- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.50, No.49, No.48, No.47, No.46, No.45, No.44[7件]
少年の秘密-001-
少年は、人に言えない運命を持っていた。
いつか出逢う、大切な誰かのために、誰にも言えないヒミツを持っていた。
ぱしゃんと湯が鳴る。程良い温度は、疲れた体を癒してくれた。
「ゼイタクだよなぁ~、朝から温泉なんてー」
「この島の風呂は、ほとんどが温泉だよ」
タクトは、視線だけでスガタを見やり、そしてぐるりと目を走らせる。
本当に贅沢だ。こんなに広い温泉が家にあるなんて。スガタの家だから、と言ってしまえばそれまでのような気もするが、やっぱり羨ましかった。
「いいよな、この島」
「このシンドウ家に生まれなければな」
スガタは自嘲気味に喉を反らせ、縁に頭を乗せる。濡れて艶めく青の髪に、心臓が揺れた。
―やっぱり綺麗な顔してるなあ、スガタは……。
他意はなくそう思って、視線で追う。
濡れた髪、滴の残る額、つんと天をさす鼻筋、薄い口唇、白い肌。
学園の女子たちが騒ぐのも無理はないと、素直に受け入れてしまえる説得力だ。
「タクト?」
「えっ、あっ、何でもない!」
視線に気がついてか、スガタが振り向いてくる。そこでやっと自分の目線を自覚して、慌ててそっぽを向いた。
なんだ?と思いつつ、スガタはタクトの体の線を眺めた。
自分よりも少し色のついた肌。クセのある髪。発達途中ながらも無駄のないラインは、思わず触れたくなってしまう。
「ぼっちゃま、お背中お流ししましょうかー」
ドアの向こうから声をかけてくるのは、シンドウ家のメイドである。
「いっ?」
スクールメイトで、同じ演劇部で活動する仲間でもあるけれど、限りなく一般庶民であるタクトには、その忠義は理解しがたい。
「いや、今日はいいよ」
「はーい」
入ってくんの!?と驚きと期待で出入り口を振り向いたタクトに、スガタは笑う。この年の男子としては、タクトの反応は正常なものだろう。
「ん? ……今日はって、言った」
安心とがっかりが、タクトのため息に混じる。スガタの返答が引っかかって、眉を寄せた。
「……いっつも、流してもらってんのか?」
シンドウ家では、それが日常なのだろうか。そういえば、あの二人が声をかけてきても、スガタにあわてる様子はいっさいなかった。
「ん? ……ああ、そういう教育受けてるからな、あの二人は」
別に興味もなさそうに、スガタは答える。スガタにしてみれば、そんな日常に疑問を抱かれるとは思っていなかったのだ。
「僕はそういうの、やっぱり分からないな。ワコは……知ってんのか?」
「ワコ?」
「だって、お前の許嫁だろ! ま、万が一間違いとか……あったら、気分良くないと思う」
ぷいとそっぽを向くタクトに、スガタはあからさまに肩を揺らして笑った。
「心配しなくても、タクトが思ってるような間違いは起きないさ」
シンドウ家は、島の巫女の誰かと結婚するしきたりがあるのだと聞いた。
それでどうしてスガタとワコなのかと聞いてみたい気もするが、そうしたところできっと、親が決めたことだと言うに決まっているのだ。
「僕があの二人とどうにかなることはないし、ワコとどうにかなる予定も、今のところはない」
「今のところって」
今後は分からないということか、と眉を寄せるタクトに、スガタはため息をついてみせた。
「タクト、巫女という属性を理解しろ。本来巫女というものは、常乙女でなければならない」
「え? ……あ、」
ごめん、と呟く。
そんな制約があるからなのだろうか? 二人は目に見えて大切に想い合っているように見えるのに、どこか遠慮がちに接しているのは。
「だから、たとえ僕がワコを抱きたいと思っても、穢した瞬間にこの世界は破滅だろうな」
巫女は巫女でなくなり、封印はどうなるか分からない。最悪、サイバディの暴走だってあり得るのだ。
互いに好き合っているのに、うまくいかない想いが、世界中に溢れている。
けれどスガタにとってはそれが通常で、
「そういう間違いが起こらないようにもずっと、監視されてるわけだしね」
タクトにとっては異常だった。
きっとこの二人に比べたら、自分が諦めてきたもののなんと単純なことだっただろう。
「タクト、背中流して欲しかったのか? 呼び戻そうか」
「い、いいよそんなの! 恥ずかしいだろ!」
「恥ずかしい?」
「だっ、だってカノジョでもない子に、裸なんて見せらんないし!」
頬を真っ赤にしたタクトが振り向く。髪よりも赤く見えて、面白い小動物でも見ているような気分になった。
「僕はいいのか?」
スガタの静かな声に、タクトの肩がビクリと揺れる。
わざと意識しないようにしていた話題を、突然、なんの前触れもなく持ち出されて。
「あ、あのさあスガタ、昨日のって」
「なかったことにはできないぞタクト。お前は僕に抱かれた」
「わあああああ言うな! それ以上口にするなスガタ!」
思わず、スガタの口を片手で覆う。
「あっ……」
手のひらに口唇が触れて、ハッとして慌てて離した。
ゆっくりと横に移動して、スガタと距離をとってみても、事実は変わらない。タクトは顔を真っ赤にして俯けた。
ドクンドクンと心臓が鳴る。
忘れたわけではないのだ。
そしてまた、忘れたいわけでもない。
昨夜、スガタと繋がったことを。
「と、友達だよな、お前とは」
「何故?」
「だっ、だってお前はワコが大事だって言った!」
言われなくても分かる。
見ているだけで充分、スガタがワコを大切にしているのは分かる。
「そうだな、それは変わらん」
ひどく真剣な顔で、スガタは答えた。握りしめたこの拳を、タクトはどうしたいと思ったのだろう。先日みたいになぐりつけてやりたかったのか。
「僕はワコが大事だ。この先ずっと、それが変わることはない」
「ああ、分かるよ」
だけどどこかでホッとした。
ワコの涙はもう見たくない。
大事じゃないなんて言ったら、ぶん殴ってやろうかと思ったけれど、その意志は揺るぎないようでホッとする。忍ばせたナイフはワコを守るためだったと知って、安心していた。
「スガタはワコが大事で、大切にしてて、でもそれをちゃんと言ってやれない大馬鹿ヤローだって知ってる」
そんなのはもう、今さらだ。
タクトはそう言って、スガタを振り向く。
「なんで、僕を抱いた?」
怒りたいのではない。責め立てたいわけではない。スガタがワコを泣かせないのであれば、他のことはどうだっていいような気がしていた。
「僕も訊きたい。何故僕に抱かれた? タクト」
視線が交錯する。さぐり合う意味でなく、逸らせない視線に心臓が逸る。
「質問に答えろよ」
「そっちこそ」
抱き合った事実は消せない。胸にある、このシルシのように。
視線が数秒絡んだその時、
「スガタくんタクトくん、おはよう」
ドアの向こうからさわやかな声が聞こえて、タクトは思わず肩まで浸かり込む。
それにさえ慣れているのか、スガタはああおはようと返すだけだった。
「タクトくん、昨日泊まってったの?」
「あー、うん」
「やだ、男同士で、もう、やらしいっ」
「な、なんでやらしいの……」
ワコは冗談のつもりで言ったのだろう、和ませるために違いないのだ、ちっとも和まないけれども。
なんと返していいのか分からないタクトを眺め、スガタはおかしそうに肩を揺らす。
「そろそろ出るよ、ワコ。着替えを見たいなら、そこにいてもいいけど」
「えっ? もー、馬鹿なこと言わないでスガタくん!」
私食卓行ってるね、と慌てる様子に、スガタはふっと笑った。
「あんな可愛い許嫁いるくせに」
「なんだよタクト、僕に責任をとれとでも言いたいのか?」
脱衣所で、タクトは自分の体に散らばるキスマークを見つけてため息をつく。
「僕はお前の愛人になる気はないんだよね」
「ただれた青春だな。僕はそれでもいいけれど」
「ふざけんな」
これでは胸の開いたシャツは着れないなと、眉を寄せる。まさかワコの前にこの体をさらす訳にはいかないだろう。
「今はまだ、成り行きだったとしか言えないな」
着替えを終えて出て行くスガタが、不意に呟く。タクトは思わずその背中を振り向いた。
「えっ?」
「さっきの質問に対する答えだ。お前が僕の傍にいたから……だから抱いた」
特に理由なんかない、というスガタの静かな声。言葉の意味を捉えればなんて酷い男だろう、とは思うが、タクトには責めるつもりもない。
ふるふると首を振ると、まだ少し濡れた髪から、雫が落ちる。タクトは手櫛で髪を整えて、スガタの後を追った。
―あんまり覚えてないんだよな。スガタがどんな風に僕を……抱いたのか。
覚えていないのに責められるものか。
ただスガタの口唇が重なって、手のひらがあって、熱くて痛くてしょうがなかったことくらいしか。
「タクトくんどうしたの? あんまり食欲ないみたいだけど」
「え」
テーブルを隔て正面に座る少女から、声がかかる。タクトはハッとして顔を上げた。
「食べないんなら、私がもらうよ?」
「だっ、大丈夫だいじょうぶ、なんでもないよ」
心配してくれているのか、食欲がありすぎて気になるだけなのか。
タクトは作り笑いをしながらオムレツを口に運んだ。
「ふふ、ワコ、足りないならおかわり持ってこさせようか」
「あっ、ううん大丈夫!」
ワコはスガタに向かってぶんぶんと手を振る。やっぱり仲いいなあと、タクトは羨む意味でなく素直に思う。
そういえばあの誕生日プレゼントは、無事スガタに渡せたのだろうか。また何か、別の理由をこじつけて。
「ねえ、もうあの力は使わないで」
責めるワコの声音に、タクトは視線をスガタに移す。スガタがあの力を解放しながらも目覚められたのは、奇跡だったのだろうか。
「次に使ったらその時は、今度こそ目覚めないかもしれない」
ワコの声は強くて、弱い。
スガタに無事でいてほしい。その想いがそうさせるのかと、タクトは瞬きひとつ。
―スガタが眠ってしまうのは……イヤだな…。
「タクトひとりで、ワコを守れるとは思えないんだけどね」
急に話を振られて顔を上げる。
「……言うねえ、決着つけるかぁー?」
ゼロ時間の中でぶつかり合った拳に、決着がついたとは思っていない。
むしろそこがお互いのスタート地点で、ワコへ向かう気持ちの強さを知って、ホッとした思いの方が大きかった。
「決着じゃなくて、稽古をつけてやるよ。さ、学校に行こう」
「え? ……ああ、今日は月曜日か」
そういえばそうだった、とタクトは慌てて朝食を胃の中へと収めた。
#STARDRIVERー輝きのタクトー #スタドラ #シンドウ・スガタ #ツナシ・タクト #スガタク
少年の秘密
練習台じゃなくて。
「それで、どうして僕なんだ?」
不機嫌そうなスガタの声が、タクトの耳に入ってくる。不機嫌には、不機嫌で返してやった。
「だって、女の子を練習台にするわけにはいかないっしょ~?」
スガタにしてみれば、そんなにケンカ腰に返されるいわれはない。
タクトにしてみれば、そんなに怒られる理由が分からない。
視線を逸らしたら負けだ。瞬き一つでさえ、命取りになるような気がした。
「だからって僕を練習台にするお前の無神経さが信じられん」
「キスシーンがあるって知っても平然としてるスガタの方こそ、無神経だよ」
短い、沈黙が流れる。
そうして二人ともが困ったような顔をした。
つい先ほど知らされた、劇団夜間飛行の演目、「神話前夜」には、タクトとミズノのキスシーンが盛り込まれているらしい。
いくら演技とはいえ、年頃の男女がそんな!と慌てたのはタクトとワコ。わーいタクトくんとちゅーだああと喜んだのはミズノ。興味津々で目を輝かせたのはジャガーとタイガー。
スガタは、口唇を引き結んだまま、じっとその光景を眺めていた。
「僕の気持ち、知ってるはずだよね、スガタ」
「僕の気持ちも、先日伝えたはずだけど?」
お互いの気持ちは知っているはず。
好きだと言ったら驚くほどの速さで同じ言葉が返ってきて、逆にどうしていいか分からずに、今日に至る。
恋人同士になりましょうと言えばいいのか、手をつないでしまってもいいのか、口づけを交わしてもいいのか。
「だいたいタクトは、キスなんか慣れてるだろう」
「なんで!?」
「僕が何も知らないと思っているのか? 何が青春の1ページだ」
ぐっと詰まる。スガタに気持ちを告げる前、何度か女の子と口唇を触れ合わせてきた。
自分の意思だったかというとそうでもないが、キスには、変わりがない。そのうえ、演技でキスなんて。
「そ、それは……謝るけど、だって」
「お前は隙がありすぎるんだよ。女の子に甘いだけなのか、ちょっと剣の腕が立つからって、いい気になっているのか」
一歩、スガタが足を踏み出す。距離が近づいて、呼吸さえ聞こえてきそうだった。
「……自分より強いって言ったのはお前だろ、お師匠サマ」
一歩、タクトが足を踏み出す。間隔が狭くなって、唾を飲む音さえ聞こえてきそうだった。
「お前は確かに強いさ。だけどツメが甘い……!」
「つ……っ」
伸びた手が、タクトの手首をひねり上げる。しかめた顔のほんの数センチ先で、スガタの髪が揺れていた。
「ここで僕が本気になったら、お前は抵抗できるのか?」
王の瞳に見下ろされて、タクトは目を瞠る。
そして、笑った。
「抵抗なんて、できるわけないじゃん。する意味がないんだから」
いっそ楽しみにも思えて仕方がない。そう続けたら、スガタが呆れたように笑ってくれた。
掴んだ手首をそっと放し、ゆっくりと指を絡め合う。
「練習って言ったことは、謝れ」
「うん、ごめん。僕はスガタとキスをしたい」
「最初から、そう言えばいいんだ」
「スガタこそ、妬いてんならそう言ってよ」
悪態をついて、逸る心臓をごまかして、初めて恋する人と口唇を触れ合わせる。
すぐに離れてしまったことをお互いに不満がって、笑って、長い、キスをした。
#STARDRIVER-輝きのタクト- #スタドラ #シンドウ・スガタ #ツナシ・タクト #スガタク
瞳を閉じて
君はいつも目を閉じない。
それを知っている俺も、目を閉じない。
口唇が触れる寸前も、
口唇か触れてからも、
舌先が絡んでも、
背中に腕を回しても。
目を閉じるなんてそんな危険なこと、お互いにできないんだよね。
そうだろうシズちゃん、分かってるさ。
俺も君も、ただ単に持て余した暇と性欲を処理しているに過ぎないんだからね。
愛しているとか好きだとか、そんなこと考える暇があったら手を動かすさ。
目を閉じたらその瞬間に昇天したって文句は言えない。
俺達はずっとそういう関係だった。
首を絞められても、ナイフを突き付けても、蹴り上げても、拳が飛んできても、それが普通だって思っている。
だから。
だからやめてくれないかなシズちゃん。
今さらそんな顔をしないでよね。
初めて恋を知ったガキみたいにさ、キスごときに躊躇ったりさないでくれる?
俺の手の平にあるナイフの切っ先は、どこに向ければいいのかな。
君のせいなんだから、当然答えてくれるんだろうね。
「なあ臨也……なんて顔してんだよ…」
俺じゃない、俺じゃないよシズちゃん。変な顔してんのは君の方だ。
俺はほら、今にも君を刺し貫こうとしているだろう? 勘違いしないでほしいなあ、いくら肌を合わせたからって、心まで君にあげるわけないじゃない。
「調子が狂う。てめぇその顔やめろ」
こっちの台詞だよ。俺を抱きしめたままの君に、俺の表情なんて見れるわけないのに!
あんな鏡に映った俺が真実なわけないじゃないか、だいたい鏡なんてものは、ねえシズちゃん腕緩めてよ苦しい苦しい死んでしまいそうだお願いだからねえねえねえねえ!
どうして、
どうして今さら、目を閉じてキスなんかしてくるのさ。
シズちゃんなんか、大っ嫌いだ。
愛しい人間の中で、ただ君だけを愛せないんだよ知っているくせに!
どうして今さら、そんな優しいキスなんか。
「大っ嫌い……」
思わず目を、閉じてしまった。
きっと君も閉じているんだろう。だけどお互いが閉じていれば、それを知る術はない。
泣いていようと笑っていようと、関係がなくなる。
ねえそうだろう。
たとえ俺が君を愛していたとしても。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #シズイザ #イベント無配
特別(嫌い)
化け物みたいな拳だった。
臨也の頬を、一筋の汗が流れていく。すぐ横では、ぱらぱらと砕けたコンクリートが重力に従って落ちていった。
「シズちゃん、腕上げたね」
ふつうだったら拳の方がイカレてしまうだろう。こんなにヘコんでいてもそれは間違いなくコンクリートなのだから、骨が砕けていてもおかしくない。
いや、実際にイカレているかもしれないのだが、目の前の男――平和島静雄は、そんなことは気にもとめていない様子で強く強くにらみつけてくる。
心臓の弱い者だったら、その視線だけでも射殺せてしまいそうな瞳だった。
「いつもよりスピードが上がってるけど、何かあったのかい?」
折原臨也は、そんな視線を真正面から受けながら口の端を上げる。虚勢ではなく、純粋に楽しかったからだ。
静雄の敵意は、ひどく分かりやすい。そんな状況を作り出したのは間違いなく自分自身で、予想していた現象と言える。
予想外だったのは、敵意が増していること、そしてスピードが上がっていること。
対応できないほどではない。かすった拳が頬を切ったけれど、死ぬような大けがではない。もっとも、この拳が当たっていたら確実にあの世行き、運が良くても病院の世話になってしまうだろう。
それは学生時代いやというほど学習したし、拳を食らうほどの動態視力でもない。
「手前の胸に聞いてみろや」
「俺の? シズちゃんに殴られるようなことはしてないつもりだけどなあ。まだあのとき君をハメたこと怒ってんのかい?」
女々しいな、と息を吐くと同時に、ポケットに忍ばせていた愛用のナイフを振り上げる。静雄はその軌道をよける為についていたコンクリートの壁から手を離す。
切っ先には触れていなかったと思うのに、袖口が少し、切れていた。相変わらず、確実に急所になるところをねらってきやがるなと、静雄は舌を打つ。
「俺だって君のことは嫌いだけどね、そうそう君の暴力になんてつきあっていられないんだよ」
ピュフ、と刃が風を切る音がする。路地裏での喧嘩など、通行人は見て見ぬ振りをするだろう。下手に警察に通報して、自分が目を付けられたらどうしようという防衛本能が、そうさせるのだ。
「池袋には来んなつってんだろうが臨也ぁ!」
ただそれだけが腹立たしいのだと、静雄は足を振り上げた。至ってふつうの若者であるのに、繰り出される足も拳も、破壊神のようだ。
かわされたと見るやいなや、そこから回し蹴りにシフトするあたりは、やはり喧嘩慣れしているのだろう。
「ひどいな、俺にだって友人はいるんだから、彼らの顔を見に来るくらいさせてくれたっていいだろう」
「ハ、友人じゃなくて駒だろうが手前にの場合はよぉ!!」
「そうとも言う」
蹴りを避けたそこへ、見計らったかのように静雄の拳が飛んでくる。避けきれずに、臨也の身体が飛んだ。
「ガッ……は」
少し当たっただけでこの衝撃なんて、やっぱり本気でやり合ったら死んでしまうなと、臨也はどこか他人事のように思った。
起きあがろうとした身体を、静雄に止められる。破壊の限りを尽くす左足が、臨也の胸を地面に押しつけた。体重を乗せられた臨也は、身動きが取れなくなってしまった。
どうにか背中にある足を切りつけようにも、ナイフは先ほどの衝撃で手から離れてしまっている。
「俺は手前が嫌いだ」
グ、と足に力が込められる。冷ややかな静雄の声は、どうしてか耳に心地よかった。
「知ってるよ。俺も嫌いだからね、シズちゃんのこと」
臨也は咳き込みながらも口の端を上げる。
ミシ…と聞こえる音は、きっともうすぐ骨がイカレてしまう音なんだろう。
「だったら! 俺の相手だけしてりゃいいだろうがよ! 他のヤツ動かして巻き込んでんじゃねえよ!!」
こめかみに浮かぶ血管が見える。いつのことを言っているんだろうなと、臨也は心中で考える。何せ、心当たりが多すぎて逆に見当もつかないのだ。
「心外だな、俺がまるで悪人みたいじゃないか」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ臨也ァ! 手前はな、俺だけハメてりゃいいんだよ!」
少し、思案する。
他のヤツらを巻き込むなと言っていた。それは即ち、彼の周りの者をということだろうか。彼の友人を? 会社を?
暴れ者のわりに情が深いんだからと、眉を寄せる。
「卑猥だなあシズちゃん。男ハメる趣味はないんだけど」
「……き……っしょく悪いこと言うな!!」
臨也の言葉の意味を理解して、静雄は臨也の背中から足をどけ、そのまま蹴り上げた。呻きながらも、臨也は静雄の足の重圧から逃れたことに少しだけ安堵する。
「臨也、二度と俺の前にツラぁ見せんな」
静雄はそれだけ言って踵を返してしまう。臨也は壁を頼りに立ち上がりそれを見送った。
平和島静雄は、暴れ者のわりに周りの人間を大切にする。いや、暴れ者だからこそ、そんな自分の傍にいてくれる人間を大切にするのか。
新羅しかり、セルティしかり、上司しかり。
思えばここまで敵意を向けられるのは、折原臨也ただひとりだろう。
臨也にとって平和島静雄が特別(嫌い)な人物であると同時に、静雄に取っては折原臨也が特別な人間なのだろう、か。
「…………気持ち悪い」
臨也は目を細め、今日のところは何もせずに帰ろうと、痛む身体をおして足を踏み出した。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #シズイザ
DOA:2-デッド オア アライブ-
平和島静雄の好き嫌いは、激しい。そして、実に分かりやすい。
ムカつくものと、そうでないもの。
普段はなんてことのない、テレクラやアダルトサイトの未納金取り立て屋として働いている、どこにでもいそうな男だ。
名前の通りに、平和に静かに暮らしたいという願いだって持っている。
が、ひとたびキレ出すと、見境なく暴れ出すのが玉に瑕だ。その暴れ方が人のそれではないということは、池袋ではかなり有名な話しとなっている。
実際の静雄の暴れっぷりを知らない者に話すと、たいていは笑われる。そんな人間がいるものかと。
むしろ正しい反応だった。
どこの世界に、自販機やバイクを投げる者がいるだろうか。まさに、人間ではない、のだ。
ムカつく者の一部として、喧嘩を売ってくる者がいる。それも、うだうだネチネチとすくい上げるように挑発してくるヤツは大嫌いだ。もっとストレートに喧嘩を売ってきてくれれば、好感も持てるだろうに。
ブッ飛ばすことに、なんら変わりはないのだが。
だがそれでも、殺したいと思って暴れるわけではない。感情のセーブが利かなくなって気がついたときには暴れ出してしまっているのだ。
中でも酷いのは、折原臨也と対峙した時。
現在は新宿を拠点にしているようだが、そんなことはどうでもいい。自分の目の前に現れさえしなければいいのだ。
以前この男にハメられたということもあるだろうが、この感情はもっと前からだった。
腹の底から、この男が大嫌い、という。
明確な理由を挙げよと言われたらそれは、この男が折原臨也だからだと言うしかないほど、理屈抜きでこの男が大嫌いだった。
顔を見るだけで、声を聞くだけで、いや、時には名前を聞くだけでさえ腹の底からフツフツと怒りがこみ上げてくる。ムカつくという次元を超えてしまっているような気さえした。
全身が、この男を嫌悪しているのが分かるのだ。
繰り出す足も拳も、すべてその男を潰すために生まれてくる。さらにムカつくことに、長年の経験からか、臨也はのらりくらりと攻撃をかわす。最近ではもう、高校時代のように派手な殴り合いにはならなかった。
死んでしまえばいい。
静雄は、臨也の見下したような笑みを思い出して舌を打つ。
この男に「シズちゃん」と呼ばれるのが嫌いだった。虫酸が走るというのはこういう状態を言うのだろうか。
だけど、その男をこの手で殺そうとは思っていない。
ただ目の前から消えてくれればいいだけだ。
なぜなら平和島静雄は日々を平和に静かに過ごしたいのだから。
「……ノミ蟲が」
本当に本当にこの男が大嫌いなのに、本当の自分を受け止め切れるのもこの男だけだなんて!
自分の意思でなく破壊的な衝動を、この男はものともしない。いや、むしろモノとしてしかみていないのか。だからこそこちらも、全力でぶつかることができるのだ。
なのに。
「おい、起きてんだろ」
どうして、目の前に倒れ込んでいるんだろう。
臨也の身体をつま先で蹴ってみるけど、うめき声すら上げない。折原臨也が自分との乱闘ごときで死ぬはずがないと、自信を持って言える。そんなヤワな男と、今までを過ごしてきたわけじゃないんだ。
「おい、臨也」
呼んでも、返事もしない。
たばこの灰が、地面に落ちる。
静雄は腰を折って腕を伸ばし、臨也の胸ぐらを引き上げる。カクンと後ろに倒れる頭がうっとうしくて、引き上げたそのまま、ビルの壁に押さえつけることで支えた。
目を細めて、頭のてっぺんからつま先までを眺めてみる。自分がつけてやった傷ばかりが浮き出て見えて、少し口の端を上げた。
きっとこの男を傷つけられるのは、本当の意味では自分しかいないのだろう。
「臨也、さっさと目ぇ開けな」
低く、囁いてやる。
男はにいっと口の端を上げて、目蓋を持ち上げた。
「起こしてくれなくても良かったのに」
折原臨也は、静雄と同じように目を細めて、笑う。
「あのまま死んでたら、シズちゃんは殺人犯てことになるのかなあ? まあそれはそれでいいけど、俺が死んだ後に捕まるのやめてよね」
無茶なことを言うな、と舌を打つ。こんな男のために殺人を犯してやる義理などないし、それこそ弟や周りに迷惑がかかる。
自分がどれだけ暴れても死にはしないこの男を、のがすわけにはいかないけれど。
「で、なんのマネだ臨也」
「別に深い意味はないよ。この間さ、考えたんだ。別にシズちゃんを殺したいとは思わないんだけどね、君が見る最後の光景は、俺であればいいって。ねえ屈辱的じゃないかい?」
想像もしたくない、と静雄は壁に拳をたたきつける。
「だから、逆はどうかなって思ったんだよね」
想像ができなかったから、試してみようと思って、と臨也は続ける。
臨也が見る最後の光景に、静雄しかいいなかったら。
「で、どうだ感想は」
「想像以上に最悪だったよ」
臨也は肩を竦め呆れてみせる。やっぱり死ぬときは他の方方にしなければ。臨也はそう言って頷き、だけど本当の意味で自分を殺してしまえるのは、平和島静雄だけだろうなとも呟く。
「不毛だよね、俺たち」
「分かってる」
「お互いが大嫌いなのに、本気でやり合えるのもお互いしかいないなんてさ」
「それ以上言うな」
「愛し合えたら幸せだったかもね」
「今すぐ死ね」
パキュ、とコンクリートが変な音を立てる。これ以上は静雄の怒りが再燃するかな、と臨也は胸元を締め上げる静雄の手を振り払い、逃れて笑った。
「じゃあねシズちゃん、しばらく来ないでいてあげるから、せいぜい平和な日々とやらを満喫しなよ」
「臨也、おいてめえっ!」
獲物を逃してなるものかと、静雄は振り向くが、ひらりとビル壁を飛んでいく男にあと少し、届かなかった。
「次に逢った時には俺の前でイッてよね」
そんな言葉を残し、新宿の悪魔は視界から消えていく。静雄は消えたその位置を眺めながら舌を打って、そしてにぃっと笑った。
「そんなに最悪なら、俺の前でイかせてやっか」
最期に見るのが自分でありますように。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #静臨
/ /

三人で登校する時はいつの間にか位置が決まってしまっている。ワコを挟んで左右にスガタとタクト。両手に花状態のワコは、他の女生徒からそれは羨ましがられていることだろう。
「タクトくん今日はなんか元気ないね。何かあった?」
「えっ? え、……そうかな」
ひょいとのぞき込んでくるワコに、タクトはなんと答えればいいのかわからない。
気分が沈んでいるのは自覚していたが、そうなる理由がわからなかった。
「具合が悪いのなら、無理に学校いくことないぞ」
「……平気だよ」
体調が悪いわけではない、とワコを通り越してスガタを睨む。確かに体中が痛むけれど、動けないほどだとは思えない。
その痛みを与えた張本人は、知らんぷりで前だけ見据えていた。
そこにいたから抱いたなんて、いけしゃあしゃあと言ってのけた、王のドライバー。
「あまりワコを心配させるなよ」
「スガタくんが言える立場かなあ?」
私まだ怒ってるんだけど、と歩道の真ん中で詰め寄られて、スガタは珍しく視線を逸らして肩をすくめた。
気分が沈んでいる理由は分からない。
スガタを責めない理由も分からない。
だけど、自分のいちばんの望みは、分かっているつもりだった。
「スガタ、今日放課後…空いてる?」
「特に予定は入れてないが…稽古のことか?」
「話があるんだ。稽古の後でいいから、時間空けといてくれよ」
分かった、と返ってくる。それ以上は一言も交わさないで、学校へと向かっていった。
放課後、演劇部・夜間飛行の活動は、活動であって活動でないようなものだった。
まだ企画段階であって、どんな話なのか、どんな演出なのか、どんな配役なのか、それさえ決まっていない。
ただ、スガタとタクトの魅力を全面に引き出したもの、ということだけだ。
きゅ―う。
「あっ、副部長!」
演劇部の大事な一員が、お散歩から帰ってきた。一人、珍入者を連れて。
―あれ、あの子。
可愛らしいピンクの髪が見える。タクトは目をしばたかせた。
「おお、お~っ」
「イイねえ、あなたオーラ出てるぅ」
副部長につられて体ごと視線が動く少女は、どうやら可愛い狐が珍しくて仕方ないらしい。
まあ、疑問は多々あるだろう。なぜこんなところに。なぜ部員…しかも副部長なのか。学校の許可はあるのか。エトセトラ。
「名前は?」
部長であるサリナが、少女に訊ねる。
「一年二組のミズノちゃん」
すかさず、タクトが声を投げかける。部員の視線が、タクトへと集まった。
「やあ」
「タクトくんだあああああ!」
少女は素早いモーションでタクトの隣に陣取った。腕の中の副部長は、苦しそうにもがいている。
「あれ、すでに仲良し?」
「今朝ちょっとトイレで一緒に。ねーっ」
不思議少女と名高いミズノと、青春バカ美少年が急接近などとは、校内でセンセーションを起こすに違いない。
「トイレで一緒に?」
「トイレで一緒にぃ?」
「大胆だな」
「トイレで何したの?
「ちがっ、そういう意味じゃ!」
あからさまに軽蔑する女子の視線、驚きを隠せないようなスガタの視線、キラキラオーラ満載のミズノの視線。
タクトは居場所がなくなって、助けを求めるようにスガタを見やる。
ジャガーやタイガーと日常的に接している彼なら、きっとこういう時の対処も慣れているだろうと。
だけど、一瞬重なった視線は鋭く、ビクリと肩をすくめた。
―な……に、今の。なんか怒ってねぇ…?
すぐに逸らされてしまった視線は、それ以降重なることがなくて、それがタクトには落ち着かない。
すぐ隣ではワコと楽しく話しているのに、その声が自分に向けられることがない。
許嫁同士だからという、そんなレベルの話ではない。
明らかに【タクト】をシャットアウトしているように感じられた。
ドクンと、心臓が鳴る。
喉を通っていく唾液が、いつになく熱く、痛いように思う。
スガタとワコの声が頭の中に響いて、ぐらぐらと視界が揺れる。喉を押さえても、熱さも痛みも変わらない。こめかみを、汗が通った。
「タクトくん? タクトくん大丈夫? どうかしたの?」
「え、あ、いや大丈夫だよミズノちゃん、なんでも」
「お熱かなあ?」
なんでもない、と言いかけたタクトは、グイと引き寄せられて固まった。
すぐ目の前に、少女の鼻先。ぶつかる額。ガッチリと抱かれた頭。
「たっ、タクトくん…!」
ガタリと、椅子が鳴った。
ワコは思わず体を引く。二人の正面にでもいれば、違うと分かるだろうが、タクト側から見てしまうとそれは、情熱的なキスのように映った。
スガタは目を瞠り椅子をぎゅっと握る。ざわりと走った不快感の正体には、薄々感づいていながら、それと認めたくはなかった。
「熱はないみたいだね」
「えっ、あ、う、うん」
不意に離れていく少女の体。ミズノはえへへと笑い、またちょこんとタクトの隣に座り直した。何もなかったように。
―女の子って、やっぱりいいにおいがするんだなあ。
思って、ふるふると首を振った。
「ミズノちゃん、演劇部入る? あのね、俺も入ってんだけどさ」
「入るー!」
一も二もなく、ミズノは答える。それはきっと、恋する乙女のドライブ。
分かりやすいなあと、感づくものがひとり、ふたり、さんにん。
タクトに急接近してきた女の子に、内心面白くないものがひとり。
なんでもないように振る舞うものが、ひとり。
「部員、増えてよかったな」
スガタはそう呟いて微笑む。きっとスガタに好意を持っている女生徒が見たら、昇天してしまうだろう。
「スガタくん、何か機嫌悪い?」
「どうして? ワコ。僕はいつも通りだよ」
「スガタくんは時々平気で嘘をつくからなあ」
そうだったかな、と笑う。巫女などやっていると、人の真実まで見えてしまうのか。
それとも、スガタのことだから分かるのか。
タクトは、そんな二人を眺めて複雑な気分になった。
「タクト」
「えっ、あ、なに?」
見透かされたわけでもないだろうに、タイミング良くというか悪くというか、スガタに呼ばれてタクトは慌てる。
「稽古つけてやるって言ったろ。これ以上遅くなると、帰れなくなるぞ」
「あっ、ああそうだった! ……て、どんだけシゴかれんの僕…」
がっくりとうなだれるタクトに、
「僕がいいと言うまでだ」
スガタは笑って追い打ちをかけた。
彼の笑顔は怖い。内に何を潜めているか分からないのだ。
あの笑顔を前にして、自分の考えていることをを素直に言えるだろうかと、タクトは項垂れた。
「じゃあ今日は解散しとく? えぇと…ミズノちゃんだっけ。明日も来れる?」
来ますー! と嬉しそうにミズノは両手を高く挙げる。少しでもタクトの近くにいたいのだ、とありありと分かるオーラが、放たれていた。
タクト本人が、それに気づいているかは別として。
スガタはそんなミズノを一瞥して、目をそらした。
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