華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.651
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.29
#お題 #両想い #未来設定
キッチンで朝食を準備していると、奥の寝室から聞き慣れたアラームの音が聞こえてくる。 手塚はふと顔を…
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン
お題:リライト様 /「あと……五分だけ」
favorite いいね ありがとうございます! 2025.01.29 No.651
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キッチンで朝食を準備していると、奥の寝室から聞き慣れたアラームの音が聞こえてくる。
手塚はふと顔を上げてその音が止まるのを待ってみた。十秒ほどしてそれは不自然に止まり、起きたかとコンロに向き直る。
だが、それ以降一向に物音がしない。アラームを止めた人物がいるはずなのだが、物音一つしないということは、二度寝を決め込んでいるのだろう。
仕方がないなと手塚はコンロの火を止めて、寝室へと向かった。
案の定、アラームをかけたスマートフォンを握りしめたまま、ベッドですやすやと眠る男の姿が目に入る。ため息を吐いて声をかけてみる。
「おい、跡部」
返事はない。覚醒はしているのだろうが、身動きひとつしない。ゆっくりとベッドへ歩みを進めて、肩を揺さぶってみた。
「跡部、いい加減に起きろ」
「んん……」
ようやく応答が返ってくるけれど、それは了承の合図ではなさそうだ。
綺麗な金の髪が、白いシーツに散らばる様には胸がざわつくが、おかしな気分に浸るわけにはいかなかった。
「起きろと言っているんだ。お前ともあろうものが二度寝だなんて、情けないぞ」
「…………起き、てる」
「そうか、じゃあ起き上がれと言い直そう」
眠そうな声で抗議されるが、さらに追い立てる。今日は休日ではないのだ、これ以上寝ていたら、準備の時間がなくなってしまう。
「誰かさんのせいで腰が痛ぇんだよ」
「俺以外が原因なら破局の危機だが」
「てめぇ以外に誰がいんだよ、俺をこんなにしちまうヤツが」
少しずつ、声がハッキリとしてくる。速度もいつものものに近くなって、よしと手塚は頷いた。
彼は昨夜のことを責めたつもりなのだろうが、その手には乗らない。
この男を――跡部景吾を抱けるのは自分しかいないと、優越感を味わう結果にしかならないのに、どうして攻撃できると思うのだろうか。
分が悪いと思ってか、無駄だと悟ってか、跡部はゆっくりと起き上がる。その素肌には確かに昨夜散らせた花びらが舞っており、朝っぱらから目に毒だ。
あんなに付けただろうかと記憶が定かではないのは、夢中だったからに違いない。となると、彼がダウンしてしまうのも仕方のないことだったのだろうか。
「…………無茶をさせたようだな」
「フン、今さらだぜ。モーニン、ダーリン」
「ああ、おはよう跡部」
だが怒ってはいないようで、いつものように頬にキスをくれる。最近ようやっと慣れてきたお返しのキスを跡部の頬に贈って、差し出された手を引いて彼の体を引き上げた。
「もうすぐ朝食ができる。卵は目玉焼きか?」
「だし巻き卵がいい」
「分かった、用意しておく」
「サンキュ」
言って、跡部はバスルームへと向かっていった。わずかに危なっかしい足取りは、跡部景吾らしくないと思うのと同時に、情事の名残だと思うと無責任にも嬉しく思ったりもする。絶対に口にはできないけれど。
そうして手塚はキッチンへと戻り、だし巻き卵の作成にとりかかった。
バスルームの方から、シャワーの水音が聞こえてくる。そんな何気ない他人の生活音が、手塚の心を満たしていく。
跡部と同居生活を始めて半年以上、一年未満。
広いマンションは一フロアに二世帯しかない。セキュリティ面を考えて、一フロア全部借りきるかと言った跡部を止めるのには苦労した。
けれども、めったに顔を合わせない隣人とも現在までトラブルなど一切起きていない。おおむね幸福な生活だ。
一緒に暮らすようになって驚いたのが、朝が弱いこと。弱いというか、絶対的に睡眠時間が少ないのだ。
あの睡眠時間でよく今まで体を壊さなかったものだと、心配でならなかった。それが体に合っているというのなら良いが、疲労は知らないうちにたまっていく。
だから「一緒に寝たい」と言って跡部をベッドに引きずり込んでしまうのだ。
そのまま抱きしめて本当に眠るだけの日も、色っぽい展開になる時もあるが、以前よりは眠る時間が増えたように思う。
たまに先にベッドに入っていることもあって、良い傾向だと思っている。
お互い忙しい身で、一緒に過ごす時間は昔に比べて格段に減った。
だからこそくっついている時間を増やしたいという思いもあったのだが、きっと跡部はそれを理解してくれているのだ。
相手をすべて理解できなくとも、尊重して受け入れることを苦としない彼だからこそ、世辞にも気の利く人間とは言えない自分がうまくやってこれているのだと思う。
朝が弱い彼にせめて朝食くらいはと、習慣になってしまった作業を一通り終える頃には、跡部がシャワーから上がってくる。
寝汗を流した彼は、とても先ほどまでベッドでぐずついていた男とは思えない。まるで別人だ。このギャップがたまらなく愛しくて、知れず口の端が上がった。
「ん、旨そうだ。いつもありがとうな手塚」
「いや、構わない」
並べられた和食に跡部は穏やかな表情を見せる。
元々海外で育った彼は洋食が多かったが、一緒に過ごすようになって随分と和食に慣れてきて、リクエストさえしてくる。加えて、さらりとなんでもないように礼を告げてくるのは、さすが跡部景吾だと思った。
与えられるのが当然のような暮らしをしていたにもかかわらず、礼儀を忘れないというのは、そう簡単にできるものでもない。
「今日の予定は?」
「会議が二件と施設の視察が……三件だな。ウチのブランド扱ってるとこと……そうだ、この間お前も一緒に行った養護施設な、テニスが大ブームらしいぜ」
今日も見てくる、と歌うように口にする跡部は、ひどく機嫌がいい。テニスが絡むとこの男は本当に幸福そうだなと、手塚の口許も緩んだ。
「テニスを楽しんでもらえるのは嬉しいな。やはりボールとラケットを寄付したのは良かった」
「そうだろ。もしかしたら、あそこからプロの選手が出てくるかもしれねえぜ。お前もうかうかしてられねえんじゃねーの」
手塚は今、プロのテニスプレイヤーとして様々な大会に出場している。
優勝という栄冠を手にするのもそう遅いことではないと言われているようだが、まだまだ鍛錬が足りないと自身では思っている。
そして跡部はというと、家の事業を少しずつ引き継いで業績を伸ばしている。
中でも力を入れているのがスポーツ事業で、自社ブランドを立ち上げたり選手のスポンサーになったりと、何かと名前を耳にすることが多くなってきた。
彼がプレイヤーだったことを知っている選手たちからは、跡部とプレイがしてみたいから渡りをてけてくれないかと頼まれることだってあるが、手塚はそれをすべて断っている。
彼がプレイヤーに復帰するならば、いちばんに試合をするのは自分でなければ。
「手塚は? 今日も練習漬けかよ」
「ああ、一件雑誌のインタビューが入っているが」
「ハ、せいぜいイイ男に撮ってもらいな」
「……顔は関係ないだろ」
「お前がそういうことに頓着しねえのは知ってるがな。フフッ、裏から手ぇ回して写真手に入れて、引き延ばして部屋に飾ってやろうか」
「やめろ」
跡部なら本当にやりかねない。ちゃんとクギを刺しておかないと、返ってきたらドンと写真が待ち構えていそうで恐ろしい。
「お前は実物の俺だけ見ていればいいだろう」
そう告げてやれば、だし巻き卵を切り分ける箸が止まった。
見る見るうちに跡部の頬が染まり、隠すように手の甲に項垂れる恋人の姿を見て、ひどく気分がいい。
「て……めぇは、予告なしにそういうこと言ってくるからタチが悪いんだよ……朝っぱらから浮かれさせんな」
「それはすまない」
少しも悪いなどとは思っていないが、そこは口にしないでおく。
「八時には帰ってこられると思う。メシ用意しといてやるよ」
朝食を終えて、身支度を調えた跡部が帰宅の予定を告げてくる。
「俺もそれくらいには帰れると思う。一緒に作ろう」
「そうか。そうだな、楽しみにしとくぜ」
跡部の方が家を出るのが早い。玄関まで見送って、自分も練習に向かおうとした手塚だが、それは跡部によって阻まれる。
腕を引かれ、唇同士がぶつかった。
「今日……まだちゃんとキスしてねえ」
離れた唇のすぐ傍で吐息のように囁く跡部に、そういえばそうだったと応じて抱き寄せる。あまり一緒の時間は過ごせない。今日はとてもゆっくりできた方だ。触れられる時には貪欲に求めたい。求めてももらいたい。
ゆっくりと唇を堪能して、慣れた匂いを吸い込んで、離れがたいけれど腕の力を緩める。
「もう行かなければいけないのではないのか」
「まだ平気だ。あと……五分だけ……」
ねだられて、それならばと唇を覆う。朝にしては濃密なキスで五分間、共に過ごす。心音と体温とマイナスイオンを感じて、たっぷりと恋人を味わった。
「ん、じゃあ、もう行くぜ。また夜にな」
「ああ、気をつけて行くといい、跡部」
濡れた唇を指先で色っぽく拭って、跡部は玄関のドアを開ける。出ていく直前に見た「跡部景吾」の顔つきは、まるで別人のようだった。
#お題 #両想い #未来設定