華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.520
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
力になれることがあれば連絡しろ、必ずだ。そう言ってドイツ行きの飛行機を手配してやってから、跡部の携…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
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力になれることがあれば連絡しろ、必ずだ。そう言ってドイツ行きの飛行機を手配してやってから、跡部の携帯に連絡が入ることはなかった。
それは想定通りだったし、跡部からも連絡はしなかった。次に逢うのはプロとして世界の舞台でだろう。
そう思っていたのに、U-17W杯前のエキシビションマッチの対戦相手であるドイツチームに、手塚国光はいた。
「あの選手、ずいぶん手塚に似たヤツだな」
ふんと鼻を鳴らしながら真田がそう言うのに、「本物じゃねーの」と返してやる。木手も、「あの憎らしい顔はほぼ確ですね」と眼鏡を押し上げた。
それを聞いた大石が、そういえばと思い出したように肯定したのだ。チームのメンバーに張り倒されていたが、跡部の視線はじっと手塚を眺めていた。
どうして、と思ったのはほんの一瞬。その後は、安堵ばかりが体を包んだ。
詳しい経緯は分からないが、誰か目をかけてくれている人物がいるのだろうとホッとする。
手塚の実力はすぐにでもプロとして通用するレベルだが、何しろ経験が浅い。練習量という意味ではない。外国人選手との試合経験が、圧倒的に少ないのだ。体格の違いからくる、いかんともし難い差は、技術と経験で埋める他にない。
そういう意味では、手塚は未熟だった。そんな状態でプロになっても、すぐ壁にぶち当たってしまう。
意図してかは不明だが、手塚のごく身近に経験を積ませようとしてくれる人物がいることには、素直に感謝したかった。
――――いい環境に恵まれたようじゃねーの、手塚ぁ。
そりゃあ困りごとで連絡もこねーなと肩を竦める。
ドイツチームの黒いユニフォームが、ストイックな彼によく似合っている。情熱の赤いラインも的確に手塚国光を現していて、まるであの男のためのデザインであるかのように思った。
けれどもそんな色に惚けた思考は頭の片隅に追いやらなければならない。エキシビションとはいえ、試合は試合だ。日本代表になど目もくれない観客たちの視線をすべて奪ってやるぜと、跡部は勝ち気に笑んでみせる。
相手が誰であろうと――そう気合いを入れ直す跡部の前に立ちはだかるのは、よりにもよって手塚国光その人だった。
「何の因果だろうな、手塚ァ。てめーはナニ人だ、アーン?」
「皆をここまで率いてくれたこと、礼を言うぞ、跡部」
相変わらず、挑発にも乗ってこない。跡部は鼻で笑った。
ネット越しに見る手塚は、顔つきが変わったように思う。プロを目指す道程がハッキリしたことで、迷いをそぎ落としたのだろうか。
彼の技はドイツに行ってどれほど研ぎ澄まされただろう。どれだけ体が作り込まれただろう。
だがこちらとて、伊達や酔狂で中学生選抜を率いてきたわけではない。
――――俺たちは、勝つためにここにいる。
高みを目指しているのはお前だけではないと、跡部はラケットを握って構えた。生涯の好敵手と目した男の球を、打ち返すために。
だが数十分の後、跡部は思惑と裏腹に膝をつく。短い呼吸を繰り返し、ネット越しに手塚を見やった。
「どうした跡部。いつまで膝をついているつもりだ」
叱責もなく、落胆もなく、また憐憫もない。『俺はここにいる』という、ただそのためだけの言葉だ。
手も足も出ない。一ゲームも取れないなんて。かつては同じチームの勝利のために共に戦った相手に。
――――お前は……お前は何をやっているんだ、跡部景吾。進化が加速するだと? 笑わせやがって……!
片やプロへの道を歩み出した男と、片やその男が残していった仲間を引き継いだ男と。
惨敗だった。かつて頂上決戦と呼ばれた関東大会シングルス1の試合を繰り広げた二人だとは思えないほどに。
試合が終わり、ネット際で握手を交わす。だが言葉は一つも交わされない。交わすべき言葉などない。跡部は唇を引き結び、離れていく手塚の右手をじっと眺めていた。
手塚の左手は、この先もラケットを握ることにしか使われないのだろうと、やけに静かな思いに包まれる。
跡部はそのままベンチへと戻り、ラケットバッグを肩に背負った。
「待ってくれっ、どこへ行くんだい! 跡部くん!?」
「待たんか跡部! まだ試合は終わっとらんのだぞ!」
ダブルスのパートナーであった入江や、チームメイトの真田が引き留めてくるけれど、跡部は歩みを止めはしない。
「俺に……足りないものが見つかった」
これから己の鍛錬かと悟ったらしい真田は、それ以上引き留めてくることはなかった。
跡部は海へと向かう。腸が煮えくり返りそうな衝動は、自分への怒りだった。
手塚から任された中学生選抜を引き継いで、どこかで満足してしまったのかもしれない。すぐに追いかけると言っておきながらこの体たらくかと、怒りだけがわき上がってくる。
この燃えたぎる不甲斐なさを落ち着けて、頭を冷やさなければいけない。
跡部は海へと向かう途中、携帯端末を取り出す。
十秒、最後の躊躇いを見せて、通話のボタンをタップした。
「ミカエル。俺は来年から経済学を学ぶためにイギリスへ留学予定だったな」
『さようでございます、坊ちゃま』
「――キャンセルだ。すべての手配を白紙にしてくれ」
ミカエルの驚愕する声が聞こえた後、わずかの沈黙があった。
跡部が無茶なことを言うのは珍しいことではないし、彼に仕える者たちは跡部の意向を汲んで完璧に準備を調えてくれた。それでもこの申し出には、すぐに動き出すことができないようだ。
『そんな、大旦那様が……お爺様がなんとおっしゃるか』
現在跡部を束ねているのは祖父に当たる人物だ。第一線を退いたとは言うが、その威厳や影響力は未だに健在である。そんな祖父の言いつけを、破ろうというのか。
『まさか家をお捨てになるおつもりで……?』
不安そうなミカエルの声が聞こえる。そういう選択肢もあったけれど、跡部はこくりと唾を飲んで口を開いた。
「いや、跡部を捨てる気はない。継ぐのは俺だ。小さい頃に言ったろう、頂点に立つ俺を見せてやると」
『ええ、ええ、覚えておりますとも!』
「心配するなミカエル。俺が約束を破ったことは一度もねえだろ? ……手配のキャンセルだけ、よろしく頼む」
そう言って通話を切り、目の前に広がる海を眺める。
跡部を捨てるつもりはない。嫡子として生まれたことを享受し、矜持もあった。これまで仕えてくれた使用人や、もちろん父母への感謝、祖父への畏敬の念がある。寄せられる期待を受け止めるだけの度量は、あるつもりだった。
だが、見つけてしまったのだ。自分に足りないものを。
――――手塚、お前が日本代表の座を捨ててまで選んだプロへの道……その純然たる意志の強さ、しかと見せてもらったぜ。お前にあって俺になかったもの……それは覚悟だ。俺には跡部があるからと、どこかで逃げがあったんだろう。
手塚を追いかけると言った言葉に、嘘偽りはない。ミカエルにも言ったように、約束を破ったことは一度もないのだから。
覚悟を決めた手塚に惨敗し、跡部はハッキリと覚悟を決めた。このままでは手塚を追いかけてもすぐ壁にぶち当たる。他人の心配などしている場合ではなかったのだ。
跡部はザブザブと海に入り、押しては引く並を脚に受ける。そして高らかに笑った。
次こそ。
――――次こそ、世界の舞台で逢おうじゃねーの、手塚ァ!
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