通はな。俺がお前を好きじゃないとは思わなかったのか。アーン?」
『……思わなかったな。何故かは分からないが、跡部は受け入れてくれると思っていた』
この男は、と頭を抱えたくなった。
この腹立たしい程の自信はいったいどこから来るのか。
交際という過程も同性同士だということも得意の手塚ファントムで弾き飛ばして、跡部景吾からの好意だけを手塚ゾーンで引き寄せたとでもいうのだろうか。
手塚国光ならやりかねないと思ってしまうあたり、自分も相当おかしくなっている、と跡部は息を吐いた。
『跡部、返事はもらえないのか』
「必要ねえな。お前は俺が断るとは微塵も思ってないんだろ。アーン?」
『そうだな。跡部とは、そうなることが自然で、当然のことのように思う』
おそらく、あの時から。
そう続ける手塚に、いったいいつの時点を言っているのだとは訊かなかった。訊かなくても分かる。
関東大会の、あの試合。
お互いの、今まで見せなかった部分をさらけ出して戦ったあの時だ。
跡部は、ふっと口許を緩めた。
「…………プロポーズ早々遠距離恋愛に突入とはな。順序がバラバラだぜ」
『逢えないのは寂しい』
ほんの少し沈んだ声に、今どんな顔をしているのだろうと想像する。見たかったなと思うあたり、もうどうしようもない。
「手塚ァ。合宿終わってからになるが、新しい端末のナンバー教えてやる」
『電話変えるのか?』
「バーカ。……お前専用のだよ」
また端末が増えることになるが、悪くない気分だ。恋人――もとい婚約者専用のというのが、思った以上に胸をむずがゆくさせる。
『そうか。楽しみにしている』
「見送り、行けなくて悪いな」
『構わない。お前には、たくさんのものをもらった。感謝する』
一歩踏み出すきっかけと、エールと、イエスの返事。その他にもたくさんのことを、と手塚は言う。
無二の好敵手である手塚の力になれたのならばいいと、跡部の中が充足感で満ちてくる。
「おやすみ、手塚」
『ああ、おやすみ跡部。また連絡する』
そうやって通話を打ち切ってから、跡部はずるずると壁を伝い崩れた。
「好き、なの、かよ……ッ」
こんなことになって初めて気づく、手塚の気持ち。そして、自分の中にあった想い。
まるで最初からそうなるべきだったかのような自然さが、自覚させなかった原因だろうか。
顔が熱い。画面に表示された手塚国光という文字にさえ胸が鳴る。恋人という期間をすっ飛ばして一気に進んでしまったこの関係を、どうすればいいのか分からない。体中の力が抜けてしまったようだった。
「あ……の、馬鹿」
自分にしか聞こえないような小さな声で悪態を吐く。腕にかかった吐息が熱くて、しばらく冷えてくれそうになかった。
#新テニ #両片想い
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カクテルキッス

会社の飲み会を断って、成り行きで別のところへ飲みに行くことになった千景と至。そこで女性客から「一夜限りのお誘い」という意味を持つカクテルをおごられそうになり、千景は意味を知って回避するが、至が口を付けてしまい……?
EP:2.22のガチャ事情
1:ONE NIGHT IN HEAVEN
2018/05/03 セフレの始まり
2:愛のひとつも囁けない
2018/07/01 気づいてしまった恋心
作中に万紬表現があります。ご注意ください
3:たった一度のI love you
2018/08/19 ザフラでの公演
作中に万紬表現があります。ご注意ください
4:ふたりの約束
2019/08/04 恋人同士になったけど……。
作中に万紬・十左表現があります。ご注意ください
5:千秒の愛に至る音 掲載準備中
2022/087/24 プレゼントをしたい。
EP:2.22に祝福のキスを
#セフレ #片想い #両想い #両片想い #原作沿い #ウェブ再録 #カクテルキッス
恋するうさぎはメンドクサイ-010-
コンビニに車を駐めて、茅ヶ崎を送り出す。
「あれ、先輩は行かないんですか?」
「買う物ないからな。さっさと行ってこい」
「じゃあ、なるべく早く戻りますね」
「ごゆっくり」
バタンとドアの閉まる音。
ゆっくりしてきてくれ、本当に。思考が処理できない。こうやってステアリングに両腕を乗せてため息をつく間にも、俺の目はコンビニに入っていく茅ヶ崎を追ってしまう。
冗談だろ? 気のせいだ。
茅ヶ崎があんまりおかしなことを言うから、思考がそっちに傾いてしまっているだけだ。サブリミナル効果かな。――って思い込もうとするのに、俺の中の何かが否定する。
さっき手を握り締めてしまったのは、触れたかったからだ。指を絡め返してみてほしかったなんて思ってる時点で、もう駄目だろう。
「恋じゃない理由が……見つからない……」
恋だと思える理由ならいくらでも見つかるのに、そうじゃない理由が見つからない。恋をしないと決めているなんて意志だけでは、ひどくもろいんだ。
認めたくない気持ちの方が大きいけどね……。だって茅ヶ崎は普通に女を愛せるノンケだ。そう言ってただろ。万に一つもこの恋みたいなものが叶う可能性はないんだから。諦めるしかない。間違っても手なんか出すんじゃないぞ。それだけは絶対に駄目だ。
ああ……そうなると茅ヶ崎にも言っておいた方がいいのかな。自衛してもらわないと、万が一ってこともあるだろ。同じ会社で、同じ組で、同じ部屋。いいんだか悪いんだか分からない。そもそも俺は茅ヶ崎をどうこうしたいと思ってるのか?
茅ヶ崎と、キス……とか、セックス、とか……。
………………………………アリだな。
いや、アリだな、じゃないだろ、駄目だ。やっぱり茅ヶ崎に言っておこう。
キスをしたいって。セックスをしてみたいって。いやその前に――好きみたいだって。
この期に及んで「みたい」ってなんだ。往生際が悪い。でも仕方ないだろ、認めたくない。茅ヶ崎が言った通りになるのが癪だ。あれだけ外岡のあからさまな感情を拒絶してやったのに、まさか自分も同じ感情を抱いていたなんて、笑い話だろ。
ノンケに惚れても叶うわけでなし、やっぱり押し込めておくべきかな、この恋は。
そう思ったとき、ちょうど茅ヶ崎がコンビニから出てくる。小走りに寄ってきて、いそいそと助手席に乗り込んだ。
「早かったな」
「そうですか? 食玩の前で結構悩んでたんですけど」
ガサガサとビニール袋のこすれる音がする。コイツはどれだけ買ったんだ。でも、そんなに時間が経ってたなんて気がつかなかったな。俺もそれだけ茅ヶ崎のことを考えてる時間があったってことか。
はあ、とため息をつくと、呆れられたと思ったのか、茅ヶ崎がすいとペットボトルを差し出してきた。
「待たせちゃってすみません。先輩、それ好きでしょ」
それは俺の好きなジンジャーエール。ぱちぱちと目を瞬いた。
これは、俺に? なんだろう、この気持ち。
どうしようもなく――嬉しい。
自分の好きな物を買う間にも、茅ヶ崎が俺のことを考えてくれた。
それだけで、口許が緩む。
こんな些細なことで浮かれてしまえるなんて、恋というものはなんてお手軽な感情だろう。
「ん、ありがとう。もらうよ」
ちょうど喉も渇いていたし、とボトルの蓋をひねりかけて、はたと手を止めた。
「振ってないよな?」
これは炭酸飲料だ。もし思い切り振ってでもいたらスーツとシートが大惨事になることは間違いない。茅ヶ崎がそういう悪戯をしかけてこないとは限らないだろう。俺みたいに。
「振ってませんよ」
「じゃあお前が明けろ」
「信用なさすぎワロタ。振ってないって言ってんのに」
そう言いながらもしぶしぶ受け取る茅ヶ崎。カシュ、と音がして、蓋が開けられる。中身が噴き出すこともなく、どうやら本当に振ってはいなかったらしい。
「は~、惚れた男にする仕打ちですかね~」
「……構ってもらいたかったから、――っていうのはどう?」
ボトルを茅ヶ崎から受け取るときに、わざと指先が触れるようにした。ほんの少しでも触れてみたいっていうのは、立派な恋心?
「あれ、否定しなくなりましたね。ようやく観念しました?」
茅ヶ崎は何でもないように笑う。それはそうか、俺が茅ヶ崎に恋してるって、ずっと言い続けてたんだもんな。今さら驚くこともないんだろう。
「ああ、負けを認めるみたいで癪だけどね。どうやら俺は、茅ヶ崎のことが好きらしい」
「敗北オメデトウゴザイマス」
人生で初めての恋の告白ってヤツも、軽く流されてしまう。気持ちを否定されなかっただけ、マシかな。さてこれからどうしよう。好きでいることは許可されるんだろうか? 手を出さなければ平気かな。
「じゃあ残念賞あげましょうか」
「え? なんだ残念賞って……――」
日本では告白したら賞がもらえるのか? いや、でも残念賞なんだから、フラレるのかな。そんなことを思っていた俺の手からジンジャーエールのボトルを分捕り、茅ヶ崎が口を付けて中身を含む。喉が動く様がどうにも色っぽく感じられたのは、気づいたばかりの劣情だろうか。
だけど解せぬ。そのジンジャーエールは俺のために買ってきてくれたんじゃないのか。残念賞ってそういうこと?
「茅ヶ崎」
「はい、残念賞。間接ちゅー」
真意を訊ねようとしたら、飲みかけのペットボトルをぐいと押しつけられた。ぺろ、と唇を舐める仕種には、俺じゃなければ理性が焼き切れていただろう。何をしてるんだコイツは。
「今はそれで我慢しといてくださいねー」
「お前ね……。え、今は、って……? 直接の可能性があるってことか?」
「さあ? それは先輩次第ですかね。頑張って落としたらいいでしょ」
「お前ノンケだろ」
「基本的には、たぶん」
基本的には……? 口説いてみれば、努力次第でこの恋が叶うってことか? 茅ヶ崎は本当に恋というものを分かっているんだろうか。
「茅ヶ崎、俺の感情には劣情も含まれてるんだけど、理解してるの?」
「ついさっきまで恋を否定してた人の台詞とは思えん」
「直接のキスも、セックスもしたいって言ってるんだ。それでも平気なのか?」
「平気だって思うくらい惚れさせればいいんじゃないですかね」
まるで他人事のように携帯端末でゲームを始める茅ヶ崎。面白くない。当事者だろお前。
「……好きな女いるだろ。現在進行で甘えてみたいひと」
「どこからどう勘違いしたのか知りませんけど、好きな女はいませんよ。良かったですね」
そうなのか? だって、あんなに幸せそうに恋について語っていたじゃないか。でも、今さら俺に嘘をつく必要もないか……なら、心身ともにフリーってことなんだな。
こうなったら、振り向かせるしかないだろ。
「じゃあ、遠慮なく口説かせてもらうよ」
「はいどーぞ。今んとこ外岡より一歩リードですね」
「そうなの? なんで。アイツの方が長いことアプローチしかけてきてるだろ」
「俺に一度も好きって言ってないんで。男らしくないじゃないですか」
なるほど、あれだけあからさまなのに、それは確かに男らしくないね。
そうなると、焚きつけてくれた茅ヶ崎には感謝かな。ずっと気づかないで傍にいるとこだったよ。
恋なんてしないとハナから決めつけて、大事な感情を見過ごすところだった。
「でも、この気持ちには気づいたばかりだからな。初心者だし、判定はお手柔らかに頼むよ」
ないと思っていた感情が自分の中にもあったことを知るのは、これで何度目だろう。予定外の気持ちは慣れるのに一苦労だと思うけど、茅ヶ崎絡みならそれも楽しいかもしれない。
「茅ヶ崎。教えてくれてありがとう」
そう言って、俺は茅ヶ崎が口を付けたペットボトルにキスをした。
恋は唐突にやってきて
急速に
転がり落ちていくものである
やっっっと聞けた。
やっと言ってくれた。
あからさまに俺のこと見て、幸せそうに笑って、構いたがってるのに、どこが「恋じゃない」んだか。
先輩が俺のこと見過ぎたせいで、こっちまでその気になっちゃったんだから、責任取ってほしい。
俺を好きって言って。俺に構って。俺だけ見てて。
嫌だなんて言わせない、だって先輩は俺のことが大好きなんだから。俺が言ってあげないと気づかないくらい日常的に、俺に恋してたんだから。
まったく、俺が恋するうさぎはメンドクサイ。
#ウェブ再録 #両片想い #ウェブ再録
恋するうさぎはメンドクサイ-009-
朝茅ヶ崎をお越しに行ったら、珍しくもう起きていた。どうしたんだろう。
「あ、おはようございます先輩。思ったより早かったですね」
なんだ……起こしてやろうと思ったのにな。アイツのぐずぐずしてる声、結構好きなんだけどな。……え、いや、今のは別に他意はないんだ。好きって、そういう意味じゃなくて。仕方ないなって、家族みたいに思えるから。
でも、起きてたんなら仕方ないか。一緒にご飯を食べて、出勤準備をして、玄関へと向かう。車のキーを持ち上げて、気がついた。
「あれ、茅ヶ崎これ……」
キーに付けたストラップがチャリと音を立てる。そこに付けられていた見覚えがあった。
「あ、それ可愛いでしょ。昨日買ったナイランご当地メダル。でもスマホには付けられないし、キーの方に付けました」
それは、俺がこっそり買った物と同じ。……なんだ、買ってたのか……。やっぱり買わなきゃ良かったな。いや、確認すれば良かっただけなんだけど。
「……運転、俺がするよ」
「え、いいんですか。ありがとうございます」
「最初っからそのつもりだっただろ」
茅ヶ崎は上機嫌で助手席に向かっていく。その嬉しそうな顔はいつもと一緒だ。うん……俺が何を思ってようと茅ヶ崎は変わらない。これでいいんだ。でも、買ってしまったご当地メダルどうしようかな……俺が持っててもしょうがないんだけど。他のヤツにあげるかな。いや、誰にあげるっていうんだ、ランスロットだぞ。
……内緒で持っておこう。茅ヶ崎とおそろいになってしまうのはアレだけど、誰にも言わなければバレないしね。茅ヶ崎に知られないようにしておかないと。
おそろいか……悪くない。
「先輩、なんか嬉しそうな顔してますね。何かありました?」
「え?」
茅ヶ崎が隣から声をかけてくる。思わず振り向きそうになったけど運転中だ、危ない。だから振り向かないまま、なに? と訊ねてみた。
「いや、朝から機嫌いいなって思って」
「別にそんなことないよ。というか……お前こそ俺のことよく見てるんだな」
機嫌がいいなんて自覚はないけど、そんなこと、俺を常に見てなきゃ言えないじゃないか。せっかく買ったナイランご当地メダルが無用のモノになって、どちらかというと機嫌悪いのに。ああ、でも、おそろいは悪くないって思ってたから、それかな。
「先輩が俺を見てるよりはレベル低いですけどね~」
「見てない」
「ときどき先輩の視線感じるんで」
「気のせいだろ。自意識過剰だな。というか、それは本当に俺の視線なのか? また変なヤツに付け狙われてるんじゃないだろうな」
「外岡みたいな? いや、変なヤツはもっとねっとりしてるんで、違いますよ」
苦笑する茅ヶ崎は、多くのそういった視線に触れてきたんだろうか。
俺が知らない頃の茅ヶ崎……。危険な目には遭わなかったのか?
「……大丈夫だったのか?」
「え? ああ、別に警察沙汰になるようなことはね、なかったですよ。これからは先輩が守ってくれるでしょうし」
ふふっと笑う声が聞こえる。なんでコイツはこう、危機感が足りないんだ。そりゃ、俺ができる範囲で守るけど。
「そんなこと言うんだったら、俺の傍離れるなよ」
するり、と。
口から何か出た。
今、何を言った? 何を言ったんだ、俺は。傍から離れるな? 子供じゃないんだぞ、そんなこと……する必要もないだろ。
自分の口から出た言葉が信じられない。
だけど茅ヶ崎を視界に入れておきたい。危険な目に遭う前に手を伸ばしてやりたい。危険な目になんか遭わせない。
「ち、茅ヶ崎、今のは別に」
変な意味じゃなくて。
そう言おうとしているのに、茅ヶ崎はそっぽを向いて、聞く気がないようだった。
そんなことをしている間に会社に到着して、何でもないように車を降りた茅ヶ崎にホッとした。気にしてないみたいだ。
……でも、少しは気にしてるかもしれない。傍を離れるななんて、恋人でもない男に言われて、どんな気分だろう? 嫌われてない……よな?
「先輩、今日帰りは?」
ドアを閉める寸前、茅ヶ崎が覗き込んでくる。朝の光に浮き上がるコイツの顔は、まあ確かに綺麗だよ。周りのヤツらが騒ぐのもよく分かる。
「え、あ、ああ……特に外回りは入ってない。時間が合えば一緒に帰るか?」
「ですね。俺今日午前に会議入ってるんで、延びるかも。ランチ一緒に行けないです、たぶん」
「そう……じゃあ、今日はランチ別々だな。仕事終わったら連絡入れるよ」
はーい、と言って茅ヶ崎はドアを閉める。あ、アイツ車のキー受け取らないで行きやがった。帰りも俺に運転させる気満々じゃないか。……いいけど。
でも、そうか……今日はランチ一緒に行けないんだな。残念。明日はどうだろう? 待て、なんで俺、こんなに茅ヶ崎とのランチ楽しみにしてるんだ? 特別なもの食べにいくわけでもないのに。
……茅ヶ崎が変なこと言い出してから、思考がおかしい。茅ヶ崎のことばっかり考えてる。
気のせいだ、絶対に気のせいだと言い聞かせて、俺も車を降りる。少し先で茅ヶ崎が足を止めて待っていてくれて、心臓のあたりがむずがゆかった。だけどそれでも気のせいだと頭の中で繰り返し、足を踏み出す。
恋なんて面倒くさいもの、するわけにはいかないいんだよ、バカ。
まただ。
また、茅ヶ崎が視界に入ってきた。俺が追っかけてるわけじゃない。茅ヶ崎が勝手に入ってくるんだ。そんなのどうしろって言うんだ?
茅ヶ崎は同じ部署の同僚と話してるみたいだし、今声をかけたら悪いかな。先に駐車場へ行ってるか。アイツにはLIMEでも入れておけばいい。
端末を取り出そうとしたところで、茅ヶ崎が俺に気がついたみたいだ。顔をこっちに向けて、笑ってくる。
「先輩」
体のどこかで、音がした。
何かが割れたような、落ちたような。
茅ヶ崎が小走りでこっちに向かってくる。踏み出すたびにふわふわと揺れる髪。それはどうしてかスローモーションのように俺の視界を彩って、焼きついた。
「今上がりですか? ちょうどよかった、俺もなんで一緒に帰りましょ。運転よろ~」
……待て。待ってくれ。なんだこれ? どうして俺は今、茅ヶ崎を――可愛いと思った? 一緒にいた同僚にろくに挨拶もせず俺の方へ駆け寄ってくるなんて……それも、職場ではあまり見せないような笑顔でだ。
いや、違う……違うそうじゃない。俺は別に、変な意味で可愛いと思ったんじゃない。そのはずだ。
「先輩? もしかしてまだ仕事残ってます?」
「え、あ、ああ……いや、大丈夫、上がりだから」
茅ヶ崎が覗き込んでくる。やめろ、近い。だいたいコイツはどうかしてるんだ。俺が茅ヶ崎のことを好きだと思い込んでるのに、そういう男の隣を平気な顔して歩くんだから。もし俺が変な気でも起こしたらどうするつもりなんだ? 車なんて狭いし密室だし、俺がちょっとハンドルを操作するだけでホテルにだって連れ込めるんだぞ。
「今日の夕飯なんですかね」
「カレーかな」
「え、昨日と一緒では」
「昨日はビーフだったし、今日はチキンかもしれない」
「肉変えただけワロ」
車の中で他愛のない会話はするけれど、俺の中身はイライラでみっしりだ。どうしてこんなに茅ヶ崎のことしか考えていられないんだろう。邪魔くさい。
押しのけようとするのに、ぽんぽんと顔が浮かんでくる。耳を塞ぎたいのに、運転中じゃそれもままならない。茅ヶ崎の声が耳に留まり続けてる。嗅ぎ慣れたラストノートが鼻を抜けて、脳に好感を伝えてくる。
違う、これは違う。
「あ、先輩コンビニ寄ってくれません? そこの角曲がったとこ――」
視界に、角を指さす茅ヶ崎の手が入り込んできた。とっさにその手を掴んだのは、エイプリルとしての防衛本能だったと思う。
でも、指が絡んだのは? 不必要に握り締めてしまったのは? 思わず茅ヶ崎を振り向いてしまったのは?
「先輩?」
きょとんとした顔を傾げた茅ヶ崎に、何かがせり上がってきた。それと同時に、体温が上昇するような錯覚に襲われる。
ほんの一瞬。たったそれだけで自覚した。
「な、なんでもない。いきなり手を出すなよ、危ないだろう」
「えぇ……~」
「コンビニでいいんだったな。また食玩?」
「あと課金のカード」
またお前は、と呆れた調子で呟く。いつも通りにできていただろうか。声は震えていなかっただろうか。上ずってはいなかったか?
ああ、まさか。
本当に俺が茅ヶ崎を好きだったなんて。
#千至 #片想い #ウェブ再録
恋するうさぎはメンドクサイ-008-
「美味しい。あとで万里にもお礼を言っておこうかな」
「や~別にいいんじゃないですか? ついでだったんだし」
「人のついでで俺に恩を売るなよ。ガチャの件はこれで済ませるつもりないからな」
「えー、済ませましょうよ。……あ、だったら膝枕もサービスしますけど」
ぽんぽんと茅ヶ崎が自分の膝を叩く。……そこに寝ろと? 何を言ってるんだ、コイツは。
「ほら、先輩お疲れのようですし。大好きな俺の膝枕なんて、今後ないかもですよ?」
「まだ言ってるのか、それ。俺はお前に恋なんかしてない。冗談もほどほどにしないと、怒るぞ」
「先輩そうやって頑なに否定してますけど、そもそも恋がどんなものか知ってるんですか? 理屈じゃなくて、感情で」
いつまでこんなくだらない論争を繰り返すんだ? そう思って振り向いたら、茅ヶ崎はどこか寂しそうな顔で俺を見ていた。返す言葉を見失って戸惑う。なんでそんな顔するんだ、茅ヶ崎。
「い、いや……感情でというのは、経験がない、けど」
うっかり真実を漏らしてしまう。知ってるって嘘を吐いた方が良かったのかな。でもそれはそれで面倒くさいことになりそうだ。恋をできない理由は話せないけど、恋をした経験がないってことくらいは、真実でいいか。
「俺はね、知ってますよ。恋がどんなものか」
茅ヶ崎の声に、目を見開いた。ぞわ、と肌があわ立つ。
どうしてだ、別に恋の経験くらいあるだろう。茅ヶ崎だって健康な成人男子なんだ、恋のいろはくらい経験してたって不思議はない。
なのにどうしてこんなに……寂しいなんて思うんだ?
「ほらまたそんな顔して。心配しなくても、今はフリーですよ」
茅ヶ崎はすっと手を伸ばして、俺のパソコンをパタンと閉じる。それでやっと我に返った。俺としたことが、他人に端末触らせるなんて。油断と隙しかないじゃないか、しっかりしろ。
眉を寄せていたら、型を掴まれてグイと引っ張られた。おい、どうした俺、油断と隙はあるくせに抵抗力がない。
気がつけば、俺の頭は茅ヶ崎の膝。強制的膝枕が実施されていた。
「おい、茅ヶ崎」
「ハハッ、先輩見下ろすとかレア。いや、これぞSSR」
悪戯が成功したみたいな顔で、茅ヶ崎が笑う。さっきまで寂しそうな顔してたのに、なんだそれ。動揺した俺の時間を返してほしい。はぁ……、まあ身の危険があるわけじゃないから、いいか……。
茅ヶ崎の膝は硬くはない。柔らかくもない。筋肉ついてないから、こんなものかな。存外に心地いい。
「それでさっきの話なんですけどね。俺は恋をしたことがあります。だからちゃんと経験で知ってるんですよ」
「へぇ……それなのに今特定の相手がいないってことは、失恋したのかな。ご愁傷様。慰めたりしないぞ」
「いやそういうことを言いたいんじゃなくてですね。恋を知ってる俺が言う【先輩は俺のことが好き】と、恋を知らない先輩が言う【茅ヶ崎に恋なんてしてない】。どっちが信憑性あると思います?」
言葉に詰まった。茅ヶ崎はさほど重要そうに思えない様子でゲームを楽しんでいて、また体が冷えていく。
と思ったら、小さな端末を握っていたはずの茅ヶ崎の手が、俺の髪を撫でた。
「その俺が言うんだから、先輩は恋してるんですよ。今、俺に」
確かに筋は通っている。体感として恋を知らない俺より、恋をしたことがある茅ヶ崎の方が、その感情に詳しい。だからって俺が恋してるなんて認めるつもりはないけどね。
だけど、俺の髪を撫でる茅ヶ崎の手が心地いい。汚れきった俺のものとは全然違う。あったかいな……。
「……恋って、どんなふうになるの、例えば」
恋を知っている茅ヶ崎はあったかい。どんな女を好きになったんだろう。ゲームみたいにできうる限りの情熱で想っていたんだろうか。その女は、なんで茅ヶ崎の想いに応えてくれなかったんだ?
「どんなふうって、普通ですよ。声聞きたくなったり、隣にいたいなあって想ったり。違う誰かと一緒にいるとこ見てすごい嫌な気分になったりしますよ。それでも声かけてもらうだけでそんな気分吹っ飛んでいくんですよね」
茅ヶ崎が穏やかな声でそう呟く。終わった恋にしろ、その優しい時間はコイツにとって大事なものだったんだろう。
「触れたくなったり、ちょっと甘えてみたくなったり。何より、その人のこと可愛いなあって思ったら、もう駄目ですね」
「じゃあお前は、俺がお前を可愛いと思ってるふうに見えてるの?」
「え、可愛くないです?」
「可愛くないよ。どっちかっていうと憎たらしい。部屋掃除しないし朝は俺が起こさないと起きないし」
「うぐぅヤブヘビだった」
茅ヶ崎の言うものが恋の症状なら、俺はやっぱり恋なんてしてない。茅ヶ崎の声を聞きたくなる時なんてないし、隣にいたいと思ったこともない。外岡が隣にいるのが気に食わないのは、たぶん春組の総意だろう。声をかけてやるのは俺の方だし、触れたいなんて考えたこともない。甘えるとか、どうやって? それに……茅ヶ崎のどこを可愛いって思えって言うんだ? 顔がいいのは確かだけど……それだけじゃ恋にならない。
でも、触れたくなる、……か。この手は心地良いから、触れていたいかな……触れててもらいたい……。
「どうすれば好きになってもらえるのか分からなくて、嫌われたくなくて、臆病になるんですよね。思ってることの半分どころか、三分の一も伝わってないんだろうなって」
苦笑する吐息が混じる。
違う、と感じた。これは、過去の思い出を語っているんじゃない。茅ヶ崎の恋は――現在進行形なんだ。その声の中に、目蓋の裏に、恋する相手を浮かべている。触れたくて、甘えたい相手だ。
なんだ、そうか。
ちゃんと相手がいるんじゃないか。
体が重い。沈んでいきそうなほど重い。息を吐き出したいのに、なぜか唇の手前で止まってしまう。
どんな女なんだろう。どこを好きになったんだ? その女にも、普段のだらしない姿見せてるのか? 見せられない……告白できてない? 俺も知ってる子なら、橋渡ししてやった方がいいんだろうか。
そう言ってやりたいのに、唇が動かない。
どうしてだ。なんで、こんなに悔しいんだろう。俺の知らない恋という感情を茅ヶ崎が知っているから? いや、茅ヶ崎が知ってることを俺が知らないってのは確かに悔しいかもしれないけど、恋情とかそういうのは不要な分野だ。負けてるわけじゃない。
「先輩? どうしたんですか、黙り込んじゃって。俺に恋してること自覚しちゃいました?」
「してないよ、恋なんて」
「たまには素直になってくださいよ……」
「事実を言ってるんだけど」
「俺も事実を言ってるんですけどね」
ふう、とわざとらしいため息を吐いて、茅ヶ崎の指先が俺の額をはじく。いい度胸だな。
俺はそれをきっかけにして、体を起こした。これ以上つきあっていられるか。あ、と茅ヶ崎が小さな声を上げたけど、そのまま部屋を出る。今日は向こうで眠ろうかな。
茅ヶ崎の戯れ言には付き合っていられない。
そう思ってアジトに来たんだけど、落ち着かない。静かすぎる。ソファに座っても、ミネラルウォーターを飲んでも、愛機でネットサーフィンをしても。なんだかそわそわとしてしまって、全然集中できないんだ。
まあ寮の方だと誰かしらの声や生活音が聞こえるから、防音完備のこの部屋じゃ、ちょっと寂しい感じがするのも無理はないかな。ハハッ、こんなふうに思うなんて、人は変われば変わるものだ。
入団した当初は、あそこにいるのが苦痛だったのに、今じゃ向こうが日常になってる。
いつも誰かがいて、笑い合って、ご飯を食べる。
そういえば、茅ヶ崎と一緒にいる時間も増えたな。
「ねえちがさ……」
ソファで隣を振り向いて、ガランとした空間に声を飲んだ。いるわけないだろ、ここは寮じゃないんだ。
あんまり一緒にいすぎて、隣にいるのが当たり前みたいになっちゃったのか……。仕方ない、会社も組も部屋も一緒なんだ。こんなふうに茅ヶ崎を探してしまっても、なにもおかしなことなんてないさ。
もう眠ろう。
ああ、アイツ明日の朝ちゃんと起きられるのかな。早めに向こう戻って起こしてやるか。
#千至 #片想い #ウェブ再録
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恋に落ちる音
「俺はお前にしっかりと愛情表現できているだろうか、跡部」
携帯端末を耳に当て、ゆっくりと歩いていた手塚はついにその足を止めた。
電話の向こうから、『アーン?』と聞き慣れた声が返ってくる。高圧的なその音階に、どこか安堵してしまう自分がいることに、少し眉を寄せた。
『たまにテメェの方から電話してきたと思えば、何を言ってやがる、手塚ァ』
ため息交じりに返されて、視線が下を向いた。
たまに、というのは自覚している。
電話番号もメールアドレスも知っているし、トークアプリのIDだって知っている――というか教えられた状態だが、自分から連絡をすることは少ない。
相手は恋人であるというのに。
跡部景吾は、他校の生徒だ。しかしながら、クラスメイトより彼のことの方をよく知っている。
一年生の頃からあの氷帝学園テニス部を率いるているということで、もちろん名前は知っていた。オールラウンダーであることも、派手なコールを好むらしいことも。
だがただ派手なだけではないことだって分かっていた。持久戦を得意とするのは、元々の資質に加えて並々ならぬ努力を重ねているだろうと推察できたからだ。
幸か不幸か、彼と公式な対戦をすることはなかったけれど、対峙すれば接戦になるだろうことも予想できた。
ただ、これは誰も予想しなかっただろう。その跡部景吾と恋人同士になるなんて。
手塚は眉根を寄せて、目を伏せる。
いつだろう。跡部をそういう対象として意識するようになったのは。
彼を深く知るようになったきっかけは、間違いなく関東大会だと思っている。青春学園が全国大会に進出するためには、絶対に負けられない相手だった。結果的に個人では負けてしまったものの、信じられない気持ちがわき上がってきたことをまだ覚えている。
――嬉しい――
負けて、そんな気分になるなんて思わなかった。悔しさがわき上がってくるのならば理解ができる。
だけど、違う。
育てた後輩が自分を超えてくれたくれたという嬉しさでも、理解はできる。
だけど、彼は後輩でもなければ味方でもない。
それでも、嬉しかった。
肩の激痛を我慢してでも試合をやり通したのは、全国に行きたいからというのももちろんあったが、あんな試合はこの先できないと思ったからだ。
強いプレイヤーはたくさんいる。同い年はもちろん、年下にさえ。接戦になるという意味では、いくらでも相手はいたはずだ。
だがその誰もが、あの時の彼のようにプレイしてくれただろうか。
互いに部を率いる部長同士、負けられない試合、肩を壊してでも――限界を超えてでも、勝たなければいけない。
彼はそれに全力で応えてくれた。懸けた思いを、一球一球、真剣に返してくれた。どちらもチームを勝たせるために、魂を込めてボールを打ち合った。
思い返しても、やはりあの時、あの試合は、跡部景吾とでないとできないと断言できる。
圧倒されそうな[[rb:眼力 > インサイト]]を受け止めて返せば、彼は楽しそうに笑った。結果として勝ったのは彼の方だったのに、握手をした手を、称えるように掲げてくれた。
伝え聞いていた跡部景吾の印象とは、少し違う。テニスに懸ける全力の思いに、全力で応えてくれる――そんな男なのだと気づかされた。
跡部景吾は、純粋に尊敬できるプレイヤーだ。それは間違いなかった。
それから跡部はよく連絡をくれるようになって、リハビリを終えてからはよく青学に押しかけ……もとい顔を出すようになった。
敵情視察だと言いつつも、勝ち負けに関係なく、彼とただ打ち合うようになったのはそれからだ。
……いや、勝ち負けにはこだわることが多かった。何しろお互いが負けず嫌いだ。そろそろ帰らないと家族に心配をかけるという時刻、引き分けたこともある。
不満そうな跡部が、舌打ちしながら「テメェの家族ごと俺の家に引っ越せ」と吐いた時には、思わず笑ってしまいそうだった。
ああそうかと思い当たって、手塚は目蓋を上げた。
それとほぼ同時に、耳に声が届く。
『手塚テメェ、電話してきておいてだんまりとはいい度胸じゃねーの』
怪訝そうな跡部の声に、手塚は再び足を踏み出した。
「すまない、……なぜお前なのだろうと考えていた」
『ふん? なんで俺様に惚れてるかってことか。当然だろ手塚ァ、俺は跡部景吾だぜ?』
勝ち気な声が耳に心地良い。
その絶対的な自信はどこから来るのだろう。訊いたところで、彼はこう返してくるだろう。「跡部景吾だからだ」と。少しも理論的ではないのに、納得できてしまうあたりが愉快だ。
「――待て跡部。お前には、その……ちゃんと伝わっているのか? 俺の、気持ち、というか、その」
上手く言葉を操れずに口ごもる。手塚は自分が口下手だということを理解はしていたが、せめてもうほんの少しだけでも改善されないかと悔やむ。
跡部景吾が好きだと気づいて、時折出かかる言葉を飲み込むことができたのは幸運だったが、いざ恋人同士になってもこれでは、彼をつなぎ止めていられない。
特に跡部は明け透けに言葉を告げてくる。こちらにも、そういった言葉でのやり取りを望んでいるかもしれないのに。
『テメェの気持ちだぁ? あぁ、俺様が好きで好きで仕方ねえってとこか。ベタ惚れじゃねーの』
「……若干語弊があるような気も」
『しねぇだろうが』
電話の向こうで、くっくっと楽しそうな笑い声が聞こえる。
跡部の言うことは確かに間違いではないのだが、それが伝わるような態度だっただろうか。手塚は眼鏡のブリッジを押し上げ、唇を引き結んだ。
『なんでそんなこと言い出したのか分からねーが、また余計なこと考えてやがんのか。アーン?』
「余計なこと? ……お前への気持ちを自覚して、悩んだ時のことを言っているのか。無駄な時間だったと?」
『そうは言ってねえ。あれはあれで、テメェには必要だったんだろう』
ため息が混じった物言いに、手塚は押し黙る。跡部が言っている「余計なこと」というのは、心当たりがあった。
跡部への気持ちを自覚したあの瞬間からの、恋情を否定したがる葛藤だ。
意識するようになったのは――恐らくあの時だ。
#塚跡 #両想い #ラブラブ #ウェブ再録