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No.648
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.26
「今、何してんだ?」『ドイツ語の勉強を』 電話の向こうから真面目くさった声が聞こえてきて、跡部はぱち…
No.648
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.26
「今、何してんだ?」『ドイツ語の勉強を』 電話の向こうから真面目くさった声が聞こえてきて、跡部はぱち…
「今、何してんだ?」
『ドイツ語の勉強を』
電話の向こうから真面目くさった声が聞こえてきて、跡部はぱちぱちと目を瞬いた。
「ドイツ語ったって、お前マスターしただろ? この俺様が教えてやったんだぜ」
手塚は今、ドイツにいる。プロになるために、単身渡独したのだ。中学生の身で、専属のコーチやトレーナーがついているわけでもないのに、その覚悟と度胸は大したものである。
合宿前に、ドイツ語を勉強していると聞いた時はもしやと思ったが、やっぱりプロチームから声がかかっていたのだ。それを一言も言わなかったのは気に食わないが、もう今さらだ。
『そうなんだが、どうしてもスラングというものがな。あと、速いとまだ聞き取りづらくて。お前のドイツ語は分かりやすかったからな』
「あぁ……なるほどね。悪い、そこまで頭が回らなかったぜ。渡独するって知ってたら、もっと本格的に教えてやったのによ」
それでも多少のいやみを言ってもいい程度の立場ではある。なにしろ、手塚とは恋人同士なのだ。
どこでどう間違ってこうなってしまったのか分からないが、分からないというのはそれが自然だからだろう。手塚とは、こうなるのが必然だったに違いない。
電話の向こうで、気まずそうに言葉を詰まらせる気配が伝わってきて、跡部は肩を震わせた。
「冗談だ、ばーか」
『いや、言わなかった俺が全面的に悪い。お前が怒るのも無理はないと思う』
「分かってんだったら、ちったぁマメに連絡してこいよ。……忙しいのか? どんなことやってんだ」
正直、怒ってはいない。
手塚が中学性選抜を率いたかったのは分かるし、傲慢なほど責任感の強い男だ、途中で放り出すことはできなかったのだろう。
ドイツに行くにしても、合宿やW杯が終わってからと考えていたに違いない。一応学校だってあるのだし、普通は卒業してから留学なりなんなりするだろう。その時までに言えばいいと思っていた手塚を、頭ごなしに責めるつもりはなかった。
何しろ、ドイツへ行けと背中を押したのは跡部自身だ。
『基礎体力や体幹の強化だな。特にゾーンを使う時には大切だ』
「ああ、そりゃまた随分と地味なことしてんな。だが、いちばん大事なとこだ。目ぇかけてくれてる人がいんのか」
『そうだな、ありがたいことだ。俺は生意気にもその人に宣戦布告したというのに。敵視するのではなく、俺を育てようとしてくれているのはあると思う。もちろん、それだけではないんだろうが』
宣戦布告という言葉に、その時の光景が目に浮かぶようだと口許が緩む。
日本では上位のプレイヤーである手塚国光も、国が変われば子ども扱いも同然だ。上には上がいるという環境は、常に上を目指す手塚にとって良い環境だろう。
体格の違いや言葉の壁も乗り越えて高みへと向かっていく彼が、本当に眩しい。目の前にいなくても、容易に想像できてしまう。
「テニス、楽しいかよ、手塚ぁ」
『――ああ、とても』
満足そうな声に、跡部こそが満足だ。手塚は日本で留まっている男ではない。世界へ羽ばたいて、世界を震撼させて、世界から賛辞をもらうべき男だ。
誇らしく、憎たらしい。そして、愛おしい。
『それでも、苦しくないわけではない。自分の体が思い通りに動かなくて、悔しくなる時もある』
「手塚、肩は? 肘、平気なのかよ」
わずかに沈んだ声に、さっと血の気が引いた。怪我というものは、後に引くものがある。特に手塚は、関東大会、全国大会と、かなり無茶な戦いをしてきた。
その一因にもなっている跡部にしてみれば、手塚の体が思うように動かないというのは、自身が動けないよりもずっとずっとつらいことだ。慌てて訊ねてみれば、「大丈夫だ」と返ってくる。
それをどこまで信用していいものかどうか分からないが、跡部は手塚にちゃんと「心配している」と伝えている。その気持ちを踏みにじるようなことはしないはずだと信じている。
『跡部。俺はそういう時、お前を思い浮かべている。すぐに追いかけるとお前が言ってくれたからな。同じプロの世界で逢った時、お前に呆れられないようにと……』
跡部は目を見開いた。
確かに彼を送り出す際、「俺もすぐに追いかける」と言ってやった。
手塚がプロとして生きていくのなら、無二のライバルとして後れをとるわけにはいかない。
プロの世界――ネットを挟んで邂逅することもあるかもしれない。いや、必ずしてみせると、決意のようなものだった。
手塚はそれを、跡部が考えているよりもずっと心強く思ってくれたらしい。
『お前が追うにふさわしいプレイヤーでなくてはならない。それは重圧でなく、幸福だ』
「……手塚、お前……そっちに行って少しばかり饒舌になったんじゃねーのか……最高の口説き文句じゃねーの」
『そうかもしれないな。言葉で伝えることの難しさを知って、伝えられるものならば伝えなければと思うようにはなったかもしれない』
電話では、表情が見えない。
ビデオ通話にすれば良かったと思うが、顔なんか見たら逢いたくなってしまう。
もしかしたら寂しそうにしているところを見られてしまうかもしれない。
それは、駄目だ。
手塚は向こうで精一杯頑張っているのだから、こんなことで煩わせたくない。
『そっちの合宿は、今何を? 入れ替え戦はどうなっているんだ』
「ん、まあ、ぼちぼちな。一軍の連中が海外遠征から帰ってきて、さらにすげえコトになってやがるぜ。お前がまだこっちにいたら、どうなってただろうな。あ、あと入江さんにはバレた、俺たちのこと」
『……………………大丈夫か?』
入れ替え戦で対戦した入江は、あの後すぐ「手塚くんの出立が決まったら外出申請するといい、彼氏の見送りくらい行ってあげてもバチは当たらないよ」などと言ってきた。
いろんな意味で油断のならない男だと思っている。特に言いふらしたりするつもりはないようだが、時折絡んでくるのをあしらうのが少しばかり面倒だ。
「なんでバレたかってな、俺たちの纏う空気、だとよ。分かるか馬鹿」
『……そういう意味では、不二あたりにも気づかれてそうだな。俺は別に構わないが……お前は嫌か?』
「別に嫌じゃねえよ。いずれは家族にも話さなきゃならねえしな。そういう時、真実味を持たせるという意味では、噂レベルでも馬鹿にできねえんだぜ」
同性と付き合っているということを、跡部は家族に隠すつもりはない。時期を見て、話さなければならない。跡部の後継を産む女性との婚姻は結べないことを。
『跡部』
「悪いな手塚、腹括ってくれ。俺はお前を手放すつもりはさらさらねえんだ」
『それは俺の台詞だ。だがたぶん、俺は大事なことを言っていないな。分かってくれていると思った』
「アーン?」
『俺ほどお前を愛している人間はいない。ご家族には、二人で逢いに行くぞ』
絶句した。
確かに、手塚から愛を囁かれたことなどない。それでも、流れる空気で伝わってきていて、跡部はそれで充分だったのだ。
すでに決定事項であるかのように、当然のこととして口にしてくる手塚に、腰が砕けそうだった。
「合宿中じゃなきゃ、今すぐ逢いに飛んでってるぜ。耳元で聞けたのは嬉しいが」
『電話なんかじゃ足りないな。では次に逢えた時には直接言わせてもらおう』
「……楽しみだ」
なんとか踏ん張って、マイク部分に唇を寄せる。
「愛してるぜ手塚。またな」
『ああ、また』
ちゅ、と小さくリップ音をたてて通話を打ち切る。
踏ん張りきれなくて壁を伝いずるずると崩れ落ちた。火照る顔をたてた膝に埋めて、「あっつ……」と呟く。吐く息は、いつもよりずっとずっと熱かった。
「廊下であんなことしといて、なんでバレないと思っているのかな、跡部くんたちは」
「バレてないと思ってるのは、本人たちだけですからね……」
その陰で、入江と不二がやれやれと腕を組んで呆れていたのを、跡部は知るよしもなかった。
#お題 #両想い