No.487

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恋をしている-010-

塚跡WEB再録 2021.10.02

#塚跡 #片想い #ラブラブ #ウェブ再録

恋を知った音 授業に身が入らなかったのは、これが初めてだ。 もちろん、それで成績を落とすような無様な…

塚跡WEB再録

恋をしている-010-

恋を知った音


 授業に身が入らなかったのは、これが初めてだ。
 もちろん、それで成績を落とすような無様な真似をするはずもないのだが、自分がそれだけ困惑していることを如実に物語っているのが、跡部には気に食わなかった。
 ――――まさか、アイツが。
 昨日から跡部景吾の頭を占めているのは、ただ一人の男だ。
 手塚国光。
 青春学園テニス部部長の、優秀なプレイヤーだ。
 その名は都内や関東圏だけに留まらず、全国の中学テニスプレイヤーに知られていることだろう。
 跡部も、例外なく認識していた。倒すべき相手として。
 氷帝学園中等部のキングとして君臨しているからには、一戦交えてみたい相手だった。
 当然ながら、自分の方が勝つものとして。
 跡部は相手の弱点を見抜くのが得意だ。そこを責め立てて持久戦に持ち込み、戦意を喪失させる。今まで戦ってきた相手の誰もが、[[rb:眼力 > インサイト]]の前に膝をついてきたのだ。
 それなのに、手塚と対峙したあの関東大会――あの男は肩を壊しながらもチームを勝利に導くために、がむしゃらに向かってきた。
 あの男の中の情熱と信念を読み切れなかったのは不甲斐ないが、それを上回る敬意が生まれたことに、言いようのない高揚を感じた。
 無二の試合になる。あの時感じたことは今も変わっていない。強いプレイヤーは全国に、世界にごまんといる。好プレイをできる相手にもこの先多く出逢えるだろう。
 それでも、手塚国光との試合は特別なものだった。
 全国大会で直接戦うことはなかったが、生涯の好敵手となるだろうことを確信して、激励と称して青学に押しかけもした。
 部長として部員を育てるためでなく、ただ個人として打ち合える相手はいるのか。いたとしても、プレイスタイルのバリエーションは、多くあって困ることもないだろう。
 そんな言い訳をして、ただ自分が手塚国光と打ち合いたい理由をごまかしたのは、自覚している。
 部活が終わってからでもいいかと承諾されたことには正直驚いたが、とにかくテニスができる――それだけで良かった。
 連絡先を交換して、連日打ち合うようになった。学校が終わってからだけでなく、休日にさえだ。
 跡部が所有しているテニスコートに呼んでやったら、顔にこそ出さないものの嬉しがっていた。
 本当にテニスが好きな男だ。
 それを知って、跡部自身嬉しかった。
 全国大会ではまた無茶をしていたが、懸ける思いには素直に賞賛を贈りたい。
 大会は終わったのに、やり取りは続いた。連絡をするのはいつも跡部の方からだったが、約束が取り付けられなかったことは片手にも満たない。
 急激に、急速に、手塚国光との距離が近づいた。同学年、部長同士、生徒会まで受け持っているとなれば共通の話題も多く、特にトレーニング方法や戦略は有益で、部員たちに対しての苦労話は面白かった。
 そんな中で、あることに気づいてしまった。
 ある意味、慣れてしまった種類の視線。
 手塚から、熱の籠もった視線が向けられるようになっている。
 あれは、恋情だ。
 跡部は足を組んで、爪の先でテーブルを叩く。カツ、カツ、と立つ音が、メトロノームのように正確なリズムを刻んだ。
 厄介なことになってきたと、跡部は思う。
 自分に向けられる視線を、いちいち気に留めるようなことはない。きりがないからだ。
 氷帝学園に君臨する者として、女子生徒からの偶像に対するような視線。テニス部をまとめ上げる部長として、部員たちからの畏怖と敬愛の視線。
 たまに本気で熱を上げてくる女子生徒もいるが、相手にするつもりはなかった。
 加えて、跡部という家の後ろ盾を欲してくる強欲な視線。跡部景吾自身を欲しているわけではない、いっそ清々しいまでの利用価値。
 祖父から言われるまでもなく、応えるべき視線とあしらい撥ねのける視線、利用して使い捨てる視線の判別はしてきた。
 しかし、手塚国光というよき好敵手からのあの視線を、どうすればいいのか分からない。
 最初は気にも留めていなかった。自分が他人に見られるのは至極当然の事象だったからだ。
 ――――だが、昨日のあれは。
 昨日、手塚と打ち合っている時ににわか雨に降られた。雨足は割と強く、部室の軒下で雨をやり過ごそうとしていた時だ。
 早く打ちたいと空を見上げた跡部を、静かに振り向いて手塚が言った。
『跡部は本当にテニスが好きだな』
 今さら何を言っているのかと、跡部は口の端を上げて返す。
『テメェがテニスを愛しているようにな、手塚』
 手塚はそれに、わずかに目を瞠ったように見えた。
 手塚がテニスに並々ならぬ情熱を注いでいるのは知っている。あの時手塚のがむしゃらさを表に出させた自分が、いちばんよく分かっている――などとは言わないが、割と周知の事実ではないのか。
 結局雨は止まず、止んだとしてもコートの状態が悪いということでお開きになったが、ずっと視線を感じていた。
 思い返してみれば、手塚からの視線は少し前からあったように思う。
 ふと振り向くと視線が合うことが多かった。
 話を聞いていないような時もあったのに、それがすっかりなくなった。
 対話する時の距離が、少し近づいてきていたようにも思う。
 友人として、好敵手として認識されているのだと思っていた。跡部自身がそうであるように。
 それが、まさか。
 まさか恋をしているなんて。
 ゆっくりと息を吐いたところで、テーブルに置いた手の傍をトントンと叩いてくる指先に気がついた。
「紅茶、冷めるで。跡部」
「あ、ああ」
 ハッとして顔を上げれば、忍足や滝が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。昼食後のティータイムだったのだと思い出し、冷めかけた紅茶のカップへと手を伸ばす。
「ずーっと上の空やったなぁ、自分。どないしたん」
「景吾くんのそんなところは珍しいね」
「うるせぇ」
 好んでいる紅茶なのに、味がしない。温度を感じるくらいだ。
「昨日の雨にやられたんか? 風邪は引き始めが肝心やで」
「昨日のはゲリラだったよな。俺も降られちまった。激ダサだぜ」
「今朝もでけぇ水たまりいっぱいだったぜ」
 宍戸や向日も話に入ってくるが、思い出すのは雨をしのいだあの時間。
 気づいてしまった瞬間が、どうにも恨めしい。
「それとも手塚と何かあったんか」
 カチ、とカップがソーサーに当たる。動揺しかけたことを悟られないように、カップを持ち上げ直して口へと運んだ。
「なんでヤツが出てくる」
「昨日も青学行っとったんやろ?」
 連日手塚と打ち合っているのは、氷帝のレギュラー陣は当然知っている。だからこその言葉なのだろうが、一瞬ひやりとした。
 跡部に後ろ暗いことがあるわけではない。何かあってたまるかと視線を背ける。
 ――――俺の様子がおかしいからって、手塚を連想されんのは癪だな。
 しかしそう思われるほどに、手塚との時間が増えているということかと、跡部は舌を打つ。
 その時間の中で、手塚に恋情が生まれてしまったのは、仕方のないことのようにも思う。
 いったいいつからなのか。それよりも、手塚は何をどこまで望んでいるのだろうか。男として、人としての欲求は跡部とて理解している。
 こちらにそういう思いがない以上、突き放してやるのが優しさというものだろうか。だがそうなると、手塚とテニスができなくなる。
 それくらいなら――と、打算的な思いが頭をよぎって、跡部は眉を寄せた。
 そんな打算を、手塚とのテニスに持ち込みたくない。
「今日も行くんか? よう飽きんな、自分」
「部活でもねーのにな」
「しかも他校に押しかけてまでだぜ」
 友人たちの声にゆっくりと振り向く。
 本当に毎日というわけでもないのだが、飽きるという言葉には反論したくなった。
「手塚と打ち合うのに、飽きるわけねーだろ。アーン?」
 跡部の中には、そんな発想自体が存在しない。忍足たちは、一様に呆れたように肩を竦めた。
 手塚と打ち合うのは好きだ。好敵手ではあるが、公式戦のない今は明確な敵同士ではなく、深刻に勝敗を争うこともない。
 本気を出していないわけではないのだが、チームを率いていないという気安さが、心地良かった。
 手塚の方はどうだろうか。
 頻繁に打ち合うようになっても、飽きるわけがないと言い切る自分に、彼ならなんと言うだろう。本当にテニスが好きだなと言ってくれた、あのテニスを何よりも愛している男なら。
『飽きるという発想がない』
 と、至極当然のように言い放つ手塚が想像できてしまって、跡部はくっと喉を鳴らした。
 手塚国光のそういう部分は好感が持てる。
 跡部はそっと目を伏せ、小さく息を吐く。そうして、カッと目を開いた。
 ――――いいぜ手塚。受け止めてやろうじゃねーの。
 手塚の、テニスに対する思いは本物だ。それは尊敬と称賛に値する。そんな男が自分に恋情を抱いたという事実を、否定はしたくない。
 見るからに色恋方面に不器用そうな手塚が、今後どう出てくるのか、楽しみにさえなってきてしまった。
 隠し通すのか、真っ向勝負でくるのか。
「ふ、フフ……ハァーッハッハ!」
 おかしさがこみ上げてくる。突然笑い出した跡部に周りはおののくこともなく、楽しそうで何よりだとそれぞれのドリンクに手を伸ばしていた。
「悪い、ちょっと電話してくるぜ」
「ごゆっくり」
 午前中とは打って変わって上機嫌なキングは、ひらひらと手を振られてテーブルを離れた。
 そうして人気のないところで発信したのは、手塚の番号。
「俺だ」
 手塚が応答するまでに五コール要したのは、どう捉えるべきだろう。手が空いていなかったのか、それとも恋する相手からの電話に心の準備が必要だったからなのか。
『跡部か。なんだ』
 その第一声で、ピンとくる。
 ――――隠すつもりか、手塚。
 声音がいつもと変わりない。周りが騒がしいが、向こうも昼食中なのだろう。
 周りに悟らせないために押し隠す精神力は、さすが手塚だと思った。
「今日、打てるか?」
『俺は構わない。だがお前の方はいいのか』
「アーン? 何がよ」
『いや、俺ばかり相手にしているのは、飽きたりはしないのかと思って』
「テメェと打つのに、飽きるって発想がねぇ」
 つい先ほど忍足に言われたことを、手塚にも言われてしまう。もしや裏で繋がっていたりするのだろうかと思うくらい、絶妙なタイミングだ。
 しかし、返す答えが変わることはない。
『――そうか。どうやら考えることは同じようだな、跡部』
 そして、向こうからも申し分ない答えが返された。
 跡部は満足げにふっと笑い、「じゃあな」と通話を打ち切った。
 手塚が自身の中に生まれた感情を抑え込むというのなら、それにつきあってやろう。
 好敵手だということ、男同士だということ、無二の試合を繰り広げた相手だということ――恐らく彼の中には様々な葛藤が生まれることだろう。
 それをどうやって乗り越えるのか、楽しみだ。
 ――――乗り越えろ、そして隠し通してみせな、手塚ァ。
 跡部は笑いながら、晴れた空を挑戦的な瞳で見上げた。


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