- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.656
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.03
自分にとっての幸福というものを、しっかりと認識している人がこの世にどれだけいるだろう。 たとえば世…
No.656
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.03
自分にとっての幸福というものを、しっかりと認識している人がこの世にどれだけいるだろう。 たとえば世…
自分にとっての幸福というものを、しっかりと認識している人がこの世にどれだけいるだろう。
たとえば世界平和だと、諍いのない世界だとか、すべてが平等であることとか、そんなに壮大な話ではない。
俺にとって、テニスがすべてだった。
そのスポーツに魅了されてからというもの、それしか目に入っていなかった。その他のことは、どうでもいいとまではいかないが、優先順位が非常に低かった気がする。
始めた頃は、ただ球を打つだけで、返せるだけで、楽しくてしょうがなかった。日が暮れるまで、日が暮れてもあの黄色いボールを追って走った。技術がついてくるにつれ、貪欲になった。
もっと上手くなりたい。
もっと強くなりたい。
もっと強い相手と試合をしたい。
先のことなんて知らない、今、このボールを打てればそれでいい。たとえ体が悲鳴を上げても。
俺はそれをおろかだったとは思わないが、周りはどうだっただろうか。
怪我さえいとわずにコートに立つ俺を、憎らしく思ったかもしれない。哀れに感じたかもしれない。どうしてそこまでするのだと、理解できなかったかもしれない。
理屈ではないんだ、といつも試合が終わってから思う。
ただひたすらに球を追う俺を、異様に思った連中もいるかもしれない。
そんな中で、限界まで俺の力を引き出させた相手がいる。跡部景吾という男だ。およそこの世で手に入らぬものなどないだろうという男が、あの時欲した物は、恐らく勝利ではなかった。
手塚国光との真剣勝負。ただ、それだけだ。
肩の負傷をおしてコートに立つ俺に、手加減してくるだろうかとほんの一瞬思った。
だけどそれは跡部に対する侮辱だったと気がつく。
跡部は容赦なく球を打ってきた。その時の歓喜は、誰にも分からない。
手加減などしてくれるなと、音にせずとも伝わっているのだと、全身が吼えたような気がした。
球を交わせば、分かる。視線を交わせば、分かる。
俺はどうも言葉にするのが不得手なようで、そのせいか冷静で寡黙と捉えられているのは、どことなく分かっていたけれど、実際の俺は違う。
それを最初に全身で感じ取ったのは、跡部景吾だろう。俺の全力に、全力で応えてくれる。渾身の一撃を、全力で迎撃してくれる。
それがどれほど嬉しいか、いつか伝えてみたい。
「ため息」
隣から、寝起きのかすれた声が聞こえた。その声を振り向けば、眠そうに目を細める跡部の姿。俺は眼鏡をかけて振り向き直し、口を開いた。
「すまない、起こしたか」
「いや、別に……ちょうど目が覚めたとこだ」
跡部が朝に少し弱いというのは、こういう関係になってから知ったことだ。起きられないわけではないが、眠さはある、といった程度なのだが。
「で? テメーはなんで朝からため息なんかついて幸せ逃してんだよ?」
跡部の指先が鼻先に伸びてくる。つんと軽く押されて、眉間が夜のを自覚した。ため息なんて、吐いたつもりはなかったんだ。それを読み取ったのか、跡部は「無自覚か」と笑う。朝から楽しそうで何よりだ。
「別に、何か心配ごとがあるわけではない」
「へえ? 今日は天気が悪いからな、外で打てねえなんて残念がってんのかと思ったぜ」
「天気……ああ、確かに」
昨夜閉め忘れたカーテンからは光が差し込んでいるけれど、空はどんよりとしている。天気予報は、確か雨。大降りになるとかなんとか言っていたような気がする。
そんな天気では、確かに屋外でテニスはできないな。言われてみると残念でしょうがない。せっかく跡部と一緒にいるのだから、思い切り打ち合うのもいいと思っていたのだが。
……待て、跡部の体のことを考えるとそうも言ってられないな。昨夜は、一度じゃ済まなかった。いや昨夜も、か……。
「天気のことじゃねえなら、何が不満だ? 手塚。お前の望みなら、大抵のことは叶えてやれんだぜ?」
言いながら、跡部が体を起こす。喉や肩、胸に散らばるいくつもの情事の名残が、やけに目についた。俺が付けたにもかかわらずだ。そんなに付けた覚えはないが、無自覚に、だったのだろう。
「結構だ」
だが、俺の望みを叶えてやるなんてのは聞いてやれない。
確かに跡部は財閥の跡継ぎで、資金的にも人脈的にも困っていないのだろうが、俺が跡部にそんなことを望んでいると思われるのは心外だ。
「だろうな」
ふっと笑って、跡部は肩を竦める。
叶えてやるというのは善意だろうし、案外に面倒見がいいことは知っている。それを受けようとしない俺にふてくされるわけでもなく、彼は笑うのだ。
「テメーは誰かに与えられるものじゃなく、欲しい物は自分で手に入れるっていう、厄介な頑固者だからな」
「厄介だろうか」
「手に入れた後の顔がたまんねえんだよ。んなこと思うのは俺だけだろうが」
「…………お前だけでいいな」
どんな顔だろうか。あまり表情にも感情が出ないと言われるのだが、跡部には分かるらしい。考えているよりもずっとニヤついたものだったらどうしようか。呆れてはいないようだから、跡部になら見られてもいいとは思う。
跡部景吾は、俺のすべてを赦してくれる。
そう思うのは傲慢だろうか。だがどれだけ考えても、俺を否定し拒絶する跡部が浮かんでこない。
こんな関係になったのだって、俺が跡部に告白したからだ。俺の気持ちを否定することも、拒絶することもなかった。「付き合ってやった方がいいのか」なんて不遜な答が返ってきたけれど、それを逃さずに引き寄せたのは俺だ。
初めてのキスさえ、拒まれなかった。
だけど、好かれていないわけではないと分かる。
あの時の試合でお互いを理解したと感じたのは偶然でも、俺と跡部の間に好意が生まれるのは当然で、触れ合う未来は必然だった。
跡部はけして憐れみや同情で俺を拒まなかったわけではない。それくらいは俺でも分かる。
「またそんな小難しい顔しやがって。何考えてんだよ」
たしん、と軽く頭を叩かれる。
理解をしているつもりでも、分からないことがたくさんある。
「なぜお前は……俺のことが分かるんだ。家族でさえ、俺の表情は読み取りづらいと言うんだぞ」
「アーン? そりゃ俺がお前に惚れてるからだろ?」
二の句が継げなかった。跡部は時々、ひどく明け透けだ。いや、俺が言葉を操るのに慣れていないだけだろうか。
思えば、よくこうも正反対の俺たちが、こうして惹かれあったものだ。俺は跡部のように言葉にはできないし、派手なのも好まない。
「ずっと見てたんだ。分かるぜ」
「初耳だが」
「言ってねえからな」
なんだと。まさかとは思うが、俺が告白した時点ですでに跡部は俺を好きでいてくれたのだろうか。
それなら、すんなり受け入れられてしまったことにも納得がいくが……。
跡部が、ぽすんと再度ベッドに体を横たえる。綺麗な金の髪が、白いシーツに散らばった。
「お前とは、テニスできりゃいいと思ってたんだ。あの日、あの時、試合を通して俺たちは互いを理解し合った。お前を目で追っちまう理由にも気づいたし、構いてえ気持ちにも納得がいってた。それでもテニスがあるから、お前とつながっていられるなんて思ってたこともあるんだぜ。健気だろう」
「自分で言うことではないと思うが、それならお前の方から告白してくれたって良かっただろう。理解し合ったというのなら、俺の気持ちだって分かってたはずだ」
「ばぁか、そりゃテニスにかける想いをってだけだ。まさかテメェも俺を好きだなんて、思っちゃいなかったぜ」
そうなのか。割と分かりやすくアプローチできていたのではないかと思っていたが、そうでもなかったようだな。
「だからな……お前とこうしてベッドの中にいるってのもまだ信じられねえんだぜ。お前がこっちもあんなに情熱的だなんて知らなかった」
「……無茶をさせてすまない」
今回こそは加減をしようと毎回思うのだが、跡部を前にするとどうしても欲が湧き上がってくる。抑えきれない。だが跡部はそれすら赦してしまうからな。
「フフ」
ほら、こうして今も、綺麗に笑って俺を見つめてきたりする。何がそんなに嬉しいのだろう。
「手塚、お前気づいてねえんだろ、自分で」
「なんのことだ」
「夜を共にした後、俺が目を覚ますとな、お前はすごく幸せそうな顔で俺を見つめてきやがる。何がそんなに嬉しいのか知らねーが、俺はその瞬間がすごく好きなんだよ。だからどんなに啼かされても赦しちまう。お前の無茶ぶりも……すげえ愛しい。気にすんな」
言いながら、跡部が俺の髪をなでてくる。幸せそうだと言う跡部の方こそが、幸福そうに笑う。
それが嬉しくて、胸がじわりと温かくなっていくのが分かった。
そうか、これが愛しいという感覚なのか。
「で、そろそろ教えろよ手塚。お前のため息の原因はなんだ? 俺様がこうして隣で眠ってんだから、幸せ逃がすより俺を抱き寄せとけよ」
「いや、逃したつもりはない。幸福とはなんだろうと考えていて、いちばんはじめにお前が浮かんできたから、相当重症だと思っただけだ」
「……ふん?」
「テニスで真剣に打ち合えることはもちろんなんだが、たとえば、俺の横でこうして無防備に寝てくれることとか。コートに立っている時はお前を打ち負かしたいと気持ちが昂ぶるのに、こうして隣でゆっくり過ごしている時は、ひどく穏やかだ」
ライバルで、戦友で、恋人だなんて、なんて贅沢なことだろうか。
たった一人で様々な関係を築いてくれる跡部景吾という男に、出逢えて良かった。恋ができて良かった。
「先ほどのため息で幸福が逃げたと言うのなら、お前を抱いていれば問題ないな。跡部が、俺の幸福だ」
「ふは。……いいぜ、俺がお前を幸せにしてやるよ、手塚ぁ」
伸ばした腕でお互いを抱きしめあって、広いベッドの真ん中で長いキスを交わした。
#お題 #両想い