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No.655
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.02
「じゃあな手塚、今日はありがとよ」 そう言って、恋人が助手席から降りていくのを眺める。ああ、とまるで…
No.655
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.02
「じゃあな手塚、今日はありがとよ」 そう言って、恋人が助手席から降りていくのを眺める。ああ、とまるで…
「じゃあな手塚、今日はありがとよ」
そう言って、恋人が助手席から降りていくのを眺める。ああ、とまるでなんでもないようにいつもの声音で呟かれるが、特にそれを気にしたことはない。
「跡部、気をつけて帰れ」
その後こんなふうに、ちゃんと気遣ってくれることを知っているからだ。
「ああ。おやすみ。愛してるぜ」
いつものようにそう返して、引き結ばれた唇からは何も返ってこない、そのいつものやり取りに苦笑して、アクセルをゆっくりと踏み込む。バックミラーで、見送ってくれているのを知る。呆れもするが、嬉しさと照れくささの方が勝った。
テールランプで五回、愛してるのサインでも送ってやろうかと思ったが、やめておいた。ウィンカーで左折の合図を出し、曲がる。もう、手塚の姿を見ていることはできなくなった。
そのまま車を走らせて、今日の逢瀬を思い起こす。
手塚国光と恋人関係を続けて、そろそろ十年に差しかかろうかというところだ。よくもまあこんなに続いているものだぜと跡部は思う。
別に、戯れで手塚の想いを受け入れたわけではないし、向こうだってそのはずだ。未熟な青少年だったのは否めないが、真剣に、恋をしていた。今もまだ、恋をしている。
どこがそんなに好きなのかと問われたら、うまく答えられないような気がする。何しろ手塚国光を創り上げるすべてのものが愛しくてしょうがないのだから。
あの顔も、あの腕も、あの脚も、背中も、指先さえも跡部景吾の視線を奪っていく。一度聞いたら忘れられない声は耳をとろかし、まっすぐな瞳には射貫かれたいと思わせる。
そして何より、あの強引で傲慢で、貪欲なプレイ。
手塚国光のテニスを見れば、惹かれない方がおかしいとさえ思う。頭に思い描くだけでぞくぞくと悪寒に似た快感が背筋を走り抜ける。運転中だというのに、ラケットを握りたくてそわそわとしてくる。
それでも十年も傍にいれば飽きてこないかと言われそうだが、さっぱりだ。いつも、いつでも、あの男の魂は跡部景吾を魅了して止まない。
お前に惹かれている、と何も隠さず告げてきた中三の秋。
お前に触れてみたい、と何も隠さず告げたのは中三の冬。
共に春を迎える前に物理的な距離が生まれたけれど、夏の前には飛行機の手配をしていた。
距離も、環境も、自分たちの間ではなんの障害もなかったのだ。仲間たちに心配もされたけれど、それを撥ねのける勢いで、急激に、急速に惹かれ合って、いくつもの夜を重ねてきた。
愛しているという言葉も、どれだけ口にしてきたことか。心からのそれを中学生の分際で音にすることになるとは思っていなかったがな、と跡部は一人で苦笑する。手塚を前にすると、言わずにはいられないのだ。あふれてくる想いが、ただ音になったというだけに過ぎない。
愛しているという言葉を返してもらったことは少ないが、それに不満を感じているわけではない。あの視線を見れば手塚の気持ちは痛いほどに分かるし、触れてくる手の優しさや強さで、充分想いは伝わってくる。あふれんばかりの想いを、彼の方は抱きしめる腕で示してくれている。
言葉にすると陳腐になるかも知れないが、生涯のパートナーとして、手塚国光以外は考えられない。他の誰であっても、違うと感じてしまう。
たとえそれが絶世の美女でも、グラマラスな美女でもだ。
跡部景吾の視線が、指先が、魂が、手塚国光を求めている。
現に、別れたばかりだというのにもう逢いたくなってきている。
さすがにこらえ性がなさすぎだろと自分を戒めて、チッと舌を打つ。
久しぶりの逢瀬だったのは事実だが、十代の頃に比べたらだいぶ落ち着いたと思っている。毎日でも逢いたくて、毎晩でも触れたくて、電話越しに声を聞きながら擬似的な繋がりを楽しんだことだってある。
若かったなとは思う。今だって充分に若いつもりだけれども、後先を考えずに触れ合っていた頃とは違う。
十年だ。十年、経つのに。
緩やかに、穏やかになってもいい頃だというのに、どうしていまだにこんなにも、焦がれてしまうのだろう。
逢いたい、なんて思ってしまう。
つい先ほど見送ったのに、もう声が聞きたい。頬に触れたい。唇にキスをしたい。
跡部は車の流れを見て、路肩に停車させる。手塚のことを考えすぎて、注意力が散漫になっている。このままでは事故を起こしかねない。
ふう、とため息をついてシートに体を預ける。
数時間前、手塚に愛された体だ。隅々まで触れられて、暴かれて、熱を受け止めたこの体。
自身の肉体を、こんなにも愛しいと思うことは今までなかった。プロとしてテニスをする身であり、また、跡部家の事業を展開していかなければならない身としては、自分の体を大切にするのは当然のことなのだが、それと、愛しいと思うのは別なのだと、ここ最近で知った。
手塚が触れる体だ。手塚を抱きしめる腕だ。手塚の隣を歩く足だ。
手塚を見つめ、手塚を呼び、吐息を聞く。
全身で手塚を愛せるということが、こんなに幸福だなんて知らなかった。傍にいない時でさえそう感じる。いや、傍にいないからこそ考えることができるのかもしれない。
どうしようもなく、あの男が愛しい。あの男を全身全霊で想う自分が愛しい。
こらえきれず、跡部は携帯端末を取り出す。分かれて三十分も経っていないが、今何をしているだろうかと気に掛かる。深夜帯だし、もう寝る準備をしているかもしれない。さっと汗を流すためにバスルームに移動したかもしれない。
迷って、悩んで、結局諦めて、先ほどまで彼が乗っていた助手席に端末を放った、直後。
♪♪♪♪
聞き慣れた着信音が鳴る。ぎょっとして振り向くと、画面には手塚国光の名前が表示されていた。
慌てて手を伸ばして応答すると、「跡部」と名を呼ばれて背筋が震えた。
「手塚、どうした?」
『すまない、運転中ではないのか?』
「……車、駐めてる。平気だ」
聞きたかった声だ。嬉しさが、応答する声に現れてしまう。恋人相手なのだ、気づかれたって構いやしないが。
『まだ近くにいるなら、こっちに来ないかと。困ったものだな、別れたばかりだというのに……こんなに逢いたいと思うのはおかしいのか?』
跡部はぱちぱちと目を瞬いた。それはまさに先ほど自分が迷って、悩んで、結局諦めたことだ。まさか手塚の方も同じことを思っていたとは。
「いや、おかしかねえよ……俺も、逢いたい」
『そうか。正直、さっきお前に愛していると言われた時、別れるのが寂しくてしょうがなかったんだ。素直に引き留めていればよかった』
そういえば、あの時一瞬だけ手塚が強張った表情をしていたなと思い起こす。そういう理由だったのかと気づいて、おかしさがこみ上げてきた。手塚も、同じほどの熱量で想ってくれていることを失念していた。
「今から戻る。部屋、何番だったっけか」
『1004。覚えやすくて助かる』
「ん? ……ああ、なるほどね、確かにな」
手塚が口にした数字の羅列は、確かに見慣れたものだ。それは跡部景吾の誕生日。絶対に忘れないだろう数字。
跡部は口の端を上げて、シートベルトを締め直す。Uターンして、手塚の待つホテルへと向かおう。
十年経っても変わらず魅了する、愛しい恋人の許へと急いだ。
#お題 #両想い #未来設定